法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
「あんたも好きもんだねえ」
「そういうわけじゃ……」
孤児院で働く初老の女のにやけた目に、言い訳しようとしてから口を閉ざす。
『そう思われても仕方ないでしょ。普通に暮らしていたらよその子供なんて養わないんだから』
ノクサの言い分ももっともだ。
フードを目深に被せたカヨウとアユミチを見て、相手がどう思うのか。
身元も不明な子供を引き取りたいなんて男の目的がまっとうなことなど考えにくい。奴隷としてこき使うか欲望のはけ口。
「お兄ちゃん、荷物なら私が持ちますから大丈夫」
「……荷車を使うならもう少し手がほしいと思ったんだよ」
「なんだ、兄妹かい?」
カヨウの声音に、不審者を見るようだった相手の目に変化が生じる。
『この子、ほんとに上手ね』
間抜けなアユミチをフォローしてくれるカヨウ。この構図にノクサもすっかり慣れている。
相手から見れば、少女奴隷を連れたよそ者が新しい奴隷を求めにきた、と見えていたのだろう。
孤児がどう扱われようが咎める法がない。あるのかもしれないが、取り締まる者がいない。
村や町の人間が被害に遭えば対応するにしても、よそ者や孤児などが野垂れ死んでも知ったことではない。
多少哀れに思うとしてもしょせんは他人事。自分たちの生活が何より大事で、他にかまけていられないのだ。
孤児、捨て子を育てる孤児院の役割は、労働力として出荷することが主らしい。孤児が溢れて治安の悪化を防ぐ意味もあるようだ。
お金持ちが素性の知れぬ子供を養子に迎えることなどない。
言うことを聞く奴隷として生かし、一定の年齢になれば適当なところに奉公に出される。鉱山やガレー船の漕ぎ手、農村の働き手、見た目がよければ別の道など。
「だから言っただろう。元気そうな男の子でもいればって」
「そっちの趣味かと思ってね。あんまり大きくない子がいいなんて言うから」
「妹に変な気を起こされても困るからな」
「心配性なんです。うちのお兄ちゃん」
からかうようなカヨウの声音はアユミチとの距離感が近く、相手の女も本当に兄妹だと納得したようだった。
まあ嘘なのだが、奴隷扱いしている関係ではないのは明らか。
「悪かったね、変なこと言って。こんなところにいると色んな変態も見るもんだからさ」
「だろうな」
「いくらかご寄付をいただけりゃ紹介するよ。可愛がってもらえりゃその子も幸せだ」
「かわい……別に鞭打ったりするわけじゃない」
「はっ、そうだと安心だ。出ていった先で取って食われててもわかりゃしないけどねぇ」
人間扱いされないことはあっても食われるなんてあるはずがない。
眉をひそめたアユミチに、
「よその人なら知らないかい? マクリアス閣下は恐ろしい化け物を飼ってるって話だよ」
「ただの噂だろ」
「さあね、あたしは見たことはないけど」
『また化け物退治?』
勘弁してくれ。
いくらなんでもこの町に王蠍やヘレボルゼのような魔獣がいるわけでもあるまい。
見たこともないと言うのだから、ただの噂の類に違いない。
「面倒みた子がひどい目に遭っても気にならないのか?」
話題を変えようと思って出てきた言葉は、そんな皮肉っぽい質問。
子供が食われるという話でつい、捨て森のババを思い出してしまったから。
八つ当たりのようなアユミチの質問に、初老の女は軽く肩をすくめて首を振る。
「そういうのはもうとっくに忘れたね。情が移っても何にもなりゃしない」
「……」
「あんたがみぃんな養ってくれて仕事もくれるってなら嬉しいさ。誰も不幸にならない」
「悪い。変なことを言った」
彼女の立場では、子供たちに愛情を注いでもその先の人生をどうできるわけでもない。
保健所の犬猫や、悪く言えば養豚場の豚のようなもの。
情が移ってもつらいだけ。過去にそんな経験をしてきたのかもしれない。
「ま、聞き分けのいい子なら少しでもマシなところに出してやりたいと思うけどね」
「……そうだな」
聞くんじゃなかった。少し後悔する。
孤児院の職員の胸三寸で選ばれる子供。アユミチが預かればレーマ様のところで安全に暮らせるが、選ばれなかった子はどこに行くことになるのか。
奴隷海将なんて部隊もあると聞いた。そんなところで使い潰されるのかもしれない。
「お兄ちゃん」
「ああ……今日は話を聞きに来ただけだ。まだしばらくこの町に――」
切り上げようと言いかけたところで、何やら多くの人々が集まってくる気配を感じた。
警戒して、しかし話し声が子供たちのものとわかって警戒を緩める。
「ああ、ディオーネかい」
「仕事はだいたい片付きました。お借りしていた子供たちを返します」
十人以上。カヨウよりやや小さいくらいの女の子ばかりを連れてきた若い女が、アユミチと話していた女に話しながらちらりとアユミチに視線を向けた。
「どうだったね?」
「みんなよく働いてくれましたよ。右流伯からお代をいただいたら少し御礼に色をつけるとグリナさんが言っていました」
「そりゃあよかった」
「右流伯?」
女の子ばかりを連れて何をしていたのか。
どうやら働き手として借りていたようだが、その仕事内容に聞き捨てならない単語が混じる。
いったい何をさせて……?
