法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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1-12.覗き見た疚(やま)しさ

 

 

 谷底から登ってあらためて見渡せば、赤茶色の岩っぽい大地にも背の低い植物が生えている。

 乾燥に強い植物なのだろう。まばらなそれらが森に近づくにつれて増えていく。

 明らかに緑が増えるラインがあると思ったら川が流れていた。

 

「水源があるんだ。ここらはずいぶんと乾燥してたけど」

「あの川よりこっちは渇きの王蠍の縄張りでしたからね」

「縄張りだと乾燥地になる?」

「大昔の言い伝えだと王蠍が住む前は草原だったらしいっすよ。以前の討伐隊も、乾燥地帯が広がってるって噂がきっかけで。放置しておけないって話になったって言います。実際は別に広がってなかったみたいなんすけど」

 

 乾燥地帯を好みそうなサソリの魔獣だった。

 水分はあの尻尾で吸ってしまうのかもしれない。大地まで乾燥させるから渇きの王蠍と呼ばれていたのか。

 町から離れた場所の面倒な魔獣に、わざわざ討伐隊を差し向けた理由も理解した。

 地球で言えば、砂漠化が進んでいるからみたいな理由だったのだと思う。

 

 

「あの川は渡れるのか?」

「問題ないですぜ。川幅は広いですが浅いんで、岩の足場もありやすし。雨季になりゃわかりませんが」

 

 ムンジィは来る時にも通っている。特別な装備がなくても歩いて渡れるらしい。

 

「そういやあんた、遺跡だなんだって言ってたけどなんで禁域に?」

「神話の時代の未発見の遺跡があるって噂っすよ。世界中にありますけど、ほとんどはお偉いさんの管理になってるか普通行けないような場所なんすけど」

「王蠍に見つからなければ遺跡で盗掘できるってこと?」

「そういうわけです。ほかの国に行くにしても生きてく元手がいる。よそ者が簡単に働けるわけもねえ」

 

 犯罪者として国を追われ、他国に行ったとしてその先で生活しなければならない。

 信用も何もないよそ者がまともな仕事に就けるわけもない。よほど幸運でなければ。

 信用を買う為にも元手がいる。

 神の遺跡で金目の物を見つければ。

 

 

「そうそううまくいくわけないだろ」

「待っててもジリ貧で死ぬだけっすからね。物乞い殺して食い物奪い合ってるような状況じゃ」

「……へえ」

 

 日本とは違う。困窮しても助けてもらえるわけじゃない。

 はぐれ者同士が奪い合うようなどん詰まり。

 多少でも腕っぷしに自信があれば、冒険心で一発逆転を狙うこともあるか。

 

「勘違いしないでくれよ旦那。俺はそういう殺しはやってねえんで」

「じゃあなんで町を追放されたんだ?」

「ちいと衛兵を殺しちまって……」

「そりゃあ追放されるわけだ」

 

 へへ、と笑うムンジィはそれ以上説明せず、そのうち川辺まで到着した。

 

 

 

 広い川だった。

 というかほとんど河原。水が流れている部分は少ない。

 日本と違って河川の整備などされておらず、雨量が多ければただ荒れるまま水が流れるのだろう。

 森の手前辺りで大きくうねり、そのまま海に流れていくらしい。

 

「これなら橋はいらないな」

「ここに橋かけても誰も使いませんし、大雨になりゃすぐ流され――」

「――っ」

 

 話しながら進んでいたら、何かの声が聞こえた気がした。

 ムンジィも同じくきょろきょろしたので気のせいではない。切羽詰まった悲鳴のような声。

 

「……」

 

 無言で顔を合わせてから、声が聞こえた方角に速足で向かった。

 厄介ごとなのはほぼ確定だが、ついさっきムンジィの罪状について問い質してしまった手前、知らないフリをするのも気がとがめた。

 ムンジィの方はアユミチが王蠍を退治するほどの実力者だと誤解している。少々の問題なら片付くと考えているに違いない。

 

 

 反対岸の岩場の陰。

 荒々しい息遣いに混ざる野太い呻き声。

 その合間に掻き消されそうな細い音で、悲鳴が漏れる。ひっ、ひっく。

 興奮した男の声と、女の泣き声。

 

 何が行われているかは見るまでもない。

 見るまでもないが、確認せずにいられなかった。

 善意とか正義感だったとは言わない。好奇心や怖いもの見たさが大半だ。

 

 

「うぇっへぇっ! ふっむぅ」

「っく、は……あ、ふ……ひ……」

 

 大男が、おそらく2mを超えるほどの巨漢が、アユミチが隠れているのとは別の岩に女を押し付けていた。

 己の体を押し込んでいた。相手の状態など気にもせずただ強引に。

 

 

「っ!?」

「ははぁぁっ、いいなぁぁうひひぃ」

「や、は……ぅ……」

 

 力なく、まるで人形のように大男のおもちゃにされる全裸の女。

 はぎ取られた服は少ない荷物と一緒にそこらに散乱し、小さな死体も転がっていた。

 

 

「お、っぷ……」

 

 吐き気がこみ上げて口を押えた。

 何を期待して覗いたのか。自分の馬鹿さ加減に吐き気がする。

 

 赤黒いかさぶたがいくつも、大男の背中に斑点を作っている。

 ぎとぎとと油のような汗を掻きながら、無理やり女を襲って下卑た歓喜の声をあげていた。

 

 

「旦那……」

 

 かすれるほど小さな声でアユミチに呼びかけるムンジィは、目が合うと首を横に振った。

 関わっちゃだめだ。見ないふりをしろと。

 気づかれる前にここを離れた方がいい。おそらく真っ青な顔で吐きそうになっているアユミチを見て、冷静な判断。

 

「うはぁっめすっめすがぁ」

「っ!」

 

 激情が沸き上がったのは、たぶんその女性の為じゃない。

 野次馬根性、出歯亀、スケベ心で最悪な犯罪行為を見に行った自分が許せなかった。

 グロ画像をクリックしにいったようなものだ。

 目の当たりにした光景はただ画像を見るのとは比べ物にならない不快感。音や臭いも合わせて。

 

 

「クソ野郎が!」

「あァ?」

 

 気が付いた時には背負い袋を置き去りに、木の棒ひとつ握りしめて大男の後ろ頭目掛けて殴りかかっていた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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