法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
「無関係じゃ」
年越し直前の時期に王国議会の参集がかかるなど歴史の中でも数えるほど。
貴族院、地事院、国軍元帥以下六将に加え、トローメ国王ネロまで集まるなど前例がない。
余人が聞けば亡国の危機と思われるのではないか。
捨て森での天変地異と西港ディサイの陥落という事実もある。
「ファニア・イア・イオルテは既に死に、我が花札にはない。地事院からの質問に答えを持ち合わせておらぬ」
「そのような言い訳が――」
「ましてトローメ王国への反乱など許すのでれば、妾がここにおる理由もない。なんぞ証拠でもあると言うなら聞こう」
鬼巫の立場はトローメ王国の中では特殊だ。
国王の友人、客将というような扱い。
相手が貴族院議長であっても鬼巫が頭を下げることはない。
実権はさほどないが位は高い。
「死病に罹患した者に、生き返って王国に仇為せと妾が命じたとでも言うか」
「なにがしかのまやかしを使ったということはないのか?」
「妾は――」
苛立つ。
苛立つが、激昂しても利がない。
「ファニア・イア・イオルテ。彼の者が妾の花札であった時、妾は請求した。特例としての看護措置を。許可を出さなんだのはおぬしら貴族院、地事院であったろう。死者として追放せよと伝えて参ったのは地事院マヌエル議員、そなただと妾は記憶しておる」
「それは……」
「王宮に病が広がる懸念を考えれば仕方なしと妾は受諾した。あれが仮にどういう手段か生きていたとして、妾に何の権利があって反乱を起こせなどと命じられるものか。命を諦めて出ていけと命じた妾が、やはり妾の為に働けと言える筋があるのなら聞かせてみよ」
「……」
南部で起きた反乱が鎮まらない。
噂も流れてくる。旗頭は鬼巫の花札ファニア・イア・イオルテだと。
嘘か誠か、鬼巫アハラマの命で動いているのではないか。そんな噂も。
南部の悪政を咎める為だと都に噂が広がり、看過できず鬼巫を召喚しての王国会議。
百名近い参加者の中でアハラマへの質問。尋問。
やましいことはない。少なくともファニアの行動についてアハラマは全く関与していない。
「花札ファニアを追放以降。それ以前も。妾や花札の誰かが南部に向かったことはない。それは貴族院、地事院共に承知であろう。記録官」
「確かに鬼巫アハラマ殿が離宮を出たのは春のヴォラス防衛戦の時のみ。他花札も二日以上の外出は記録にありません」
「手紙ということも……」
「捨て森宛てに? 誰が届け誰が読むというのじゃ」
アハラマのアリバイは完璧。
というはったりに対して、どこかから異論が出るのではないかと予想していたが、議場のどこにも揺らぎがない。
マベラはアハラマと似た姿をディサイで陽灯司長カシキに見られている。その報告は誰も聞いていない?
情報をエクピキ教団内部だけで秘匿しているということか。
奴らもいよいよトローメ王国に見切りをつけようとしている。
「議会の決定で追放したファニアに、妾が何もしようがない。何を聞かれようとも知らぬし無関係じゃ」
「しかし、監督責任というものが……」
「死者まで管理せよと申すか貴族院は! なればご教授賜りたいものじゃ、死者に命じる術を。そなたらの奉じるエクピキ神にはそのような業もあるか!」
「不遜な!」
「鬼巫といえど我らトローメの神を
「静まれ! 静粛に! 陛下の御前である静粛に!」
司会を務める地事院議長では抑えが利かない。貴族院議長タシモ・ティッダーン大公であれば一言で静かにさせられただろうが。
陛下の御前と言われて、不承不承ながら不規則発言が収まっていく。
タシモの方を見れば、先ほど監督責任などと口にした貴族に向けてわずかに手を上げて指を振った。黙っていろという風に。
馬鹿な発言で議会が荒れるのは、アハラマに有利になるかもしれない。
「失礼、発言をよろしいですか?」
「ヨハルハ殿は先代鬼巫。今日の所は謹んでいただきますようおねが――」
――カン……
司会が言い終える前に、最上段から小さく鳴った。
左右に扇を広げたような議場、中央に立つアハラマから見て正面に、首が痛くなるほど見上げる最上段がある。
居並ぶ議員たちも見上げて、しかしそこに座る姿は見えない。
不必要に高い背もたれの上部と、その横に立つ黒鎧の騎士が見えるだけ。
トローメ国王ネロが議長の言葉を遮った。
「ありがとうございます、陛下」
ヨハルハは立ち上がり一礼してから、すっと議場全体を見渡して頷く。
「僭越ながら申し上げますが、この場にお集まりの皆様はトローメ王国の繁栄と平和を願うお気持ちに間違いはありませんか?」
「何をばかな……」
「当然であろう」
「そこから話さねばわからんのか女は」
「ありがとうございます。結構」
アハラマと違いヨハルハは背が高い。すらりとした美女で、雰囲気と迫力がある。
一言発して視線を巡らせると雑言が消えていく。
男社会のトローメ王国にあって唯一女の議員。
「南部の反乱の首謀者が元花札を名乗っていることは事実なのでしょう。ですがそれを問題とするのは、ただ鬼巫アハラマを追い詰め、トローメに
「反逆者の疑いがあると言っているのだ」
「私が反乱を企てるのであれば、一地方の反乱に自分の名前を出すはずはないかと」
「ならばなぜ奴は名乗っておるというのだ。それがわからねば鬼巫の疑いは晴れぬであろう」
「まさに、仰る通りです」
頷いて微笑む。
鬼巫のお役目はアハラマが継いだが、政治の場ではヨハルハが圧倒的に上。
