法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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5-2.太師

 

「なぜこんな町外れに?」

 

 西港ディサイから辿り着いた北府ヴォラスで、北東の町外れを目指せば一番遠い。

 エクピキの教会なら他にもあっただろう。もっと良い場所に。

 

「安全の為だ」

「安全?」

「ディサイだけで襲撃が終わらないかもしれない。この町でも」

「……」

 

 歩きながら考えた言い訳を聞かせる。

 鬼巫から聞いたからとは言えない。デフィロだってエクピキ教団と鬼巫一派が対立していることくらい知っているだろう。

 

「君の家が襲われたように、大きな教会が狙われる可能性もある」

「まさかそんなこと」

「異常事態だ。悪い可能性は考えておいた方がいい」

 

 北東の古教会で鬼巫が待っていてくれるのなら。

 この子がエヴェニスの子供だと言ったら、どうするのだろうか。

 慈悲も容赦もなく処理するのか、あるいは人質などとして使うのか。

 

「確かに……各地で似たような暴動が起きるかもしれない」

「とりあえず」

 

 納得してくれたらしい様子にほっとしながら、

 

「君がディアホラ家の子だというのは伏せておいた方がいい。どこで争いの道具にされるかわからない」

「……なるほど、アユミチの言う通りだ」

「ん……」

 

 深く頷いたデフィロと、ぐっと口を(つぐ)んだカヨウ。

 年齢の近い少年と並べば、大人びたカヨウも年齢相応なのだと実感する。薄っすらと感情が表に出る。

 エクピキ教の信徒、幹部の家の子供がアユミチに偉そうな言い方をするのが面白くない。

 アユミチがデフィロを気遣うのが気に入らない。

 

「疲れてないか、カヨウ」

「あ、ちょ……平気です、から」

 

 カヨウの少女らしさに心が柔らかくなり、つい頭を撫でてしまった。

 少し不満そうに、だけどされるがまま。

 カヨウがいてくれてよかった。本当にそう思う。

 アユミチが自分を見失わないでいられるのはカヨウとノクサのおかげだ。思えば最初からずっとそう。

 

 

『優しくし過ぎると情が移るんじゃない?』

 

 ノクサの言葉。

 彼女は嫌なことを言うが、結局はアユミチが見ないで済まそうとしている都合の悪い部分を言ってくれている。

 

『エクピキ教団をやっつけるんでしょ。その子はそこのエリート候補よ』

「……」

『それとも……奥さんを諦める?』

 

 ばた、と。

 足が止まった。

 

 

「アユミチ? どうかしたか?」

「足が痛みますか、アユミチさん」

「……」

『悪かったわよ。そんなに怖い顔しなくてもわかったから』

「……ああ、ちょっと痛くて。ごめん、もう大丈夫だ」

 

 奥さんを、ゼラを諦める。

 そんな選択肢はない。

 既にアユミチは多くを諦めて、切り捨てて、ゼラを選んだ。ゼラを生き返らせる為になら何を犠牲にしたっていい。

 

 今こうして話しているデフィロがエクピキ教団の一員として敵対するなら、殺す。

 エクピキの指をもらうのなら、そのクソみたいな指を()り潰す。

 他の誰だろうが、ゼラを取り戻すためなら。

 

 

「あれ……じゃないですか?」

 

 アユミチの苦い顔を、怪我の痛みのせいだと思ってくれたのはよかった。

 デフィロへの殺意を噛みしめていたなんて思われなくて。

 行く先の左手に見えてきた古い建物、おんぼろ教会らしきものをカヨウが指差す。

 そこらに並ぶ家とは少し変わった建築。集会所というかそんな様相の建物で、一般住宅には見えない。

 

「ああ、そうみたいだな」

「人が住んでいるようには……」

 

 夕暮れ間近。

 やや赤み掛かった西日に照らされるそこには、教会らしいシンボルすらない。

 壁には穴があったのか、素人細工のように木の板で塞いであった。

 

 

『人の気配はあるわ。十人くらい、かな』

「誰かいるはずだ」

 

 ノクサの言う通りなら、やはり鬼巫の仲間の連絡拠点か何かか。

 戦闘員や諜報員がいるのかもしれない。

 ディサイの時のように、怪しいと思われていきなり攻撃されては困る。あの時は死にかけた。

 

「カヨウ、デフィロも。俺の後ろに」

「そんな足で……わかりました」

 

 アユミチ達が近づいてきたのを察知したように、ずぎぎぎと軋みながら開かれる木戸。

 手荒い歓迎になるようなら、どうするか。鬼巫に言われてきたと言っていいものかどうか。

 

 

「すまない、旅の者だ。宿を貸してもらえれば――」

 

 西に傾きかけた日差しがちょうど逆光になり、眩しい。

 戸を開けて出てきた男……だと思う。さほど背丈は高くなく、女とは違う丸さの体格。

 その男が、【指】の生えた手をアユミチに向けて広げてみせた。

 

 【指】持ちの司祭。朽ちかけた町外れの教会に?

