法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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5-5.星の目

 

 嫌な気分だ。

 すごく、ものすごく嫌な気分だった。

 デフィロが飛び出していった時に、アユミチはすぐに追わなかった。

 足を治してもらった直後でバランスが悪かったとか、言い訳は浮かぶけれど。

 

 その後、探しに出たが見つけられなかった。

 翌日になってからもう一度探してみようと。また言い訳のように。

 

 心の片隅に、あるいは半分くらいに、いなくなってくれてほっとした気持ちがあった。

 面倒な出自の子供。デフィロの生い立ちなんてアユミチにはどうしようもない。

 そのデフィロが勝手に、自分勝手にジルボン師に罵声を浴びせてどこかに行ったのだ。そんなものの面倒まで見なくてもいい。義理も義務もない。

 

 どこかで野垂れ死んだところで関係ない。

 いっそ面倒が片付く。

 

「……くそ、かよ」

 

 最低だ。

 そんな考えで自分を正当化しようなんて、最低最悪だ。邪悪、醜悪。

 彼にはこの町で頼れる相手なんていないと知っているのに。

 でもクソガキだ。死んだって別にいいじゃないか。

 そう割り切ってしまえばいいのかもしれない。今までだって助けられなかった人もいた。手を差し伸べずに見ないフリをした人だっている。

 

 

『情が移るってそういう感じなんだ』

「……経験ないのか?」

『みんなノクサより先に死んじゃうもの。ちょっと早いか遅いかだけでしょ』

 

 ノクサから見れば誤差というか、今回のハムスターは長く生きてるな、程度の感覚かもしれない。

 

「俺より前の契約者とかも同じ?」

『あはっ、もしかしてやきもち?』

「違う」

『契約って言っても代価もらって協力しただけよ。人間っぽく言えば商売相手? 情とかはなかったかな。アユミチだけ、特別』

「……」

 

 ノクサの微笑みはどこまでが本気なのかわからない。

 

 

『ま、生きてればそのうち見つかるでしょ。それとも……』

「見つけたら教えてくれ」

 

 拾った捨て猫が行方不明というわけでもないだろうに。

 無事に生きているなら、安心できる。

 仮に死体が見つかったりしたら……それでも、何もわからないよりはいいのかもしれない。

 結局、デフィロをどうすればいいか何も決められないアユミチが町を捜し歩くのは、自分が安心したいだけだ。

 一生懸命探した。やるだけのことはやったと。

 

 

「あゆ……お兄ちゃん。あれじゃないですか?」

「あぁ」

 

 アユミチの心が曇っているのを知っているカヨウは、ノクサとの会話を邪魔しないように静かについてきていた。

 指差したのは、木造の集会所のような建物。古い旧校舎のような雰囲気にも近い。

 似た大きさの他のアパート的な住居とは違う。庭というか垣根で囲われた区域の中に建っていた。

 ジルボン師に聞いたエクピキ教会だと思われる。

 

 北府ヴォラスで一番大きな教会。と言っても、他には放棄されて空き家になっていた北東の古教会と、派出所的に東西にある小さな教会だけだと。

 この町の住民はエクピキ教への信仰心が薄い。

 怪我をしたら山の薬草などを使う民間療法が主で、エクピキ教への依存度が低い。当然、寄付やらも集まらない。

 昔はいくつかあった教会施設も放棄され、中央近くのここだけが拠点として使われている。

 

 

「……」

「そんなに緊張しなくていいですよ、お兄ちゃん」

『いきなり襲ってきたりしないでしょ』

 

 デフィロがいるかどうか見にきただけ。

 襲われる理由はない。いや、アユミチの正体が知られていれば敵対関係だが。

 写真や映像がないこの世界で、初対面の人間がアユミチを攻撃してくるはずはない。

 

 

「お兄ちゃんが警戒するのはわかりますけど」

「ああ……ありがとう。そうだな、身構えすぎるのも変だ」

 

 教会は立ち入り禁止区域というわけではない。

 困ったら訪ねてきなさいというのが基本スタイルだそう。

 ただ太陽神への祈りを捧げる人もいれば、重傷を負った怪我人もくる。

 少額の寄付を置いていく者。高額な治療費を払えず労働で返済する者。治療が癖になる者もいる。

 エクピキの治癒術は麻薬のようなものだ。借金とクスリ、まるでヤクザのような手口。

 

「とりあえず様子を探るだけでも――」

「あなたが来ることはわかっていましたYO!」

 

 バァァーンッ!

 敷地に入る手前でカヨウと話していたアユミチたちの前で、教会のやや大きな木戸が勢いよく開かれた。

 

「っ!?」

「ようこそウェルカム迷える人!」

 

 待ち伏せされた。

 知られていた。

 咄嗟にカヨウを庇いながら後ずさりしたアユミチに対して、【指】持ちの青年が大きく両手を広げる。

 

「祈りですか? 悩みごとですか? 天のエクピキは全てを見通していますデス!」

「……」

「ノーノーノっ! 見通していても多くは語りまセーン! あなたのっ! あなた自ら話すベキこと、あなたの口でご用件をどぞ!」

「……?」

 

 なんなんだ?

