法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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3-45.神を知らぬ者たち

 

 

 催涙粉を被った敵に矢を放ち、即座に――

 

「ノクサ!」

『うん!』

 

 すかさず踏み込むアユミチと、その横からムンジィも駆け出している。

 

 

「っ」

 

 小柄なアパティに突き立てた鋭いダガーを彼の両手が防ぐ。止める。

 ノクサの力で踏み込んだのだ。突進力はすさまじく一瞬。だが見かけから想像もできない超反応で受け止めた。

 

「ふ、ぐぅぅ」

 

 肩を貫いた矢から血が溢れ、唸るアパティの額にも汗が浮く。

 

 それでも受け止めた。

 両手の真ん中に生えたエクピキの指を、切り裂けない。

 似た感触なら、ものすごく硬いカボチャに包丁を立てたような。刃が欠けることもあると言うが。

 神の指のコピー品。ジルボン師のものより太く硬い。

 

 

「小汚いカスが我が指にぃ!」

 

 受け止めたアユミチを丸い目で睨みつけ、両手を輝かせる。

 しまった。突っ込んだ勢いが強すぎて戻れない。

 何か攻撃が来る気配に、

 

「汚ねえのはテメェの腐れちんぽだぁ!」

 

 光を浴びせられる前に、ムンジィの蹴りがアパティのわき腹に深々と刺さった。

 いや、ゆったりとした法衣でわからなかったが、蹴りを受けながら後ろに跳んでいる。

 

 

「ぐ、ぶ」

 

 それでも肺まで衝撃はあったようで、息を漏らしたアパティの両手から光が消えた。

 魔法と同じく集中していなければ使えない。

 ザイドロスの体にぶつかりながら止まるアパティと、それを追うアユミチ――

 

「あぶねえ旦那!」

 

 ムンジィの声を聞いて飛び退く。

 アユミチがいた場所に吹き抜ける光の爪。催涙粉を受けてまともに見えていないだろうビッテスが、攻撃をしかけたアユミチの位置を察知して放った。

 アパティを巻き込むことも躊躇していない。相手は傷ついても治癒できるのだ。こちらと条件が違う。

 

 

黄鼬(テン)呼ぶ沙漠の辻風(つじかぜ)(よろず)(とき)()砂礫(されき)(あぎと)。無尽の塵鑢(じんりょ)

 

 アユミチとムンジィが離れたところに、ゼラが刷毛を振りながら唱えた。

 先刻、ビッテスを瀕死まで追い詰めた猛烈な砂塵の魔法。

 

幽天(ゆうてん)より響け氷珠の死吟香(しぎんきょう)

 

 ゼラの詠唱を聞いたビッテスも即座に応じる。

 手にしていた貴石を砕き、ゼラの声と自分たちの間に白く光る粒子が壁のように立った。

 ぶつかる礫に対して、先に進ませない冷たい音の壁。

 

 

「同じ手は無駄ですよぉ」

「そうでしょう」

 

 ビッテスの薄目では見えていなかった。

 ゼラが放った砂塵の竜巻は直接彼女らを狙っていない。彼らの両脇に二つ、逃げ場を防ぐように。

 ビッテスが展開した魔法を掠め左右に広がる。そして続けて、

 

 

叢雲(むらくも)(かわず)鳴けば轟樹天に立つ。雷震!」

 

 ばち。

 二つに分けた砂塵の竜巻の間に続けてゼラが放った魔法が、小さな音を上げた。

 次の瞬間――

 

「わ」

 

 ビガガガガガァッ!

