ウマ娘 Meteor Oscillates Between 作:別れました
おまけ 皆が皆、恒星でなく 1
「先生!お久しぶりです!この子が息子の伊織です」
待ち合わせ時間ギリギリに来た元教え子のウマ娘は子供を抱えていた。最後に連絡を取ったのが出産前のはずだから、もうかれこれ5年ほどは経つ。教職を離れてトレーナーになった水野だが、この子の中ではまだ自分は先生なのだと懐かしい気分になる。
「女の子だって言ってなかったか?」
「そうなんです!それもウマ娘だって言われてたのでわたしも夫も大慌てで買った服にアップリケつけて…ああ!もうこんな時間。お土産…といってもすぐそこで買ったので珍しい物じゃないですけど。じゃあ伊織のこと頼みますね!伊織!先生の言うことはちゃんと聞いていい子にね」
伊織の母親は伊織を預けてトレーナー寮を後にした。トレセン学園では年に数回、卒業生を呼んで講演会をする。レース以外に最先端の科学や栄養学、ボーカルレッスンなどを活かせる職種で活躍しているウマ娘に来てもらうことで生徒たちの視野を広げる活動を学園が行っている。それに、水野の教え子が選ばれた。
「いつまでも忙しい奴だな…」
自分が新任教師として赴任してきた時の一番最初の教え子が自分より先に結婚したと思えばもう子供がいるのだ。一方の水野にはパートナーや子供はいない。子供の一人、数時間の面倒くらい見られると高を括っていたが、いざ目の前にしてしまうと何をしたら良いのかわからない。
「レースでも見るか?」
伊織は黙ったままこくりと頷いた。土曜の昼時は丁度レースをやっている。これで少し時間を潰してあとは学園内を適当に散歩させれば数時間は経つだろう。散歩の途中でジュースでも買ってやってとぼんやり考えながら、テレビをつけて伊織をその前に座らせる。
『第3コーナー、縦に長くなっていますが後ろの子たちは間に合うか!?』
「11番がくる…」
水野は伊織の言葉を聞いて画面を確認しても11番は正面のカメラに殆ど映っていない。体力温存の為に内ラチを意識し過ぎた結果、最終直線の準備が間に合わず埋もれてしまう。よくあることだ。前の選手が速ければせいぜい3着。くらいしかあの位置で望めることはない。大外からくる4番が1位になるだろうと水野は予想していた。
次の瞬間、後ろにいたはずの11番がぐんと踏み込み前に出る。
『最終直線!11番!アルヴァスロウ!内側から一気に追い上げる!たった今ゴール!長い、長かった夜が遂に明けました!』
水野は興奮気味に叫ぶ実況をぽかんとした顔で聞くことしか出来なかった。
「凄いなぁ伊織。なんで…そう思った?」
「わかんないけど、5番がまっすぐ走ってなくて、2番との間に入れそうって」
水野は慌てて録画していた映像を見返す。100mに20㎝ほどしかずれていない斜行癖とも呼べない程度のものを伊織は予測していた。アルヴァスロウ本人だって目の前が偶然開いたから飛び出しただけで計算してそこに位置していたわけではないのは映像を見ればわかる。
偶然、だがこんなことはままある。と一人で見たら結論付けていた可能性が水野の頭を過り背筋が凍る。
「次のレースも見よう。次は誰が勝つと思う?」
レースを見終わったら散歩に行こうなどと考えていたこともすっかり忘れて2人は映像を見漁った。
伊織の予測精度はお世辞にも高いとは言えないものの掲示板は殆ど外さない。と考えたところで水野は本職を基準に伊織を計っていると気が付く。本来ならば前回のレース結果や天候、距離ごとの傾向などを参照しつつ予測するものだ。伊織にはそれがない。もし、もしも伊織に自分の知識のすべてを叩き込んだらどうなるのだろうか。
「この子にはトレーナーとしての素質があるかもしれない」
帰ってきた母親にそう告げた。きょとんとする母親の顔を見て、親バカになってしまう人の気持ちをこんな形で理解するとは全く思ってもみなかった。自分の子供ではないにしろ才能の片鱗を見てしまえば期待せずにはいられない。母親は驚きながらも水野の話を聞いて伊織を褒めた。帰りにケーキを買って帰ろうかなんて話をしながら帰る2人を見送って水野はまた自室へと戻る。
あの煌めく原石を見てしまっては自分が教師を目指した理由もトレーナーへと転向した理由も全てがこのためにあったのだと勘違いしてしまいそうだった。しかし託すというのも存外悪くはないのかもしれないと水野は思う。
伊織がまたトレセン学園に行きたいと言っていると連絡が入ったのはその日の夜のことだった。