法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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5-7.女神の影

 

「野菜泥棒だと。変な言いがかりつけてきやがって」

「私たちも最近来たよそ者だもの。疑われても仕方ない、ムキになってはダメよ」

 

 アユミチ達がヴォラスに辿り着いて数日のうちに、ヴォラスの雰囲気は目に見えて悪くなっていった。

 大都市は町の外に田畑がある。

 晩秋から冬にかけての野菜が実った畑からの窃盗。家畜の盗難。

 町の内外に増えたディサイからの難民による犯行と見られるのは自然なことで、おそらく多くはそうなのだろう。

 よそ者としてこっちにも尋問というか釘差しがあった。盗んだりしたら容赦しないと。

 

「わかってるさ。あいつら、俺らに安い日雇いの仕事をさせといて偉そうに」

 

 ジルボン師と共に廃教会に住む捨て森の住民は、ヴォラスで細々と暮らしていた。

 廃教会の敷地内で小規模な畑と買ってきた鶏を育て、日々の食事の足しにしている。

 働けるものは町で仕事をもらっているが、割りのいい仕事など与えられるわけもない。

 どぶさらいや肥溜めの整備など、人がやりたがらない作業を安い賃金でやっていると聞く。

 ジルボン師も一緒に畑を耕していた。

 

 

「外の人たち様子はどうだった?」

「へえ、アユミチ様。見る限りじゃ昨日よりまた減ってました。年寄とか怪我人が目立ってたと思いやすが」

「そうか」

 

 ヴォラス壁外の難民収容区から人が減っている。

 最初は増えていたものが、ここ三日ほど目に見えて減った。

 どこに消えたのか。

 住み慣れたディサイに戻った者もいるだろうが、全員ではあるまい。

 ヴォラスの軍の目から逃れ、徒党を組んで盗み奪って生きる道を選んだ者も少なくないと思う。

 

 生きる為に手段を選ばない。

 盗めば腹いっぱい食える。本人だけではなく家族にも食わせられる。

 かろうじて生きるだけの薄い粥を恵んでもらうのではなく、道を踏み外してでも。

 こうやって盗賊などの犯罪集団が生まれてくるのか。

 町として、難民に仕事や住居を与えようにも時間が足りない。日本での災害対応がいかに迅速だったのか。それでも不満は噴出するのだからどうしようもない。

 

 

「アユミチ、ここは捨て森とは違うでおじゃる」

「わかってる……つもりです、ジルボン師」

『規模も状況も違うものね。十人くらいなら助けられても、そっから先は逆に恨みを買うだけでしょ』

 

 陽灯大司パテシーイの対応は現実的だったと思い知る。

 アユミチが大資産家で食料物資も大量に持っていたのなら……だとしても、難民に与え続けるなど無茶だし愚かだ。

 かわいそうだからと際限なく動物を受け入れて世話もできない無責任な飼い主と変わらない。

 個人ではなく政治での対応が必要な状況。アユミチの出る幕ではない。

 

 捨て森とは状況が違う。

 当時うまくやれたからと言って、ここヴォラスで同じことはできない。

 

 

「いや、アユミチ様には感謝しかないっすよ。新しい農具なんて最高だ」

「今まで木切れで耕していたようなところでしたから」

「大したことじゃ……喜んでもらえたならよかった」

 

 ディサイで布を売った時の金があった。

 ろくな道具もない皆の為に、荷車と農具や工具を買ってきた。

 なるべく丈夫なものをと思って選んだので結構な金額になってしまったが、役に立つならそれでいい。

 

「敷地はあるんで、家畜小屋もまともに直そうかって話していたんです」

「皆で協力すればできるんじゃないかって」

「じゃあ次は材木か。買いに行こう、荷車も役に立ちそうだ」

「アユミチ様にそんなことさせちゃあ……」

「皆で協力、だろ。俺も仲間に入れてほしいんだけど」

「そりゃあもちろん……かなわねえなぁアユミチ様にゃあ」

「あったりまえでしょ、あんたなんかが」

 

 誰かの役に立つというのは心が休まる。

 捨て森の仲間たちの生活に、こうしてまたアユミチが助けになれるのなら安心する。嬉しい。

 何もできないわけじゃない。できることだけでも。

 

 

『誰か来てるわよ』

「あまり目立つことはしてほしくないのだが」

 

 声と共にドアが開かれた。

 はっと顔を上げる住民たちと、先んじてノクサに教えてもらったアユミチはゆっくりと向き直った。

 

