法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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4-2.下糸

 

「ごめんな、カヨウ」

「いえ」

 

 岩場の波打ち際で手を洗うカヨウに謝罪を。

 男に触れられたのが不快だったのだろう。とても丹念に。

 囮に使ったのは何度目になるか。すっかり慣れてしまっている様子にも申し訳ない。

 

「何度も言っています。私の復讐でもありますから」

「そうだけど……」

「次に謝ったら怒りますからね、ホドウ(・・・)お兄ちゃん」

「……あぁ、テュズ(・・・)

 

 偽名で呼び合って頷く。

 岩で顔を潰した兵士を海に捨て、壁の血痕だけ軽く洗ってその場から撤収した。

 死体がどこかに流れればよし。浮かんで誰かに見つかっても酔っぱらって踏み外して死んだという風にも見える。

 魚の串でも咥えた酔っ払いが夜の波止場に落下。あり得ないことでもない。

 科学捜査なんてものがないこの世界で指紋やDNA鑑定があるわけもなく。魔法による捜査は不可能ではないかもしれないが、たかが兵士の事故死をいちいち追わないだろう。

 

 

 ポーラ隊のタルーサ。

 夏の初め、捨て森を焼き払ったディサイの軍の一員。

 ただそれだけではない。

 

 アントニー・マクリアスがどれだけ勇猛だったか、捨て森のヘレボルゼの断末魔がどれだけおぞましかったか。

 そんな話をあちこちで吹聴していた。

 他にも似たような奴が何人か。アントニーの子飼いで彼の評判を喧伝する輩。

 本人も焼き討ちで活躍したと話していた。

 

 他の人間より行動パターンが読みやすく、こうして始末できた。

 顔面を岩で割られて死んだ男。

 人を殺した。アユミチの手で。

 いや、人じゃない。こいつは焼いた捨て森の住民を害虫だと言っていたのだから。ただ命令に従っただけの兵士ではない。こんなもの人間ではない。殺されて当然。

 

 アユミチの手で殺した。

 今までとは違う。

 殺さなければ殺されるという状況ではなかった。

 カヨウの幻術で身を隠し、カヨウを囮にして誘い出して殺した。

 震えそうな手を握り、まだこれが始まりに過ぎないと自分に言い聞かせる。

 

 

 

 数か月かかった。

 こんなにかかるとは思わなかった。

 ゲームやアニメなら、情報集めすればすぐに敵の本拠地に乗り込めるのに。

 アユミチのスキルではスマートな潜入捜査なんてできない。

 

 最初にこの町に来た時は、死病をまき散らした男のせいで警備体制が厳しく、町に入るのにも危険を感じるレベルだった。

 カヨウが幻術でどうにかしようかと言ったが、考えてみてやめた。

 中の住民の警戒心も高いだろう。

 土地勘もない伝手もないアユミチとカヨウが中に入っても、誰も相手にしない。

 何かのはずみで追われることになれば危険だ。カヨウの身が危ない。

 

 危険を避けてディサイを離れた。

 アユミチの手の届くところに残った最後のカヨウ。絶対に傍を離れないと言う彼女を、アユミチだって決して失いたくない。失わせない。

 

 兄妹ということにして、近くの比較的大きな村などを回って機会を伺った。

 王都に向かうことも考えたが、それこそ地理も伝手も何もない。

 まずは手近なここから。

 森を焼いた英雄などと自らを呼ばせているアントニー・マクリアス。生かしてはおかない。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 夏の頃。

 

 

「南部で仕入れた異国の布と酒です。ディサイで売るつもりが入れてもらえなくって」

「あそこは今面倒でな……二人で行商か?」

「はい、親を亡くして妹と一緒に……この子はちょっと魔法が使えるんで」

 

 衛兵の前で妹のテュズが軽く手を振ると、黒い炎が宙に伸びてすぐに消えた。

 たった二人で荷物を抱えて歩いていれば危険だ。平和なトローメにも強盗や何かはどこにでもいる。

 しかし魔法使い。

 

「俺の方も多少は。住むところはないのであちこち回って暮らしていまして」

 

 何かしら心得があって荒事になっても対処できる。

 だからあちこち転々と回り行商をしている。そういう話。

 

 

 南の町で仕入れた異国の織物と酒を売りたいと地域の郷司を訪ねた。

 ディサイ近隣の農村五つほどのまとめ役。ディサイ総督が州知事なら市長の役割が郷司。

 

 レーマ様が溜め込んだ宝物は数多いが、一番換金しやすく有り余っているのが布だった。

 ほとんど刃の通らない丈夫さと、奉納されるだけの美しさ。

 

「郷司様はお忙しい。行商人にお会いになる時間などない」

「でしょうとも。なんでもご子息の元服式が近いとか。この布織物をぜひ見てほしいんです」

「確かに上等なものに見えるが」

「ただ上等なだけじゃない。並みの刃ではびくともしない不思議な布なんです」

 

 ほら、と。

 畳まれた布を両手で広げて、

 

「その剣でやってみて下さい。切れても弁償しろなんて言いません」

「はあ……切れたら帰ってくれよ」

「お前の剣が布一枚も切れなかったら笑い話だな」

「うるさい」

 

