法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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3-49.続く道、選ぶ命

 

「無理だ。できねえ」

「できるはずだ!」

「お前なぁ……」

「できるはずです、レーマ様なら!」

 

 確信がある。

 できるんだ。この世界でレーマ様にだけは。

 

「地球の神は地球ではできた、そうでしょう?」

「だからなんだって」

「レーマ様が言ったんだ。地球の魂はレーマ様の管理下じゃないからできないって」

「……」

「神様は人間に嘘を言わない。言えない」

 

 生き返らせることができる。

 神は人を生き返らせることが可能。

 自分の管理下なら。

 

「他の死にぞこないの神じゃない、レーマ様にならできる。お願いです」

「……めんどくせえ知恵つけやがって」

 

 頭を掻いて立ち上がるレーマ様。

 土下座しているアユミチには見えないが、アユミチの前まで歩いてくる素足はわかる。

 

 

「あたしは下界に関われねえとも言ったよな。覚えてるか?」

「どうしたらいいですか?」

「……」

「お願いです、レーマ様。なんだってする……俺にできることならなんでもします。だから……」

 

 ノクサにはできない。

 ノクサは最初からそう言っていた。できることしかできないと。

 今はこの神域の外で待っているだろう。あの日以来ずっと話していない。

 

 

「方法が……あるんですよね」

「……そうだな」

「お願いします。みんなを……」

「何でもかんでも願うんじゃねえよ。あたしだって何でもできるわけじゃねえ」

 

 はぁぁ、と深い溜め息。

 

「都合がいいんだかわりいんだか……お前が色々片付けたみたいで、確かに道はありそうだぜ」

「だったら!」

「聞いてやるとは言ってねえぞ、アユミチ」

 

 膝をついたまま頭を上げてレーマ様を見上げる。

 怒り、悲しみ、失望、期待。

 どんな顔で見上げているのか自分でもわからない。

 天井の隙間から覗く星海と逆光のレーマ様の表情もわからない。

 

 

「……お前にできるかもわからねえ」

「何でもする! なんだったいい、俺の命でもなんでも全部使っていい。レーマ様に捧げる、だから」

「お前の命なんかいらねえよバカ。とりあえず立て、低すぎて話しづれえ」

 

 届いた。

 レーマ様に願いが届いた。

 わずかに指がかかった感触に、それを失わないよう慌ててレーマ様の言う通り立ち上がる。

 

「ありがとうございますレーマ様、本当に」

「気が早えんだよ童貞……じゃねえのか、早漏」

 

 また深い溜め息をついて頭を掻き、

 

「どんだけ苦しんできつい思いしても、何を失ってもいいってんだな?」

「はい!」

「約束はしねえ。できるとは言わねえ。それでもいいんだな?」

「望みがあるなら何でもいい、お願いですレーマ様」

「どうすっかなぁ……」

 

 アユミチの顔を見下ろし、意地悪とは違った本当に迷う表情で首を振ってアユミチから離れイサヤたちの待つソファの方に戻る。

 簡単なことではないのだと思う。

 アユミチの寿命を延ばした時は気軽な感じだったが、死者を生き返らせるとなればそうではない。

 だけど不可能ではなくて。

 

「……」

 

 腕を組んで上を見回すレーマ様の背中。

 アユミチもあらためて天井を見回すと、浮いた屋根と壁の隙間から見える星海は半分。

 入ってきた方の空は海だった。

 

 この建物の奥に進むと、空が海で下が雲海だった。この建物だとあべこべに見える。

 あやふやな領域。

 生と死の狭間。

 

 

「レーマ様……僕からもお願いします。アユミチ様の願いを叶えて下さい」

「俺も。お願いですレーマ様。アユミチ兄ちゃんだけじゃない。俺だって何でもする。だから」

「……」

「カハロも使徒様の役に立つ。おかあさんに言われた、どんなことも大丈夫」

 

 三人の少年の訴えを受けたレーマ様が息を漏らしてそれぞれの頭を撫でた。

 アユミチの駄々っ子のような願い、要求よりは聞き入れやすいだろう。

 

 

「お前は?」

 

 背中を向けたまま問いかけたのは、アユミチに対してではない。

 

「……」

「お前はどうなんだ、小娘」

「……アユミチさんに喜んでもらえるなら、なんでも。どんなことでも」

「死ねって言ってもか?」

「レーマ様!」

「はい」

「カヨウ‼」

 

 違う、それは違う。

 そうじゃない。カヨウを殺して何が……そうじゃなくて。

 

 

「カヨウはかんけ――」

「アユミチさん」

 

 ぞくりと。

 冷たい、温度のないカヨウの声音に開きかけたアユミチの声が枯れる。一瞬で水が渇いたように言葉が失われる。

 

「選んでください。ゼラ様か私か」

「……」

「カヨウか、ゼラ様か」

 

