法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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5-4.東風吹かば

 

「もう遅い。休まれた方がよいかと思いますぞ」

「……」

 

 戒厳令を敷いた町の門の上で、気遣いの言葉に首を振る。

 何が来るわけでもないが、不安なのだ。

 後悔がある。苛立ちがある。閉塞感で息が詰まる。

 

 

「わずか半年足らずで郷どころか県まで落とすとは、目にしてきた自分の目が信じられませんな」

「短期間だからできた。守りを考えていればできなかった」

 

 大げさな賞賛に、自分の頭を整理する為に答えた。

 やっている本人が信じられないくらいだ。

 

「いい加減南港ノーテスか、国軍も動き出すだろう。いくらうまく立ち回っても隠し通せるはずがない」

「ここしばらく、あなたは戦い詰めだ。無論、あなた以外の誰にもできぬことでありましょうが」

「……」

「南部の土地勘、彼女の先読みもあってのこととは言え、小さな村から始めて数か月で地域一帯を落とすとは。鬼神のごとき働き……これは女性に対して失言でしたかな」

「ゼラ様をお守りできなかった。何も……」

 

 

 苦悩の吐息に対して、気遣う男は芝居がかって見えるほど大きく頷いた。

 

「お守りできなかったのは吾輩も同じ。あなたは奥方様のお言葉に従いよくやっておられる」

「……」

「そうご自身を責めなさるな。ファニア殿」

 

 イーペンの慰めがファニアの心を安んじることはない。

 ただ気遣われていることには感謝する。

 事情を知る人が近くにいてくれるのも助かる。他の者のように、ただファニアを手放しに褒め称えるわけではないのだから。

 

 

「ゼラ様のお知恵があってのことだ」

「でしたかな」

「この県の十歳児以下の死亡率、平均年齢。税収の不自然な安定。記録から見て現在の県令と司祭長の着任からのこと」

 

 ゼラから聞いた。

 この地域の住民の行政への不満、不信は高いはず。

 仮に反乱や暴動に火を点けるのなら適した地盤。

 南部の中でも大きな港を持たない県。捨て森東の山岳地近くの村から手を着ければ、情報が南港や中央に回るのは遅れるはずだと。

 

「それにイーペン、お前の弁舌も。村人を扇動し徴税官を殺させて共犯者に仕立てた。私にはできない手管(てくだ)だ」

「ファニア・イア・イオルテ。鬼巫の花札という後ろ盾があってのことですな」

 

 

 重税と悪政を敷く地方官吏を取り締まる為、鬼巫の密命を受けてきた、と。

 協力してくれる者に、直接そうは言わなかったがそれらしいことを言って背中を押した。

 国への反乱ではない。

 悪代官を罰するのは国の為。大義名分を立てた。

 

 南部では鬼巫への敬意は高くないが、国の偉い人だという程度の認識はある。特別な存在だと思っている者も少なくない。

 小さな村を落として協力者にして、近隣の村を、村々をまとめる郷を。その勢いのまま県都まで落とした。

 秋の収穫を集めようとしていたタイミングだったのもよかった。

 不当に奪われた収穫を取り戻せと、別の村々からも反乱の狼煙が上がり、不利を悟った県令が逃げ出すところを討ち取った。

 

 

「おとなしく従っている間はともかく、火がつくと恐ろしいものですからな。民というのは」

 

 平和な県都では常備軍は三百人弱。

 非常事態として動員をかければ万近い軍勢になるはずだが、それは地域の戦える人間を徴収してのこと。

 その地域の村々からの襲撃だ。集めようがない。

 反乱当初は甘く見積り、治世の不手際を中央に知られぬように収めようとしただろう。

 だいたい手が付けられなくなってから困るというのは人の世の常。

 

 

「今日にでも報せがくるかと思うと寝付けなくて」

「ご実家から、ですかな?」

「東港から。私の実家は当てにしていない」

 

 ファニアの実家は別の南部県の郷長だが、トローメ王国の官吏らしい家。

 娘が協力を仰いだところで、それを中央に報告して保身を図る様子が目に浮かぶ。

 

「ゼラ様の推測では東港アナトーリの左潮伯は反黄帯派だと。四年前の先王陛下の事故の時の動向がそうだと言っておられた」

「噂では大葬の礼にも出席されなかったと」

「仇敵南蛮ティルソに備える為という理由だったが」

 

 国王の崩御、新王の即位。

 その際の特別徴税に合わせてトローメ国内の戸籍調査、人口調査が行われゼラの家も忙しかったのだとか。

 不自然な不整合など気になった点をゼラが覚えていた。

 

 東港を治める左潮伯エクソト家と手を結びたい。

 この乱を一地方、一時のもので終わらせないよう。 

 

 