 郷司の館の衛兵二人は、アユミチ……偽名で行商人ホドウが広げる白い布に呆れ半分笑い半分。

 片方がショートソードを抜き、相方の揶揄を鼻で笑った。

 

「切れたら、俺が安く買ってやる……よっ!」

「っ」

 

 ぴんと張った布に兵士が剣を振り下ろした。

 ぎっとたわみ、しかし刃は通らず、剣先が布の腹を滑ってそのまま地面に突き刺さった。

 

「おぁっ!?」

「っと……大丈夫です?」

「ははっ、何やってんだか」

 

 つんのめった兵士を笑った兵士だったが、結局その後彼も同じ無様を晒す。

 こいつはすごいと、忙しいはずの郷司様に取り次いでもらうことができた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 ハサミを熱すれば切れる。火には弱い。布には違いない。

 最初は通してくれなかった警備兵も、実際に剣で切れない美しい布を目にして上に取り合ってくれて、そこそこの金になった。

 

 元服式の衣装を仕立てるのによい買い物ができたと、郷司トオハ・ルゴールの機嫌は上々。

 

「また仕入れたらうちに来てくれ、ホドウ、テュズ」

 

 現代の日本では想像しにくいが、高品質な布織物を欲する金持ちは少なくない。

 機械工場による大量生産ができないここでは、普通の糸や服だって安くはないのだ。神様に奉納するレベルなら最高級品で希少。

 

「酒の方も是非に。安物の瓶にあれほどの美酒とは」

「異国のものだとしか聞いていなくて。仲介してくれた人に今度聞いてみます」

「頼む。ワシが留守でも家の者に話を通しておく。いつでも来てくれ」

 

 レーマ様の美酒も好評で、ぜひ蔵元を知りたいと。

 事前に衣服と交換した酒瓶に移し替えてきただけだが、試しに一本献上してみたら大好評だった。

 歩道(ホドウ)火曜(テュズ)の毒見後、部下の人が一口飲んでびっくり。

 郷司トオハ・ルゴールの関心を引き、結局ぐびぐび飲んで酔いも回り舌も回る。都合がいい。

 

 

「最初はディサイの町に行くつもりだったんですが。どうも入れてもらえなくて」

「時期が悪かったな。剛腕で知られたコスタス閣下も死病は恐ろしいらしい。当家としては幸いだったが」

 

 本来ならディサイの町に売りに行きたかったのだけれど、と話を振った。

 

「剛腕ですか……」

「若い頃は海戦でホスバルドルや南蛮ティルソを震え上がらせたものだ。今はディサイの住民を震えさせているがな」

「恐ろしいお方のようで」

「あれとディアホラ家……知らぬか? ディサイの祭司長を代々務める。ディサイで暮らす者はこの二つの顔色を見ておらねばならん」

 

 この辺りでは常識なのだろう。

 腐敗した権力者の家。

 

「町の有力者も、当家も同じだ。逆らったり下手な立ち回りをすれば魚の餌……生け簀の餌だ」

「生け簀……ですか?」

 

 町の北の湾に漁師たちの生け簀があるとは聞いた。

 食べるものを育てているだろうそんな場所に? 比喩だろうか。

 

「噂話だよ。マクリアス家には人を食わせる為の水槽があるとか」

「それは怖いですね」

「そんなことをせずとも海に捨てればよいのだ。コスタス・マクリアスにエヴェニス・ディアホラを誰が咎めよう」

 

 西港の総督とその補佐的な名家。

 何をしたところで罰せられない。わざわざ証拠隠滅の必要などないのだ。

 こそこそしなくても問題にならない権力者だが、陰で悪事をしているような噂。

 親が子供に、悪い子は攫われちゃうよと言い聞かせる類の話か。

 

 

「まあ今ディサイに入らなかったのは君たちにも幸いだったろう。町の者も死病騒ぎで空気が悪い。よそ者を見つけて私刑(リンチ)なども起きていると聞く」

「そんなことが……」

「魔法使いと聞いたが、暴徒に追われれば命はあるまい」

 

 死病の恐ろしさを間近で感じた住民たちも、疑心暗鬼と狂気に駆られている。

 日本とは違う。内戦状態の紛争地域などはこんな雰囲気なのだろうか。

 火曜(テュズ)を連れていけばどうなっていたか。

 短慮に潜入などしなくてよかった。今回の判断は間違っていなかったらしい。

 

 

「……とまあ、つい余計な話を。内密にしておいてくれたまえよ」

「もちろんです。あっちでは門前払いだったわけで、トオハ様には感謝していますから」

 

 地域の総督に関わる悪い噂話をぺらぺら喋ったトオハ・ルゴールが、今さらの口止め。

 別に彼に恨みはない。そもそもコスタス・マクリアスに告げ口する伝手もない。

 

「ディサイの町の話、もう少し聞かせてもらってもいいですか?」

「構わんとも」

 

 

 酒を交わして話をするというのはどこの世界でも有効らしい。

 ディサイの町の造りや住民たちの気質。

 色々の話の後で、妹の美貌なら息子の嫁にほしいなどと言われたあたりで切り上げた。

 

 

 

「あんなのただのお世辞ですよ。身元も定かじゃない流れ者の娘なんて」

「……」

「心配なら、ね。この手でしっかり捕まえておいてください。お兄ちゃん」

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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