法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
「……いいんですか?」
「……」
カヨウの問いかけを
何を聞かれているのかは理解している。
反対隣りを歩く少年デフィロ・ディアホラには聞かせられない内容。
――その子を生かしておいていいんですか?
本人もいるのに口にはできないだろう。
カヨウの言いたいことはわかる。それは色々と間違っていて、けれどそう考える気持ちもわかって。
理屈じゃない。感情論にしても答えがめちゃくちゃになる。
何もしていない子供を殺せるわけがないだろう、エクピキ教の子供なんて生かしておいていいのか。
相反する気持ちが交互に浮かび、答えなんて出せない。
『レーマを……奥さんを生き返らせる為に必要なら、どうするの?』
「……必要なら」
答えないアユミチを追い込むようなノクサに答え、だけど。
必要なら?
どうすると言うのか。言えない。言わない。
「すまなかった。隠すつもりじゃ……お前たちに隠すつもりはなかった」
「そうですか」
「難民の中では誰に聞かれるかわからない。彼らの中には父に反感を持つ者も少なくない」
道中で名乗らなかったことについて、デフィロの言い分に納得する。
危険を判断して言わなかった。確かに、もし難民の中で暴動でも起こされたらアユミチたちも危険だった。
北府ヴォラスに入り、危地から逃れてから告げた彼の判断は正しい。
教会に庇護を求めるというのも。
「最初は私を知っていて助けたのかと……見ない顔だけど屋敷で雇われていた者だと思った」
「いや、違う」
なんならデフィロの父を殺した側の人間だが。
エヴェニスの死に様は、顔を伏せていたデフィロは見ていなかったらしい。
外道だったとしても肉親の爆死など見なくてよかっただろう。
「横暴なマクリアス家はともかく、父がいればディサイの混乱もすぐに鎮まる。ホスバルドルなど相手にならない。国軍も派遣されるはず。一時的にここの教会に身を寄せ、正しい情報を待とう」
「……」
偉そうに、と言う言葉を飲み込むカヨウの肩に手を置き、小さく頷いた。
実際に偉い。というか、おそらく元より貴族としての教育を受けている。
十を過ぎたくらいなのに、パニックにもならず上に立つ人間として振る舞う。
それだけディアホラ家や父親の権威を信じているのだろう。落ちることなどないと。
バカでもない。道中、不満もあっただろうに自分を優遇しろなどと我がままも言わず。
「君は……エクピキ教の、司祭になるのか?」
「今の私の位階は副助祭だ」
首を振る雰囲気で司祭扱いより下なのだと察した。
「正式な司祭……陽灯司になる為に、助祭として徳を積み、いずれ主光から【指】をいただく」
自分の手の平を見て誇らしげに笑うデフィロと、苦々しく目を逸らすアユミチ。
その指とやらをこの世界から消し去るのがアユミチの使命だ。
「そうしたら、そうだな。私を助けてくれたお前たちならいつでも無償で治癒をするよ。今、その足を治してあげられないのが悔やまれるくらいだ」
「……気持ちは嬉しい」
痛む片足を不自然に引きずるアユミチに対して、デフィロの言葉に悪意はない。
悪意がないのがまた心を
『治せるなら治した方がいいでしょ。何にしてもしばらく休んだ方がいいわよ。その足』
「あぁ」
『ま、アユミチに肩を貸す方は喜んでるみたいだけどね』
ここまでも時々カヨウに
今は無表情。不満を表に出すでもなく。
わけのわからない状況。ノクサはこういうのが好きらしい。少し楽しそうだ。
アユミチが困っているからだろうか。
「ずっと思っていたんだけど、その不吉な黒蝶の飾りに話しかけるのは? 癖なのか、何かたちの悪い呪いや病気なのか……」
『あらあら、言われてるわよアユミチ』
「言われてるのはお前もだろ」
ノクサとの会話はぼそぼそと小声だ。カヨウに言っているように見える時は普通だけれど。
しばらく近くで過ごせば、襟元の黒蝶のブローチに話しかけているようだとわかる。
それだけなら、ちょっと変わった危ない男というだけ……じゃないだろうか。
「何にしろ、お前たちが悪人でないことはわかる。私を利用するつもりもなかったようだし。驚かせて悪かったと思う」