 迫る。淡々と。

 

「選んでください。どちらか」

「……」

「カヨウを選んでくださいますか? それとも……」

「……」

「……」

 

 じっとアユミチを見上げて、それ以上は何も言わない。

 アユミチに問うカヨウの瞳に飲まれ、半開きの口から言葉が何も出てこない。

 

 カヨウか、ゼラか。

 どちらを生かすのか選択しろと。

 そんなの選べるはずがない。なんでそんなことを。どうして。

 

 

「……嘘ですよ」

 

 ふっとカヨウの表情に色が戻り、声が優しくなる。

 

「……え?」

「いえ、ただの意地悪です」

 

 意地悪……? 優しいカヨウがそんなこと。

 

「女神様の意地悪です」

「は……?」

「私の命なんて最初からお望みじゃありません、女神様は」

「クソ生意気な小娘の命なんかいらねえよ。聞いただけだ」

 

 微笑むカヨウに強張った体から力が抜けて、気が抜けた顔でレーマ様を見ればそっちは不機嫌そうに口を尖らせていた。

 イサヤたちもアユミチと同じく硬直からの安堵で肩が垂れる。

 

 ただの意地悪。レーマ様の。

 駄々をこねるアユミチを困らせる為だったのか。

 

 

「っとに可愛げのねえ女だぜ」

「本気でしたらお捧げしますけど」

「どこまでも可愛げがねえな」

「ええ、お好きでしょう」

「いい根性してやがる」

 

 はっと笑うレーマ様に小さな会釈で応じるカヨウ。

 

「まあいい、わかった。いいだろ」

「レーマ様……ほんとに……俺――」

「お前の感謝なんかどうでもいい、いらねえよ」

 

 聞き届けてくれる。レーマ様がアユミチの願いを。

 喜色を浮かべるアユミチに手を払いつつ、ありがとうございますと寄ってきた男児たちには満面の笑みでおうおうと頬を摺り寄せて笑う。

 

 

「つっても簡単じゃねえのはさっきも言ったな。アユミチ」

「はい」

「あたしが下界に降りねえと話が進まねえ」

「はい、頑張ります」

「今まで通り働くのはもちろんだけど、他にも地上のゴミ掃除だ」

「ゴミ……?」

 

 ゴミ収集業者などを思い浮かべ、そんな話ではないだろうと考え直す。

 

「あたしは綺麗好きなんだ。クソ塗れの下界になん行きたかねえ」

「クソ塗れ……」

 

 ああ、アニラービーのような。

 まさに糞そのもの。

 

 

「神威ってのは性分に左右されんだが……お前に言ってわかるか?」

「ええと、ランプシーが色んな争いを見て力を落としたとか。フォティゾが隠し事の魔法使って弱ったとか、ですか?」

「おお……? おお、まあそういうことだけど」

 

 ノクサから聞いた話だ。

 そのものの性質と反するもののせいで力を失う。

 争いを好まないランプシーが争いごとで心を擦り減らした。

 なんでもつまびらかにするフォティゾが隠蔽の魔法を行使して弱体化した。

 

 

「あたしが地上に降りるなら、まずそこら辺を片付けねえと話になんねえ。お前にゃわかんだろ」

「……はい」

 

 レーマ様の好む世界。

 少年が真っ直ぐに、素直に、明るく生きられる世界。

 今の腐った世界ではレーマ様が降りるには適さない。

 

 

「このまま降りてもレーマ様の威光が落ちる、ということですか」

「十分な力がなけりゃあたしだって何もできねえ。毒沼で働けって言われるようなもんだ」

「世界全部を?」

「神域の周りだけでいい。この近くで集団生活してる連中をどうにかしろ」

「……わかりました」

 

 レーマ様の言う範囲は曖昧だが、神様にとって人間の国境などの観念はどうでもいい話なのだろう。

 神域の周辺。トローメ国内を一つの目安にすればいいのではないか。

 

 

「もし先月のクソみてえなのがまだ残ってたら片付けとけ」

「先月の……はい」

 

 アニラービーの残りかす。

 それと似たようなもの。知っている。エクピキの指。

 

「わかりました」

 

 言われるまでもない。

 捨て森を焼いた腐ったトローメ王国の軍勢。エクピキ教団のクソども。

 片付ける。言われなくても、必ず。絶対に。

 

 

「その上で……選べ」

「……はい?」

 

 奥の雲海に続く出口を顎で示すレーマ様は目を閉じて、もう一度。

 

「お前が選べ」

「なにを……」

 

 さっきのカヨウかゼラかの選択はただの意地悪だって言った。

 選ぶも何も、どんなことでもするから生き返らせてと……

 

 

「生き返らせる一人をお前が選べ。アユミチ」

 

 一人……?