 

 激しい明滅と共に電撃が轟いた。

 雷の規模とすればそこまで激烈なものではなかったのだろう。

 しかし至近距離、目の前で轟けば凄まじい。

 大樹のような稲光が砂塵に挟まれた三人の足元から天に立ち上り、その光で貫いた。

 

 

「っ……す、げえ……」

 

 ムンジィの呻き声。アユミチも同感だ。

 目潰しからの強襲を防がれたが、そこに続けてゼラが魔法を叩き込んだ。

 先に敵に痛打を与えた砂塵の魔法を呼び水にして、摩擦で生じた電位差を利用した電撃の魔法。

 

 避けられない。

 雷を避けることなんて人間にはできない。

 殺せたかどうかはわからないが、無事ではいられないはず。

 

 

「ここまで、悪しき者の力が強いとは……」

 

 砂煙の中から聞こえる震える声は、アパティの。

 煙の中、両手から放つ光でビッテスとザイドロスを包み込んだ姿で。

 バリアー、なのか。

 

 さきほどのアユミチの攻撃も、ムンジィの蹴りも守り切ったアパティ。

 守りに特化した力。

 小柄な体から汗を拭きだし、決して余裕がありそうではないが。今の雷撃を防ぎ二人を守った。

 

 

「万光万珠。星海に座し逆しまに巡れ」

「なにっ……」

 

 世界が暗転した。

 三人の一番後ろでザイドロスが手を広げ何事か唱えると、アユミチの視界が暗転した。

 アユミチだけではない。

 

「なんも見えない、おかあさん!」

「ああくそっ、なんだこりゃ」

「我が目を奪うとは不敬甚だしいでございましたな。許し難し。真なる神の怒り御覧なれ」

 

 最後に見たザイドロスの姿を中心に視界が塗り替わった。

 暗黒の星の海のような世界が回る。回転する。

 渦巻く世界に飲み込まれるように。目が、頭が、体の重心も。乱れて狂って立っていられない。

 強力な幻術。

 

 

(そら)畢竟(ひっきょう)、果ての帷帳(とばり)雲海よ。(しりぞ)け! 天道(ひら)くは神馬(かみうま)()()

 

 アユミチの後ろから静かに声が響いた。

 途端に、目の前を覆っていた暗黒の星海が掻き消され、元の森の中に戻る。

 

 

「ありえないでございます! 神の御力を! 不敬! 不遜! 冒涜!」

 

 ザイドロスの悲鳴。金切り声。

 

「こんなまやかし、本物の女神様に比べたらなんでもありません」

 

 カヨウの声は冷ややかな色。

 カヨウが呼んだ戦馬車の幻が、ザイドロスが展開したまやかしを塗り替え、消し飛ばした。

 ザイドロスは狼狽え、アパティも信じられないという表情。

 それほど絶対的な術だったのだろう。通常なら。

 

「ああ、本物を見たこともない偽物ならこんなもんか」

 

 奴らがどれだけ神神と言ったところで、しょせんは本物を知らない腐れ儒者の妄言。

 実物を見たことのあるカヨウとでは格が違うというところ。

 

「な、わ……ぁっ! 許せぬ! 許せぬでございますぞ邪教の徒がこのような!」

 

 わめくザイロドスの前で、アパティの両手から光が消えた。

 ぷつり、と。バリアーらしい壁が消える。息の荒さから見れば限界か。

 無敵のバリアーなんて何十秒も張っていられるものではないらしい。ザイドロスの幻術があっさり破られた精神的なダメージも重ねて。

 

 

「アパティ様、ザイドロス様」

 

 消耗した神官二人と、最後にひとつ貴石を握るビッテス。手作りの催涙粉の影響はもう抜けているようだ。

 ここで勝負。ここで殺す。

 

「時間がありません、お終いですぅ」

「逃がすわけが!」

 

 ノクサの力でビッテスを殺す。

 あいつの心臓にダガーを突き立てて、殺す。

 

「ないだろう! ノクサ!」

「アユミチ!」

 

 飛びかかるアユミチの横からゼラの声が。遅い。

 ビッテスを殺してから話を聞く。今はこの一撃に集中を――

 

 

『アユ――』

()べて人は身肉(みしし)を高天の窯炉(ようろ)()べる。焔車曲尽(ピマテスフォティア)

 

