法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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4-28.行迷う

 

 難民。

 町から逃げ出す人の波に、アユミチたちも共に進む。

 途中、略奪や狼藉を働こうとする者にはノクサの力やカヨウの威嚇魔法を見せて追い払った。

 

 難民の群れと同行した理由はいくつかある。

 ひとつは、道がわからない。

 アユミチはもちろんカヨウもトローメの地理に明るくない。

 多くの人が行き来しているだろう街道なら、ディサイから逃げた人々も当然そこを行く。アユミチたちも道を外れて行くあてがない。

 

 ふたつめには、人波に紛れる為。

 大勢の人間の中にいれば目立ちにくい。

 どういう追っ手がかかるともわからない。そういう意味で大人数というのは安全策でもあった。

 魚の群れと同じ。誰かが食われている間に逃げる。

 

 みっつめ。

 アユミチの足が限界だった。

 戦っている間は気にならなかったが、逃げている途中で太ももに激痛を感じるようになった。

 歩けないほどではないが、良い状態でもない。

 そんな理由が重なり、他にしようがなく街道を行く人々の群れに紛れていく。

 

 

「食べ物はもうない。悪いけどこれで我慢してくれ」

「……」

『謝ることはないんじゃない』

 

 あまり喋らない少年にレーマ様の酒瓶から注いだ果実汁(ジュース)を渡すと、無言のまま受け取ってすぐに飲み干す。

 秋も後半に差し掛かり、霧雨の中を進めば体も冷える。

 少しでも栄養になるものを胃に入れておかなければ動けなくなってしまうだろう。

 実際に難民の中にはうずくまり脱落していく者もいた。

 

 かわいそうだとは思うが、そこに手を差し伸べていたらきりがない。

 酒瓶が特別なものだと知られれば、奪い合いになる可能性もある。

 カヨウと、こうして拾った少年とだけ分け合いながら痛む足を進めた。

 

 

「ホスバルドル軍……隣の国って言ってたか」

「貧しい国だと聞いたことはあります。それくらいしか」

 

 カヨウはディサイ近郊で育った。海を挟んだ隣国について聞いたことくらいはある。

 詳しく知っているわけではない。この社会では世界地図だって出回っていないのだ。噂に聞く程度の知識だけ。

 事実として、トローメより国力で下回るホスバルドル国の軍勢が乱戦のディサイに攻め入り、町を占拠したらしい。

 

 他国に支配されるというのがどういうものなのか、日本で生まれ育ったアユミチにはわからない。

 決して楽観的に考えられるものではないだろう。

 地球でだって、異なる民族に対する弾圧や虐殺の歴史は今も行われている。

 まして法も秩序もないようなこの世界。他国の軍を恐れて町を逃げ出す難民がいるのは自然だった。

 

 

「同じ人間同士だってのに……」

『人間同士だから、でしょ』

 

 アユミチのぼやきにカヨウは何も言わず、ノクサはさも当然というような顔で応じる。

 

『隣の人間より豊かに。目の前の人間より上に。同じ立場の誰かと比べて優位でいたい。尊ばれて好かれて愛されたい』

「……」

『上に行くのが難しいなら他の人を下に蹴落とす方が楽じゃない。戦争なんかなくてもいつも同族で争っている生き物に見えるけど』

「みんながみんなそうじゃないだろ」

『争いを嫌って逃げる、目を逸らす人間もいるものね』

 

 だけど、と。

 アユミチを責めるでもなく皮肉気に笑って、

 

『それで争いとか(いさか)いがなくなるわけじゃないんだし』

「逃げるのは解決にならないって?」

 

 住み慣れた町から逃げ出した難民たちに、他にどうしろと言うのか。

 誰も彼もが戦えるわけじゃない。

 不安で逃げ出した彼らを間違っているなんて言えない。家族や自分を守る為だったのだろうし。

 

『向き合う必要がない時は逃げていいと思うわよ。でも』

 

 ノクサの瞳がアユミチの横を歩くカヨウを映した。

 アユミチの唇も自然と真一文字に結ばれる。

 

『いつでも、どこまでも。逃げられるわけじゃないでしょ』

「……あぁ」

 

 天涯孤独の身一つなら、何も気にせず逃げてしまえばいいのかもしれない。

 けれど人が生きていれば必ず何かと関わり合いになる。逃げ出せない、退けない時もくる。

 

「……」

 

 ゼラを生き返らせる為に、必要なことなら。

 握りしめた拳を胸に当てた。

 

 ムンジィが生きていてよかった。

 捨て森で一緒に暮らした幼女プレヴラも、奴隷海将の船で無事だと聞いた。

 よかった。

 救われた気持ちと、だけどこうして喧騒を離れ歩いていると、ならどうしてゼラが、と考えてしまう時間が生まれる。

 

 

 ゼラ。

 誰より一番生きていてほしかった人。

 傍にいてほしかった。隣にいてほしかった。ゼラの声が聞きたい。アユミチを責める言葉でもいいから。

 

