法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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5-8.窮鼠の進路

 

 アデスタとシュキの話だと、アユミチたちがアニラービーを倒した頃に眠るスカーアから微かに息が漏れるようになったそうだ。

 スカーア復活は鬼巫の里の悲願。

 その慶事に里の皆は喜び、同時に警戒も高まる。

 

 何の理由もなく神が復活するはずなどない。きっかけはなんだ?

 神の復活に最も活発に活動しているエクピキ教団が何かをして、その影響を受けたのではないか。

 懸念も抱えながら、しかし女神スカーアの目覚めの兆しを受けて彼女らもまた腹を据える。

 戦いの準備を整え、決起の日に備えているのだという。

 

 アユミチの目的とも合致する。

 王都の中心にいるエクピキ教団幹部に迫ることも現実味を帯びてきた。

 うまくエクピキの本体を討滅できれば、レーマ様復活に大きく近づくだろう。なんならそれで叶うかもしれない。

 

 明確な味方、後ろ盾ができて嬉しくなってしまったのだと思う。

 いつもより多くの血を使い、樽一杯の薬を二人に託した。

 それでももっと必要らしい。

 確かに、鬼巫派の仲間皆に十分なだけとなれば樽ひとつでは足りないだろうが。

 

 

「……なるほど」

 

 数日に分けて薬を受け取りにくる鬼巫派の人間から聞かされた。

 本格的に寒さが増してくる気配に、ディサイ避難民が一斉暴動を計画していると。

 その密談の現場に潜入した。

 

『迷惑な話よね』

「こっちにまでとばっちりがくるのは勘弁だ」

 

 門番に金を積んで町に入った避難民も、この町での生活基盤はない。収入源がない。

 外で不満を募らせている者と結託し、内側と外側で同時に騒ぎを起こそうとしていた。

 

「雪がちらつき始めた。変な騒ぎは困る」

 

 ジルボン師やカヨウたちと暮らす廃教会。

 北府ヴォラスの住民から見ればディサイからの難民と大差ない。

 よそ者を排斥しろなんて機運が高まるのは困る。真冬に住む場所を失えば死ぬ。

 鬼巫の里だって彼らを受けれてくれる様子はない。ないから廃教会に住まわせたのだろうし。

 

 

 ――うまくいくのか?

 ――うまくやるのさ。お前たちは外で、こっちは中から。

 ――警戒されている。そう簡単には。

 ――人数がいる。年寄連中に警備兵を引きつけさせろ。集まって抗議だとかな。できるだけ大げさに。その間に。

 

 

「こっちで何とかしないとな」

『苦労が絶えないわね』

 

 ヴォラスの兵士は壁外の警備に人手を割かれている。

 いくらか資産を持って中に入った難民が、町外のまとめ役を雇う形で引き入れ、密談していた。

 鬼巫派は情報を知りつつも介入するつもりはないと言う。

 今、彼女らにとって最優先はスカーアの復活。エクピキとの対決。

 ヴォラスの町の騒動に首を突っ込む余裕はない。

 

 ――金さえあればディサイに戻ったっていい。まずこの冬を越すことを考えろ。腹を決めろ。

 ――ああ……そうだな。どうすればいい?

 ――半月の夜に決行だ。城壁のポイントと倉庫の場所は直前に教える。

 ――早く教えてくれれば下調べを……

 ――それで漏れたら間抜けだろうが。こっちも簡単じゃねえんだぞ。

 

 たとえば日本で本格的に悪だくみをする人間同士なら、こうも単純な打ち合わせはしないだろう。

 暗喩や匂わせの言葉でごまかせるように会話するのではないか。

 業界用語的な言い回しをするのだろう。これは業務命令じゃないけどやっておいた方がいいと思うからアドバイスだよ、という風に。残業じゃないよ構文。

 

