法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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4-5.親心

 

「やめろ! やめてくれ……たのむ……お願いです、コスタス閣下……」

 

 なぜコスタスに謝るのか。

 アントニーの頭にさらに血が上った。

 今お前たちの命運はアントニーが握る焼きごてで左右されるというのに。アントニーを軽んじているのだ、下民ごときが。

 

「ひ、っぐ……う、うぁ……おとう、さ……」

「黙れ」

「ぎゃぁぁぁぁっ! いたいっいだいぃぃぃ!」

 

 膨らんだ加虐心で、焼けた鉄を少女の尻に強く押し付けた。

 焼ける匂い。

 人間の焼ける匂いなど気色の悪いものだと思っていたが、これが若い娘ならそう悪くないものだな、などと思えば気持ちも休まる。

 アントニーが薄笑いを浮かべて焼きごてを離すと、部下が新しく赤く焼けたものと取り換えた。

 次がある。終わりはない。

 

「次は顔だ」

「やめろぉぉ!」

「アントニー」

 

 父親ダスカープの絶叫に続けて、コスタスが低く唸った。

 手を止めろ、と。

 涙と鼻汁でぐじょぐじょの娘スィーマとダスカープが、救いを求めるようにコスタスを見る。

 

「顔は後にとっておくものだ。指を焼け」

「やめ――」

 

 父と娘の悲鳴は、妻であり母だった女の肉塊がサヴァサゴニの腹に収まる頃には絶望のすすり泣きに変わっていった。

 

 

「ころ……して……ぅ、もう……」

「お願いだ……ぜんぶ、言った……なんでもする、だから……」

 

 やはりダスカープは密偵だった。

 東港の左潮伯エクソト家に繋がる密偵。

 アントニーは知らなかったが、コスタスの口ぶりだとこちらから送っている密偵もいるらしい。

 同じトローメ国内とは言っても立場のある者同士はライバル関係になる。表立って敵対するのは控えていてもお互いの内情を知り足を引っ張り合うことは当然のこと。

 

 ダスカープは十五年前に密偵としてディサイに入り、この町の軍備、政策、流通などの情報をエクソト家に送っていた。

 表向きはぱっとしない商売人として。だが資金援助を受けて不自由のない生活をしながら。

 本来なら十年やそこらで帰れる予定だったそうだが、何か向こうの状況が変わったとかで長引いた。それが運命の分かれ目。

 

 妻も子もできて町にも馴染んだ。特に何も難しいことはない。これまで通り暮らしながら、暗号混じりの手紙を出すだけ。

 ダスカープの他にも密偵はいるはずだが、互いに素性を知らない。それは本当らしい。

 この男が捕まったと知られているのかわからないが、手紙の先を追っても無駄だろうとコスタスの側近が首を振った。

 

 

「子供たちは、何も知らない……知らないんだ、だから……」

「……」

 

 コスタスに訴えるダスカープだが、コスタスは無言でアントニーに軽く顎を向ける。

 取るに足らない使い走りの密偵の拷問。尋問。

 アントニーの練習にはちょうどいいと任された。

 敵対的な人間の殺処分などは任されたことがあったが、こうした拷問は初めてだった。うまくできているかわからないが、案外と悪くない。気分が乗る。

 

「ああ、知らなかったんだろうな。信じるぞ」

 

 娘は何も知らない。父はただの商人で自分はその娘。生まれてから今日までずっとそうだった。

 弟の方もそうなのだろう。

 その弟と一緒に水槽の反対にいるはずのエヴェニスは、見透かすような態度が気に障る男だ。アントニーにとって苦手な部類。

 

 

「だが今知った」

「ぁ」

「今まで知らなかったのに残念だったなぁ。父親がぺらぺら話したばかりに」

「あ、あ……っ! きざまぁぁぁ! ふざっこのクズが! アントニーお前みたいなできそごなぶぉっ!?」

 

 握りしめた焼きごてでぶん殴る。

 汚い唾を飛ばす口から、折れた歯が飛び出すほど強く。

 

「黙れ薄汚いクソが! クソより下等なゴミの分際で!」

「べふっ、ご……ぶぐぅっ……」

 

 何度も叩きつけるうちに、顎が砕け喋ることもなくなりただうめき声を上げるだけ。

 実際、大した情報を持っているわけではなかった。だが小さな情報の積み上げで敵方の状況を把握しやすくなるとか。コスタスの側近が時折口を挟んでそんなことを言う。

 すぐに殺してもよかったのだが、アントニーの練習台として役に立った。

 

 

「は……っ、どうです。親父殿?」

「まだ終わっとらん」

 

 まだ息はある。残った男と娘をどうするのか。

 処分まで含めて一仕事。

 

「殺してサヴァサゴニの餌に……やつらはまだまだ食えるでしょう」

「……」

「ああ、娘の方は殺す前に処刑人にくれてやるのがいい」

 

