法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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5-9.神の輪郭

 

「先方ニは私カラ言っておキますカラご心配ナく! 働キ手のホしい方がいらっシャったとネ!」

「お願いします」

 

 数十人を引き取ってヴォラスの中流以上の信徒の家に配った。

 市民権のない働き手を歓迎する者は一定数いる。

 トローメ国民の大半は、熱心かどうかはさておきエクピキ教の信徒だ。

 権威ある陽灯司の預かりとなり、低賃金でも働き口を斡旋されれば心が縛られる。どうせ行き場のない身、食うためなら忍耐の許容も広がる。

 体を売ることになっても、ひもじく死ぬよりはマシ。

 

 ただ、子供にはそういう割り切りができないこともある。

 パテシーイの斡旋先から逃げ出し、教会まで戻ってきた少年をどうしたものか。

 他の使い道でも考えようかと思ったところに、ホドウが顔を出した。

 少年の御用聞きを欲している家があるとか。

 とても怪しくてそれはそれでいいのだが、渋って見せた。もったいぶった。

 寄付金を払うというので、少しふっかけてみたらあっさりと払った。面白い。

 そうしてホドウに子供を引き渡したのだが。

 

 

「……戻りまシタか、ギネイカ」

「申し訳ありません。撒かれました」

「あなたデも? それはソレは」

 

 謝罪と共に背中をはだけたギネイカに、パテシーイが棘鞭を打つ。

 

「くひぁっ……あ、あぁ……」

 

 細かく血を飛び散らせた背中に、次は左手の癒しを。

 光を受けたギネイカがなまめかしく呻くのを聞きながら、褒美がほしくて失敗したのではないかと笑みが漏れた。

 

 

「まアいいデしょう、居場所の見当はツキましたカラ」

 

 ホドウは抜けた様子に見えて不思議と鋭い青年だ。

 ディサイの難民とは違う。時期は重なるがもっと別の生まれ育ち。平和な場所で暮らしていた気配がうかがえるから王都出身だろうか。

 妹と名乗った娘は妹ではない。そういう距離感ではないし発音も違う。妹の方はそれこそディサイ方面の癖があった。

 

 北府ヴォラスは小さな町ではない。ホドウがどこに住んでいるのか、簡単にはわからない。転々としているのかもしれないし。

 何度か尾行させて、そのたびにどういう理屈か感付かれまかれてしまう。

 警戒心は高い。

 しかし、だからこそわかる。本当の行き先を避けてわざわざ別方向に行くのだから。

 町の北方面には行かない。そちらが本命か。

 そういえば気にしてもいなかったが、ずっと昔に手放した北の古教会に最近住み着いたよそ者の集団がいるとか。

 

 

「流れ者をずいぶんと気にされるのですね」

「タダの流れ者デはなさソウなのデ」

 

 なんとなく気になった。パテシーイの勘が何かを告げた。

 彼は神敵だ。エクピキに対する敵意が腹の中にある。

 エクピキ教を嫌う人間は一定数いる。理由は様々、なんとなく大きな組織だから嫌いというものも含めて。

 しかしこの動乱の時期に、エクピキ復活の兆候の見えた混迷期に、凡庸さと怪しさを煮詰めたような男がパテシーイの前に現れる。

 

 直感した。

 これはパテシーイにもたらされた神への道なのだと。

 両手に【指】を持つことのできないパテシーイに、その片指を掴めと導かれた。

 

 しかし、その男ホドウは話してみても凡人の域を越えない。多少頭は回るが取り立てた才覚は感じない。

 ホドウを殺してもエクピキ復活の大功とはならなさそうだ。

 彼に繋がる何か。それを掴みエクピキに捧げれば、エクピキ復活の際にパテシーイの功績は比類ないものとなるだろう。

 

 

「始末するのでしたら、お任せ下さい」

「害虫一匹ただ殺シてモ神はお歓びにナリまセンよ」

 

 エクピキに捧げられるものはいくつかある。

 人の魂。

 エクピキの【指】で救われた者は、エクピキへの感謝と共にその名を刻まれる。指の周囲に。

 陽灯司の指の周りに黒く染みついていくものは、人間の名前だ。

 トローメ王国建国以来、数多の名を、魂を、エクピキに捧げてきた。

 大量の信徒の名簿のようなもの。

 

 また逆に、エクピキの敵を陽灯司が殺せばそれもまた捧げものとなる。

 数は多くない。エクピキへの怨嗟を込めた断末魔もまたエクピキの名を高める。

 だから憎まれるのも無駄ではない。

 

 他に、古の神の残滓。

 エクピキを形作るものに最も近く力となるもの。

 伝え聞く限り、海魔カルマリィを討伐した際にエクピキの【指】は強く脈動し、今の教団を形成する力を得たと言う。

 