「どの道、ここで国軍を迎え撃つなんて不可能だ。集まっているのはしょせんは民兵。自分たちの取り分を確保したら村に帰りたいだろう」

「倒した県令などの代わりに要職に就きたいと思う者もおりましょう」

「まとまらないさ。私にはまとめるだけの力もない」

「そこは、吾輩の意見と異なりますな」

 

 民兵、義勇兵たちの中にはファニアを姫将軍だとか祭り上げてくれている者もいる。

 美しく凛々しい旗頭として。

 彼らがファニアにどんな憧れを抱き、どんな利用価値を見出しているのか。

 そんなものに応えるつもりはない。

 ただゼラの言葉を……わだかまりはあるがアスパーサの言葉も信じて、アユミチの為にできることをするだけ。

 鬼巫の名を利用することさえ(いと)わず。

 

 

「アスパーサ殿の予見、見事ですな」

「もう一日早ければ、アユミチ殿にも伝えられた。今頃どうされているか……」

「何度も言ったじゃない」

 

 ゆらぁっと、夜の奥から姿を現すアスパーサ。

 姿を見ると匂いも感じる。実に女らしい香り。蠱惑的な。

 

 ファニアはアスパーサに対して不満がある。

 いつも見透かしたような顔で言われるのも、嫌なタイミングを見計らって出てくる態度も。

 化粧が上手で顔立ちが綺麗で豊かな胸に尻の曲線も女らしく、アユミチに気安くしっとりと体を寄せていたことも色々色々。

 

「先生は無事。それと、森を消した光を予見できたのはあの時に確定したから。あんなにはっきりとした予知、見えていたら早く言っていたわ」

「アユミチ殿の無事について、先日まではたぶんと言っていたと思うが?」

「それも、ちょっと前にはっきり感じられたの。何か重大な出来事でもあったのかもしれないわね」

 

 アスパーサの予知は、国を揺るがすような大きな事象の方がよく見えるらしい。

 アリの巣の中の様子を覗くより、水牛の群れの大移動の方が見やすいのはそうだろう。

 

 

「何かあった、のか?」

「さあ」

 

 アユミチの生死を知るほどの事件があった?

 そうと聞いて問い返すファニアに、アスパーサは煙に巻くように笑う。

 

「なんだかあっちこっち揺れ動いているみたいで占いが定まらないの。当分、当てにしないでほしいかしら」

「そうか」

「なんとも無念。今日までのアスパーサ殿の導きは当たりばかりでしたからな」

「ふふっ、どういたしまして」

 

 アユミチたちが捨て森から出かけた翌日に、すぐに森から逃げるようアスパーサがゼラに進言した。

 逃れ得ない災厄に見舞われる。

 それを聞いたゼラが即断した。

 以前から、捨て森以外の拠点について話していたファニアに、森の東を抜けてトローメ南部に出るように。

 地形が悪くてもファニアの身体能力なら問題ない。アスパーサやイーペンを担いで崖を飛ぶこともあった。

 

 ――これは命令です、ファニア。主命として。

 

 ゼラはファニアの抗弁を聞いてはくれなかった。

 

 ――わたくしかあなたか。必ずどちらかが生きてアユミチを支える。あなただから命じます、ファニア。

 

 そうまで言われて。

 その上で、口づけを。

 アユミチにしか許されない唇を、ゼラの唇の熱を、ファニアにくれた。

 愛しいと思った。

 

 ――ファニア、あなたに託します。

 

 否は、許されなかった。

 他の者を置いてアスパーサと、聞きつけたイーペンの二人を連れて東へ。

 山岳部に出た頃に、背後ですさまじい爆風が巻き起こった。

 アスパーサの声で岩陰に隠れなければ大怪我をしていたかもしれない。

 

 

「あの爆発はなんだったのか……」

「西港の跡取りとやらが己の手柄だと喧伝(けんでん)しておりますが」

「できるものか。神話級の災厄を人の手でなど」

 

 神話の中でなら、町を消し飛ばすような災厄の話もある。

 神雷の葬槍ケラヴノスなどその最たるもの。あるいは星斬り。

 どちらも人が扱えるようなものではない。だとすれば……

 

「やはりエクピキ教か」

「高位司祭を生け贄にしたりすれば可能、なのかしらぁ?」

「簡単に連発できぬのであればよいのですがな」

 

 最後に葬槍ケラヴノスが使われた記録でも、使い手の英雄が干からびて塵になったと言われていた。

 古くからエクピキ教団が隠匿している遺物などに、命を対価に強大な力を放つものがあっても不思議はない。

 間違っても、あんな破壊を目にしながら嬉々として自分の手柄と喧伝するような凡俗ができることではない。

 

 

「エクピキの、司祭」

 

 つい、自分の左手を見て思い出す。

 ここで反乱を扇動し戦ってきた中で切った三人のエクピキの司祭、陽灯司のことを。

 

