法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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4-12.右往左往

 

 アユミチが知っている顔ということは、向こうもアユミチを知っているということ。

 酒場で会った兵士フィリオ。

 兵士なのだからこの場にいることに不思議はない。職務として当然。

 

 逆に、アユミチたちはどうか。

 アントニーの客人だと言っても、フィリオはその前にアユミチ達と話している。辻褄が合わない。

 

 ポーラ隊の大部分は離れたとはいえ、十数人の兵士を引き連れて逃げていくアントニー。

 不可視の魔法道具を使っても効果は数秒。確実に仕留めようと思えば近づく必要があり、フィリオに気づかれないとは思えない。

 客人として無警戒に近づかせてくれればいいのだが、警戒されれば難しくなる。

 

 アントニーだけが標的ではない。

 コスタス、そしてエクピキ教団の幹部エヴェニスとカシキ。それらはまだ楼閣周辺にいるはず。

 追うのを迷い、迷いが足を緩ませる。

 城壁の脇から降りて追うルートは遠回りで、アントニーの背中を見失った。

 

 

『アユミチ!』

「っ!」

 

 ノクサの声がなければ刺さっていた。

 首に。

 

「どこに行くんだぜお客人ん?」

 

 投げナイフをもう一本手に、アントニーが駆け下りていった階段の途中からアユミチたちに声をかける。

 アユミチを狙った投げナイフ。

 振り払ったおかげで刺さらなかったが、殺すつもりで投げた。

 

「……客だってわかっているんだよな?」

「どっかの鬼のお姫様のお使いだってか?」

 

 顔面に黒皮のマスクをした男。戦いで鼻を失ったというポーラ隊副長タニク。

 頬の筋肉なども傷ついているのだろう。ぎょろりと左目だけが大きく見開かれ、右の瞼は常に痙攣している。

 アユミチたちを鬼巫の仲間と見ているようだ。

 

「暴動に巻き込まれて死んだってしょうがねえさ。この騒ぎだってお前らの手引きかもってな」

「……」

「いいんだいいんだ、真相なんて俺ぁ興味はねえ」

 

 二階くらいの高さからひょいっと飛び降りて、着地後にも隙がない。即座に動きだせる姿勢。

 かなり腕が立つ。

 

 

「死体がありゃあ理由は後から何とでもするだろ」

「……」

「お嬢ちゃんが花札ってやつかと思ったが、なんだ? 素人くせえお前もいい勘してるぜ」

 

 ナイフを防いだことを言っているのだろうが、アユミチは達人などではない。

 普段の挙動は素人丸出し。

 ノクサの力を借りるから超人的なことができるだけ。

 

『アユミチ、もう一人いる』

「もう一人いる。気をつけろ」

「はい」

「こいつはおもしれえ」

 

 アユミチにはわからないが、ノクサが言うのなら間違いない。

 カヨウに注意を促したアユミチに、タニクはいびつな瞼を見開いて感嘆の声を漏らした。

 

 

「面白くはありませんね」

 

 先ほどタニクが階段から飛び降りた時だったのだろう。

 注視したアユミチたちの意識を()(くぐ)り、階段の反対側に滑り降りた男がいたらしい。

 法衣の男が、階段の影から姿を現した。

 

「卑俗な女の信奉者ごときに見透かすような物言いをされては」

「……エクピキ教」

 

 ゆらりとした動きで、アユミチたちを蔑む目つきで見る中年男。

 捨て森で戦った連中と似た服装。同じ目。

 アントニーと初めて会った時とは比べ物にならない感情が、アユミチの腹を熱くする。

 

 

「鬼巫がこの騒ぎの首謀者となれば、このエヴェニスにとっては幸いですか」

「珍しく面白そうな相手なんで、できりゃ俺にまか――」

『いいよ!』

「ん!」

 

 先手必勝だ。

 油断などしない。容赦もしない。

 今まで何度も使ってきた一年を捧げる踏み込みは、相手がどれだけの達人だろうが初見で対応できる技ではない。

 カヨウを庇うような足運びから、瞬時にエヴェニスの目の前に飛び込んでいた。

 

