法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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1-1.よそ見、轢き逃げ。ダメ、絶対!

 

 

「悪いっ!」

 

 ばんっ、と。

 両手を合わせた勢いで美女の胸がばゆんと弾んだ。

 アユミチの目の前で、谷間を強調するように。

 

 白い布を巻きつけているだけの衣服。肩の黄金の留め具で固定しているけれど、はずみで色々とこぼれてしまいそう。

 古代ギリシャとかローマあたりの女神像のような、たいそうな美人。

 

「悪気はなかった。悪かった」

「え、あ?」

 

 ぱんっぱんっ。拝むように叩く音でなんとなく思い出す。

 一瞬前の記憶。

 二頭の天馬が眼前に迫ってきて、その後の記憶がない。

 美女の様子からすると一瞬前じゃないのかもしれない。

 

 

「あたしの戦馬車を認識する奴がいるなんて思わなかった。お前みたいなキモ男が」

「人を轢いといてキモ男はひどいんじゃ……あ?」

 

 ぼんやりとした記憶をたどり状況を理解する。

 

「俺、轢かれ……た?」

 

 天馬に繋がれた戦馬車(チャリオット)に轢かれた。その手綱を持っていた美女の姿に目を奪われ、そこで意識が途絶えた。

 謝っているし、運転していた美女本人で間違いないと思う。

 

 悪気はなかったとか言ってるけど疑わしい。キモ男と呼ばれて絶対に違うと言い返せるほど外見に自信はないが、誠意を感じられない。

 美女じゃなければもっと強く糾弾したい。

 

 深い赤茶色の髪と濃い紫の瞳。きりっとした顔立ちは気が強そうな印象を受ける。気の弱い女が戦馬車なんてものに乗っているわけもないか。

 天馬に引かせた戦馬車に乗っている美女なんて、いったい何者?

 

 

「あーえっと、女神様? ですか? 女神級の美女っすけど」

「お、わかる? やっぱわかっちゃうよなぁ神々しさで。そうそう、女神サマ」

「はあ」

 

 謝罪のポーズから直り、豊かな胸をそらして片手で髪をかき上げながら妖艶に笑った。

 背筋を伸ばすとアユミチより頭半分くらい背が高く、ゆるい白布からあふれそうな胸に自然と目が行く。

 

 薄布の下にうっすらと桃色の先端が、重力に負けずつんと上を向いて。

 なるほど、女神だ。

 

 

「事故だったんだよ。こっちであたしを感知できる人間なんて百億人に一人くらい……ああ、地球の人口って多いからゼロじゃないのか。シクったぁ」

「しく……俺、どうなったんです?」

「死んだな」

 

 けろっとした声であっさり告げて、はぁぁと大きく息を吐く。

 

「あ……? いやうそマジで?」

「神の戦馬車に轢かれたんだ。普通死ぬだろ」

「なんで俺……死んだ? ほんとに死んだの?」

 

 改めて周囲を見れば、アユミチたちは霞のような上に立っていて、下の方に見慣れた町が広がっている。上から見たのは初めてとしても。

 大きな用水路沿いの道路にアユミチの体が倒れていた。剃り残した髭以外に特徴のない二十代男。

 ぱったりと、完全に息をしていない姿で。

 

 

「ちょっとショタに気を……いやまぁ、そういうわけで。肉体は無傷だけど完璧に死んでる。霊魂の形はギリ保ってるみたいだな。じゃあ」

 

 しゅた、と手を挙げて傍に停まっていた戦馬車に歩き出す女神サマ。

 

「ちょ」

 

 このままここに置いていかれたらどうなるのか。落ち込んだり混乱するのは後回しだ。

 

「予期せぬ死で大変かもしれねえけど散失するまで元気でな。じゃ」

 

 ぶひひぃっと(いなな)く天馬に睨まれながら、慌てて女神サマに駆け寄って裾を掴む。

 

「ちょまてまてまって! ちょっと女神サマ待ってよ!」

「なんだよ、騒ぐなって」

 

