法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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 旗幟(きし):旗印、立場。または主義主張や考え方。
 朧朧(ろうろう):薄ぼんやり見える様。

  ◆   ◇   ◆



4-26.旗幟朧朧

 

「はははっ! どうだ、我が策は!」

 

 海獣サヴァサゴニを放った。

 恐れをなしたのか、ディサイ城塞内で戦っていた反逆者どもが逃げていった。

 まだ町全体は騒がしいが、襲われていたディサイ城塞中庭から楼閣まではいったん鎮まる。

 押し入ろうとしていた暴徒どもも、なぜだか城塞から外れてディアホラの屋敷の方に向かったようだ。

 

「ふはっ! ディアホラ家か!」

 

 愉快。実に愉快。

 反乱を鎮圧。ついでに目障りで高慢なエヴェニス・ディアホラにも損害を与えられる。

 どうせなら暴徒ども、エヴェニスを討ち取ってくれないだろうか。

 

 

 父コスタスは死んだらしい。

 逃げてきた兵士がそう言っていた。

 最初は衝撃だったが、思い至る。これでアントニーを叱りつけるような人間はいなくなったのだと。

 父も戦いの中で死んだのなら本望だろう。そう割り切り、責任ある貴族として動揺を鎮めた。

 

 敵襲、敵襲と叫ぶ声もあった。

 反乱を仕組んだのは報告からすれば左潮伯エクソト家の勢力。死体もあるという。

 混乱のせいで報告が前後してあれこれ飛び込んでくるが、だいたいの状況は理解した。

 

 やはりアントニーは天に選ばれた男なのだ。

 この事態を収めてアントニーは晴れて真の当主になる。左潮伯を弾劾してマクリアス家がさらに隆盛を迎える。

 

 天に選ばれた英雄。稀代の策士。右流伯アントニー・マクリアスの名は、トローメ王国で知らぬ者がいらぬほどの高みに。

 この先も困難もあるだろうが、アントニーの知恵と天運があれば解決できるはず。

 むしろ常人が不可能と思う苦難を乗り越えるからこその英雄。

 

 

「我が王道だ」

「はっ、アントニー閣下!」

 

 付き従うポーラ隊の兵士に頷き、戦いが終わった中庭を抜けた。

 王になるべき者として、戦いの終わりを宣する必要がある。

 とんでもない騒ぎになったものの、終わってみればアントニーの奇策で事態を収拾した形。

 それを愚民たちに知らしめる。

 

 今、ディサイ城塞前にいる者たちは幸いだ。

 新たな王の一歩を目にし、伝説の一幕に居合わせるのだから。

 

「しかし閣下、まだ危険では……」

「何を言う」

 

 心配性な部下の言葉に、ちらりとその可能性も頭を掠めるが、ここで退いては英雄ではないのだ。

 捨て森を焼く時も、ためらいを捨てたからこそ道が開けた。

 アントニーの時代の流れを作るのに、怯えていては進まない。

 父もよく、不安や迷いを部下に見せるなと言っていた。

 

 

「この混乱の中だからこそ、王たる私が民に姿を示さねばならんのだ。危険だと首を引っ込めていられるものか」

「は……」

 

 バカ騒ぎが収まってきている気配。

 今を逃せば、争いの最中逃げ隠れしていただけの卑怯者などと噂するバカどももいよう。

 この騒動を収めたのはアントニー・マクリアスだと。しかと知らしめねばならない。

 

「高く軍旗を掲げ、民の目を集めよ。君命である!」

「ははっ!」

 

 死体も転がる中庭を、水路から離れて速足で抜けた。

 そのまま階段を上がり、あちこち壊されてはいるが形を保つ楼閣に立った。

 

 

「静まれぇぇい!!」

 

 腹から声を上げた。

 正門前広場に集まっていた平民どもが、やや奇妙なほど素直に顔を上げた。

 

 大騒ぎだったはずだが、この舞台に誰かが立ち声を上げるのを知っていたかのように。

 幾人かが顔を上げれば周りの者も釣られて、さして時間もかからず注目が集まる。

 いや、アントニーが真の英雄だからなのか。

 誰もが見上げずにはいられない輝きを背負う英雄。衆目を集めるのも仕方がない。

 

 

「ディサイ総督! 右流伯アントニー・マクリアスである!」

「総督閣下に!」

「傾聴! 傾聴!」

 