「な――」

 

 おそらく相当な達人だろうタニクも反応は間に合わず、咄嗟に防御姿勢を取るだけ。

 構えていたリグラーダのダガーを突き立てる。エヴェニスに。

 

「だぁぁ!」

「むぅ!?」

 

 デッドボールを食らう時のバッターのようなものだ。

 咄嗟に体を庇ってもよけられない。その汚らしい【指】で刃物を受け止めようというなら、刃を滑らせて手を切り、すぐに喉を掻き切って――

 

 

「っ?」

 

 ぼよん、と。

 間の抜けた感覚だが、そうとしか言えない感触がアユミチの腕に伝わってきた。

 エクピキの指に刃が通らないのは以前の経験で知っているが、そういう問題ではない。

 

「なん――」

 

 まるで風船でも殴ったような感触で、斬りつけたエヴェニスが遠くに離れていく。

 勢いあまってつんのめりそうになるアユミチと、凄まじい突進に警戒してやはり後ろに距離を取るタニク。

 

「――だ、と?」

「我が指に触れるとは……」

 

 アユミチも驚いたが、エヴェニスもタニクも驚いているのは同じ。

 エヴェニスの体は、まるで重さがないかのように後ろに浮いてから地面に降りる。

 

『アユミチ、次!』

「っ!」

 

 仕方がない。

 考えても仕方がない。左手のスリングショットから短矢をタニクに向けて放ったが、距離を開けていた為に避けられた。

 

「くそっ」

 

 牽制として撃ったつもりだが、当たってほしい気持ちもあった。

 しかしそううまくはいかない。アユミチもバックステップで再びカヨウの前に戻る。

 

 

「あぶねえなぁおい、俺なら今のでやられてたぜ」

「……」

 

 選択ミスだった。

 エヴェニスのあの体術は……

 

「重力を操る、のか」

「……神の御業を知るとは、いったい? 悪神の使い……ですか」

 

 アユミチの言葉がどう翻訳されてエヴェニスが理解しているのか知らないが、重力という概念は一般的ではないらしい。

 重力、慣性。そういった力を操る能力を有した男。

 

 

『逃げるなら早い方がいいと思うけど』

「……カヨウ」

「はい」

 

 こちらの手は見せてしまった。速攻で勝負をかけるつもりが、悪い方向に転ぶ。

 不可視の力は一日に一回しか使えない。今ここで使うべきかと考えても判断できない。

 楼閣、城壁から他の兵士が集まってきたら、逃げることも困難になるだろう。

 

「タニク殿。逃がさぬように」

「そのつもりですぜ」

 

 修羅場をくぐってきたベテランなのだろう。逃げに気持ちが傾くアユミチを見て、逃げるルートに視線を飛ばす。

 カヨウがかんざしを構え、しかしできれば使わせたくない。

 この場をしのいでも、暴動が広がりかけている町を抜けなければいけない。

 

 

 ――うぁぁぁっ!?

 ――逃げろ! どけぇ!

 

「っ?」

 

 表から、ではなかった。

 裏から。西から。

 港の方から悲鳴のような絶叫が響いてきたかと思えば、

 

 ――ドガァァァァッ!

 

 砲撃。

 今度は確かに砲撃がディサイの砦に降り注ぎ、中庭周辺の城壁を砕いた。

 

 

「なんっだぁ?」

「くっ、何事が……」

 

 咄嗟にカヨウを庇いながら距離を取るアユミチと、敵もまた頭上から降ってきた砲撃にはさすがに意表を突かれてそちらに警戒を向ける。

 

 

 ――敵襲っ! いや、反乱! 反乱だ!

 ――コスタス様に報告! 報告!