先代国王クムスの生前からヨハルハはこうした立ち回りを学んでいたらしい。
「ファニアを名乗るその者が本当に花札ファニアなのかどうか。なぜ武力蜂起などしたのか。一県での出来事が周囲にも波及しているのは、南部ノーテスの統治に問題はなかったのか」
「今はそんな話をしているのではない」
「その話をしなければ責任追及のしようもありません。国軍は西港ディサイへの備えもあり、今は迂闊に動かせません。でしょう、元帥閣下」
「一地方の反乱の為に軽々には」
国軍元帥がヨハルハに同意したのは、決してヨハルハの味方だからではない。
苦しいのだ、国軍も。
先の捨て森の異変の際、向かわされた部隊の動揺は大きく脱走者が出ている。
トローメの陸軍は実戦経験に乏しい。海軍とは違う。
国軍勤務など死の危険の少ない仕事のはずだった。覚悟がない者があの天変地異を見て逃げ出したくなるのも無理はない。
一兵卒よりも小隊長クラスの逃亡が続いたのがよくなかったらしい。
引き締め目的で行われた激励会で、国の為に死ねという意味の演説をしてしまったとか。空気の読めない将校たちの御立派な激によりさらに脱走者が増えた。
指揮系統も士気もガタガタ。
反乱軍討伐に出兵しろと言われるより、今は動けないという理由の方が都合に合う。
同時に、季節は冬だ。
冬に軍を動かすのはまた苦しい。
行軍も物資の輸送も平時の労力の比ではないし、凍死者も出れば脱走兵も増える。今は軍を大きく動かしたくはない。
「鬼巫を遣わしましょう」
「なんだと?」
「率いているのが花札であれば、鬼巫が出向けば向こうは受け入れるしかありません。事情を聞くのと合わせて武装解除させられます」
「鬼巫を南部には行かせられん」
「それで反乱軍と合流する腹積もりではないのか」
「だとしたらこの議会の場に出るはずもないでしょう。とうに合流しています。あるいは……」
筋の通ったヨハルハの言葉と、ただアハラマをやり込めて影響力を削ろうと考えていた者たちとでは話にならない。
本来なら、数の力でもっと強引に、強硬に、アハラマとヨハルハを糾弾し投獄でもしようと考えていたのではないか。
せっかく鬼巫を叩ける好機。
エクピキ教団の影響の強い者たちが参集をかけた。
予定外だったのは、国王ネロの参席。
普段、議会に参加することのないネロがこの場にいる。
目茶苦茶ができなくなった。
「あるいは、北に向かい南部の蜂起と同調するという道もあります。西ディサイを占拠された今、南北で反乱が起きれば収集がつきません」
「なんと、輝かしきトローメにどれほどの影を……」
「可能性の話です。鬼巫アハラマがその気であれば、もっと状況は悪くなっていたことでしょう。違いますか?」
「下らぬ! 何が可能性か、不敬な女が――」
カン……
再度、最上段から木を叩く音が響いた。
静まり返る。
「国主陛下よりお言葉がある」
喋った。
黒鎧の騎士イドラ・ディドラーが宣言した。
「……」
ごくりと息を飲む音。
齢十二歳のトローメ国王ネロが発言することは極めて稀だ。
「余はヨハルハの話を聞いた」
「……」
「大公タシモ・ティッダーン。議院の長たる者として、どう思うか意見を聞かせよ」
「は」
国王ネロはどちらかに肩入れすべきではない。
彼はそれがわかっている。
指名されたタシモは立ち上がり、代わりにヨハルハは着座する。
「ヨハルハ殿の言、至極道理に適っております。反乱の首謀者が花札を名乗っていることと、鬼巫アハラマ殿の関与を安易に結びつけるのはトローメの柱に罅を入れるかのごとき所業。これもまた敵国の策謀やもしれませぬ」
「うむ」
「国軍を動かし鎮圧することは容易い。しかしそれでは民の中に不満、遺恨が残るやもしれません」
どう落としどころをつけるか、タシモも探りながら話している。
自分たちに損がないように、できるだけ有利になるように。
「反乱の首謀者に剣を置かせるのはなるほど、良い案かと。さりとて、鬼巫殿は南部に行かぬのは古くからのしきたり」
「……」
「花札ファニア・イア・イオルテ本人をよく知る花札の誰かと、国軍から数名を向かわせ査察をさせるというのはいかがでしょう。他国の策謀である場合、向かう者は危険やもしれませぬが……話し合いで武装解除できるようであれば、まさに陛下の御威光の賜物」
「なればそのようにせよ。ここであれこれ言い争っても仕方があるまい」
「ははっ」
悪くない。
アハラマ本人が向かうことは許されないだろうと思っていたが、花札の誰かがファニアと接触できるのなら、悪くない。
この特異な変革期にトローメ国内が乱れるのは、正直アハラマにとってプラス材料だ。
鬼巫の里で眠るスカーアさえ目覚めてくれれば、他はどうなろうと構わない。
その為の供物としてエクピキを討滅する好機が巡ってくればいい。
「花札の人選はアハラマ殿にお任せするとして、国軍からは院仕隊から選出しましょう」
甘かった。
タシモ・ティッダーンは穏便にことを進めるつもりなどない。
アハラマの手から花札を落とし、反乱の汚名もこちらに被せる算段だろう。
「……」
どうしたものか。
いっそ明日にでもエクピキ教団を襲撃し、王都も混乱に叩き落すのも手ではないか。
面倒になってきたアハラマの腹中を察したように、ヨハルハが首を横に振った。
まだその時ではない。
時を見る目があればいいのに。先の時を。
いつも見えるのは、過ぎ去った時の分岐点ばかり。
先を見ることができたはずの神フォティゾは、見える未来に絶望して死んだのだったかな。
◆ ◇ ◆