法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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4-14.色付け

 

「こんなつもりじゃなかった」

 

 そんな泣きそうな顔をしなくてもいい。

 

「こんな世界を君に見せたかったんじゃない」

 

 わかってる。

 

「アニラービーだけのせいじゃない。あれはただのきっかけだ。あいつじゃなければ他の誰か……俺がやっていたかもしれない。皆おかしくなっているんだ」

「……」

「もう俺たちじゃレーマルジアを止められない。彼女の暴走を抑えられない」

「そ」

 

 素っ気なく聞こえただろうか。

 他に何を言っていいのかわからなかっただけ。

 彼を責めるつもりなんてない。

 

 

「助けてほしい。ノクサリージュ」

「なにを?」

「レーマルジアを……」

「……」

「君に全部押し付ける形になってすまない。だけど」

「何をすればいいの?」

 

 言い訳も泣き言も意味はない。

 ポスフォスもエクピキも、フォティゾもスカーアも話した上で他に方法がなくてここに来た。

 

 

「レーマルジアを、君の存在に混ぜてくれ」

「それで解決する?」

「俺たちみたいな仮初の管理者じゃない。世界の管理者になれば、この世界の影響を直接受ける。世界の痛みはレーマルジアを弱める……たぶん」

「そうかもね」

「全て失う前に……今さら手遅れかもしれないけど」

「彼女が彼女じゃなくなるよ?」

「君も……ノクサリージュ、すまない」

「いいよ」

 

 最初から預けるつもりでいたのだもの。

 最初は、なんにもなかったのだもの。

 空っぽな時間に色をつけてくれた。熱を与えてくれた。

 

 鏡越しに見ているだけでも楽しかった。

 通り過ぎていく魂の波が色んな音を奏でて、楽しませてくれた。

 独りだった時には知らなかったこと。

 

 

「こまっしゃくれたフォティゾの頼みなら無視したかな」

 

 様々な感情を知って、こっちも影響を受けている。

 悪戯っぽく笑う。

 

「フォティゾが、俺が言った方がいいって」

「言わなくていいことってあるのよ、ランプシー」

 

 本当に不器用な奴。

 

「あなたたちがくれた世界、ノクサも結構好きなんだから」

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 ノクサは誰かに肩入れした記憶がない。

 好き嫌いはあったけれど、ノクサが特定の誰かに積極的に力を貸したことは、過去になかったと思う。

 覚えていない隙間の中で、あったのかな?

 

 ノクサに人生の全てを捧げた人はいた。

 だがそれだけだ。ノクサから何かしてあげたわけではない。

 だからきっと、アユミチは特別。ノクサにとって初めての特別。

 

 

 ノクサは今、生きている。生きている気がする。

 大した力のないアユミチが必死で生きているのを横で見て、少しだけ支えて、一緒に生きていると実感できる。

 楽しい。

 アユミチがすごく苦しんで悩んでいるのは知っているけれど、正直に言えば今の時間は楽しい。

 

 大した力がないのはノクサも同じ。

 アユミチの時間を食べて、少しだけ返す。それしかできない。

 そう思っていたけれど、ノクサの目も耳もアユミチよりずっといい。ああ、こんなことでも役に立てるんだって。

 

 アユミチは時折、切なそうな顔をする。

 話を聞く。

 ノクサから何かを与えてあげられないけれど、お話しするだけならできる。

 アユミチは苦しいからノクサの存在に寄りかかる。

 ちょっと意地悪だけど、楽しい。

 

 

 ノクサは見ているつもりだった。

 アユミチが見えない周囲を見ているつもりだった。

 だけど、

 

「影に何か隠してる」

 

 見張り台から降ってきた少女に言われるまで気づかなかった。

 それがアユミチの影に隠れていたのなら気づいた。見つけられた。

 強敵とアユミチが戦っている間のどこかで、カヨウの影に入り込んだから。だから見えなかった。

 

 

『だめ!』

 

 間に合わない。

 ノクサの声より先に、刃が首を滑り、アユミチの命を繋ぐ血管から血が噴き出した。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「影走り」

「ひ……」

 

 一瞬の静寂の後に、盛大な血飛沫が上がった。

 真っ赤な血が、アユミチの首から。

 

 

「ご復活の祝いには相応しくありませんけど」

 

 黒髪、黒衣の小柄な女性。

 まさに影のような女が、カヨウの影から瞬く間にアユミチの影に走り、その首を切り裂いて瞬時に戻った。

 アユミチの足元に。

 (ひざまず)き。

 

 

「スカーア様」

「あゆみ……」

『なん……』

 

 アユミチの、ではない。

 ノクサの、本来なら影が落ちるだろう場所に跪いた。

 

 

