法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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1-13.巨漢と凡人

 

 

 振り向いた男は思った以上にデカかった。

 目測がずれて肩甲骨辺りを殴りつけることになる。

 

「おどぁっ」

「何やってんだクズ死ね!」

 

 体格が大きく違う上に急所でもないが、思い切り棒で殴ればぐらつかせる程度の効果はあった。

 襲っていた女から引き離され、股間からぬめぬめした汚いモノがこちらを向く。

 

「このぉ!」

「うるせぇ!」

 

 引いてしまった。気持ちが。

 怒りに任せて後ろから殴りかかったものの、クソ大男の生々しいモノを見て気持ちが怯んだ。

 どこかに行けという気持ちで、続けて突き出した木の棒の先端は尖っているわけではない。

 両腕でガードした大男は数歩後ろに仰け反り、重量級の手応えにアユミチも一歩下がった。

 

 

「アユミチの旦那! そいつぁバズモズだ!」

「なんだおめえら、邪魔しやがって」

 

 両肩から汚らしいローブのような布を被っているだけの大男は、恥ずかしげもなく股間を晒しながらアユミチとムンジィを睨みつける。

 

「流行り病で追い出されたけど死ななかった。町から出る奴を襲って暮らしてる最悪のクズ野郎ですぜ」

「オレを知ってて邪魔しやがるのはどこのマヌケだ? あァ?」

 

 大男バズモズ。2メートル超えの体に岩のような筋肉。

 ぎょろりと血走った目で睨まれて、今さらになってマズかったと思い知る。

 でかいし強い。最初の一撃が後頭部に入っていればよかったが、大したダメージになっていない。

 

 王蠍を倒して少しいい気になっていた。

 盗賊たちもわりと簡単にあしらえた。人間一人くらいどうにかなるという慢心があったことは否定できない。

 別にアユミチの力が増したわけでもなんでもないのに。

 

 

「衛兵どももビビって放置しちまってる野郎ですが……へっ、関係ねえや」

「ァん?」

「こちとら渇きの王蠍をぶっ倒した旦那だ。どんなバケモンだろうが楽勝よ!」

 

 やめてくれ。

 ムンジィにはやし立てられ、バズモズの目玉がさらに血走るのを見て膝が震える。

 漫画ならデカいだけで強いわけじゃないとかよくあるが、実際に向き合えばデカいというだけで怖い。むき出しの筋肉もアユミチとは比べ物にならない。

 

「おめえが大サソリを? バカ言え」

「……」

 

 バズモズは素手だが、アユミチの足よりぶっとい腕そのものがハンマーのようなものだ。殴られたら骨が折れそう。

 捕まったら握力で腕を握り潰されてしまう。

 唯一、速度ならこっちに分があるか。

 

 

「へっ、嘘だと思うなら荒地を見てくるんだな。サソリが怖くて川も渡れねえおま――」

「うるせえよ!」

「ぶ!?」

 

 アユミチが飛び出した岩陰の近くで騒いでいたムンジィが、次の瞬間に吹っ飛ばされていた。

 目で追うのがせいいっぱい。

 少し屈んだかと思ったら、短距離走の一流選手のような初速でムンジィに突っ込み片腕で薙ぎ払った。

 

「ぐふぇっ」

「けっ」

 

 カエルが潰れたような声で河原を転がるムンジィに唾を吐き、改めてアユミチの方に向き直る。

 ぴくぴくと痙攣している様子は、死んでいるのか気絶しただけかわからない。

 とりあえず二対一という有利もなくなった。

 

 

「くだらねえ。川の向こうから来たみてえだがそれがどうした、あ?」

「……ち」

 

 何か状況を打破できないかと考えるが、荷物はちょうどバズモズが立つ方の岩陰。

 と言っても他にあるアイテムは小さなナイフや酒瓶くらい。酒を飲んで冷静に分析できたとしても、自分が負ける未来を確実に知るだけのような気がする。

 

 それとも、このクズに酒を差し出して機嫌を取るとか。

 バカバカしい。もうそんな段階ではないし、仮に交渉できたとしてもこんなクズに媚びるなんてまっぴらごめんだ。

 仮にやり直せるならせいぜい、襲われていた人を見捨ててこっそり逃げる程度。

 

 

「……」

 

 ちらりと見れば、倒れた女はがちがちと歯を鳴らしながら震えている。

 見えただけでも太腿が赤く大きく腫れていた。骨折しているのかもしれない。

 