 女神サマはイヤそうな顔で俺の口を手でふさぐ。静かにしろと。

 

「う、きたね」

 

 唾がついたのか、霊魂でも唾が出るのか知らないが、俺の口を塞いだ手の平をすぐに俺の肩から胸で拭った。なすりつけた。

 

 

「謝っただろ。事故だって説明もした。はいおしまい」

「お終いじゃねえって、なんだよ!」

「あー、待て待て。デカい声はやめろってば、なぁ」

 

 馬をいなすように、どうどうと俺を両手で軽く押さえながらきょろきょろ周囲を見回す。

 

「あんま騒ぐとちきゅ……悪い霊魂とか寄ってくるからさぁ」

「轢き殺しておいて放置とかあんまりじゃんか」

「だから謝ったじゃん。ごめんって、ほんと」

「そんな上っ面でいいわけないだろ! ちょ、ほんとマジ信じられないっしょこれ!」

「わかった! わかった、おーけー。話聞くから落ち着こう。冷静に話し合おう、な」

 

 押しとどめるようにアユミチを座らせて、正面に自分もあぐらをかく。

 白い布の隙間からするっと出てくる太腿がまた眩しい。やや褐色のきめ細かな肌に目を奪われる。

 地中海沿岸の女神なんだろうか。

 

 とりあえず対話する姿勢になったことで少しだけ安心した。このまま放り出されてもどうすればいいのかわからない。

 悪い霊なんてものもいるみたいだし。

 

 

「さっきも言ったけど、別世界の女神を認識できる人間なんてそういるもんじゃない。お前、すっげー珍しいんだぜ」

「異世界の女神なんて聞いてないんですけど」

「細かいのはいいんだよ。あーお前……名前は?」

 

 美女に名前を聞かれてみて、一瞬考えてしまった。

 名前を聞かれただけなのに咄嗟に答えられない。記憶喪失かと焦ってみたが、ぼんやりと自分のことが浮かんできて安心する。

 

歩道(あゆみち)です」

「そうか、アユミチ。この度はとんだことでお悔やみ申し上げるぜ」

「あんたのせいでしょうが。邪神なんじゃないですか?」

「ははっ、そう言うやつもいるなぁ」

 

 褐色赤毛の美女は、アユミチのぼやきに怒るでもなく笑いながら頷いた。

 轢き殺したことを気に病む様子はないが、悪気がないのは本当らしい。

 神様にとってはしょせん人間の命なんてそんなものか。うっかり虫を踏みつけちゃった程度のこと。

 

 

「はぁぁ……俺、死んじゃったってマジかぁ。夢じゃないの……あぁどうしよう……」

「どうしようもねえって。死んじゃったんだから」

「親とかになんて言えば……ああそうじゃなくって」

 

 座って話をする段階になって、死んだという事実が腹の底に浸透していく。

 

「嘘じゃん俺、女の子と付き合ったこともないのに……あぁ、パソコンの中やべえし……」

 

 じわじわと記憶と一緒に後悔とか焦りが湧いてきた。

 どうしよう。

 

「あっはっは、お前やっぱり童貞か。そりゃあ童貞だろうなぁ」

 

 やるせない気持ちで落ち込むアユミチを見て女神サマはケラケラ笑った。童貞認定に文句を言いたいが事実だ。

 見た目は超級美人の女神サマ。生きていても、こんな美女に近い距離感で接する機会はなかったと思う。

 

 

「あたしはレーマ・ルジア。少しくらいなら話し相手くらいにはなってやるよ」

 

 今さらどうしようもないと言われればそうなのだろうが、人間そう簡単に割り切れるもんでもない。

 このまま死んで消えていくなんて納得できるか。

 

 神様なら何か方法があるかもしれない。死ぬ前に一度だけでも女の子と……あ、もう死んでた。

 とりあえず話をしながら、この女神サマを利用できないか考えよう。

 人間、死ぬ気になればどうにかなるはず。

 人間舐めるなよ、女神様。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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