 ディサイからの難民は教育水準の高い者は少なく、またお互いのことをよく知らない。

 だから含みを持たせた言い方をしない。できない。

 盗み聞きしているアユミチにもわかりやすくて助かる。

 いや、いちいち盗み聞きしなければならないのが面倒だし、この先のことを考えれば気が重いから全然助からないが。

 

 

 ギシィィ……

 

 戸が軋む音に、中の男たちがぎょっと目を向けた。

 慌てて確認に行く者、フードを被り直して居住まいを正す者。

 それらを確認しながらこっそり出ていくアユミチに彼らは気づかない。

 レーマ様からもらった数秒間だけ人に認識されない魔道具だ。

 元より内側に潜んでいたのだが、出ていくタイミングが必要だった。

 いざとなれば強引に突破するつもりだったが、外に出て周囲を確認する彼らに紛れて外の路地に隠れた。

 

 ――ここの戸じゃない。

 ――どっかの……まあいい。とにかく町の連中に気取られるなよ。

 

 悪事の相談をしている意識はある。

 人の気配はないと確認しつつ、長居は無用と解散を決めた。

 

 

『ここで捕まえちゃえば?』

「いや」

 

 ノクサの提案に首を振り、路地を回って町の外に向かう男の前に出た。

 二人、顔を覚えて。

 ただそれだけ。

 

「ここで連中を捕まえても根本的な解決にはならないだろ」

 

 別の人間が騒ぎを起こすだけのこと。

 逃げるように町の外に向かう二人は、正面から来たアユミチに顔を隠せず、俯き加減に足早に去っていった。

 

『小心者ね』

「俺だってそうさ」

 

 彼らだって悪事をしたいわけではない。ただ状況に困窮し追い詰められただけの普通の人間。

 そういう人間だと確認できてよかった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「こんなこと神がお許しにならないぞ」

 

 両手首を縄に繋がれたまま、少年は強い瞳で敵を睨んだ。

 正しくない行い。子供を(さら)い監禁するなど。

 ましてデフィロを、エクピキの忠実な使徒となるべく育ったデフィロに対して罪人のごとき扱い。

 決して許されない。

 

「喋るようになったな」

 

 久々に姿を見せた女は、デフィロを見下ろして抑揚のない声で答えた。

 窓もない一室。ヴォラスのどこかなのだろうが、大声を出しても誰も来ない場所なのだろう。

 

「僕に対してこの非道な扱い、絶対に後悔することになるぞ」

「非道な扱いを受けたわりには元気になっている。最初は縮こまっていただろう。その醜いモノも隠して」

「う、るさいっ! 邪教徒の女なんかが僕に――」

「やはり痛みは必要か」

「っ!」

 

 つまらなさそうに言われて、はっと余計なことを言ったかと言葉に詰まった。

 

 

「ただ食って寝るだけでは人は腐る。なぜ考えない? 我々にお前を大事に扱う必要があるかどうかなど」

「頭が悪い」

「くっ……そんなことエクピキが許さない、地獄に落ちるんだぞ」

「異なる神に仕える時点でそうなのだろう? なら変わらないじゃないか」

 

 女の一人が部屋の端に転がっていた竹の棒を拾った。

 柱に繋がれ、便所桶と寝床の行き来しかできないデフィロには届かなかった棒。

 それが何のためにあるのか、十日ほどの監禁で忘れていた。これまで誰も使わなかったから。

 

「そうだな。()たれたこともないか、陽輝卿の子供」

 

 ひゅん!

 ビュオン!

 

 風を切る音が二回。

 軽く振るだけで空気の裂ける衝撃が、デフィロの生肌まで震わせた。

 

「ひ」

 

 ぎゅっと首を縮めて目を瞑る。

 甘かった。

 裸で繋がれ、朝夕二度の粗末な食事。

 それが十日も続いて、なぜだか攻撃されないと思い込んでしまった。

 話が通じるなどと考え、悔い改めるよう言い聞かせれば解放されるかもしれないなどと。

 

 

「やめろ……そんなこと……」

「捕虜をいたぶるような趣味などない」

 

 呆れたような溜息交じりの言葉と共に、反対の手の平で竹の棒を軽くぱしりと受け止めた。

 調子に乗ったデフィロへの脅しとしては十分な効果。

 

「は……」

 

 ビシィィィィィッ!