 光を放つので先に左手を切り落とした。

 エクピキの光を浴びればまともに戦えなくなるかもしれない。だから真っ先に。

 切り落とし、陽灯司の命を断つと、最後までばたばたともがいて消えていくのだ。

 塵になっていく。ケラヴノスの伝承と同じかどうかはわからないが。

 

 エクピキの【指】を囲むように刻まれた黒い模様が、渦巻くように。

 最後に指が消える。

 

 

「皆、口に出さぬだけで好いてはおりません。気に病まれぬよう」

 

 聖職者を殺すのは大罪だ。エクピキに限らずどこの宗教でも同じように言われる。

 鬼巫アハラマに仕える前のファニアならためらったと思う。

 欲深い生臭坊主だと思っても、神に近い場所にいる者に刃を向けていいのか。

 

「平気だ。鬼巫様は陽灯司を嫌っておいでだったから」

「でしょうねぇ」

 

 それでもファニアの怪我を治す為に秘密裏に手配してくれたのだ。治癒の機会を。

 嫌悪感で拒絶したファニアにレフカースが呆れ、怒ったのは当然のこと。

 花札の中でもレフカースとの関係は良好とは言えなかった。

 怒り混じりに告げられた仕事に出て、死病に冒された。

 その結果、辿り着いた捨て森で手に入れた生きがいも、また全て失って……いや、全てではない。

 

 

「とりあえず、予知が乱れてよく見えないって言っておきたくて。大事な時に役に立たなくてごめんなさいね」

「いや……ここまでの協力でも十分だ。私だけではこううまく運ばなかった」

 

 アユミチが生きているのなら、迎えられる拠点を作るか動乱を起こして目を引くか。

 同時に敵と目されるエクピキ教団の影響を削ぐ。

 捨て森近くのどこかにアユミチがいるのなら、探し回っても見つけられない。しかしファニアの行動で国軍やエクピキ教団を牽制することはできる。

 鬼巫と連携できれば、教団を打倒する道も。

 

 鬼巫の花札の名を利用するのに罪悪感がなかったわけではない。

 今のファニアは花札ではない。だが、手段を選んでいられなかった。――こととは別に。

 エクピキ教団との戦いに鬼巫を引っ張り出す。表舞台に立たせる。

 そういう計算もあって名を利用した。

 

「ファニア殿が南部出身であったのも幸いでしたな。鬼巫の花札、噂は上々だったようで」

 

 南部出身の女が鬼巫の側近として出世した、という話はわりとよく知られていた。

 様々な好条件が重なり、今の結果。

 いや、これもアスパーサの予見……手の平の内、か。

 

 

「……」

「先生とまた会える線は強くなってる。私も嬉しいわぁ」

 

 彼女の狙いがわからない。これほどの予知能力を持ちながらなぜ?

 いや、そもそも何者なのか。今さらながらに背筋が寒く。

 

「……感謝している」

「そんな怖い顔だと抱いてもらえないわよ」

「それも予言か?」

「どうかしら?」

 

 門の篝火に揺れるアスパーサの表情に憐れみを見て、ぎっと睨みつけた。

 横でイーペンが溜息を吐いた。彼には何度もこんな状況を見られている。

 これはアスパーサが悪いと思う。年下のファニアをからかって。

 

「とにかく、情勢が定まらぬのならなおさら。休息は大事ですぞ」

「そうねぇ」

「ああ」

 

 喧嘩していられる余裕はない。休める時は休む。

 ゼラの命令を守り、アユミチと再会する。彼の剣として戦い、彼の……二番目の妻として、彼を支える。

 その為に今は眠ろう。

 

 

「私だけではない。お前も休め、イーペン」

「ふむぅ」

「何やら遅くまで調べものをしているのは知っている。根を詰めすぎるな」

「ですな。確かに行き詰まっていたところ。承知致しました」

 

 手が空けば傷病者の施設で治療の手伝いなどをしているイーペン。

 ファニアに休めと言ったが、彼もまた昼夜問わず働いていた。

 妙な眼鏡の道具を使って傷口などを調べたり血を抜いたり。

 

「ことがうまく運べば、また女神の美酒を賜りましょうぞ」

「素敵。頑張りたくなっちゃうわね」

「悪くない……ああ、いいな」

 

 皆が揃って、また一緒に酒を酌み交わして宴の夜を。

 ゼラも、カヨウも……カヨウも酒を飲める年齢に育って、一緒に飲んでお互いの不満を言い合い、一緒にアユミチの胸で眠るのなら。

 イーペンの言葉と同じく行き詰まりの閉塞感に眠れなくなったことも忘れ、そんな妄想にふっと笑みが漏れた。

 

 

 

 西港の争乱について情報が届いたのは翌日のことだった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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