法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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4-15.あゆみち

 

「お前、イカれてんのか?」

「……」

「そいつぁ今お前を殺そうとしただろ。殺したじゃねえか、間違いってお前そりゃあよぉ」

 

 ぎょろりとした瞼をひくつかせて尋ねるタニクに、確かにその通りだと思う。

 カヨウがぐいと鬼巫方向に裾を引っ張るのも、あっちにも警戒しろという意思表示だろう。

 

 間違って殺されてごめんで許せるかと言われれば、もちろん無理だ。

 しかし、どういう偶然にしても今アユミチは生きていて、アユミチを切った鬼巫は別の敵と対峙している。

 彼女を手助けする気にはならない。

 それこそ間違ってアユミチの命を助けてくれた形のエクピキ司祭に、感情的には少し引け目を感じるくらい。

 

「鬼巫なら、許す」

「とことん奴隷根性かよ。女なんぞにイレこんじまって」

 

 そういえば彼らはアユミチを鬼巫の部下のように勘違いしていた。

 

「入れるなら別のモンだろ、はっ」

 

 警戒されている。

 アユミチの突進攻撃は尋常ではない。喋りながら、じりじりと横にずれながら機を窺っている。

 

 

 鬼巫なら、ファニアの主だ。

 今ここでファニアの名前を出すべきかどうか。うまく説明できる自信がない。逆に不信感が増すかもしれない。

 それに……ファニアを助けられなかったアユミチが、何を言ったらいいのか。

 

「……」

 

 鬼巫にはノクサを黒蝶ではない存在と認識できていて、その声が届いていた。

 スカーアと誤認していたとはいえ、全く無関係とは思えない。

 余計なことは言えない。彼女とて今は難敵と相対していて動揺させるのはプラスにはならない。

 

 

「あゆみち……だと?」

 

 アユミチを傷つけるなと言ったノクサの言葉が、今さら理解できたのだろう。

 鬼巫の声は震え、その名前にエヴェニスとタニクも遅れて反応を示した。

 

「捨て森の……薬師、か」

「マーチスの奴が言ってたあれか? なんだって生きて……?」

 

 

 彼らからすればアユミチの名は、会ったこともない、死んだはずの人間の名前。だが覚えがあったのだろう。

 ポーラ隊のマーチスはこの町に戻り、斑徂症を発症して死んだと聞いている。彼が伝えた。

 捨て森の焼き討ちは、死病を町に広めようとした捨て森住民への報復だったとも。

 

「……そうだ」

 

 先ほど鬼巫に切られた時に、襟首に血が着いた。べっとりと。

 片手でその血を握り、彼らに向けて頷いて笑う。

 

「お前らを皆殺しにする為に戻ってきたんだ」

 

 死を呼ぶ薬師。

 そういう顔で笑ってみせた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「……」

 

 戦士とは思えない変な二人組と、鬼巫……アハラマというのだったか。

 鬼巫がエクピキ教と仲が悪いことくらいは知っている。

 それが本当ならエヴェニス・ディアホラを殺したいジナミナと向かう方角は同じ。

 

 ジナミナは頭がいいわけではないが、風や波を見ることは苦手ではない。

 戦場では敵味方が入り乱れる。

 全員が制服などで色分けされていればわかりやすいけれど、実際には違う。

 いちいち顔を見て確認もしていられない。特に船上での戦闘なら。

 

 何となく息遣いで察するのは慣れている。

 変な二人も、鬼巫も、エクピキ教に対して敵意の鼓動。

 うっかり治癒してしまったらしい見知らぬ司祭の方は戸惑っているようだ。やや腰が引けている。

 ジナミナはエヴェニス・ディアホラを殺せればいいだけ。他のことはアルゴも特に望んでいない。

 

 

 アルゴは邪魔だと思って置いてきた。

 ジナミナ一人なら城壁を素手で登り、飛び降りることもできる。

 エヴェニスをさっさと片付けて、またアルゴと海に出られればそれでよかった。アルゴはこの町にいない方がいいと思うのだ。

 