 アユミチはこの世界の言葉を自動翻訳で聞いている。

 だから、アユミチの脳が彼の喋りを妙な風に受け止めてしまっているだけなのか。

 

『わけわかんないのが出てきたわね』

「……なんです、この人?」

 

 ノクサとカヨウにも珍妙に映っていたらしい。

 

 

「おっとおっとおっとっとぉ? わかりますヨわかりますとも! 皆同じような顔をされるワタシと初めて会う方はみな同じっ!」

「……」

「北府ヴォラス教会、陽灯大司パテシーイ! どうぞどうぞよしなに」

 

 若い、と思う。三十前後くらいに見える。

 法衣に施された金糸の刺繍は、ジルボン師のものより太く豪奢。

 今まで会った教会関係者と異様なほど違うパテシーイの人柄に飲まれ、逃げるタイミングを失った。

 

 

「……怪我の治療でしたかネ?」

「お見通しじゃなかったのか?」

「神ならぬ身デスのです」

 

 にこっと笑いかけられ、何と話しているのかわからなくなってしまった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「ホドウさんもご存じの通りここはエクピキの威光が届きにくい憎き地なので、なので」

「はぁ……」

「それでもっ、トローメ四都市のひとつ。ともなれば相応の格の陽灯司がいなケレばならないと!」

「そういうもんですか」

「ならないと! 太光師が仰るものデスからネ! ワタシがお役目を拝命してここを預かってイまーす今はっ!」

「普通に喋れないんですか?」

「ヨク言われますネ! できまセン! がっ」

 

 教会の庭でパテシーイの話を聞かされる。

 子供を探していると言ったら、詳しく聞きましょうと申し出られた。

 ただ、陽灯大司パテシーイは聞き手より語り手の性格らしく、ほとんど一方的に喋っていたが。

 

「新しい方が訪れるのはマレなのですよ、ここではね! ワタシもつい胸が高鳴り、ぜひお力になりたいと思わずにいられないっ」

「昨日、男の子が訪ねてこなかったかと」

「マレなのデスよ、ホドウさん! わずかなエクピキの信徒の他、誰かが来られるのは!」

「来ていないんですね」

「昨日は誰も! 今朝、信徒モナドさんが山豆の差し入れに来て下さいました。来客はそれだけ少ないっ!」

 

 パテシーイの言葉の真偽はわからないが、貧相な雰囲気の建物に人の気配は少ない。

 アユミチから離れて教会周辺を見ているノクサも、アユミチと目が合うと首を振った。特に何も見つからない。

 来客が少なく暇だというのは本当のようだ。暇だとは言わなかったか。

 ただ、約束なく訪れたアユミチに役職者が対応しているのだから、忙しいということはないのだろう。

 

 

「ナニかありマスか?」

「いえ……その、ディサイで見た教団の建物とだいぶ違ったんで」

「西港ディサイ! 陽輝卿の御在所はさぞ立派なノでしょうっ! 星空のごとく宝石を並べた天井ダとか! ドゥでしたっ?」

「中は見たことはないですけど」

「でショウねっ! あの方が平民を入れるハズがない」

 

 エクピキ教の影響力が強いディサイでは貴族以上の振る舞い。

 影響力の弱いここではだいぶ違う。

 

「ソのディサイも陥落とか! 妙案っ! 南門に行きマしょう!」

「はい?」

「信徒が少ないノならば! 増やせばいいのデスよ!」

 

 いいことを思いついたとでも言うように立ち上がり、なぜだかアユミチにも立つように促す。

 

「あ、いや俺は……」

「お探しのボーイも見つかるかもしれませんしソレだけではナくって!」

 

 ああ、確かに。

 ディサイに近い側にデフィロが向かった可能性はある。町を出ていないにしても南門側に。

 

「信仰とはナニか! 黒蝶と連れ立つアナタのお話を聞きたいものデスから! ネ!」

 

 黒蝶。ノクサを認識できない者には黒い蝶に見えている。不吉の象徴だとか。

 断るのも不自然かもしれない。

 ヴォラスの教会の状況も知りたい。相手が話してくれるのなら悪くはないかもしれない。

 情報は大事だ。流されてヴォラスに来てしまったが、エクピキ教団はどうであれ敵対する相手。

 

 

「パテシーイ様」

 

 パテシーイが立ち上がったからなのか、木戸から女が一人出てきた。

 地味で古びた灰色の服装。召使とかそういう印象。

 

「出かけマス、あなたも来なさいギネイカ」

「……はい」

 

 アユミチとカヨウの顔を見てからパテシーイに目で頷く。

 偉い人が町を歩くのに供の一人もいないと格好が悪いとか、そういう理由だろうか。

 

「お強いのデスよ、ギネイカは」

「護衛……」

「ワタシもオルミ師に負けまセンけどネ!」

 

 オルミ……噂に聞く武闘派の太光師のはずだが。

 

「神敵討つベシとオルミ師は言わレる! どレが神敵かは神のみぞシる!」

「……」

「間違っテもいいんデス! 人間デスからっ!」

 

 早めに殺しておいた方がよさそうだ。

 教会を離れると言うパテシーイに同行できる機会は、悪くない巡り合わせかもしれなかった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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