 そして直近、それを超える脈動があった。

 悪神アニラービーの討滅。

 仮にその場に太光師の誰かがいたのなら、エクピキ復活の第一功の座を確立していただろう。

 

 

「ただ殺ス、犯スだけデは味気ナイ! 塩スープで神は満たサれナイ!」

 

 背中をはだけたままのギネイカの尻に左手をねじ込んだ。

 足の間に【指】付きの手を這わせ、右手は脇から乳房の間を通らせて首と顎を握る。

 指が(うごめ)く。

 

「鬼巫派とモ違う彼デスから。その首根っコは掴みたいのデス」

「は……い……っ」

「スパイスも必要でショウ! 可愛い妹が! 頼れル兄に失望スル姿を! 互イを見捨てテっ! 憎ムべき相手に屈すル言葉を!」

「あぁっ! つよく、パテシーイ様……神の、ご慈悲を下さい」

「求めル妹と無力な兄を! 我ラの神に捧げまショウ! 彼ラの先のナニカにモ指が届くヨウにっ!」

「はいっとど、くぅっ! とどきますようっにぃ!」

 

 神敵の絶望は上質な捧げもの。

 そして、ホドウと繋がっている何者か……鬼巫が奉ずるスカーアとは別の何かを掴み、引きずり出してエクピキに捧げれば。

 パテシーイは主光ゲニーメをも超えてエクピキ第一の使徒と認められるだろう。

 どんな願いでも叶う。

 事ここに至れば、教団や町にどんな被害や厄災があっても知ったことではない。

 ただパテシーイの願いの為だけに【指】を伸ばして、欲する望みを求めて()(むし)った。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 拾った少年を天馬の馬車に乗せて送り出す。

 デフィロは見つからないままだったなと思いながら。

 半分に近づきつつある月を見上げて、深く息を吐いた。

 

 ディサイからの避難民の子だ。身寄りのない子供。

 パテシーイの教会で一度は引き取られ、奉公先に馴染めず戻ってきた少年をアユミチが引き取った。

 天馬が満月でなくとも呼び出せるようになっていてよかった。

 これもレーマ様復活に近づいた影響なのだろうか。

 

 あれからも何度かパテシーイと顔を合わせている。

 斡旋された奉公先も全てではないが聞いた。

 個人情報保護法などない社会だ。パテシーイの口も軽い。

 アユミチ――ホドウさんが心配ならミて御覧なサイとぺらぺら喋ってくれた。

 

 冷たい冬の水仕事や何かをさせられてはいたが、意味もなく鞭打たれたりしている様子はなかった。

 それらを見回ったのも、避難民による暴動の情報を事前に集めたかったという理由もある。

 別に善意で気にしたわけではない。火の粉がアユミチ達に降り掛からぬよう、というのが第一。

 

 火の粉がかかる。

 ディサイでの町全体の暴動はまさにそんな感じだった。

 アユミチの手に負えない規模の混乱は、何が起きるかわからない。

 あれと同じことはさせない。

 だから、燃えるものを遠ざけようと考えた。

 

 

「アユミチ様、ご用事は済んだんで?」

「ああ、待たせてごめん」

「女神様の世話役としてでおじゃろう。アユミチの大切なお役目」

 

 捨て森で暮らした皆はアユミチの女神が少年の世話役を求めることを知っている。

 冬の夜に町を出て少年を送り出したアユミチを、少し離れた場所で待っていてくれた。

 

「あの光の馬、カヨウ嬢ちゃんの魔法と似てる気がしやすね」

「あれが本物。私のが真似っこですよ」

「ふむぅ、麻呂にはぼんやりとしか見えなかったでおじゃるが」

「……」

 

 だんだんとレーマ様の戦馬車の姿が認識されつつある。

 ディサイで呼んだ頃は光の帯のような目撃証言だったが、今はあれが馬だと見えているようだ。

 やはりレーマ様復活に近づいているということなのかもしれない。

 

 

「しかし、俺なんかがお役に立てやすかね? 交渉事の」

「手が欲しかったのと、やっぱり経験者の話の方が説得力があると思うんだ。寒い中申し訳ないけど一緒に来てほしい」

「そりゃあもちろん、アユミチ様の頼みとなりゃ」

 

 大げさな何かをするつもりはない。

 普通の人間として、行き詰っている人々に道を提示するだけ。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「このままであんたら冬を越せんのか? 北府の冬はディサイより厳しいんだぞ」

「わかっているが……」

 

