法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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5-6.背にもたれ、無明にすがる人の群れ

 

「大丈夫なのですかな?」

 

 揺るがぬ権力を手にして、放っておいても無尽蔵の財が湧いてくる立場が当たり前になれば、華やかな社交界などに関心も薄れる。

 そんな公の場よりも、醜悪な本性を隠す必要もない享楽の方がいい。

 誰がとがめるわけでもないのだから。

 

「心配など不要だ、ギーテス卿。ホスバルドルごとき小国」

 

 出生、戸籍のあやふやなおもちゃを集めた遊び場。

 どこにも行き場のない女子供をどのように扱っても表沙汰にならない。存在しない者も同然。

 人によっては長寿の為に食うまであると。タシモ・ティッダーンには人肉食の趣味はないが、そういう者がいることも知っている。

 

「少し待てば向こうの方から内輪で潰れる。占領した連中はこちらで取り込む」

 

 遊び場で不安を漏らしたギーテスに、タシモはふんと笑って近くにいた女の尻を平手で叩いた。

 

 バシィィ!

 いい音が鳴る。小さな快楽交じりの悲鳴もよい。楽器で言えば名器というところ。

 

 

「大公、すでに……?」

「戦争など座興に過ぎんのだよ、ギーテス卿」

 

 戦って勝った負けたなど些事。

 ディサイの港を一時的に落とされたところで、ホスバルドルにはそれを維持管理する力がない。

 戦勝に浮かれたとて、実利もなければ意味もない。

 

「こちらが大軍を差し向ければ、奴らもしゃかりきになって兵力を投入するであろうが」

「それは確かに」

「ほどなく音を上げるであろうよ。噂に聞く辣腕(らつわん)の敵将とやらを取り込み、反逆者どもを差し出させればよい」

「なるほど、手を打たれておいででしたか」

 

 タシモ・ティッダーンは大国トローメの貴族院議長を務める大貴族だ。無能ではやっていられない。

 ホスバルドルの内部に協力者はいくらでもいるし、向こうの財政事情も対立構造も把握している。

 王船叉波王(ざはおう)が動かせぬ今、腕利きの海軍にトローメ海域を荒らされる方が面倒は大きかっただろう。それらをディサイに釘付けできるのなら動きは見やすい。

 

 

「今日、貴族院の皆にこうして集まってもらったのはそこだ。何かと騒がしいこの時、なぜ国軍を動員しないのかと騒ぐ者も多かろうと」

「まさに」

「浮足立つ必要はない。ディサイおよびホスバルドルには公使を遣わして大々的に明け渡しの要求をする。さっさと退け、さもなくば容赦せぬと。いずれにしても冬に入る。ここは春まで腰を据えて大国の圧を見せてやるだけでよい」

 

 属国が飼い主の手を噛んだ。

 反射的に叩き返すのではなく、分を弁えろと睨んで追い返す。そういう度量を見せるのだと笑ってみせる。

 集まっていた貴族院の主要メンバーたちも、タシモの言葉を受けて浮ついた気持ちに多少の落ち着きを取り戻した。

 

 

「南部の一揆とやらのこともありましたが、そちらは?」

「まず南港ノーテス総督カリメラの責であろう。春までに片付けられぬようであれば、総督の椅子が空くというだけよ」

「はは、総督の……」

「五年前、先王クムス陛下の際にお守りできなかった責も問われておらんかった。地方の反乱ひとつ収められぬようであれば仕方あるまい」

 

 四大都市の総督の座が空くとなれば、代わりに席に着きたいと思う者もいる。

 自分が、あるいは自分の縁戚をそこに置きたい。

 そういえば西港も空いたのだと思い出したように、それぞれの目に欲の色が浮かんだ。

 

 

「今は先走って何かすることはない。今日ここに集まった誰かが足並みを乱さぬよう言っておこうと、な」

「大公の御意思に逆らうなど、誰もおりません」

 

 そうだそうだと暗く密かな宴席に賛同の空気が満ちていく。

 同意の形成。

 どんな社会にも暗黙のルールがある。財界であれ政界であれ、あるいは町内会であっても、皆が同意した部分で身勝手な行動を取れば必ず報いを受ける。

 自分だけが利を得ようと動く、あるいはいい恰好をして点数を稼ぐのは許さない。そういう線引きの為の会を設けた。

 トローメ国内が大きく動揺している今、それぞれ下からどうするのかと問われ突き上げられることもあるはず。

 各々が無軌道に動くのを抑制する。貴族院として掌握する。

 既に布石は打ってあると聞けば勝手な行動は減じられるだろう。

 

 

「不安などいらぬ、我々こそがトローメの歴史そのものである」

「まさに」

「大公閣下の仰る通りですな」

「今日は特に初々しい者を集めておる。各々、存分に楽しんでいかれよ。何人も、我らの饗宴を妨げることはできぬ。我らの夜に」

「「我らの夜に!」」

 

 タシモの思惑と外れて動かれるのは面倒だ。

 貴族院主要メンバーは皆が共犯者で共同体。

 それぞれが気に入ったおもちゃを連れて享楽に(ふけ)る姿に大きく頷き、タシモは苦い酒を喉に流し込んだ。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「誰でもヨかったんデスよ、誰でもっ!」