「この人は?」
「よそ者の兄妹だそうだ。旅の荷物持ちをご所望だってさ」
「行商をしている。もっと荷を運べればいいと思っているところだけど」
「妹に手出ししない働き手を探してるってね。妹に過保護なのはあんたのとこと変わらないね。ディオーネ」
ふうん、とアユミチとカヨウを値踏みするように見て、
「心配してるお兄さんの方が危なっかしいんじゃない?」
「そういうところもあります。テュズです」
「まあ……ホドウだ」
カヨウが進んで名乗ってくれたおかげでアユミチも名乗るタイミングができた。
右流伯と関りがあるというなら話を聞きたい。
危なっかしいと言われて否定もできず、憮然としたアユミチの顔にディオーネと呼ばれた女の表情が緩んだ。
『アユミチがこの子に保護されてるって感じよね』
半笑いのノクサを否定もできず、やれやれと頭を掻いた。
間抜けな兄としっかり者の妹。こういう関係は人を安心させるのかもしれない。
復讐すると覚悟を決めたとしてもアユミチが急に別人になれるわけではない。甘っちょろい間抜けな男。
できることしかできない。
その隙間をカヨウが埋めてくれる。情けないがカヨウなしでは何もできない。
『この子は好きでやってるみたいだし、気にしなくていいと思うけど』
「……」
アユミチの胸中を察するノクサの言葉。
年下の少女と長命の妖精に支えられているのを自覚し、頷いた。
「右流伯閣下の仕事を、こんな子供たちが?」
「裁縫仕事よ。その下働き」
孤児院に戻っていく子供たちがディオーネに、またお仕事呼んで下さいなど挨拶して去っていく。
ご飯がおいしかったという内容の会話を交わしているから、孤児院にいるより扱いがよかったのかもしれない。
「もうすぐ式典なのは知ってるでしょう? 軍旗や軍服とか、たくさん必要なの」
「ああ、旗か……」
なるほど、例年以上の規模の祭りならそういう準備物も必要だろう。
アントニーの継承式ということで来賓なども来るはず。警備の兵もみすぼらしい恰好ではいられない。
仕事量が増えれば手が必要。
臨時で裁縫の作業を手伝わせるのに女の子たちを借りたのか。
「お兄ちゃん、買ってもらったらどうです?」
「うん……? あぁそうか」
「なに?」
「外国から仕入れた上等な布があるんだ。見てくれないか?」
カヨウに促されて、行商人という役割を思い出す。
右流伯のところに出入りできる相手を目の前にして、どう潜り込むなら怪しまれないかなどと考えてしまった。
「へえ……綺麗な布みたいね」
「ああ、一級品だ」
アユミチが取り出した反物を見たディオーネは目をしばたかせて感嘆の声を漏らした。
「切れたりほつれたりすることもほとんどない。熱さないとハサミも通らないくらいに」
「ふうん……ほんと、丈夫なつくりだわ。この辺りじゃ見たこともない」
「そうでしょう?」
旗や軍服を作っているのなら丈夫な布はいくらあっても困らないはず。
アユミチとカヨウの売り込みに、ディオーネの反応は悪くない。
手に取った布を引っ張ったり空かしたりして、興味を持っている。
「私も雇われだからね。女将さんに聞いてみるといいわ。紹介する」
「助かるよ。ディオーネさん」
「気難しい人だからいい値段つけてくれるかわからないわよ」
「お金は……まあ、高く買ってくれると助かるな」
値段はどうでもいい、と言いそうになって笑顔でごまかした。
行商人がそれではおかしいだろう。
「すごく上物なんだから、いいお値段じゃないとお譲りできませんからね。お兄ちゃん」
『商売人には向いてないのよね、アユミチって』
少女と妖精の小言に渋面になるアユミチに、ディオーネはどこか懐かし気な表情で笑った。
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