 アントニーの手伝いをしている処刑人は、鈍く太った醜い男だが、バカなりに役目に忠実だ。命令に従う以外の頭がない。

 普段は牢番、時に処刑人。拷問官。

 体を焼かれた少女の横でよだれを垂らす男に、少しくらいご褒美をやるのも主の度量だろう。

 

 

「生まれてきたもんを粗末にすることも――」

「ふん」

「あ……が……」

 

 アントニーの言葉が終わらぬうちに、コスタスの杖の先が少女の心臓を突いた。

 

「それで逃がすバカもおるのだ」

「あ……」

 

 殺すのももったいない、と考えたアントニーの甘さに釘を刺してから、間抜け面を晒す処刑人に、

 

「楽しむならはやく持っていけ。まだしばらくは柔らかいぞ」

「う、うへぇ……ありがとうございやす、閣下ァ」

 

 息絶えた少女の体を担いでいそいそと出ていく処刑人を見送り、これで憂いはないとゆっくり頷くコスタス・マクリアス。

 父とはいえ容赦のないものだと、アントニーは自分の甘さを飲み込んだ。

 

 

「おま、えら……のろわれろ……永遠に、呪われ……」

「何もできぬものは惨めよな」

 

 小さく呻くダスカープを嘲るでもなく、本当ん憐れむような声色で呟いた。

 

「このコスタス・マクリアスに逆らっておいて、死んでも救われる道などないわ。お前の娘は醜い男の汚らしい部屋で犯され腐っていく。おぬしはワシの可愛い魚の腹の足しじゃ。死んでも夫婦一緒にしてやるとはワシも情け深いわい」

 

 死んでも許さない。死んでも逃げられない。

 絶望を男の魂に刻み付けて去っていくコスタスの背中に、息子のアントニーでさえ怪物を見るかのような表情を隠せなかった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 期待していた次男の死。

 血気にはやって決行した捨て森の焼き討ちが思いもよらぬ大事。三日三晩天を焼くほどの光は、確かに神の力に類するもの。天変地異。

 

 さすがのコスタスも驚き、それから冷静になった。

 怒りに任せて行動してしまったが、これはエクピキ教にとってプラスだったのか。逆なのか。

 まだ十二の国王ネロなど問題ではないが、エクピキ教を敵に回すのはよくない。

 

 アントニーは病魔と悪神を討滅したのだ。

 

 そういう形にして急ではあるが右流伯の称号を継がせることにした。

 うやむやに。

 仮にあの光がエクピキ教団にとってマイナスに働くことだったとしても、慶事のように喧伝してしまう。

 国中にエクピキの威光であると伝えれば、教団もその波に同調して権勢を固める道筋もある。

 

 

 どうやらコスタスの危惧は外れていて、教団はあれを咎めるつもりはないらしい。

 何か不都合があったとしてもマクリアス家を処罰するような話ではない。エヴェニスにも確認したが、教団本部からは不気味なほど連絡がないのだとか。

 

 なんにせよ後継ぎをアントニーと定めたのは事実。一歩引いたところから隠居したコスタスが見ていれば、そう悪いように転ぶこともないだろう。

 ただ、アントニーには思慮や忍耐が足りないところが目立つ。感情的にもなりやすい。

 半人前の当主。自分が継いだ時はどうだったろうか。荒くれ船長の延長くらいにしか考えていなかったかもしれない。

 

 

 密偵らしい男を見つけた。

 大して重要なものではない。下っ端、末端。

 息抜きと練習台にはちょうどいい。部下ではなくアントニーに処置を任せてみたが。

 

「拷問を楽しむようでは向いておらんな」

「はい」

 

 コスタスの側近も忌憚なくアントニーの不出来を認めた。

 本人は楽しそうだったが、情報を聞き出すために感情は余計だ。淡々と、作業のようにやるべきこと。

 また、殺すにせよ生かすにせよ相手の心を折る手管も稚拙。

 向いていない。適性がない。

 今後、何かの尋問は別の適任者にやらせるべきだろう。アントニーはやりたがるかもしれないが重要なことは任せられない。

 

 

「操船も風読みも不出来。人を使うもうまくはない」

「焼き討ちは見事でございました」

「無理に褒めんでいいぞ」

「いえ、本心です」

 

 次期右流伯でコスタスの嫡子。だがぼんくら。

 側近の慰めに軽く手を振って応じるが、彼は構わずに続ける。

 

「捨て森を焼き尽くした手腕については父君に勝るものかと。案外、戦上手なのかもしれません」

「ふん……」

 

 コスタスの側近はコスタスをよく理解している。おべっかなのかと思えばそうでもないような。

 なるほど。

 息子を褒められるのは悪くないものだ。

 

「ワシより上、か」

「はい」

「ふん」

 

 ぬけぬけと言ってくれる。

 存外、悪くない。

 

 

  ◆   ◇   ◆

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