法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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4-24.重々と軽々に

 

 カシキには異能はない。

 エヴェニスのように重さを操るような力はない。

 アパティであれば不可侵の障壁。ザイドロスは世界を塗り替えるような幻惑を。両手に指を宿す司祭は魔法とは異なる異能を持つ。

 

 城壁を跳び越え、一緒に屋敷まで退いたカシキは裏側に走った。

 敵の標的がエヴェニスであれば自分だけ逃げたことになるが、鬼巫の狙いはまずカシキだ。厄介な敵がカシキを追ってくれたのは悪いことでもない。

 

 

「だとしても!」

「んぬっ」

 

 屋敷の主室に続く広い通路には警備の私兵が常駐している。

 小さく息を発したかと思った次の瞬間には、深々と腹に鉄拳を叩き込む少女。左右にいる両方に、瞬く間に。

 奴隷海将ジナミナ。

 稀に生まれる異常個体だ。死んだ神の血肉が影響するなどと言われる。

 最近死んだ花札の一人も似たようなもの。常人からかけ離れた身体能力を有する。

 

 

「面倒をっ、愚弟が!」

「エヴェニス様、なに――うぉぁぁっ!?」

 

 多少腕が立つ程度の兵士では相手にならない。

 というか、普通の神経なら心構えができていないところに起きた戦闘で十分に力を発揮できるものではない。

 戦うつもりで戦場に立つのならともかく、今日はディサイの祭りの日で、多少の喧嘩騒ぎならともかく町全体に暴動が広がるなど考えていなかっただろう。

 

 

 浮足立つ兵士に何も期待はできない。

 だが、道具にはなる。

 

 手近にいた一人の髪を掴み、軽々と頭上に振り上げ投げつけた。

 エヴェニスの手から離れた瞬間、元の重さを返しながら。

 

「む」

 

 広いとは言っても通路の空間には限りがあり、ちょうど直線だった。

 砲弾のような勢いで飛んできた男の体をジナミナは避けない。

 内臓まで潰した別の兵士。左拳をそのまま振り抜き、エヴェニスが投げつけたものにぶつける。

 

「ばぶぇっ!」

「げべ」

 

 激突し、ぶしゃりと潰れて血肉を巻き散らす兵士ども。

 勢いはエヴェニスの方が強く、二体分の肉塊に小さなジナミナの姿が隠れる。

 

 

 がっ!

 

 エヴェニスから見て右の壁を蹴る音。

 聞き逃さない。異能に頼らなくともエヴェニスの感覚は鋭い。

 異常なバランス感覚と俊敏さを持つジナミナであれば、横の壁を蹴って立体的に襲ってくることも――

 

「っ!」

 

 ――素足だったはずだ。

 

 頭を()ぎった疑念がエヴェニスの命を救う。

 いやにはっきりした足音と逆方向、左腕のガードを上げながら自身の重さをほぼ無にした。

 

 

「むう」

 

 相手からすれば綿毛を殴ったような感触だったろう。

 しかし常識外れの威力。通路の奥、来客を迎える主室広間前の扉まで吹っ飛ばされた。

 

「く、忌々しい!」

「旦那様、あ」

 

 扉の前にいた兵士の喉首を掴み、再度ジナミナに向けて投擲する。

 直線通路で爆発的な勢いでぶつかってくる人体など、普通に考えれば避けるより他にない。岩をぶつけられるようなもので、速度も落石の比ではない。

 避ければ、限りのある通路。次の一撃で確実に仕留める用意。

 

「ふんぬっ」

 

 だがジナミナは避けない。

 今度は両方の鉄拳を揃えて兵士の体を横に打ち払った。

 潰れる兵士には目もくれず、エヴェニスの次の動きにだけ集中して。

 

「お前の相手など」

 

 相性が悪い。エヴェニスの能力と、鉄の球のような拳をはめたジナミナでは。

 俊敏過ぎるのもよくない。

 戦うのなら鬼巫の方がよかったか。あれの主な戦闘技能は魔法のはず。一瞬の集中の隙に人間砲弾を叩き込むことも可能だったろうに。

 相性の悪さで言えばジナミナから見ても同じく。エヴェニスに対して打撃は有効ではないのだから。

 

 

「入ってくるものを殺せ!」

 

 主室に駆け込んだ。

 駆け込みながら、室内で武器を手にしながらも状況を把握しきれていない兵士に命じた。

 町の暴動騒ぎ、砲声。屋敷内に轟く破壊音――裏庭側から何やら盛大な地響きがあった――を聞いて、兵士たちも非常時だとは理解している。

 ただ、屋内にいては状況などわからず、どうすべきかも判断できない。

 愚鈍な兵士どもに飛び込んでくるだろうジナミナへの攻撃を命じながら、主室の奥の椅子に走った。

 

「ああっ旦那様ぁ」

「お帰りをお待ちしておりました」

 

 女どもが数名、玉座にしなだれるように集まっている。

 こちらは戦力にはならない。盾にもならないだろう。

 

 

「てめっ!」

「こどぶぉ!?」

 