 避難民が集まっているところに来て、まとめ役を呼んでもらった。

 だいたいが年配者。

 近くまで来たけれど自分はまとめ役じゃないという顔で見ている男の中に、襲撃の悪だくみをしていた二人の顔を見つけた。

 彼らも巻き込んだ。

 指名して、あんたたちも聞いてくれと言われた男たちは渋々と。

 

「ディサイの町は落ち着きを取り戻しているらしい。ホスバルドル軍も町の人間に危害は加えていないって話だ」

 

 十数日経てば情報も入ってくる。

 ディサイを占領したホスバルドル軍による虐殺などはない。

 肯定的な噂ではなくて、そこまで締め上げる戦力がないという、ようはホスバルドルをけなす内容だったが。

 商人や運輸人の出入りで伝わった内容。

 

 

「戻れば家は残ってる。何なら空いた家だってあるだろうさ」

「そりゃあ……そう、だけど」

「いつまでここで薄い粥もらえてると思う? ディサイなら元の職じゃなくても復興の仕事でもある。知り合いだっているんじゃねえのか」

 

 アユミチの話の主旨を理解すると、連れてきた捨て森の男が避難民たちに訴えてくれた。

 ここで惨めに恵んでもらっているより、帰れるなら帰った方がマシじゃないか。

 気候も、住環境も、住み慣れたディサイに帰れるのなら。

 ヴォラスの兵士からもそう言われていたそうだが、突き放すような言い方をされて逆にこの場所にしがみついてしまう。

 悪循環だった。

 

 

「帰る為の食料と荷車を用意する。十分じゃないかもしれないが、皆で協力していってほしい。こっちに逃げてきた時よりはマシだろ」

「あんた、なんでそんなことまで……」

「俺の仕える女神様から命じられているんだ。人の為に正しいことをするように、って」

「真実でおじゃる! 麻呂もこの者アユミチの女神様に救われたゆえに」

 

 アユミチの言葉をジルボン師が後押ししてくれた。

 避難民の中の怪我人を治癒してくれたジルボン師の言葉もあれば、全体の空気も変わっていく。

 エクピキの司祭が無償で何かをしてくれるなど不思議を通り越して不気味。

 だが、別の女神の使命として善行を積んでいると言われて、事実と妄想が都合よく結びついていく。

 

 権威と腐敗に塗れたエクピキ教よりいい神様がいるのかもしれない。

 エクピキの司祭でさえ心を変えてしまうような神様。しかも女神となればきっと美しい。

 実際、ここで凍死するより住み慣れた町に戻る援助があるならその方がよさそうだ。

 

 人間は信じたいものを信じ、見たいものを見ると言われる。

 特定の会社の車がほしいと思えば、その車の良い情報ばかりに目がいき、悪い情報は他でも同じというように見過ごすように。

 自分にとって有利な情報を信じたい。

 

 

「人数が集まって動けば野盗も襲いにくいはずだ。あんたたち、元は同じ町の仲間だろ」

「……ああ、そうだな」

 

 このヴォラスに逃げてきたからよそ者扱いをされ、その扱いが同郷の連帯感も強める。

 

「俺は、前に病気になってよ……自棄(やけ)になって、バカなこともした」

「……」

「アユミチ様に……アユミチ様の女神様に助けてもらわなきゃ、俺はクズのまま死んでた。そんなの、いやだろうが……」

「……わかった」

 

 間違った道に進みクズとして死ぬ。

 そんな惨めさを悔いる男の言葉は、特別なものではなかったけれど、それが避難民たちの心に響いたらしい。

 町で悪だくみをしていた男たちも、顔を合わせて首を振り、それから頷いた。

 今日の飯を得る為に人を襲うよりマシな道を選ぼうと、そういう顔で安心する。

 

 

 半月を迎える前に、ヴォラス壁外の避難民たちのほとんどは姿を消した。

 鬼巫派に売った薬の代金、レーマ様からの支給物資もほとんど費やしてしまったが。

 

 

「あんた……アユミチ様だったか。あんたの女神様はなんて言うんだ?」

 

 聞かれてみて、ついノクサの顔を見上げると肩を竦めて笑われた。

 

『いいと思うよ。ここから強く広まっていくんじゃない?』

「そう……だな」

 

 力ない女神の名として広まると神格が落ちるというような話だったけれど。

 ディサイの避難民千人超から救いの女神として名が広まるのなら、悪くないのかもしれない。

 

「レーマ様……レーマ・ルジア様だ。赤毛の、すごく綺麗な女神様だよ」

「ありがとう。赤毛の女神レーマ・ルジア様に最大の感謝を」

 

 名前を呼ぶとき、何となく南の空を見上げてしまう。

 レーマ様がいる禁域、神域の方角。

 アユミチのその仕種を真似るように、避難民たちも同じく南の空に深く一礼してから去っていった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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