法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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4-17.流れ星

 

 一対一で戦っていたなら、アユミチの方が分が良かっただろう。

 噛まれた腕もじんじん痛むし、太腿にも無視できないダメージがある。

 しかし、ポーラ隊副長タニクはそれ以上のダメージ。左腕はだらりと下がり、脇腹からは少なくない出血。

 刃を握り込んだ右手からもぼたぼた血が流れ、武器を持つのも覚束ないはず。

 

 しかしアユミチの目的はタニクではない。

 タニクなど敵の兵士の一人にすぎない。

 階段を降りかけているコスタス・マクリアス。砦の奥に逃げていったアントニー。

 そして、エクピキ教団の司祭ども。

 

 そういった敵に辿り着くまでに、それらを守る兵士どもという邪魔な壁があるだけ。

 ここの兵士たちも捨て森を焼いたクズの仲間だろうが、優先度は低い。

 殺すリスト上位のコスタスが近くにいて、だがその前にはポーラ隊隊長ヴァイロンがいる。

 カヨウの幻術は何度も使えない。今、ここで……

 

 逃げるべきか。

 先ほど判断早く撤退したエクピキ教司祭のことを思い、舌打ちしたくなる。

 神のような力がないアユミチでは、敵に囲まれれば圧倒的に不利。窮地。

 

 

「天馬を!」

(そら)畢竟(ひっきょう)、果ての帷帳(とばり)雲海よ。(しりぞ)け! 天道(ひら)くは神馬(かみうま)()()

 

 アユミチの怒声に場の注意が集まった裏でカヨウが淀みなく謳い上げた。

 レーマ様の戦馬車を呼ぶ。幻だが。

 炎の幻なども作れるが、熱がないと露見してしまえば時間稼ぎには不向き。

 空から襲い来る戦馬車の方が敵の目を引きつけ、動揺させる効果が高いだろうと話していた。

 

「なんっうおぁぁっ!?」

「バケモンだ!」

「ぐぬぅ」

 

 狙い通り、空を割って現れた天魔に敵の腰が引け、視線はそれを追う。

 一度は地上近くまで降りて、駆け上ってから折り返して戻る。次は敵を轢き殺すような勢いで。

 包囲しつつあった敵が目を奪われているその隙に、アユミチはカヨウに駆け寄り――

 

『アユミチ! 槍!』

「は」

 

 空から襲い来る戦馬車に動揺しなかったわけではない。だが、ポーラ隊隊長でありコスタス・マクリアスの側近ヴァイロン。

 たとえ被害が出ても術者であるカヨウを殺そうと腹を据え、判断が早い。

 そうだ。エクピキ教団の司祭たちもそうだが、実力者は皆ここぞという時の判断が早い。

 凡人に過ぎないアユミチとの決定的な差。

 

 

「ぐ、のぉぉ!」

 

 駆け寄っていてよかった。だから間に合う。

 目茶苦茶な体勢でも、カヨウを貫こうと飛んできた槍を左腕で叩き払った。

 

「がぁぁ!」

 

 今までの戦闘経験も生きている。

 ノクサのおかげで以前なら絶対に対処できなかっただろう速度にも意識がついていく。体も動く。

 ヴァイロンが投げた槍を払いのけ、カヨウの体を抱き寄せた。

 

「ノクサ!」

『うん!』

 

 逃げる。

 コスタスがすぐ近くにいるとは言っても、刺し違えてここで終わりというわけにはいかない。

 これだけ町を荒らしたのだ。復讐の達成にはならなくても少しの仕返しくらいはできた。

 

「カヨウ、つかま――」

 

 今は、アユミチの手の中にたったひとつ残ったカヨウが何よりも大切だ。

 カヨウと一緒に逃げる。

 それを選んだ……つもりだったのに。

 

「っ!?」

「アユミチさん!」

 

 カヨウの体を抱き寄せ、城壁を跳び越えようと足を踏ん張ったところで、腕が落ちた。

 

「あ、が……」

 

 だらりと、左腕が上がらない。力が入らない。カヨウを掴めない。

 タニクに噛み潰され、ヴァイロンの槍を打ち払った左腕には感覚がなかった。

 

 

「く、そ」

 

 カヨウが掴まる腕力だけでは、ノクサの力で跳ぶ勢いで振り落とされかねない。ダメだ。

 咄嗟に右腕で抱き直そうとするアユミチだったが、

 

「一緒に死ぬのも悪くねえ、なぁ!」

 

 そんなアユミチを見逃す理由もない。

 既に死病を覚悟して、死ぬ前の殺し合いを楽しもうと腹を据えたタニクが、アユミチが払った槍を拾って笑った。

 そして、天馬の戦馬車が落ちてこようとする中庭で猛然と躍りかかってきた。

 

 

『土!』

「おぁっ」

 

 逃げようとノクサに頼んでいた力で、無理やり地面を蹴り上げた。

 タニクの踏み込みもすさまじいものだが、ノクサの力で土砂を蹴り上げれば突風どころではない。

 削がれた鼻の穴や開きっぱなしの目に猛烈な礫がぶつかり、一瞬だが攻撃が逸れる。

 

「ぐぶぅっ! べっ、逃がさねえよぉ!」

 

 とにかくカヨウを掴んで逃げようとしていなければ、右手でダガーを抜いてとどめを刺すこともできたかもしれない。

 しかし、咄嗟にその判断ができるほどの経験がアユミチにはない。戦闘訓練を受けていない。

 

「あ」

「くぅっ!」

 

 せめてカヨウだけは守りたい。

 ただその気持ちだけでカヨウを抱きしめ、槍を短く握って突き下ろそうと構えるタニクの傷だらけの顔を見上げ、その後ろに天馬の(たてがみ)からたなびく炎を見て――

 

 

「カヨウ!」

「お兄ちゃん」

 

 ぎゅ、と。

 ただ、小さなカヨウの体を抱いて、その気持ちくらいしかアユミチがカヨウに与えられるものはなくて。

 

 

「……」

「……」

 

 空から中庭に落ちてきた天馬の幻が、炎の残滓を残して地面に消えていった。

 

「……あ?」

 

 誰の疑問だったのか。

 兵士から別の槍をむしり取っていたヴァイロンも、戦馬車から逃げるように階段を上がりかけていたコスタスも、アユミチを貫く槍を掲げたタニクも。

 動きが固まった。

 

 

「やらせねえ」

 

 まるで天馬が届けてくれたように。

 空から天馬が届けてくれた流星のよう。流れたはずの魂が、この時この場所に。

 

「助けにきやしたぜ」

 

 船乗りがよく手にする曲刀を手に、日焼けした首は赤黒く。

 

「アユミチの旦那」

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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