 エヴェニスの私兵は一応それなりの腕のはずなのだが、やはり異常個体ジナミナの相手にはならない。

 多少の時間稼ぎ程度。

 だがそれでいい。

 

「エヴェニス様、わたし」

「どけっ!」

「ひゃぁっ!?」

 

 ここが安全だと思って集まっていたのだろう。エヴェニスの椅子に寄り添うように避難していた女の一人を、ついでにジナミナに投げつけた。

 吹っ飛んだ先でどうなったのかなど知らない。

 他の女どもが小さく悲鳴をあげて、失禁しながら腰を抜かす。

 

「いちいち煩わせてくれたな、愚弟が!」

 

 ジナミナをけしかけてきた弟アルゴの顔を思い浮かべながら、椅子の後ろの隠し扉から小ぶりな短槍を引っ張り出した。

 ついでに左手で掴んだものは黄色の数珠。選んでいる余裕がないから仕方がない。

 裏庭側の大窓が赤く光ったが、何があったのかの確認は後だ。おそらくカシキか鬼巫の術とは思うが。

 

 

「死ね! 異常者!」

 

 右手の短槍を、兵士どもを片付けエヴェニスに向かおうと踏み出したジナミナに向けて突き出した。

 短い槍。だから短槍。広い主室の入り口に近いジナミナには遠く届かない。

 

「ううっ?」

 

 それにしても勘のいい。

 穂先は届かない。だがその先端から(ほとばし)る炎は届く。

 

「んはっ! くう」

 

 突撃しながらも寸でのところで鉄拳で炎を打ち払い、しかし火に巻かれて足が止まった。

 ただの炎ではない。油を巻かれたようにまとわりつく炎の槍。

 海の凶獣や異教徒を焼く目的で遥か昔に作られた武器。二つとない宝物だ。

 奴隷海将ジナミナを焼くにはちょうどいい。

 

 

「はっ! そのまま焼け死ね!」

 

 再度力を込めて、エクピキの力を込めて槍を突き出した。

 先ほどより強い炎が、体にまとわりつく火を払おうともがくジナミナを襲う。

 

「焼けたお前の肉を、あの愚弟に食わせてやろう!」

「あんたの食卓なんざ願い下げだぜ」

 

 がしりと、右手首を掴まれた。

 

「っ!」

「この屋敷のことなら多少は詳しいんでな、俺だって」

 

 エルゲン・ディアホラ……いや、アルゴ・ノーツ。

 生まれてから青年期までこの屋敷で暮らした、かつてエヴェニスの弟だった男が。

 周囲を見苦しく這いまわっている女どものせいで、後ろから来た侵入者に気づかなかった。

 

 

「この、愚弟が――」

 

 生かしてやった恩も忘れてエヴェニスの邪魔をするなど。

 よかろう、ならばそこで燃えている小娘と一緒に灰になればいい。

 触れた者の重さを無にするエヴェニスの異能は、あの小娘の鉄球の拳と違って……

 

「う?」

「あんたが重さを無視できんのは人間だけ、だろ」

 

 引っ張ってもびくともしない感触に、見ればアルゴの腰から伸びる縄が二つ、調度品の石像に引っかけられている。

 

 

「ジナミナぁ!」

「うー!!」

 

 竜巻のように。小娘にまとわりついていた炎が凄まじい旋回で弾き飛ばされた。

 エヴェニスの右手はアルゴにがっちりと掴まれたまま。

 目標を定め直したジナミナに対して、エヴェニスは身動きが取れず――

 

 

「愚か者が」

「っ!? ぶぅっ!」

 

 ずど、と。

 アルゴの体が床に落ちた。

 

「軽くできるだけなどと誰が言ったか」

 

 ごしゅっと、岩より重くなったアルゴの腕が砕ける音を立てながら床に落ちた。

 

 

「それに――」

 

 真っ直ぐに飛び込んでくるジナミナに対して。

 鬼巫と連携するでもない。通路のように立体的な動きもしづらい広間であれば。

 

「身の程もわきまえぬ下民ごときに!」

「やぁぁ!」

 

 自由になった短槍を、エヴェニスに向けて真っ直ぐ突き出された鉄球の拳にぶつけた。

 赤々とした炎と共に。

 

「うぐぅぅ!」

「小汚いメス一匹程度で、この私を討てるなどと思いあがりを!」

 

 力は確かに大したものだ。

 エヴェニスの短槍は弾き飛ばされ、しかしジナミナの鉄球も()(ただ)れて左拳を潰した。

 体重を極端に重くして迎え撃ったエヴェニスの体の軸を揺らすほどの力。

 だが、読みやすい。

 

「アルゴの、敵ぃ!」

「愚弟と一緒に死んでやるといい、奴隷女」

 

 左拳が潰れても、右。

 ジナミナの体格から繰り出される拳を読み切ったエヴェニスは、その拳を受けて軽々と大窓から外に飛び立った。

 

 左手に握った黄色い数珠、爆裂の魔法道具に力を込めながら。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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