ウマ娘 Meteor Oscillates Between 作:別れました
久しぶりに練習がオフになったある日、私とイクシーはトレセン学園から少し離れた喫茶店で話をしていた。ここのチーズケーキは美味しいと生徒の間でひそかに話題となっている場所だ。喫茶店に来た理由は話題になっているからというのもあるが、私のデビュー戦勝利の祝福も兼ねてのことだった。
「メイクデビュー見てたよ。すごかったね〜!スタート失敗したにもかかわらず2バ身差で快勝!」
「あはは、見られちゃってたか…」
「そりゃもう!新聞にまで載ってたからね」
「3行だけね」
「けど、話題はパンツちゃんが持ってっちゃったね。試合には勝ったけど勝負で負けちゃったって感じ?」
「パンツちゃん?」
聞き覚えのない言葉に私は思わず反応してしまう。
「あ~…ウマッター見てない?これ」
イクシーが差し出したスマホには見覚えのある顔が写っている。あの日パドックで転んだ子だ。転んでから起き上がるまでの終始が動画や写真としてアップロードされている。もちろん、下着も写っている。私はぎょっとした。数々の疑問が湧いてくるが上手く口が動かせない。スクロールすると画像に対して気分の悪くなるような書き込みが大量に連なっていた。
ため息交じりにイクシーは話す。
「ほら、グランドライブが復活したじゃん。あれレースの結果関係ないから勝てないウマ娘でもこうやってパンツ見せてればファンが稼げて応援してもらえるってわけ。コメントもこれ見てファンになったとか、次は何色か楽しみだとか、キモいのばっか。本人達はWIN-WINの関係かもしれないけど、こういうの迷惑なんだよね」
違う…あの子は地下バ場道で泣いていた。あれは演技などではないことを、あの場にいたウマ娘全員が嫌でも感じていた。それが、たった1枚フィルターを通せばこれだ。パドックで泣き出さなかった彼女の強さを理解している人がどれほどいようか。
私は必死に次の言葉を探していた。
「この子は…そういう子じゃないよ。それだけは…わかる」
世間全ての誤解を解けるほどの影響力など私にはない。それでもせめて私の近くにいる人には、あの子の事を勘違いしたままでいてほしくはなかった。
「そうかもね、でも世間は見たいようにみる。真実は1つじゃない。1人に1つ」
コーヒーグラスのふちをなぞりながら退屈そうにイクシーは言う。
イクシーは想像以上にことを冷ややかに見ているのだとその時初めて気が付いた。私が抱いていた嫌悪感と同じものをとうの昔に、それも何度も見てきたといった素振りだった。その言葉に含まれる半ば諦めのような意味合いを感じ取ってしまったとき、私は誤解を解こうとする姿勢をやめていた。
沈黙を遮るように氷の崩れる音がする。涼しげな音とは反対に私の身体は火照っていた。
「ごめんごめん、こんなことを話すために来たわけじゃないのにね。そろそろケーキ食べよっか!コーヒーも薄まっちゃうし……ここのコーヒー水出しだから苦味が控えめで飲みやすいんだよね~」
イクシーに気を遣われているのを感じる。私もそれ以上続けるつもりはないという同意の合図としてアイスコーヒーを一口飲んだ。
「ホントだ…おいしい…」
ウォータードリップはコーヒー特有の苦みや酸味が抑えられており、角のなくやわらかい味はさっぱりとしていて飲みやすい。店の定番メニューになるほど人気があるのも頷ける。
それほど愛されているというのに、なんだか寂しい味がした。
唇に吸い付く紙ストローや解けだした氷がそうさせている訳ではない。他の誰が飲んだとして、感じるはずもない感覚を共有出来るはずもなかった。
「やば、写真撮り忘れてた…コーヒーで良かった〜!先にチーズケーキ食べてたら終わるとこだったわ」
そう言うと、イクシーはそそくさとスマホを取り出して色々な角度から写真を撮りはじめた。聞けばウマスタに写真をあげているとかで、フォロワーももうすぐ2000人になるらしい。一方、私はアカウントを作ったまま放置していたのでフォロワーはイクシーのみである。投稿がないのも味気ない気がしたので先程撮ったコーヒーとチーズケーキのセットの写真をアップした。
写真を撮り終わると2人はケーキへ手を付ける。こちらもコーヒーと同じく人気メニューで、この喫茶店が建つ前に存在した劇場の頃から売られていたらしい。
チーズケーキにフォークを沈ませると密度を感じさせるほどよい反発がある。フォーク越しに伝わってくるきめの細かな感触から舌触りの想像が容易に出来てしまい、心を躍らせずにはいられなかった。ひとくちサイズに切って、口へと放り込めば、舌の上でしっとりと緩やかにほどけていく。口の中に広がる濃厚なチーズの風味と丁度良い甘さに思わず顔が緩んでしまう。鼻から抜ける爽やかなレモンの香りは、チーズの余韻がしつこくならぬように後味をすっきりとまとめている。
「おいし~!!」
「このタルト、フォークで簡単に切れるのにサクサクした食感が残ってる…」
「ほんと、バランス絶妙だね!コーヒーとも合うし、来てよかった~」
先ほどの緊張が嘘のように、私とイクシーは流れる時間を楽しんでいた。互いのクラスでの出来事やドラマの感想、服の話など話題が尽きないまま時間が過ぎていく。半年という期間は私たちにとって途轍もなく長かったのだと実感させられる。
「また来ようね」
別れ際に放ったイクシーの言葉に、私はすぐさま返事をして改札を通り過ぎた。
帰りの電車の中で私はイクシーの言葉を反芻していた。トゥインクルシリーズにエントリーしてから、イクシーとの間にある『また』の距離はどんどん広がっている。次はいったい、いつになるのだろうか。
それから二週間後、私はオープン戦で勝利を収めた。