法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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4-8.素性の伏せ札

 

 時代が動く。

 右流伯家の当主を魔獣退治の英雄アントニーが継承する。

 

 そんなことはどうでもいい。それは結果だ。

 鬼巫アハラマの花札であり隠し札である黒のマベラの耳には、アントニー・マクリアスの人物像も届いている。

 際立った才覚はなく、自尊心や自己顕示欲は強め。

 その自己肥大すら特別なものではなく、貴族の長男に生まれればそんなものだろうという程度。

 

 平和な時代であれば、せいぜい我がままな領主として領民に嫌われつつ、商売人にはいいカモにされただろうというくらいのもの。

 歴史に名を残さない領主などいくらでもいる。その一人として終わっていればよかったのではないか。

 他人事ながらにマベラはそう思う。

 誰もが後世に謳われるような英雄になれるわけではない。歌劇の主役を張れるものではない。

 

 

 時代が動いた。

 はるか昔から人々を悩ませてきた死病が完治するという噂。

 不確かな噂から騒ぎが始まり、捨て森の焼き討ちが天を焼くまでの事態を引き起こした。

 アントニー・マクリアスがその引き金を引いたとは考えられない。その後の動きを見てもおかしい。

 

 仮にアントニーが本当にあんな力を持っているとしたら、国家存亡の危機だ。

 国軍も、エクピキ教団も黙っているはずがない。

 それを自らの功績だと吹聴するなど頭がおかしいか、ただのホラ話。そうでなければ偶然というだけ。

 

 

 だが、捨て置けない問題があった。

 これから死病患者はどうすればいい?

 

 遥か昔から続く死病。流行病。消えてなくなるわけではない。

 トローメでは建国以来ずっと、捨て森に捨ててきたのだ。隔離してきたのだ。

 麻薬めいた効能のある霧や、その環境で育った薬草。

 死ぬのなら少しでも楽に死ねるように。それが死病患者の最後の救いだった。

 

 失われた。

 行き場を失った。

 死病患者と接触すれば、誰もが感染するリスクがある。

 今まではだいたい素直に捨て森に向かわせられていたが、今後は誰かが管理しなければならない。

 

 焼き殺すのがいい。

 強い塩に弱いともいうから、それも手段のひとつ。

 間違って町で大流行などさせれば、トローメ王国崩壊につながりかねない。

 

 楽に死ねない。

 他国のように、特別な隔離施設や死病対策の部隊を用意する必要がある。

 とりあえずはアントニーの英雄譚に民衆の目を引きながら、今後の対策と準備が必要だ。

 

 貴族院、国軍はそちらにかかりきり。

 エクピキ教団の動きも鈍い。その理由は知っている。太光師ら幹部が致命傷級の深手を負い、復調までに時間を要したからだ。

 汚らわしい化け物でも生き物には違いない。

 噂の大爆発をも耐え凌いだアパティの力は侮れないが。

 

 

「主様の気まぐれでこっちも『手』が増えた。過去にないこと」

 

 捨て森焼失の際、アハラマが動いたことは無駄ではなかった。

 成果かと言われれば疑問でしかないが、今までなかったものが手の内にある。

 

 時代の境目。

 何かが大きく変わる。

 世界が変わる。

 先が見通せなくても鬼巫も動くしかない。さすがにもう主を単独では行動させないとして。

 

 

「準備物も食料も揃い、明日から二日間で町中を飾りつけです。三日後の祭り初日は収穫祭。二日目が継承式です」

 

 鬼巫にも協力者はいる。

 主要な町には密偵くらい置いている。上にいるのが鬼巫だと木っ端密偵本人は知らないとしても。

 女を重要視しないトローメ王国の慣習は、やりやすいこともあった。

 

「右流伯周辺の主だった者の動きは地図に書いています。お気をつけ下さい。陽輝卿側の手の者はどう動くかわかりません」

 

 ディサイの情報をまとめている密偵の報告を聞きながら、事実と推測とを分けながら頭に入れる。

 予定通りに進むことはない。だがわかっている予定は把握しておきたい。

 

 

「いい。先入観は邪魔」

巳刻(10時)から一刻(2時間)おきに空砲を打ち鐘も鳴ります」

「うん」

 