 兵士の呼びかけも続く。

 

 ――やっぱり、マクリアス家が……

 ――反乱なんてバカなことしやがって。

 ――ほらみなよ、あたしは最初っからこうなるって言ったさ。

 

 よしよし。

 素直で従順。それこそが町に暮らす平民の在り方だ。

 ここにいる連中はアントニーにとって可愛げのある住民。アントニーの民。

 ならば導いてやらねばなるまい。

 

 

「町を騒がせた反逆者は制圧した! まだ逃げている者は必ず捕らえ処罰する!」

 

 まず事実を告げる。

 反乱は失敗。これから取り締まりを行う。

 お前たちはこれからも従順に、このアントニーの民として働け。

 

「ディサイの民よ! アントニー・マクリアスの下に――」

 

 正しく生きよ、と。

 平民なりに、臣民なりに、分を弁えつつましく有用に務めよと。

 

「か、ふ」

 

 血が噴き出した。

 言葉の代わりに肺から血が吐き出された。

 背中から突き刺さった矢が、アントニーの胸を貫いて。

 

 

「が……ぶ、べ……?」

 

 大きく身を反らして叫んでいたせいか、背中から倒れた。

 倒れたせいで、さらに矢がずぶりと、ぎゅぶると、自分の肺と心臓の肉を押しのけてねじ込まれる感触を味わう。

 

「ば、げ……っが……」

 

 空が、青い。

 両脇に立っていたディサイの軍旗も、アントニーに遅れてばさりと倒れた。

 

 

「は……?」

 

 ディサイの城塞の頂上には、トローメ王国旗とディサイの旗が掲げられている。

 はずだった。

 

「あ?」

 

 アントニーが斃れた代わりのように、そこに昇っていく旗印は――

 

「ほす……ばる、ど……?」

 

 英雄たるアントニーがこんな形でみじめに死ぬはずがない。

 まだもう一つ、神は苦難を用意していたのか。

 あれを倒したなら、アントニーは誰が疑うこともなく王として、富も権力も国中の美女も手に入れられる。

 美しい鬼巫の使い。あの少女も淫らに着飾らせてもてあそ――

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 空中で鉢合わせたエクピキ教司祭エヴェニスをとりあえず殴り飛ばした。

 飛び出してきた窓に向けて殴り返し、慌ててバランスを取りながら着地……がうまくいかず、庭の樹木の枝を掴み、その枝が折れて庭に落ちる。

 バルコニーに飛び移るつもりが、うまくいかなかった。

 

「ちっ、大丈夫かカヨウ?」

「は、いっ、平気です」

『また飛んでったけど……?』

 

 一度飛び上がったことで、狂気の人間たちの手からは少し離れた。

 頭上に、先ほど割れた大窓から再び司祭服の体が吹っ飛んでいく。行ったり来たり、何かの遊びのよう。

 

 

 ――ボゴォォォォッ!!

 

「きゃっ!」

「おぁ!?」

「わあぁぁっ!」

 

 空中で爆発した。

 室内であれば部屋ごと吹っ飛ばしただろう威力の爆発。庭の上空で爆発して、震動がアユミチ達まで響く。

 危なかった。近距離だったらアユミチたちも死んでいた。

 

 

「これはまた、陽輝卿らしい」

「ぬかせ!」

 

 エヴェニスが死んだのはそれでいい。

 それとは別に敵はいる。

 爆発音で痺れる鼓膜に顔をしかめつつ、周囲を見回した。

 

 鬼巫が切り裂いたのは、司祭ではなく屋敷の使用人と兵士らしい男。

 さきほどの爆発で悲鳴を上げたのは、うずくまって泣いていた少年。

 建物が倒壊したショックで泣いていた。赤い光を見ておらず、正気を保っている。

 

 そんな誰かよりも、陽灯司長カシキはどこに――

 

「そちらじゃ!」

 

 鬼巫と戦っているものだと思い込んでいた。

 そっちにいると思って探すから見落とす。

 アユミチたちに向かって駆けてくる男を。

 

 

「こいつっ」

「差し当り、私のことよりも」

 

 皮肉気な笑みを浮かべて呟くカシキの目線は、

 

『後ろよ!』

「あぁっ」

 