「災害に遭った村からの避難所、という(てい)で町から買い上げた建物だ。派手なことは……」

 

 二人の女性。若く見えるが雰囲気は三十代から四十代。落ち着いた空気からそう感じる。

 特徴のないぼんやりとした衣服は、要所を絞っていて動きやすそうだ。

 初めて見る相手だが話は聞いている。そして彼女らの目線を見て確信した。

 

「っ!」

 

 振り向いたアユミチに対して、戸惑いながら頭を少し下げた。

 アユミチにではない。その隣のノクサに対して。

 

『スカーアじゃないからね。言っとくけど』

「いえ……はい、そのように聞き及んでおりますが」

 

 ノクサと会話が成立する相手。つまり鬼巫の使いだ。

 やはり彼女らはノクサを認識できる。スカーアと間違える理由はわからない。

 姿形が似ているわけではないとノクサは言うので、容姿ではなく神々しさとかそういう印象が似ているのかもしれない。

 呪いの歌で残った神々を殺した女神。

 不吉な黒蝶と似た印象はある。

 

 

「アユミチ様、ええと」

「奥の部屋で話させてもらおうか。俺の女神様とも何か関係がありそうだし」

 

 ノクサを交えて話をするとなると、思わぬ言葉が出てくるかもしれない。

 皆に聞かせていいのかわからない。

 

「麻呂は――」

「私も」

 

 迷うジルボン師にかぶせてカヨウが微笑む。

 

「司祭様と一緒にお待ちしますね。お話の邪魔にならないよう」

 

 アユミチとノクサと彼女らだけで。

 その方が良さそうだが、カヨウの気づかいの良さが逆に不安になる。

 一緒に話すと言いそうなものだったが。

 

「ですけど」

 

 すう、と。

 かんざしを抜いた。

 

「もしアユミチさんに傷ひとつでもつけるなら、生かして帰しません」

『これってノクサにも言ってる?』

 

 微笑みを崩さないカヨウにノクサは目を細め、鬼巫の使いたちは何も言わずに唇を結んだ。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 アデスタとシュキと名乗った二人は、廃教会の一室でまず頭を下げた。

 

「先任者としてまず礼を言わせてもらう。今代の花札、ファニアの誇りを救ってくれたと聞いている」

「感謝を」

 

 アデスタに続けてシュキは言葉短く。

 先任者と名乗ったのは、ファニアの先輩という意味のようだ。

 

「先代鬼巫の、花札?」

「そうだ」

 

 ファニアから聞いていた通り、鬼巫の里の女たちは外見で年齢がわかりにくい。

 ディサイでアユミチが会った鬼巫は十代後半の少女に見えたが、実際には二十代半ばより上のはず。

 この二人も随分若く見える。少なくとも四十代より上になるはずだが。

 

「いや、ファニアは……彼女は、俺なんか関係なく誇り高い女性だった。だけど……」

 

 アユミチは病気を治しただけ。治せただけのこと。

 ファニアはあの状態でも誰に恨み言を言うでもなく運命を受け入れようとしていた。

 確かにひどく傷ついてはいたけれど。

 

「死病は体だけでなく心を冒す。その恐怖と屈辱から解放されただけでもよかっただろう」

「……」

 

 結局、死なせてしまった。

 それをよかったとは言えない。

 何よりも、そのファニアを見捨ててゼラを選んだアユミチに何を言えるというのか。

 アデスタの言葉尻にイラつきを感じ、けれど自責の方が強く言葉にはならなかった。

 

 

「邪神アニラービーを討ち果たしたと聞いた。花札としてこの上ない役目を果たしたのだ。ファニアは」

「あにら……どういう意味だ?」

『言ったと思うよ。スカーアはアニラービーのこと大っ嫌いだったって』

「まさしく……ノクサ様の仰られる通り」

 

 言われてみれば聞いた覚えがある。アニラービーを特に嫌っていたとか。

 

「そんなの大昔の話だろ?」

『人間の感覚ならね』

「好き嫌いというだけのことでもない。スカーア様のお目覚めの(きざ)しと時期が重なっている」

「アデスタ」

「ヨハルハ様からの許可はある。もしアユミチ殿が生きているのなら協力をもらえるよう話してよいと」

 

 横からたしなめたシュキにアデスタは首を振り、アユミチの目を見て頷く。

 

「スカーア様と見紛(みまが)う黒蝶ノクサ様を連れた奇跡の治癒士。捨て森の貧民たちの信頼と結束。よもや陽灯司までも巻き込む善性は別格だ。神に認められるのも首肯せざるを得ない」