 

 

「っ!」

「なんと! アユミチでおじゃるか!」

 

 大きく広げた両手。

 手の平は、慣れない大工仕事でもしたかのような荒れ方。左手には六本目の指を有していて。

 

 

「な……ジルボン師……?」

「いかにも、麻呂でおじゃる! なんという奇跡か、アユミチよ!」

 

 どだどだ歩み寄ってきてべちょべちょ涙を垂らしながら抱き着いてきたジルボンを、避けることができなかった。

 重たいジルボン師の体を受けて転んだ。

 足の痛みで背中から転びながら抱き合う形になり、なんだかもう。

 なんだかもう、何をどうすればいいのかますますわからなくなってしまった。

 

 

『またひとつ問題が増えたのかしら?』

 

 ノクサはそうは言うけれど。

 けれど、確かに。

 確かに今、アユミチは感じたのだ。

 

 よかった。

 生きていてくれてよかったと、本当に、心から。

 その気持ちを自覚して涙が零れた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 まずはとにかく祝いを。祝杯を。

 ジルボンの他にも捨て森にいた住民たちの姿があり、互いの無事を喜んだ。

 隙間風だらけの古教会でレーマ様の酒瓶からの恵みを喜ぶジルボンに、もしかしてアユミチより酒瓶との再会を喜んでいるんじゃないかと思わなくもなかった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 ――時は数か月前。捨て森が光に飲まれる直前。

 

「ふん、他愛もない」

 

 アハラマは捨て森に向かっていた。出遅れた形ではあったが。

 もうじき森に着くというところで国軍の黄帯(きおび)派――特にエクピキ教団寄りの部隊が民間人を捕らえている現場に出くわした。

 

 

 このまま捨て森に入るか、どうするか。

 アハラマとて死病は恐ろしい。治るかどうかという確信もないまま突っ込むのは蛮勇だ。

 民間人たちを捕らえている兵士の数は多くはなかった。

 

 こんな場所にいる民間人。つまり噂の捨て森の民なのだろう。

 森に入る前に情報を聞き出そう。

 そう考え、見張りの兵士どもを排除した。

 

 

「さて……そなたらは逃げてよいが、その前にいくつか聞かせよ」

「アユミチに害成すようなこと、誰も手を貸さぬでおじゃる」

 

 はて、さて。

 捕らえられていた中にエクピキの司祭がいたとは驚いた。

 いや、エクピキの司祭だろうと死病に冒されれば捨て森送りになることもあるだろうが。

 

「陽灯司、か。おぬしが奇跡の薬師というわけではないな?」

「ここの者たちはアユミチの民でおじゃる。手荒なことは麻呂が許さぬぞ」

 

 探している薬師ではない。エクピキの手先。指先。

 殺すか、と思ったが。

 妙な陽灯司だ。兵士を瞬く間に血祭りにしたアハラマに対して、怯えながらも退こうとしない。

 まるで仲間を守ろうとするかのように両手を広げ、薄汚れた法衣で住民を背中に隠す。

 

 

「……なんじゃ、おぬし?」

 

 目を凝らして見直した。

 アハラマの知るエクピキ教司祭の姿ではない。

 その態度というだけでもなくて、広げた手の様子が――

 

 

「――っ!」

 

 道草を食っていてよかったと、心からそう思う。

 ここで民間人を見過ごして捨て森に突っ込んでいたら、アハラマも飲み込まれていただろう。

 捨て森を包んだ光の爆発に。

 

 

 捨て森の情報は失われた。

 アハラマが助けた民間人たち以外には。

 国軍や影潰しに捕まらぬよう、間道を抜けて北府ヴォラスに送った。

 ファニアの足を治し、彼女が悪神と戦う力を戻してくれた陽灯司への感謝として、廃棄された古教会を与えて。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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