 

 激しく金属を打ち鳴らす音と、砦の見張り台から大声で楼閣に向けて叫ぶ兵士。

 

 ――奴隷海将隊より砲撃! 奴隷海将ジナミナの船より攻べっ……

 

 

 見張りの声が途絶えた。

 と、見張り台の上から中庭に死体が落ちてくる。

 

「くそジャリかよ……ちっ」

 

 死体と一緒に小さな子供も。

 兵士の死体をクッションにするように、くるんっと跳ねて。

 

 

「……アルゴの敵、見つけた」

「愚弟が……玉無しの愚弟が、生かしてやった恩も忘れたか……っ‼」

 

 両方の拳に鉄球をはめた少女は、エヴェニスとタニクを見て頷いてから、アユミチたちを見て首を傾げた。

 

「? 変な奴……」

「……もしそいつらの敵だったら、協力してほしいんだけど」

「邪魔」

 

 奴隷海将。奴隷上がりの少女という噂は聞いている。

 今の砲撃は軍港内に停泊している彼女の船からだったか。

 どういう事情で反乱をしているかは知らないが、今はできれば協力したい。だが邪魔らしい。

 

 

「お前、影に何か隠してる」

「鬼巫の名の下に、死を――」

「っ!?」

 

 カヨウの影から飛び出した何かが、首を切り裂き命の血飛沫を巻き散らした。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 杜撰な計画。

 読み切れない複数の思惑。

 

 鬼巫の花札マベラは、鬼巫アハラマに忠実な花札。

 エクピキ教団は敵。利害が衝突する敵。

 それとは別に、鬼巫の名を騙り何かをしている不快な輩がいる。

 許せない。

 

 ただの感情論ばかりではない。

 ここの騒ぎに鬼巫が噛んでいるとなれば、鎮圧された後に王都の鬼巫の立場が危うくなる。

 そういう証人として用意された捨て駒かもしれないが。

 

 反乱、暴動、クーデターが成功する可能性は低い。

 たとえアントニーやコスタスが倒れたとしても、別の誰かがディサイの総督になるだけ。トローメ王国内の権力争いにしかならない。

 そんなものに鬼巫が巻き込まれ、悪くすれば処罰されるなどあってはならない。

 

 

 マベラにとって最優先で始末すべき者が鬼巫を騙る不届き者だ。

 何なら捕らえて拷問する必要もあるかもしれない。そうでなくとも殺して海に沈める程度は必要。

 この一局だけで見れば、鬼巫一派にとって最も邪魔な駒。

 

 

 右流伯家並びに軍主流派は町を守る勢力。

 エクピキ教団もその方向で同じ。町を守った方が権益を守れるのだから。

 

 民間の中に潜む反マクリアス派が今回の騒動の首謀者。

 左潮伯エクソト家が密かに後押しし、暴動を引き起こした。

 しかし町の支配体制を揺るがすほどの影響はない。しばらく混乱は続くだろうという程度。

 

 そこに奴隷海将隊が参戦した。

 マベラの耳には入っていない。一部軍の協力者がいるとは聞いていたが、軍艦一隻の奴隷海将隊が参戦するとは思わなかった。

 少し潮目が変わる。

 

 

 混乱に乗じて内部に侵入するのは容易い。普段から鬼巫アハラマの影武者を務めるマベラの隠密の技能があれば。

 始末すべき偽鬼巫の輩と、始末したい候補上位の陽輝卿エヴェニス・ディアホラが戦っている。都合がいい。

 マベラにとって実に都合のいい展開。

 

 と、目にも止まらぬ踏み込みからの猛撃を繰り出した。

 エヴェニス達も驚いただろうが、その隙に少女の影に滑り込んだマベラだって存分に驚かされた。

 ただの偽物というにはおかしい。いったい何者なのか。

 危険。エクピキ教団以上の何か得体のしれない存在かもしれない。

 

 判断に迷う。何を優先にすべきか判断に迷う。

 と、そこでさらにマベラを惑わすような衝撃が……

 

 

 ――お前、陰に何か隠している。

 

 看破された。

 もう迷っている暇はなく、マベラは自分で決断するしかなかった。

 殺せる者を殺すしかなかった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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