ウマ娘 Meteor Oscillates Between   作:別れました

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23話 祈りを紡いで

 試合後、胸の高鳴りが冷めやらないままウイニングライブの為にシャワールームへ向かう。私はシャワーを浴びながら初めての重賞勝利の余韻に浸っていた。

 すると仕切りの奥からむせび泣く声が聴こえてくる。その声には聞き覚えがあった。シャワーの水圧を上げても掻き消しきれない声に私は耳を塞ぎたくなる。

 

 メイクデビューでの出来事が今も彼女を苦しめている。

 

 マチルダは強い子だから、とうに問題を解決しているのだと思っていた。寮で会った時に、彼女を強いと、私とは違うと褒めたつもりでいた自分を情けなく感じた。私もまた彼女から戦い続ける以外の選択肢を奪い続けている1人なのかもしれない。

 

 勝負の世界は等しく残酷だ。私の勝ちは皆の負けで、プライドに傷をつけた事に変わりはない。この嘆きは私が生み出した。けれど勝者が負い目を感じることこそ傲慢である。と割り切るにはまだまだ時間が必要そうだ。何か声を掛けようか、勝った私の放つ言葉は嫌味に聞こえてしまわないか。私は臆病な人間なのだと在り方を肯定するのは簡単だ。

 

 私は仕切りの奥へと歩きマチルダのいるシャワールームのカーテンを開ける。マチルダは驚いた後にハッとして申し訳なさそうな顔をしていた。

 

「ごめん……うるさくて…」

 マチルダは急いで涙を拭い無理に笑顔を作った。

 

「ん…!」 私はマチルダに向かって両手を向ける。

「なに…?」

 

 私は何も言わずマチルダを抱き寄せた。最初は戸惑っていたマチルダだったがじっとそれを受け入れた。柔らかなぬくもりの中でひときわ熱い涙が私のお腹の上を伝う。マチルダが嗚咽をもらしながらぽつりぽつりと纏まり切らない言葉を吐き出すあいだ、私はただ頷いて背中をさすった。

 内罰的な彼女は自身を薪に輝き続ける行為に疲弊しきっていた。ずっと救いを求めながらどうしたら救われるのかわからないで苦しんだであろう彼女の痛みは音となって響く。

 出したままのシャワーとマチルダのむせび泣く声だけがシャワールームに反響した。

 

 マチルダのファンはメイクデビューの頃よりぐんと増えている。強さを証明し続けなくても、その努力はしっかりと伝わっている。それにマチルダ自身が気付けさえすればと感じる一方、強さを追い求める姿勢こそが評価され求心力になっているのではないかと考えると、この先、深く刺さった棘が抜け切る日は来ないのかもしれない。

 彼女がこれからどう向き合うかもわからない中で私はかける言葉を選べずにいた。メイクデビュー以降のマチルダしか知らない私が安易に肯定や共感をしていいのかという迷いがそうさせた。私はただじっとマチルダを抱きしめることしか出来なかった。

 

 私はトレーナーのお陰で勝利を手にした。しかしトレーナーのお陰で見えるようになった世界は時々耐え難く感じる。

 

 

 

「そうだ、これ返さないと」

 レース後の控え室でトレーナーはドッグタグをポケットから取り出して私に差し出した。

 

「おまじないの効果、絶大だったね。俺のやつも似た感じでお願い」

「……嫌です」

 

 大切な人にかけるおまじない。忘れていたとはいえ、思い出す前と後では意味合いがまるで違う気がして、気恥ずかしさが勝ってしまい私は咄嗟に断ってしまった。

 

「いえっ、冗談です…」

「あぁ…」

 

 どんな人を対象ににかけるものなのかさえ伝えなければ、おまじない自体は施しても良いのではないかと考えを改めて訂正した。今はそれよりも聞いておきたいことがある。

 

「それよりも…あの作戦…なんでちゃんと教えてくれなかったんですか」

 

 先のレースで取った作戦は私の全力を引き出すものでなく他の選手が全力を出せないように抑えることが主目的だったのだと終ってみた今なら理解できる。私が100%の力を出したところで1位になれる望みが薄いことも、理解できる。

 

「理由はいくつかある。1つ、君はメイデンマチルダの事を意識し過ぎていたように見えた。2つ、作戦の詳細を伝えてしまうとあそびを作らずに忠実に再現しようとする子が多い。3つ、君は俺を信じてくれているけど俺の指示と君自身の信念が相反するとき君は自身の信念を優先すると読んだ。これは君がどうというより俺が同じ立場ならそうするという話だ。君の怒る気持ちも理解出来るよ」

「怒ってます。作戦の内容に、じゃないですけど…」

 

 トレーナーと私は同じ視座にはいない。当たり前の事なのにその隔たりを煩わしく感じることさえ我儘なのだろうか。本当にそれだけなのだろうか、結果的に私が同じ結論に辿り着いてしまったから白状しただけで、この人は私と共犯者になるつもりなど初めから無いように感じる。