「俺は……」

 

 別に善人なんてわけじゃない。

 つまらないただの男だ。できるだけ人として間違えたくないだけ。

 過大な評価は座りが悪い。

 

「できなかったこと、悔やんでいることばかりだ。失敗ばかりで」

「それでも君を慕い、君に寄り添う者たちは君を信じている。君が語る自身の像よりも客観的な結果だ」

『ノクサが気に入った人間なんだから、もうちょっと自信もってほしいわね』

「……ありがとう」

『うん、それでいいの』

 

 客観的な評価と言われて少しばかり嬉しくなってしまう。

 自分を卑下するわけではないが、後悔の記憶ばかりが強く残る。

 だけどアユミチに好意的な人々がいてくれる。彼らをアユミチが救ったなんて思わない。彼らの存在でアユミチが救われているのだ。

 

 

「協力って言うのは……ああ、失礼でした。俺の方からも鬼巫様にお礼を。ここの皆を助けてくれたこと感謝しています。ありがとうございます」

「アハラマ様の言だ。ファニアを救ってくれたことへの返礼だと。礼には及ばない」

「それでも。本当にありがとうございます」

 

 ディサイの港でアユミチを切った鬼巫。あれがアハラマだったか。

 お互いに顔も知らず、敵地での乱戦。

 あの場の自分が怪しい人間だったのは間違いない。鬼巫の仲間のような嘘も言っていた。

 鬼巫が間違えてアユミチを切ったのも今なら理解はできる。

 乱戦の中、お前は敵か味方かなんて問答をしてから敵を殺すなんて非現実的。

 驚いたし死ぬところだったが、とりあえず生きている。ノーカン(なかったこと)ということでいいだろう。

 

 

『あなたたちも、ファニアと同じくらい強いって思っていいの?』

「研鑽であれば我々の方が上でしょう。ただ、彼女はおそらく神の一片を宿す者」

「神の一片?」

「稀に生まれる常識外の力を発揮する者のことだ。王の盾イドラ・ディドラー、奴隷海将ジナミナ、既に死んでいるが鉄足将軍メタウなど。個人差はあるが一人で一軍に匹敵することもある」

『そんなの生まれるようになったんだ。適合したらそうなっても不思議じゃないのかも』

「突然変異で生まれる魔獣も同じ理屈かと。神代の時代では神の血肉から魔獣が生まれたとも聞きます」

『あー、うん。神獣って呼ばれる時もあったわ』

 

 神々が滅びた頃から封印されていたノクサは知らなかったらしい。

 鬼巫の隠れ里には古くからの伝承や知恵が積み重ねられているようだ。

 話しながらノクサの抜けている知識が補完され、理解が進む。

 

「彼女が王の盾ディドラーと同等までの力なら私たちより上でしょうが。聞き及ぶ限りではそこまでではありません」

「ディドラーって人はそんなに強い?」

「あれは特別です。信念がそうさせるのかわかりませんが。太光師をまとめて相手にしても王を守り抜く程には」

 

 アユミチに対しては平坦な喋り方をするが、ノクサが聞いていることには丁寧語で話す。

 ノクサがスカーアではないと言っても、信奉する女神と見間違う相手には頭も下げ気味。

 黙って頷いているシュキも、常にノクサに頭を傾けたまま。

 

 

「我らの力についてはファニアと同等と見ていただければ結構かと。ノクサ様が助力をと言われるのであれば」

『今は特に頼むことなんてないよ。アユミチは?』

「……いや、いい」

 

 彼女らは北府ヴォラスでは影響力がある。

 デフィロを探す手伝いをしてもらえばとも考えたが、彼はエクピキ教に染まった家で育った生粋の信者。

 鬼巫一派に探させるのは危ういと考えて首を振る。

 

「それより、その協力の話だ。俺なんかがあなたたちに協力できることなんて……」

 

 ファニア級の力を持つ二人……二人だけでもないのだろう。そんな組織にアユミチが協力できることなんてあるのだろうか。

 

「死病の薬」

 

 シュキの口から出た言葉に、ああと合点がいく。

 エクピキ教の司祭でも恐れる死病。それを治すのはアユミチができる数少ないこと。

 

「薬が必要ならもちろん」

「確認したいんだが、薬の効果はどの程度続く? その後はもう死病に怯えなくてもいいのかどうか」

 

 アデスタの質問に、アユミチは答えを持っていない。

 永続的なものなのか。再度罹患しないのか。

 