 

「みんな――」

「できねえって言ってんだろうが!」

 

 くわ、と。

 強い苛立ちを深い紫の瞳に込めてアユミチを睨み、怒鳴る。

 

 

「なんでもは叶わねえんだよ。前の満月までに死んだ中で、お前が生き返らせたい一人を選べ。一人だ」

「……」

「満月が過ぎりゃもう戻らねえ。その前に選べ」

「……」

「繋いでやれんのはそれだけだ」

 

 一人だけ。

 迷ったアユミチと目があったカハロから、目を背けた。

 

「なんで……一人だけ、なんですか?」

 

 できるならそんな制限しなくたって、意地悪を言わなくたっていいじゃないか。

 美少年がほしいならいくらでも、国中の子供をさらってきたっていい。だから。

 

 

「今ここで生き返らせてやれるわけじゃねえ。あたしが下界に関われるようになってからだ」

「だから」

「それまで魂をここに置いといたら散失する。そうならねえようにお前にくくりつけといてやる」

「全員を」

「二人以上を繋げりゃお前もまとめてあっち行きだ。死者は向こうに流されてんだからな」

 

 魂の雲海に。

 一人だけなら、一つだけなら、アユミチに繋いで留めておける。

 

 意地悪とかそうではなくて。

 もっとシンプルに、できないことはできない。

 

 今は下界に関わる力がない。環境がない。

 それを待っていたら、捨て森で死んだ人たちの魂は消えてしまう。粉々に。

 ここに留めておけない。アユミチの魂に繋ぐ。

 でも、ふたつ以上を繋いだなら、アユミチごと死者の側に流されるだけ。

 

 

「女神様、カハロにも繋いで」

 

 小さなカハロの提案に、はっと我に返った。

 そうだ、アユミチだけじゃない。ここにいるのは。

 

「おかあさんをカハロに」

「そう、です。僕の魂にも」

「俺にも!」

「気持ちはわかるけど無理だな」

 

 アユミチに言うよりは優しく。けれどはっきりと首を振る。

 

「引っかからねえ。アユミチと違ってお前らは最初からこっちの世界の魂だからな」

「こっちの……?」

 

 レーマ様の言葉をカヨウが繰り返した。

 アユミチは、こっちのじゃない。

 別の世界で生まれた異物。だから引っかけられる。一人だけなら。

 

 

「……」

 

 最初にレーマ様は言った。できないと。

 みんなを助けることはできない。無理だ。何もかもは叶わない。

 

 母を助けたいカハロの申し出も、ナーリヒとイサヤの献身も、レーマ様はわかっていてアユミチに選べと言ったのだ。

 現実に、助けられる望みがあるのは一人だけ。

 前の満月までの間に死んだ、誰か一人。

 

 

「……」

 

 カハロの目が怖い。

 カハロは、母を助けてほしいはずだ。

 当たり前だ。そんなの誰だって絶対にそう。

 

 その迷いが、別の迷いも生む。

 

 ゼラが一番。決まってる、そんなの決まっている。

 だけど、アユミチの為に命を失ったリグラーダは見捨てるのか。

 あの爆発で死んだだろうファニアは? 他の仲間は?

 最後にカヨウとカハロを助けて消えたムンジィだって……

 

 みんな、死んでほしくない。

 みんなに生き返ってほしい。本当だ。本当にそう望んでいる。心から、嘘じゃない。

 嘘じゃない。

 嘘じゃないのに……

 

 見捨てるんだ。

 切り捨てるんだ。

 アユミチの言葉で、他の可能性を。

 

 

「時間はねえぜ」

「ゼラを」

 

 答えは最初から決まっている。

 言い訳をいっぱい考えても、謝罪と自虐の言葉をどれだけ並べても、アユミチが選ぶ答えはそれ以外にない。

 

「ゼラ、だな?」

「……はい」

 

 

 ひっ。カハロが息を呑む音が聞こえた。

 ナーリヒとイサヤがその肩を抱き、カヨウは何も言わない。

 アユミチも、それ以上は何も言えない。言う資格がない。

 

 

 

 雲海に出て、レーマ様が何事か空に向かって囁いた。

 しばらくして駆けてきた戦馬車から(たてがみ)を一本。

 銀色の糸。

 

 それをアユミチの首に結び付けて、たったそれだけだった。

 アユミチが、他の仲間を切り捨てるのに必要な儀式は、たったそれだけだった。

 

 

 そして夜が明けた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 





 あとがき
 第三幕の終わりです。
 ここまででおよそ2巻の終わりというところです。
 感想コメントいただけたら嬉しいです。

 暗すぎるので想像しやすい部分を自主的にネタバレしておきますが、ファニアは生きています。
 ラストにはちゃんと色々が救われます。救えない一部を除いて。
 最後まで読んでよかったと思っていただけると思います。
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