デフィロの扱いをどうするか悩んでいるアユミチに、デフィロからの評価は上々。
好きでない相手から好かれるのはこういう感じなのだろうか。困る。
「どうかしたのか?」
「いや……とりあえず飯を食おう。何をするにも腹ごしらえだ」
「うん、そうだな」
『一番マシな考えね』
ノクサの同意も得て、とりあえず手近の大衆食堂に入った。
デフィロはこうした店が初めてらしく、落ち着いた風を装いながらも好奇心を隠し切れずにいた。
カヨウの不機嫌もお腹が満たされたら収まった。しかしデフィロへの接し方は判断できず溜息が多い。
アユミチも、次の満月にレーマ様に送ってしまえばいいのではなどと考えて問題を先送りにすることにした。
『ダメに決まってるでしょ。エクピキ信奉者なんてレーマのところに送ったら……』
「やっぱりダメかな」
『……さあね、別にもういいのかも』
ひらひらと手を振って投げやりなノクサの様子からすれば、やっぱりダメらしい。
◆ ◇ ◆
「ひとまず、お前に感謝だ。ムンジィ」
商船に偽装していたエクソトの船に戻ると、キデ・マノスは戦友を迎えるかのように肩を叩いて笑った。
行きは二隻だったが帰りは七隻まで増えている。
フィリオたち反乱軍は、反乱が成就するなどと考えてはいなかった。
ディオーネたちは逃亡用の船に避難しており、他の反乱軍関係者が乗った船が三隻。
そしてもう二隻は、奴隷海将隊の船。
「俺ぁたいしたことはやってねえぜ」
「いや、十分だ。噂の奇跡の薬を手に入れられたってだけでな」
「薬……」
ディサイを発ってからしばらく波が高く、ムンジィはずっとフィリオとディオーネたちの船にいた。
二日過ぎて波も風もマシになったところで、こっちに来いと手旗を振るキデの船に接舷した。
そして歓待。
「あー、あぁ……あんたの親父さん、カッダ様か? もしかして」
「そうじゃないんだが、そうだな。町に戻ったら説明してもいいだろう。たぶん」
しばらく表に出てこないという左潮伯が病気なのかと考えたが、それは違うと言う。
だがまるっきり的外れというわけでもないようだ。
アユミチの薬が必要な事態で、ムンジィの伝手で首尾よく手に入れられた。
ディサイを襲撃したのは何も政敵マクリアスへの嫌がらせというばかりでもないらしい。
「お前たちがエクピキ教と敵対しているのは確かなようだ。まあ、村を焼かれればそうもなる」
「ああ、旦那も容赦ねえ目をしてた。ありゃあ……」
別れ際に、鬼巫たちと合流してエクピキの司祭を殺すと言った時のアユミチの目を思い出す。
ゼラの仇だ。皆の仇だ。
アユミチの瞳に揺らがぬ意志を見て、胸が痛くなった。
違う、旦那はそんな人じゃねえ。殺すことを目的に生きるような人間じゃねえだろ、と。
言いたいが、言えなかった。
――ムンジィ、お前にしか頼めない。
その後の言葉を聞いて、その内容に安堵したから、我を通して着いて行けなかった。
ムンジィの知っているアユミチの言葉だったから。
「まあいいや。後で教えてくれんならそれで。んで、続けてわりいんだが」
「なんだ?」
「あれに寄せてくれ」
フィリオ、ディオーネとは十分に話した。
諦めていたこういう時間を得られたのもアユミチのおかげ。
そのアユミチから頼まれたことを。
「……あんまり近づきたくないんだが」
「平気だろ。やらかすつもりならとっくに何かしてる」
船団の中で一番距離を置いている奴隷海将の船に寄せてくれと。
「あの船にもアユミチの旦那の仲間が乗ってんだ。頼まれてんだよ、旦那に」
プレヴラが奴隷海将の船にいる。
心細いだろうから見てやってほしい、と。
アユミチの、あんな状況でも思いやりの言葉を聞いて、ムンジィにしか頼めないと言われて。
わかったとしか言えなかった。
「ま、心細いってことぁねえんだろうが」
遠目に見えた。
母親のコニーも、なぜだかステンも一緒にいる。
心細いということはないと思うが、それでもアユミチに頼まれている。
お互いの無事の報告と、ここまでの経緯を情報交換したい。
渋々、手旗で合図を送りながら寄せていく途中で気づいた。
小さなプレヴラが、波に揺れる甲板で体を支えるように持っている棒は――
「ありゃあ、旦那の……」
◆ ◇ ◆