 マベラが既に知っていることも話すが、確認の為に余計なことは言わない。

 知っていると遮ってしまえば何かを聞き逃す可能性もある。

 町の地図は全て暗記して燃やす。証拠は残さない。

 

「マクリアス家にはポーラ隊幹部が常につきます。隊長ヴァイロンと副隊長タニクはコスタスの懐刀。お気を付けください」

「特徴は?」

「ヴァイロンは赤い羽根飾りの長槍が目立ちます。タニクは鼻がありません。それを自慢にしていますが、公式の場では銀のマスクで鼻を覆っています」

 

 歴戦の猛者なのだろう。

 コスタスは実利を重要視するタイプの男だ。半端な腕の者を側近の護衛にしているわけがない。

 

「襲う計画はない」

「市民の中にそういう動きがあります。非常に少数です。失敗するでしょうが騒ぎが広がれば利用できる可能性もあります」

「暗殺?」

「先日、右流伯に捕らえられた家族がいました。私たちとは別の密偵だったようです。それを探る動きをしていましたのでこちらも察知しました」

「なるほど」

「最近、ポーラ隊の兵士も二人ほど行方知れずに。誰の差し金かはわかっていません」

 

 

 色々な騒動があった。

 その中でディサイに潜んでいた密偵が捕まり、その近辺にも波が立つ。

 捕まった密偵を探るような行為は危険だ。気になっても素通りすべき。

 

「それと別に……」

「なにかあった?」

「アントニーが個人的に客を迎えました。屋敷に入っている者から報告がありました」

「そういうことも」

「鬼巫の手の者、と」

 

 なんのことだ、と。

 あらためてまじまじと、この町で二十年以上暮らす密偵の女の顔を見上げた。

 やや老いた女の顔にも困惑の色が濃い。

 

「アントニーがそれらしいことを言って失礼のないようにと。コスタスにも内密に、とのことで」

「……」

 

 どういうことだ。

 マベラは知らない。レフカースあたりが勝手に何かしている可能性もないとは言えないが。

 

 アントニーなどどうでもいい。

 この機にエクピキ教団の幹部を始末したいだけなのに。

 

「西港に鬼巫の使いなんて来るはずがない」

「はい」

 

 まだ早い。

 エクピキ教団が正面から敵対するには、こちらの戦力が足りない。

 こっちが増える見通しはないから、地方のエクピキ教団幹部を殺して戦力を削ぎたい。混乱させたい。

 

 

「……必要なら、それも殺す」

 

 なぜマベラが単独で来たのか。

 最も暗殺に向いている技能と、花札は全て王都にいる見かけを保つ為だ。

 ここでの騒ぎを鬼巫と結び付けられてしまうのでは困る。

 

「偽物の素性がわからなかったら、死体には適当な名前を」

「もちろん。幸い、近隣に何人も送り出した名簿と記録がありますから」

 

 ディサイ北区で孤児院を切り盛りする初老の女は、マベラの言葉を正しく理解して頷いた。

 鬼巫の関係者などではない。

 孤児院を出た誰かの名前を死体につけてやればいい。

 鬼巫アハラマの名を使うような不埒な詐欺師など、マベラの手で必ず始末しよう。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「面会の予定などないはずだが」

「それが、名を明かせぬ高貴な御方からの使いとのことで……」

「はっ、そう言って取り入ろうという輩がどれだけいる。おい、襟の角度をもう少し上げられないか? 遠目に目立つように」

「仰る通りなのですが……」

 

 継承式の準備に忙しい時に下らない報告を持ってあがる衛兵長に、鏡の前で礼服の襟を正しながら視線も向けない。

 明日からは大通りに旗を並べ、いよいよ秋の祭りに合わせたアントニーの右流伯継承式が本格的に動き出す。

 式典の前からアントニーに取り入ろうとする来客も多い。

 いちいち取り次ぐはずがないのだが、わざわざ持ってきたことに遅れて疑問が浮かんだ。

 

「……」

「こちらをアントニー様に、と」

「手土産か」

「見てもらえばわかる、とも」

 

 

 今の屋敷の警備は非常に厳重だ。当たり前のことだが。

 こうした祭りに紛れて、日ごろマクリアス家に不満を持つ者が入り込んで騒ぎを起こすことも想定している。

 