 

「怒らせてしまった後に言うことではないかもしれないけど、トレーナーの仕事に興味はない?というのも、俺の弟子にならない?って誘いなんだけど」

「理由を聞いてもいいですか」

 

「君は人をよく見ているし、鋭さもある。怒っていても冷静かつ理性的に会話を続けてくれる柔軟性もあるし、全てを自分の力だと誇らず、かといって俺を手放しに賞賛したりせず対等であろうとしてくれている所とか…俺について世界で3番目に詳しいところとか。今すぐ結論が欲しいわけじゃないから考えておいてほしい」

「意外です。トレーナーさんは勝算の低い賭けをしない人なのかと」

 

「低いってことは0じゃないんだ」

「0だったら尚更です…」

「餞ってやつ?」

「はなむけ?使い方あってます……?」

 

「種を蒔かなきゃ何事も始まらないってこと」

 

 

 

 レースが終わり時間を持て余しているのかトレーナーは私の隣で化粧品の入ったポーチを漁っては器械出し看護師のように無言で私に化粧品を渡してはまた次を探していた。渡してくるものの正確さに少し気持ち悪さを覚えつつも私はライブの為のメイクを続ける。

 

「ヘアミルクにヘアオイル…何個もいるの?」

「時速60キロで風を直に受けるので髪が乾燥するんですよ。それに皆の髪が綺麗なのはちゃんとケアしてるからです」

 

「確かにそうか、ごめんごめん……そうだライブ終わったらさ観光でもしよっか。色々行きたいって言ってたでしょ。何処でも好きなとこに連れて行ってあげよう」

 

 何かを誤魔化すとき、トレーナーは急に静かになったり不自然に話題を変える癖がある。あからさまに相手の機嫌を取ろうとするせいで寧ろ相手を怒らせる可能性に本人は気付いていないのだろうか。と頭を過ったあとで指摘するべきか揺れ動く。私はこの人に完璧を求めながらも不完全さに安心しているのだ。

 

「喜多方ラーメンと温泉とお城と…お土産も買いたいです!」

「ラーメンは食べられるとして…城は中入るのは時間的に厳しそうかな。外だけなら大丈夫。それで露天風呂が部屋についてるホテルにでも泊まろう。有名どころのお土産ならホテルにも置いてあるはずだし…」

 

「私を見てくださいよ」

「ん?なに」

 

 トレーナーは私の方を不思議そうに見つめる。

 

「そういうことじゃなくて……順番とか1人で全部決めないでほしいって言ってるんです。全部やれなくても良いんです。出来なくても良いんです。出来なければじゃあまた今度来ようとか……トレーナーさんにとって世界は遅すぎて退屈かもしれませんが、もう少しゆっくり一緒に歩いてくれませんか」

「あぁ…気を付けるよ」

「それはそれとして露天風呂付きホテルには泊まりますけど」

 

 そんな他愛のない話をしている内にライブの召集がかかり私は慌てて支度をして舞台袖の方へと走り出した。

 

 舞台裏に集まったウマ娘達は普段と変わらない様子で黙々と振付の最終確認をしている。センターでないからといって手を抜かない、その振る舞いに少しばかりの嬉しさと敬意を覚えた。

 

 振付併せ中のウマ娘の1人がこちらへやってきて話しかけてくる。

「さっきの肩車、面白かってな!いやトレーナーが担がれるんかい!普通逆やん!で!で!あんたのトレーナーのズボンあんたの汗で、はは、ションベン漏らしとうみたいなっとって、はは…腹抱えたわぁ!関東のウマ娘もよぉボケんなぁ!」

「え……!?」

「あ~…ライブ前に言うことと違うか?ごめんごめん!ま、この後も一発期待しとるわ!後ろは任しとき!」

 

 

『開始まで30秒!』

 

 インカムから聞こえてくる数字が小さくなるにつれて心拍数が上がっていく。心臓に手を当てなくともそれがわかる。

 

 私はドッグタグを握りしめて、奈落からステージを見上げる。白い光。セリで四角く切り取られた額は美術館にポツンとあるキャンバスを彷彿とさせる。自由が飾られている息苦しい場所。今からそこに色を置く。どんな色を置こうかと思考を巡らせる。誰もが釘付けになる鮮烈な色を残せるだろうか。

 

 ふと、トレーナーの言葉を思い出す。夜を探してほしい。そうか、キャンバスに、絵画になろうとしなくてもいい。美術館の通路でほのかに光る、間接照明。それがいい。

 

 もう誰も躓くことのないように。

 

 私は歌う。この輝きが誰かの足元を照らすことを祈って。

 




本編最終回です。お読みいただきありがとうございました。
来年の1月中にエピローグを投稿し完結とします。

よいお年を。
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