法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
選ばれた人間は大舞台に昇る時がある。
市井の者とて、結婚式などで場の主役になる日があるだろう。
アントニーにとって、父コスタスに頭を押さえつけられずに晴れ舞台に立った記憶は過去に二度。
十の頃、海軍の凱旋慰労会で劇の主役をやった時。
珍しく父に褒められた。主役らしい振る舞いだったと。
十五の時に、成人の挨拶を兼ねて王都のパーティに出席した際も、コスタスはアントニーにあれこれ言わなかった。
マナーなどについてはアントニーの方がコスタスより丁寧だ。
貫禄や迫力では及ばない自覚はあるが、父に勝る部分だってある。
父は獣的な鋭さを頼りに生きてきた男だ。
確かに生き抜く資質としては抜きんでたものがあるが、上に立つ者に必要な能力とは少し違う。
他人を見極め、活用する。利用する。
時に損だとしても受け入れる度量も必要だし、毒であっても使い道を見出す視野が必要だ。父にはそれが足りない。アントニーにはある。
秋晴れの空の下、今日はアントニーが主役の晴れ舞台。
要塞の砲――命中精度や運用の難しさで実戦では大矢に劣る――が始まりの空砲を打ち、ディサイの町中に響き渡る。
陽輝卿エヴェニス。カシキ陽灯司長が見届け人として並ぶ。
国王ネロの玉璽が押された任命状を貴族院副議長オーラフから受け取り、アントニーの名が刻まれた新たな右流伯の徽章を襟につける。
再度、祝砲。
新しい時代の始まり。
今、ディサイ中央大門の上に姿を現す男こそが、これからのディサイの主だ。
現代の英雄、右流伯アントニー・マクリアスの姿をとくと見よ。
城下に集まる民衆の前に立ち、ゆっくりと右手を上げて見せた。
なるべく大きく見えるように。遠くからでもアントニーの姿がわかるように。
警備の者には事前に注意を受けていた。
正門前には多くの民が集まる。不届きな者も混ざる可能性がある。
下ではポーラ隊が中心となって民衆に目を光らせ、楼閣に立つアントニーの左右では隊長ヴァイロンと副隊長タニクが警戒している。
歴戦の勇士の二人なら、たとえ下から大矢が放たれたとしても余裕をもって防ぎきるだろう。
「我、アントニー・マクリアス!」
群衆の中に不届きな者などいない。
色でわかる。
下に集まっている者たちは、アントニーの生み出す波に乗って人生を楽しもうという者ばかり。
祭りと合わせたのはやはり正解だった。浮かれ気分が見てわかる。
「ネロ陛下より任を受け、今日この時よりトローメ王国右流伯ディサイ総監に就く!」
左手も上げていくと、民衆のボルテージも高まっていく。
目に映るところに敵はない。
アントニーに対して含むところがある者はみな日陰に。
今日からはアントニーの時代の幕開けだ。
「国王陛下に栄光あれ!」
我が未来に輝かしい光あれ。
その言葉は心の内に噛みしめ、
三度目の祝砲が町に鳴り渡り、大通りから城に連なる旗に炎が燃え広がった。
◆ ◇ ◆
秋晴れ。
ここしばらくはずっと晴れだ。祭りに適した時期。
夏の終わりから初秋にかけて収穫する農作物は多い。
食料が出回れば平民の腹も膨れ、ひもじさがなければ不満も薄れる。
継承式をそこに合わせるのは合理的だ。
コスタス・マクリアスは自分が人々に恐れられていることを知っている。
反抗心を抱く者も少なくないだろう。
しかし、実行に及ぶ者は多くはない。
もっと若い頃には、刃物を手にした連中に襲われたこともあった。多少手傷を負ったが返り討ちにした。
実行犯やその家族は、何日も吊るして海鳥の餌にした。中にはしばらく生きたまま肉を啄まれた者もあった。
コスタスに逆らえば家族がどんな目に遭うか。
考えてしまえば誰も軽々に反抗などできない。
それでも挑んでくるバカがいれば面白いとも思うところもあったが。
右流伯の椅子を譲るのはまだ早い。
コスタスはまだ衰えてなどいない。
いや、逆だ。
今ならコスタスが後見として影響力を有したままアントニーに席を譲ることができる。
コスタスが衰え、間の抜けたアントニーが後を継ぐとなれば、反抗勢力の勢いが増す。
最悪の場合、足元がひっくり返されることもあり得る。
反抗勢力とは何も貧民に限らない。マクリアス家の失点を喜ぶ者もいる。筆頭は左潮伯エクソト家。
代替わりのタイミングで反乱を扇動するくらいの細工はするだろう。
表だって行動できるわけもないので嫌がらせ程度だとしても。
トローメ国王から町を預かり統治している立場だ。騒動が起きれば管理能力を疑われ評価が下がる。
つまらない失点でも続けば何か処分を受けることもあり得る。家名が落ちるのも面白くはない。舐められる。
コスタスなら強硬に対応できることでも、アントニーでは不安。
なら、自分が元気なうちに代替わりをしてしまえ。
下らぬたくらみなど、コスタスの腕で捻り潰してやればいい。何かあってもうまく収めれば失点どころか功績になる。
しかし、まあ。
「ふん……やってくれるわ」
港町ディサイは軍港を備える都市だ。
港近くに構える要塞がマクリアス家の居城。
町の中央広場から続く正門は東向き。反対の裏門からは石畳の道と水路も港に繋がっている。
コスタスのペットの水槽も、その水路から海水を引いていた。
裏門と違って表の正門は普段は閉ざしている。今日は式典ということで全開だ。
アントニーの継承式の為に正門の上に作らせた楼閣には、大通りから何十枚も旗が連なって繋がっていた。
トローメ王国の国旗と、右流伯の旗。そしてエクピキ教の旗。
下の大通りから楼閣に長い縄で繋がれた無数の旗が、二列。
アントニーが楼閣で名乗りを上げた直後に、祝砲に合わせてごうっと炎を上げた。
大通りの左右に、炎の道が楼閣まで瞬く間に伸びた。
「なんということだ!」
「馬鹿な! トローメの旗を燃やすなどと!」
大通りの左右から、まるで紅蓮の
アントニーが悲鳴のような非難の声を上げ、貴族院副議長オーラフは怒りでわななく。
「……?」
さて、どういうことか。
左潮伯や都の貴族の暗躍だとすれば、トローメの国旗に火を放つとは到底思えないのだが。
同じく信仰する旗を燃やされても顔色を変えない陽輝卿と陽灯司長は、何か知っているものだろうか。
ごきり、と。
立ち上がるついでに回したコスタスの太い首が、砲声より重い音を立てて軋んだ。
◆ ◇ ◆