 アユミチには魔力や霊力を見る能力がない。

 ただ必死で、ビッテスを殺す為だけに飛び込もうとした。ノクサはアユミチの意志に即座に応え、応えてから気づく。

 

 戦う術を学んできたわけではないアユミチにできるのは、高速で距離を詰めて一撃を入れること。常識外れの踏み込みだけど直線の動きしかできない。

 アユミチの目の前に、既に十分にビッテスが力を(たぎ)らせた黄色の貴石を放られ、避けることもできずに。

 

 

「地に在りては巌棲(がんせい)の、舌震う(したぶる)岩戸が峻拒(しゅんきょ)(きょう)(かく)り夜の孤閨(こけい)

 

 黄色の貴石が破裂する直前、アユミチが飛び込む眼前に、岩壁が立った。

 体の前に構えていたダガーと拳でその壁に激突し、壁を隔てた反対から溢れる熱を感じた。

 

「ぶっ」

『アユミチ、大丈夫!?』

 

 ぶつかってみてわかる、コンクリートビルの壁より重厚なゼラの魔法。

 ノクサの力で踏み込んだアユミチの勢いも半端なものではない。リグラーダのダガーが超一級品だったのか、突き立って折れなかったのが幸い。多少勢いが減じたおかげで骨が折れた感じはないが、すぐには立てない程度のダメージ。

 

「い、ぐ……くぁ……」

 

 返事をしたいが声が出ない。

 しかし、ビッテスの魔法の直撃を食らっていたらそんなものではなかった。

 分厚い岩壁に遮られてさえ熱波を感じるほど。一瞬で消し炭になるところだ。

 まだ強い熱が、痛みとは別にじんじんと肌に響いてくる。

 

 

「アユミチ……ご無事です、か?」

「あ、あぁ……」

 

 咄嗟に加減などできなかったのだろう、広く立ち上がった壁で向こうの様子が見えない。

 反対から見ても同じ。跳び越えてくるのでもなければ……

 

 

「同志ザイドロス、彼女を」

「彼らの最後をお見せできず、申し訳ありません……ザイドロス様、アパティ様」

「むぅぅ……まあよろしいでございましょう」

 

 そんなやりとりが聞こえた後、壁越しでも明らかなほどの足音で遠ざかっていく。

 幻覚か……弱々しいビッテスの声の様子からはそうではなさそうだが。

 

 去ってくれるのなら、今はそれでよしとするしかない。

 

 

「アユミチ」

「ああ……ごめん、ゼラ……助かった……」

 

 迂闊に飛び込んで死ぬところだった。

 倒しておきたかった。

 だけど今は無理だ。こちらが死なずに済んだことが幸いなくらい。

 

 転がるアユミチに駆け寄るゼラの足も重い。

 彼女も強力な魔法を連発した。普段だと三回程度が限界だと聞いている。

 見ればカヨウも、待っていた場所で胸を押さえてつらそうに。

 ムンジィとカハロがその背中を撫で、大丈夫だとカヨウが首を振る。

 

 

良人(おっと)を支えるのは妻の役目ですから」

「助けてもらいっぱなしだ……いつも、ありがとう」

「はい」

 

 疲れているだろうに、優しい微笑みでアユミチの横に膝を着き、そっと頬を撫でる細い指。

 アユミチにはもったいないほど美しく、優しい女性。

 色々と申し訳ない、情けない気持ちでいっぱいだ。

 

「そうだ……約束の服が……ゼラ、君に……」

 

 

 後ろに置いてある荷物に、プレゼントの服がある。

 ゼラに着てほしい。ゼラが着ているところを見たい。

 そう思って選んだワンピースが……

 

 

『アユミチ……これ、ダメ……!』

 

 ノクサの震える声なんて初めて耳にした。

 

『死んじゃう……これじゃみんな死んじゃう!』

 

 ゼラが立てた岩壁が輝いていた。

 アユミチが転がる地面も、リグラーダたちの亡骸の下も。

 森の全ての大地が、白く輝き――

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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