法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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4-13.愚か者の羅針盤

 

 爆発音を聞いて真っ先に逃げ出したアントニーに、怒りが湧かなかったわけではない。

 情けない。だらしない。

 砲声でないことくらいわからんのか。

 

 苛立つが、逃げてくれた方がマシだと思う程度に見限っている。

 これが次男だったら、この騒ぎを利用して名実ともに町の主と認められるよう立ち回ったのではないか。

 アントニーはその器ではない。

 下手に目茶苦茶な命令を出してさらに混乱するよりは、逃げ隠れてくれた方がマシだ。

 

 

「よろしいのですか?」

「この程度で死ぬなら生かす理由もないわい。甥にでも継がせよう」

 

 立ち上がったコスタスに軽く頭を下げるエヴェニス。

 騒ぎが起こることは予見していたらしい。

 

「では、私は閣下の御厚意に甘えさせていただきましょう」

「タニク、陽輝卿を案内せい」

「了解」

 

 

 騒ぎの首謀者(・・・)として鬼巫の手の者を捕らえる。捕らえられなくとも殺す。

 エヴェニスとタニクは予定通りそれに向かい、コスタスは思ったより大騒ぎになりつつある表を抑えに楼閣の頂上に立った。

 

「静まれぇぇぃ!」

 

 怒声を上げた。

 隣に立ったポーラ隊隊長ヴァイロンが高く穂先を掲げ、群衆の注目をコスタスに向けさせる。

 

 

 下らない乱痴気騒ぎ。

 こんなものでコスタスの足元を揺らがせられるものか。バカ者どもが。

 

 アントニーも、ディサイの砦で密かに鬼巫の使いを受け入れておいて、コスタスに隠し通せると思っているのが救いがたい阿呆だ。

 町の主気取りで着飾っても、誰もアントニーを主などと認めていない。

 少しは恥を掻いて痛い目に遭うのがいいだろうとここまでは放置してきた。

 自分が取るに足らない男だと知るのは成長にもなるだろうし、父コスタスへの対抗心や反発心も折ってやる。

 

 

 この騒ぎを引き起こしたのは、町に潜む反マクリアス派の連中だろう。

 鬼巫の使いはおそらく関わっていない。他の目的でここに来た。しかし、ここにいるなら犯人に仕立てあげてもいい。

 エヴェニスにはそれを手土産として恩を売っておく。だから教えた。

 

 愚かなアントニーはエヴェニスやエクピキ教団をどうにかできると思っていたようだが、そう簡単なものではない。

 医術と財力を押さえたエクピキ教団に、地方領主が何をできるわけもない。互いに利用すべきもの。

 バカはそんなこともわからない。救いようのない馬鹿。

 

 今、コスタスがすべきことは、町を燃やすバカ騒ぎを収めて、マクリアス家に逆らう無意味さを住民の頭に叩き込むこと。

 

 

「右流伯コスタス・マクリアスの命令じゃ! 全員頭を下げい‼」

 

 ――閣下の命令だ! 聞けぇ!

 ――頭を下げろ! 聞かぬ者は反逆者だぞ!

 

 コスタスの怒声を、下で群衆と押し合っていたポーラ隊を中心とした兵士たちが伝える。

 ただ混乱して暴走しているだけの市民を皆殺しは現実的ではないが、反逆者なら殺す。

 少なくともコスタスの目が届く範囲の群衆は、逃げ惑うのをやめておろおろと頭を下げ始めた。

 

「……」

 

 一気に燃え広がった旗は、建物に燃え移ってはいるものの最初程の火勢はない。

 まだ火事がどうにかなったわけではないが、見えていた火が弱まったおかげで群衆のパニックも多少は静まる。

 騒げば殺されるのだから静まるしかない。

 運悪く火を被ったのだろう。火傷を負って転がっている者の姿もあった。

 

 

「働けるものは水路から道に並べ! 水路より桶を順に回せ!」

 

 火事への対処は単純だ。水をかける。

 ただ混乱していてはそれがままならない。

 冷静になれば多少火に炙られようがなんだろうが水をかけるくらいできる。人手と水があれば火勢は食い止められる。

 

「燃えている建物に水を――」

 

 

 バカは計算ができない。損得も勝ち負けも頭で理解ができない。

 コスタスがそれを思い出したのは、軍港側から鳴り響いた砲声――今度は確かに砲撃が、ディサイの中央砦の城壁を打ち砕いてからだった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 

 

「船は任せる。俺が戻らなくても危なくなったら逃げろ」

「あいよ副長、弟が任されたぜ」

「あんたが帰ってこなけりゃ弟が副長さ。笑えないね」

「そいつは笑えねえな」

 