 

 パテシーイは楽しそうに語りながら歩く。

 共通の研究をしている学友とでも話すように、楽し気に。

 

「子が親に(すが)るように誰カ欲しカった! 大きなモノ! 理解が届カぬ共通の柱があれバ! 長の命令! 王の勅命! 神の(みことのり)! 責任を負ってくレル誰カが必要だった必要とサれタ!」

「……」

「エクピキを信じヌ人もまた何カに縋る! 己ひとつデ生きる者ナどいナいいられナいっ!」

 

 エクピキの司祭が言うようなことなのだろうか。

 パテシーイが語る宗教観を聞きながら何とも答えられず、あいまいに頷くだけ。

 何が言いたいのだろうか。

 

 

「とてもとてもエラい神が、王が、長が言った。だから従ったダケと言いタイ! じぶンがっ決めたんジャなイッ! 自分がワルいんじゃァない、デス」

「……」

「ホドウさん、あなーたは今マデすべて全部をジブんの意思で決めてきましたカ?」

「いえ……そんなことは、ないでしょう」

「結果が、とてもワルい結果の時にモ! 自分がワルいじブンのせいだ全責任ダと背負ってキた?」

「……」

「チガウ! ワタシのせいじゃァないッ! 知らなかったワカらなかったどうしヨウもナかった! ワタシのせいジャない……誰カにそう言ってほシい」

「……」

「責任者なンですヨ。人も、神も、王も」

 

 人が神を必要とする理由を、パテシーイなりにそう理解しているらしい。

 納得、できなくもない。

 日々降り掛かる悪いことに何か理由がほしい。誰かのせい、何かのせいであってほしい。自分が全部悪いんじゃない。

 上位者として神を欲した。そんなこともあるだろう。

 

「ダカらワタシも、この場で言わセてもらえバですネ。彼らスベテを救えナイのはワタシの責任ではナイのデス! 運が悪い、時代が悪い! そうデなけれバ、寄付をくれナイこのヴォラスの人々がワルイのデしょう!」

 

 

 南門まで来たパテシーイは門番と話し、町の外の難民の一部だけを預かると伝えた。

 一部だけ、一緒にきたギネイカが選別して。

 女子供だけ。なるべく健康で見栄えのいい者を。

 

「数百の民に(かて)を与えラレるなら、分けアタえらレルのナら! よろこんデそうするデしょう! が!」

 

 不快感が顔に浮かんだアユミチに、パテシーイは先ほどの宗教観を楽し気に語って聞かせた。

 まあ彼の喋り方は全て愉快そうで変わらない調子なのだが。

 

 

「ワタシが善意で手を差シ伸べたとしてモ! 糧が足りなけレバ彼らはワタシを恨むでショウ、こんなハズじゃないオマエのせいダとネ!」

 

 何もかもは救えない。

 ノクサにもよく言われる。

 気持ちだけではどうにもならないこと。

 

「女子供デあれバ! 難民には興味のナい町の人々も引きトってくレますヨ。ミしらヌ男を家ニ置くヨリも抵抗がナイっ!」

「それは……そう、でしょうね」

「ソレで給金を得て家族を養うノも自由。教会斡旋ナら無意味に傷つけたりシませんでショウ。もっっとモ!」

 

 パテシーイは息継ぎと共に頷いて、にっこりと笑う。

 

「頼れル主人に心寄せル人もいルでしょうがネっ!」

「……」

「別にワルいことじゃあナイ、特に女の身でアれば――」

 

 今日の食事もままならない夫よりも、新しい場所で頼れる相手が見つかれば。

 嫌な話だと思うが、ではここでひもじさを抱えて生きていろと言えるものではない。

 

 

「アナタは随分と頼もしい方のようデすし、ホドウさん。妹さんもワカりますカ?」

「この子は――」

「仰ることはわかります、司祭様」

 

 アユミチが何か言うまでもなく、カヨウは落ち着いた声音ではっきりと答える。

 むしろアユミチの方が頼ってばかりなのだが。

 

「兄より頼もしい人はいませんから」

『あらあら』

「おやおヤ」

 

 ノクサとパテシーイの合いの手が重なり、アユミチは何も言えずに口を(つぐ)むしかなかった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「ダスピナ」

「おかあ……」

 

 パテシーイに引き取られる避難民たちの中で、最後まで夫と幼子が心配そうに見送る若妻がいた。

 二十歳くらいだろうか。残される子供は四歳ほどでまだ母に甘えたい盛り。

 難民たちに薄い粥の配給はされていたが、死なない程度の最低限の食事だ。

 まず妻が町で職に就き、その金で家族を養う。どんな仕事になるかわからなくとも選択肢などそう多くはない。

 住処を追われるということはこういうことなのか。

 

「……」

 

 子供は男の子だろうか。レーマ様の為にアユミチが買えばその金で――

 

「……馬鹿か」

 

 自分の頭に浮かんだ発想の下衆さについ毒づいた。

 そうさせない為に彼女は選べる選択肢を選んだのだろうに。

 ダスピナと呼ばれていた若妻の心中を思い、喉の奥でもう一度己を罵った。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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