 ジナミナが失敗すれば、アルゴはきっと一人でもエヴェニスを殺そうとするだろう。

 頑張っても彼ではきっとできない。

 ジナミナでも難しい相手だ。手口はアルゴから聞いているから、普通に殴ってもあまり意味がないことは知っている。

 できればエヴェニス単独の時に襲いたかったが、そううまく運ぶわけもない。だが鬼巫と共闘ならここで殺せるかもしれない。

 

 

「あゆみち……」

 

 妙な名前に、その場の全員の思考が一時的に止まった。

 知らないはずの男だが、その名を聞けば色々と理解できてしまう。

 なぜディサイ軍やエクピキ教と敵対していたのか、この男がアユミチなのだとすれば納得がいく。

 

「……プレヴラが船にいる」

「っ!」

 

 捨て森から逃げて流れ着いたプレヴラは、ジナミナに最も年齢の近い少女だ。

 お互い口数が多い方ではないけれど、一緒に過ごした。

 プレヴラの母コニーや一緒に流れてきたステンから、アユミチという薬師が死病を癒し助けてくれたのだと聞いている。

 焼き討ちの時には森にいなかった。きっとどこかで生きているはずだ、とも。

 

「お前は死んじゃダメな奴だ。ジナミナはそう思う」

 

 あの三人の話しぶりからジナミナが感じたこと。

 死んでほしくないと彼女らが強く願っていた人間だ。できればここで死なせたくない。

 アルゴと合流すべきだろうか。

 今頃は港側からこちらに侵入してきているはず。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 なんと、迂闊。

 アハラマの姿を知るカシキに姿を見られたことも迂闊だが、始末するつもりで来たこと。それはいい。

 

 アユミチの名を聞いておきながら即座に結びつかなかった。

 遅れて気づいて、ついうっかり口にして確認してしまった。

 

 なるほど、女神スカーアが庇護するのも頷ける。

 彼こそが捨て森に現れた救世主。神の使い。そうか、スカーアの使いだったか。男だったことは悔やまれるとしても。

 

 聞きたいことがある。

 伝えたいこともある。

 

 間違って殺しかけたマベラの手の感触を思い返し、ぞっとした。

 いちいち敵か味方か確認していられる状況ではなかったにしても、最悪の一手だった。

 今ばかりはエクピキの使徒に感謝したい。二度とはないが。

 

 

「すまぬ、アユミチ。妾は敵ではない」

「今さらそんなこと……っ」

 

 ぎり、と従者の娘に憎悪を込めて睨まれた。

 仕方がなかったとは言えない。だが今はそうとしか言えない。

 

「いい。俺もあんたと敵対するつもりはない」

「……すまぬ」

 

 詳しい説明などしていられるわけもない。

 今は、ここまで。

 しかし――

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「死病の薬師……」

 

 べっとりと付着した血を見れば、エヴェニスとて足がすくむ。

 血が恐ろしいわけではない。死病だ。

 エクピキの高位司祭であっても死病に罹患すれば高確率で死ぬ。エヴェニスの父は死病ではなかったが、若くして死んだことを思い出させられる。

 

「とんでもねえ疫病神だぜ……」

 

 タニクの呻きにエヴェニスも同意だ。

 先ほど噴出した血をわずかでも吸い込んでしまっていないだろうか。

 鬼巫は知っていて首を切ったのか?

 

 

「プレヴラが船にいる」

「妾は敵ではない」

 

 ばらばらだったはずの連中が、アユミチという単語で妙なつながりをみせていく。

 いったい何なのだ、これは。

 それぞれが勝手な事情で襲撃してきたはずなのに、ただ一人の男から糸が繋がっていくよう。

 

「くそ、貧乏くじだぜ」

 

 タニクは逃げ腰だ。

 エヴェニスも、何も命をかけてやり合うような理由はない。

 カシキ陽灯司長は……決めかねている顔。

 

「アユミチ……」

 

 ぱっと見は凡庸にしか見えない男。

 だが、だからこそ恐ろしいようにも思えて唾を飲み込んだ。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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