 

「っ――――――――ひぃぁぁっ!」

 

 叩かれた事実が理解できず、今まで感じたことのない感触がじわっと肌から脳に伝わってきてから悲鳴を上げた。

 腿に一閃された。

 膝から力が抜け、固い石の床の上に無様に転がる。

 両手が繋がれているせいで女に尻を向ける格好になった。

 痛みを確認しようと見れば、見ている間に赤く腫れあがっていき、鼻の奥からあふれ出した涙でぐにゃりと世界が歪む。

 

「ひっいだいっいぃぃぃ」

「非道な行いと言うが」

 

 バシィィィ!

 

 今度は尻を。

 

「いぎぃぃぃっ!」

「お前たちエクピキ教は」

 

 パシィィィン!

 

「ぐぅぅぅっ! やめっやめでっ――」

「どれだけのことを!」

 

 ベギィィッ!

 

 尻を三回。

 そこで竹の棒が折れた。

 

「やべ……ごめん、なさい……やめて……やめてくださ……」

「命乞いする相手でも! (わら)いながら!」

 

 ゴンッ!

 最後に手元に残っていた棒の握りを、デフィロが倒れ込む壁に叩きつけられた。

 痛みと恐怖で(すく)む。

 

 

「エクピキ教の連中がどれだけの非道を行ってきたと思う! こんなものではない! 焼けた鉄串で性器を貫いて遊ぶ! 自ら手足を千切らせ、それを獣に食わせる! もっとひどければ親に子の肉を食わせるような非道だ! 知らぬか! エヴェニス・ディアホラがやっていたことを!」

「は……ちが……ぼくは、なにも……ごめ、ごめんなさい……ゆるし……」

「今すぐにでも親の待つ地獄にお前を送ってやりたい気分だ。何も知らなければ許されるなどと思うな、邪悪な血族が」

「ちち、が……父は……?」

「死んだ。ああ、バラバラに砕け散ったそうだ。己の集めた魔道具の爆発で……知らなかったか? おめでたい奴」

「アデスタ」

 

 デフィロを叩きながら感情の昂った女を、もう一人が制するように声をかけて前に出た。

 物静かな女。

 うずくまり丸まって泣くデフィロの傍に膝を着き、これ以上暴力を振るわぬような気配を感じさせる。

 

「……ひ、っく……」

「大丈夫」

 

 静かに。

 そっと。

 囁く声に、涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔を上げる。

 

「ぼ、ぼぐ……」

「お前の帰る場所はもうない」

 

 その言葉に、その事実に涙が引いて、瞬間彼女の微笑みがはっきりとデフィロの瞳に映る。

 表情は薄いのに、とても嬉しそうに。

 

「お前の居場所は、世界のどこにも、ない。ない」

 

 それだけ言って立ち上がり、気が済んだのか二人は部屋を出ていった。

 窓のない部屋の外、見張りの者にまだ生かしておけと伝言するのを耳にしても、何も感じない。

 何もかも、デフィロにはもう何も残っていないのか。

 激しく泣き出したいけれど、そうすればまた戻ってきてもっと痛いことをするかもしれない。

 階段を上っていく足音を床伝いに聞きながら、死にたくなるほど後悔を感じた。

 

「う……ぅ、アユミチ……」

 

 どうしてあの時、謝らなかったのか。

 勝手に飛び出していった翌日、教会近くで踏ん切りがつかずに迷っていた自分。

 デフィロを探しに来てくれたアユミチとカヨウの背中を見つけたのに。

 

「ごめん……ごめんなさい.……ごめ、っごめんなさい…」

 

 ぽろぽろと涙を零しながらどれだけ謝っても、今さらその言葉が届くことはなかった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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