 ノクサの声を聞いてカヨウを抱いたまま横に転がる。

 すぐ後ろから、赤い狂気に当てられた兵士が飛びかかってきていた。

 転がりながらカヨウを離し、散らばっていた瓦礫をひとつ手に取る。

 

「そやつを逃がすな!」

 

 群がってくる狂人たちを蹴り飛ばしながら鬼巫が叫んだ。

 さながらゾンビの群れの中、駆けるカシキを逃がすなと。

 

「あ」

 

 正気を失った群れが、悲鳴を上げた少年を認識した。

 アユミチたちと鬼巫と、その少年に凶暴な害意を向ける。

 アユミチの右手に少年、左手を駆け抜けようとするカシキと。

 

 

「あぁぁくそったれぇ!」

 

 泣いている少年に噛みつこうとした兵士に向けて、拾った瓦礫を投げつけた。

 そこそこの重さの瓦礫。思い切りぶつけられれば大人でもたまらない。

 投げた手と反対の手で、後ろ手にカシキを掴もうとするが――

 

「ちっ!」

「その子は……」

 

 法衣の裾を掠めて、カシキが抜ける。屋敷の裏の出入り口を目指して。

 ちらりと目の端に子供の姿を見留め、何か言いかけて。

 

「……ふっ」

「待てぃ!」

 

 狂気の兵士たちを相手に出遅れた鬼巫が、走り去るカシキを追う。

 アユミチは……

 

「しょうがない、だろ!」

 

 責められた気もするが、どうしろと言うのか。

 目の前で子供を見殺しにしてでもカシキを捕まえればよかった。そうかもしれないが。

 

「わかってますアユミチさん!」

『あと五人! 話は通じないから!』

 

 集まってきた兵士やらの十数人は鬼巫が片付けていた。殺していった。

 残り五人が、まだ動いて襲い掛かってくる。

 カヨウが子供を引っ張って樹木を背中に、ノクサが襲ってくる人間を見つけてアユミチに指差す。

 

「くそっ! こんなことを!」

 

 やっている場合じゃない。

 しかし、今ここでアユミチがカシキを追えばこの子は死ぬ。

 見ず知らずの子供だ。守る義務があるわけでもなんでもない。

 けれど、ただそこに居合わせただけでも、見捨てていく判断ができなかった。

 アユミチの甘さ。目的意識の欠如。取捨選択ができない。

 

 

「しっかりしなさい! 立って! 死にますよ!」

「ひっ」

 

 アユミチが助けることを選択した。

 だからカヨウも、泣いている子供を強く叱咤する。

 カヨウは知っているのだから。アユミチが捨て森で助けられなかった子供のことでどれだけ泣いたのか。カヨウは誰よりもよく知っている。

 

『アユミチ!』

「ああ、これで最後、だっ!」

『そうだけど、そうじゃなくって……』

 

 正気ではない人間の直線的な突進だから、倒すと思って向き合えば問題はない。

 アユミチの拳が兵士の顎から喉を打ち抜く横でノクサが首を振った。

 

 

『町の様子が変! 暴動が、一気に広がってくみたいに!』

「なん……?」

 

 耳を澄ませて外の様子を聞き取ろうとするノクサだが、全て見て取れるわけではない。

 しかし人間とは違う鋭敏な感覚を持つノクサがそう言うのだ。

 

『違う、暴動じゃない。だけど普通じゃない!』

「町を出るぞ、カヨウ!」

「はい!」

 

 ただでさえ危険な状況だったのだ。これ以上は何もできない。

 コスタスとエヴェニス、この町を支配する二人を倒した。

 捨て森を焼く命令を下したコスタス。

 捨て森を消し飛ばしてみんなを殺したエクピキ教の高位司祭エヴェニス。

 どちらも性根は腐っていた。この国に巣食うクソを掃除するというレーマ様との約束は少しでも進められたと考えよう。

 

 

「君も!」

「っ」

「死にたくないならついてこい! 男の子だろ、走れ!」

 

 アユミチにとって絶対に守らなければならないカヨウとは違う。

 行きずりで助けただけの少年にそう声をかけ、鬼巫やカシキが抜けていった裏門に向けて走り出した。

 

 

 途中、火事場泥棒的に襲ってきた暴漢をなぎ倒したり、カヨウの簡易な幻術で追い払いながら。

 何かを成せたのか、わかりやすい結果表示(リザルト)画面などないまま、混乱に陥るディサイの町を走り抜けた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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