「くだらねえ野郎どもが久しぶりのメスを邪魔しやがって。簡単にゃ殺さねえぞ」

「……うるせえよ、クズが」

 

 ぎり、と。歯を食いしばって下腹に力を込めた。

 どうせもう逃げられない。逃げられないならこの女性にくらい恰好をつけてやりたい。

 

 

「あの大サソリみたいにお前もぶっ潰してやるよ、バズモズ!」

「いい度胸じゃねえか雑魚がよ!」

 

 突っ込んできたバズモズが大きく振りかぶった右拳。

 叩きつけられるそれを、木の棒を両手で構えて受け止めた。

 

「そんなもんでなにが……ってぇ!?」

「ぐぅぅっ」

 

 巨大な砲丸でもぶつけられたような衝撃を木の棒で受け止め、たまらず後ろによろけた。

 だが、バズモズの方も少し下がって信じられないという顔で右拳をさする。

 木の棒を殴りつけ、擦りむけた自分の拳を。

 

「なんだその棒……ちっ」

「へっ」

 

 レーマ様からもらった折れない木の棒だ。直径五センチ程度の古木の杖に見えるが、折れない。

 叩き折ってアユミチを殴ろうとしたバズモズの拳の皮が裂けた。

 

 

「妙なモン持ってやがる。でもそんだけだろうがぁ!」

「だったらなんだよ!」

 

 次の突進は握り拳ではなかった。半開きの手の平で木の棒を掴み取ろうと。

 バズモズも無敵ではない。傷がつくということは倒せるはず。

 そう思ったら、昨日の冷静さに近いものが突然帰ってきた。

 

 レーマ様の酒……いや、これはたぶんレーマ様と間接キスをしたことで唾液を摂取してしまったせいだと思う。

 酒瓶の口に残っていた神の口づけ。それがアユミチの精神を強くしてくれたんじゃないか。

 

 

「やらねえよ!」

「ごびゅっ!」

 

 (つか)まれそうになった瞬間後ろに引いて、代わりに喉に向けて棒の尻を突き出した。

 鬱陶(うっとう)しい武器を奪い取ることに意識を集中していたバズモズ。守りの意識は(おろそ)かで、突っ込んできた自分の勢いで胸元に突きを食らう。

 ただ、硬い。

 異常に肥大した筋肉が分厚いゴムのように衝撃を受け止める。

 もう少し身長差がなければ喉に届いたのに、デカすぎて胸元より上にはうまく刺さらなかった。

 

「げ、はっふぅぅ……くそ、鬱陶しい雑魚がぁ」

「お前みたいなクズ、さっさと死ねばいいんだよ」

「うる、せぇ!」

 

 息を整え直したバズモズが再び襲い掛かってきた。

 右と左の両拳で、アユミチを――

 

 

「っ!」

「はっ、ははぁっ!」

 

 にやりと笑い、それから笑い声が漏れるバズモズ。

 

「くそっ」

 

 力の差は歴然なのだ。

 バズモズは何も全力の一撃を何度も放つ必要はない。

 手加減した一発でもまともに入ればアユミチなんか簡単に気絶する。首がへし折れるかもしれない。

 順番に、弱者をもてあそぶジャブのようなパンチを集中して木の棒で受け止め、受け流すアユミチを見て笑う。

 

「どうした、あァ? 生意気言ってやがったのが顔色わりいぞ、なぁ」

「う、るせっ! くそっ」

「メスの代わりにお前の穴で遊んでやろうか、おらおらぁ!」

「るせぇ変態っ! が!」

 

 強姦魔で変態。殴りながら股間に血がたぎっていくのが見て取れる。最悪だ。

 どれだけ悪徳を煮詰めればこんな人間が育つのか。

 左右の拳をなんとか弾きながら言い返すが、逆転の糸口が見つからない。ムンジィが起きてくれれば後ろから刺すとかできるだろうに。

 

「おめえが泣いて謝る顔が見てぇぜ! はひゃぁ!」

「誰が――っ」

 

 一撃を受け止め、その勢いと一緒に大きく後ろに跳んだ。

 数歩離れたがそれだけで何も変わらない。連撃していたバズモズの息は荒いけれど、それ以上にアユミチの呼吸の方がひどい。

 大きく肩で息をしながら、折れそうな心で折れない木の棒を握りしめ、

 

 

『私の力、貸してあげようか? アユミチ』

 

 耳元で黒い蝶のブローチが囁いた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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