「本物か?」

「私などの目利きではわかりませんが、この重みと輝きは粗末に扱えません」

 

 衛兵長が正門を離れて直接アントニーに届けようと思わせるほどの、見事な首飾り。

 白布越しに両手でアントニーに捧げるそれに目が留まり、礼服の仕上げの手を止めて近づいた。

 

「見ればわかる、か」

「祝いの献上品とのことです」

「都の、名を明かせぬ方から……な」

 

 

 凄まじく細やかな金糸が広がる首飾り。

 支えになる部分も、それ自体が輝くような白金の鎖が繋がり、首から下げれば涙のような紅玉と碧玉が交互に数十垂れる。

 中央には大きな金剛石が、その内部に何かの紋章を浮かばせながら鎮座する。

 王都の舞踏会でさえ、これほどの首飾りを身に着けられる者はそうはいないだろう。

 

「……なるほど」

 

 ガラス玉ではない。王家が所蔵してもおかしくないほどの首飾り。

 粗末に扱っていい物ではないし、粗末に扱っていい客ではない。

 残念ながら刻まれた紋章に見覚えはないが、正直に知らないと言うのも癪だ。

 常日頃からアントニーは周りから軽んじられているように感じている。

 

「これは古い貴族の家紋だったか……まあいい。後で政務官に見させよう」

 

 こうしたことに詳しい政務官は、父コスタスと共に今は出払っている。

 今はアントニーがここの主。これからは常にそうなる。

 

「彼らはどういたしましょうか?」

「これほどの土産を受け取って門前払いはできん。謁見室に通せ」

 

 超一級品の宝物をアントニーに贈るほどの客。

 名を明かせない。だが確かに大きな後ろ盾がある人間に違いない。

 衛兵長がネコババしなかったのは、これだけの宝物を取引するのも困難だから。それを見越して預けた。

 マクリアス家の主として迎えた方が、アントニーにとって有益ではないか。

 

「アントニー閣下、謁見室は……」

「……応接室でいい」

 

 まだ数日は、ここの主はあくまでコスタス。

 アントニーが継ぐとは言っても主不在の謁見室に外来者を通すのを渋った衛兵長に、苛立ちと共に応じた。

 

「どんな男だ?」

「いえ、女……少女です。供に護衛の男が一人だけ」

「娘?」

「魔法使いとのことです」

 

 アントニーの祝いの使者に女を向かわせるなど、ますます混乱する。

 混乱するが、逆に可能性が絞られた。

 女が表に立つ風潮があって魔法使い、と。

 名を明かせぬ事情もなんとなく理解できる。アントニーは愚物ではない。察する。

 

 

「鬼巫、か」

 

 見たこともない紋章もそれかと思えば、面白いことになりそうだと腹中に考えが湧く。

 エクピキ教団と対立しがちな鬼巫が、右流伯の代替わりを機に接触してきた。密かに。

 

 ディサイの町でマクリアス家でも立ち入れないエクピキ教団ディアホラ家。陽輝卿エヴェニス・ディアホラ。

 いつも涼し気に、賢し気に、もっともらしい訓戒めいた上辺だけの言葉をかけるだけで多くの富を得ている腐れ坊主ども。

 己の血も汗も流さぬくせに、得るものだけ得ているクズだ。

 アントニーを見る目の奥に蔑みを含んでいるのを気づかないはずがない。

 

「面白い」

 

 トローメ王家だって、エクピキ教団が専横できぬよう鬼巫に特権を与えている。

 ここで鬼巫の部下がアントニーに協力するというのなら、利用できるかもしれない。

 父コスタスはディアホラ家の振る舞いを放置してきたが、アントニーは違う。奴らも右流伯アントニー・マクリアスに膝を折るべきなのだ。

 

 

「鬼巫配下の娘は皆美しいと言われていたな」

「旅装ではありましたが、それは確かかと」

 

 なるほど、実にいい。

 何ならアントニーとそれらが縁を結ぶのも悪くない。

 右流伯アントニー・マクリアスの船出は明るいものになりそうだ。トローメ王国の新たな歴史の始まりとして。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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