「まずはこの場の敵を――」

 

 この場の敵。誰が敵で誰が味方なのか、誰も見極められなかっただろう。

 エヴェニスを敵と定めるジナミナと、呆然とアユミチを見上げるカヨウ以外は。

 

 自分の影から飛び出してきてアユミチを殺した敵。敵。敵――

 

「思い通りにはさせませんよ、鬼巫(おにみこ)

 

 カヨウの意識が怒りで切れるより一瞬早く、目映い光が中庭に降り注いだ。

 

 

「陽灯司長!」」

「カシキ司長、その男は――」

「理由はわかりませんが」

 

 上から降り注いだ光が男の手に収束し、アユミチの首から噴き出した血がその光に押し戻される。

 

「鬼巫が自らの手で殺すまでの相手、興味深い……それに、スカーアと?」

 

 エクピキの治癒術。それもかなり高度な、直接触れないまま光を放ちアユミチの傷を元に戻す。なかったように。

 

 

 切られた。

 首を切られた。

 刹那の出来事で、それでもアユミチの意識が途切れなかったのは、その影の剣閃がファニアの全力よりは少し遅かったから。

 

 体の反応は追いつかなかったが、意識だけは追いついた。ほんのわずか、避けられないものの少しだけ身を反らす程度の身動きをして、だけど切られた。たぶん頸動脈。

 死ぬ、と理解する前に浴びせられた光がアユミチの脳に教えてくれる。

 治癒だ、と。ジルボン師にしてもらったのと似た。

 

 

「鬼巫……本人、ですか」

「何がどうなってんだ?」

 

 ジナミナに続く更なる乱入者を、カシキ陽灯司長が鬼巫と呼ぶ。

 ポーラ隊副長タニクからすれば今先ほどまで殺し合いをしていた相手が、どういうわけだか鬼巫に殺され、それをエクピキの幹部が助ける展開。

 全くわけがわからないのは彼も同じだろう。

 

 

『私は、スカーアなんかじゃ……』

「……っと」

 

 ふらつき、なんとか倒れずに姿勢を建て直すアユミチ。

 死んだと思った。

 本当に数秒に満たない時間だったが、アユミチの意識が肉体から浮いた気がする。

 周囲の人間の戸惑い、混迷する場をふわりと頭の上から見回すような感覚のあと、戻る。自分の視点に。

 

 鬼巫。

 鬼巫アハラマは黒髪の小柄な少女だとファニアが言っていた。一致する。

 それがアユミチを殺そうとした。エクピキの司祭の治癒がなければ間違いなく死んでいた。

 

 

『アユミチ! 大丈夫!?』

「アユミチさん!」

「あ……あぁ……」

 

 もう切らせないと言うようにアユミチの首に抱き着くノクサと、駆け寄るカヨウ。

 

「なん……?」

『誰だか知らないけどアユミチを傷つけないで!』

 

 びし、と。

 先ほどノクサをスカーアと呼んだ鬼巫に指を突きつけ、命じる。

 言われた方はアユミチとノクサを見比べ、しかし考えていられる状況でもない。

 

「は……」

 

 戸惑いを数瞬で飲み込み、頷いた。

 この状況でそれぞれの事情など打ち明けていられるわけもない。

 

 

「……妾の間違いだったようじゃ。すまぬ」

「? いや……」

「間違い……ですか?」

 

 急に雰囲気が変わった。

 アユミチから視線を外し、エクピキの司祭たちに向けて威圧するように。

 聞いていたカシキ陽灯司長も、予想外の言葉だったのか目を瞬かせる。

 

 

 謝られた。

 間違って殺されそうになって、エクピキの治癒がなければ死んでいた。

 エクピキの司祭にしても、今の治癒は間違い。

 

 気にするな、というのもおかしい。

 問題ないということもなく、カヨウがぎゅうっとアユミチの服を搾る力の圧で何とも言えない。

 

 

「お前が鬼巫」

「奴隷海将ジナミナか」

 

 なんにしても敵地。戦地。

 少女二人が、それぞれ視線を己の敵に向けたまま確認し、頷く。

 

「そこな黄帯を始末するなら手を貸せ」

 

 状況の整理が追い付かないタニクと違い、エヴェニスが手を出さなかったのは奴隷海将ジナミナが睨んでいたからだ。

 誰も彼も言葉は足りないが、それぞれの戦意が向かう先を察して最低限の敵味方の色付けを済ませる。

 アユミチも、切られたことを引きずっている場合ではない。

 

 

「ノクサ、カヨウ。あのマスク野郎をやるぞ」

『わかった』

「……はい」

 

 再び響いた砲声が、中庭を横切る水路にばしゃっと水を撥ねさせた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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