 

「わからない。ただ、少なくとも一度治った人でまたかかった人はいない。どうだろう……少なくとも一年くらいは何もなさそうだけど」

 

 最初に薬を与えたカヨウに、それ以降は特に飲ませた記憶はない。

 取り分けていた薬は酒に混ぜていたから、カヨウがこっそり飲んだりしていなければ最初の頃だけ。

 廃教会にいる人たちの中にも当時の顔ぶれがある。彼らもその後病に苦しんだりしていなさそうだ。

 薬を与えた後で病気になったのは……盗賊に襲撃され腕を切られたマノウズが高熱を出したくらい。

 あれだって傷口からの炎症のせいだ。

 衛生的な環境ではなかったが、やはり健康は保てていた。

 

「ノクサ、どう思う?」

 

 アユミチの薬は薬効の問題ではない。

 神域を抜けてきたアユミチの霊魂的な性質が、体の病魔をやっつけるという仕組みのはず。

 

『うん? まあそうね。霊魂の循環から考えると二年か……十二年かな? 薬の効果』

「ずいぶん幅があるんだな」

『ノクサだって専門家じゃないんだから』

 

 短くて二年と見ればいいのか。

 

『でも人間ってほら、一生に一回とかの病気があるでしょ。そういうのだったらわかんないわよ』

「死病に二度もかかった例はないので……ありがとうございます、ノクサ様」

 

 水疱瘡のような病気だとすれば二度目はない。

 斑徂症(まだらそしょう)灰息病(はいそくびょう)も一生に二度もかかった症例がなく、結局はわからない。

 一度克服していれば二度目は症状が軽いという可能性もあるけれど。

 

 

「なんにしても薬のことは協力するよ。女神様の美酒なんだけどさ」

「ああ、快い返事に感謝する。捨て森が消えたせいで不安が広がっている。国中で、な」

「全国民分ほしい」

 

 ぼそりと言ったシュキに苦笑いを返した。

 レーマ様の酒瓶は無尽蔵かもしれないが、アユミチの方はそうではない。干からびてしまう。

 

「そんなもの運びきれないだろ」

「長の許しがあれば招く」

 

 招く。どこに?

 北府ヴォラスの中央だろうか。

 

「隠れ里に」

「……女性だけって噂だけど?」

「その通りだ。シュキ、若者をからかうのはやめておけ」

「うん」

 

 興味がないこともない。

 浮ついた気持ちでいられるわけでもないが、男なら興味を惹かれないはずもない。

 いわゆる女子校は男が思っているより醜いものだとも聞くけれど、彼女らの雰囲気は何かそういうものとは違う。

 

 

『やっぱりアユミチも男の子ね。いいんじゃない』

「いや、それは……気になることもある、から」

『なあに?』

 

 言い訳がましいアユミチに悪戯っぽく笑うノクサ。

 そう、ノクサだ。

 

「鬼巫の人たちはなんでノクサが見えるんだ? 他の人には見えていない、聞こえないのに」

『ああ、そっちね』

 

 アユミチの疑問に、ノクサは既に答えを知っていたようで関心を示さなかった。

 代わりに、アデスタとシュキはやや誇らしげな笑みを浮かべて頷く。

 どちらも当然と言うような表情で。

 

「我ら鬼巫の里の者は女神スカーア様の子」

「女神の娘」

「里にはスカーア様が眠り、生まれた時からその御姿を見て育つ。たとえ光が女神を隠そうとも、見失うことなどない」

「決してない」

 

 鬼巫の隠れ里にスカーアの本体がいると。

 死んだと聞いているが、眠っている?

 アニラービーが糞の状態でも復活しようとしていたり、エクピキが指だけでも活動していることを考えれば、死んだ状態が眠りと大差ないとも考えられるか。

 

『あの時の鬼巫とこの子たち見て思い出したの。スカーアの匂いだって』

「……そうか」

 

 レーマ様から、この国の掃除を頼まれているアユミチだが。

 エクピキの本体は間違いなく討滅案件として、スカーアはどうなのだろうか。

 誇らしげに、自慢げに語る二人の表情にどう答えたものか。

 

 

 ――それと、可愛いスカーアだ。

 

 これは、たぶん見逃していいのだろう。

 レーマ様がスカーアを可愛いと評していたのを聞いていて本当によかったと、アユミチもほっと息を吐いて笑い返した。

 

「素敵な女神様なんだろうね。一度でいいから拝見したいよ」

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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