 ディサイの町がどうなったのか。

 コスタスやエヴェニスを殺したことで、この国の腐った病巣を多少はマシにできたのか。

 レーマ様の復活、再臨に近づいたのなら、この先も続けなければいけない。

 

 難民たちの声を聞いていれば、エヴェニス・ディアホラへの恨み言は少なくなかった。

 怪我をしても、エクピキ教に助けを求めれば高額な金銭や人権を売ることになるとか。

 やはりトローメ王国の最大の腐敗はエクピキ教団なのだろう。

 アユミチにとっても敵で仇。奴らを排除して、エクピキの指なんていう得体の知れないクソを片付けるのが当面の目標。最優先の課題。

 

 逃げているだけ、目を背けているだけでは進めない。

 もう一度ゼラと会う為には、退けない状況が必ず来る。

 

 

「ノクサ」

『なあに?』

「……俺が、大事な時に逃げ出そうとしたら。ケツを叩いてくれるか?」

 

 自信がない。

 情けない話だが、本当に決断を迫られた時に身を切るような判断ができるか、アユミチにはまるで自信がない。

 

『それは……ノクサの役目じゃないと思う』

「……そうか」

『違うでしょ、きっと』

 

 

 意味があるのかないのかわからない会話をやり取りして、何日くらい歩いたのか。

 大きな町に辿り着いてようやくアユミチは知った。

 歩いてきた街道が北府ヴォラスに続く道だったのだと。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「北府……ヴォラス」

「ディサイとは雰囲気が違いますね……だいぶ」

 

 港町と山里の違いなのかと思えば、カヨウの感想を聞きながら理解する。

 建材だ。

 ディサイでは石造り、レンガ造りのような建物が多かったが、ヴォラスは違う。

 木造建築が多い。

 トローメ北部は山岳地が多いらしい。当然、木材が多く建築物もそれによる。

 

 

「どこか……」

 

 当てがあるわけではないが、とりあえず多少の金はある。

 ここまでの道すがらでは特に金が役立つわけではなかったが、ヴォラスに辿り着いてからは違った。

 

 まずは町に入れるかどうかで、門兵は難民を通さなかった。

 仕方がない。大量の難民が町に入れば町の治安が悪化する。着の身着のままで逃げてきたようなよそ者を、はいどうぞと通すわけもない。

 同じトローメ国民だから、ヴォラスの町周辺で野宿を始めるのを咎めるまでではないが、町には入れない。

 

 金がなければ。

 金を払えば、入れてもらえた。

 賄賂なのか通行税の類なのかはわからない。とにかく支払い能力があるのなら通行が許可される。

 日本で言えばビザとかそういう種類の権利になるのだろう。

 お金ありませんが中に入れて下さい、なんて人間に信用などない。町の中で盗みや犯罪をされるのも、野垂れ死んで不衛生にされるのもごめんだ。

 

 

 とりあえず町に入り、さてどうしようかと――

 

「そなたの行い褒めて遣わす。アユミチ」

「え、っと……?」

「はぁ?」

 

 町に入り、何か気分が変わったのか。

 ここまでの道中、うんとかいえとか小声でしか喋らなかった少年が、唐突に堂々とした様子で告げた。

 自分の名前すら名乗らなかったのに。

 アユミチの名前はカヨウが呼ぶのを聞いていたのだろうが、急に何が始まったのだろう?

 

「教会を探すといい。私が話をつけよう」

「知り合いでもいるのか? 教会……そういえば……」

 

 偉そうな少年の喋りに戸惑いつつ、言われて思い出した。

 教会。

 

 

 ――北府ヴォラス、北東の外れの古教会を。

 

 そうだ、鬼巫(おにみこ)から聞かされた。

 詳しく内容を聞いたわけではない。ディサイの城塞で戦っていた時に言っていた。

 おそらくそこに行けば何かある。鬼巫との連絡手段があるのかもしれない。

 エクピキ教団と戦う為にもっとも心強い味方になり得る鬼巫。協力しなければ奴らを一掃するなど難しいどころではない。

 

 少年が言う通り教会を探そうか。北東の。

 

 

「何を偉そうに言っているんですか」

「私はデフィロ」

 

 聞いてもいないのに、得意げに。

 あの庭ではひいひい泣いていて、道中はずっとだんまりだった少年が。

 

「デフィロ・ディアホラ。ディアホラ家の子だ。教会に行けば無下にされることはあるまい」

「……」

「……」

 

 アユミチが開いた口からは言葉が出ず、カヨウは口を結んで額に手を当てる。

 そこまで高級な衣服を着ていたわけではなかったので考えもしなかった。

 

『あらま』

 

 ノクサのやや気の抜けた声色は、アユミチの心境と同じくどこに向かえばいいのかまるで見当がつかない空っぽの色を感じさせた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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