 ディサイの軍船に大砲など詰んでいない。普通なら。

 略取した他国のものを使っただけだ。

 動かない的――この場合ディサイの砦には十分な効果があった。被害そのものではなく混乱を大きくするのに。

 

 ジナミナは先行して楼閣の方に向かっている。

 副長としてのアルゴ・ノーツの仕事とすれば、軍港内でぶっぱなしたこの船が逃げられるよう手はずを整えておくこと。

 慌てて旋回する他の船のどてっぱらに大矢を打ち込み、別の船とぶつかるよう帆を破る。

 式典出席の為に軍船も揃っていた港だ。広々とは言えず衝突が衝突を呼ぶ。

 

 アルゴ・ノーツの個人的な復讐に付き合わせて、そのまま死ねとは言えない。逃げる算段は必要。

 

 

「すんません、俺らの為にこんな……」

「別にあんたの為なんかじゃない。気にすんな」

 

 数か月前に海で拾った男からの見当違いな詫び。

 白い炎に吹っ飛ぶ捨て森の皮から流れてきた漂流者だった。

 

「俺の、個人的な事情だ」

「そうそ、副長んとこの兄弟喧嘩ってな」

「町中巻き込んでとんだ騒ぎさ」

「余計なこと言ってんじゃねえ」

 

 捨て森から逃げ延びてきた彼らが、マクリアス家に恨みを持つのは当然のこと。

 

 

「ま、そんなわけでこっちの都合だ。ディサイの連中からすりゃいい迷惑だろうぜ」

「でも……」

「俺からすりゃあ、家族でもねえ女子供を必死で助けようってあんたの男気の方がよほど大したもんだと思ってんだぜ。ステン」

「……」

 

 初夏の捨て森焼き討ちの際、光り輝く異常な光景に圧倒されていたアルゴたちの下に、波に乗って流れ着いた者がいた。

 倒木に女子供を乗せて、助けてくれと叫んでいたのがこのステン。

 

「アルゴ様……」

「おじさん」

 

 彼が必死に助けようとしていた母娘。コニーとプレヴラ。

 死病患者じゃない。

 自分はどうでもいいから彼女たちだけでも助けてくれと、荒れる波間で懇願した。

 

 事情を聞いてみれば、何ともやりきれない話。

 嘘か誠かもわからないような荒唐無稽なところもあったが、どうにもそれがアントニーやその前に死んだマーチスの話と合致する。

 合致しない部分もあったが、アントニーが話を改ざんしたと考えれば納得できるような。

 

 

 アルゴ・ノーツはディアホラ家に生まれた。

 エヴェニスの弟。代用品。

 優秀な兄が家督を継ぐ為、不要になった男子。

 

 兄エヴェニスは、ひがみ根性の強い性分だった。

 自分が家財の全てを得るというのに、そうなれば責任を負う必要のないアルゴの立場を嫉み、憎しみを向けた。

 アルゴの睾丸を裂き、傷を塞ぎ、アルゴとよい仲だった女を目の前で犯して狂わせた。

 

 それでもアルゴを殺さなかったのは、生きて屈辱を味合わせる為だったのだろう。決して肉親の情などではない。

 恨んでも憎んでもアルゴにはエヴェニスに復讐する力などない。

 家を捨て、軍の隅っこで生きることになる。

 アルゴが惨めに生きている姿を目の届くところに置いておきたかったのだと思う。

 

 酒におぼれた。

 腐っていた。

 それでも、他の軍関係者からすればディアホラ家に縁のある男。粗末にはできない。

 腫物のような扱いの日々の中で、ジナミナに出会った。

 ジナミナを得て、アルゴは奴隷海将隊の副長として目を覚ます。

 

 

 ステンたちを拾ったのはただの偶然だ。

 彼らがマクリアス家への恨みを抱いていようがいまいが、アルゴには関係がないこと。

 ただ、ついでに彼らの仲間の無念も少しでも晴らしてやれるのなら悪くはない。

 

「っと」

「ひゃっ」

 

 船が揺れ、倒れそうになったプレヴラが木の杖(・・・)で小さな体を支える。

 

「バカな双子が無茶苦茶やんねえように見ててやってくれ、お嬢ちゃん」

「ん」

 

 トリーゾとコッポのくそみそ双子はどうしようもない。

 言うことを聞かない。

 アルゴが逃げろと言っても素直に命令を聞くような性格じゃないことくらいわかっている。

 だが、こんな少女の命も預かっているとなれば強情も張れないだろう。

 

「じゃ、ちょいと実家に顔出してくるぜ」

 

 そういえば。

 自分が生まれ育った家に向かうのを楽しく感じたのは、今日が初めてだな。

 およそその方角にいるだろうジナミナは、やはりアルゴ・ノーツの羅針盤だったか。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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