法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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5-11.姐と妹と男と男

 

「内乱中だって聞いてるぞ。大丈夫なのか?」

「危険は承知だ。それでも行かなきゃならねえ」

 

 ムンジィは変わった。

 再会してからのムンジィは、フィリオが知るムンジィとは違っていて、大きくなったように感じさせられた。

 苦労したのだろう。そこで腐らずに男として成長したムンジィを頼もしく、嬉しく思ったのだが。

 

「お前が命を張る必要があんのか?」

「俺が行くしかねえんだ、ファニアの姐さんが戦ってるならよ」

 

 使命感なのか責任感なのか。

 東港から南部反乱軍に使者を出す。相手方の首領がムンジィの知り合いらしく、同行すると言うのだ。

 どうしても彼女と合流しなければならないと。

 しかし内乱真っ最中の町に行くなど正気の沙汰ではない。

 何を背負っているのかフィリオにはわからないが、生き急いでいる――死に急いでいるように映る。

 

「ディオーネを置いてでも、か?」

「あ? ……いや、姐さんはそういうんじゃねえ。違うって」

「命かけて行くっていうのに何が違うんだ。ムンジィお前……」

「そうじゃねえ、姐さんはアユミチの旦那の……なんだ、あれだ。第二夫人、か?」

「その女の為に、今にも討伐軍が送られてくる町に行くのかよ」

「旦那が生きてるって伝えなきゃならねえんだ。旦那にゃ姐さんが必要なんだ、絶対にな」

 

 ムンジィの顔を見ればわかる。

 惚れている。惚れこんでいる。

 どうやらファニアという女ではなく、アユミチにということはフィリオにもわかった。

 わかるから余計にわからない。

 いくら命の恩人だとしても、男の為に命を賭けられるものなのかと。

 

 

「わりいことにコニーさん達の耳にも入っちまってんだ。使者と一緒にプレヴラの嬢ちゃんまで連れて行くって……俺が残ってられねえんだよ。旦那に合わせる顔がねえ」

「だから、他人の為になんでそこまでするって話だ。戦場に娘連れてく母親もどうかしてる」

「仕方ねえだろ、皆そんぐらい捨て森で旦那に世話になったんだ。何度命救われたかわかんねえくらいに」

 

 死病の絶望から救われ、襲撃から守ってもらい、再び生きる道を照らされた。

 その場にいた者たちからすれば神に等しい存在らしい。

 アユミチ――ホドウと名乗っていたあの男が。

 その男の妻の一人が、南部の反乱を率いている。嘘か誠か鬼巫の花札だと名乗って。

 

「寄せ集めの反乱軍なんざ国軍が動けばひと(ひね)りだ。見せしめに皆殺しにされてもおかしくない」

 

 ディサイでの騒動にはフィリオも加担している。

 あっちは今他国に占拠されているわけだが、南部は違う。これ以上内乱が広がらないように残虐な作戦が行われる可能性もある。

 

「東港も手を結ぶんじゃねえのか? それっぽいことを――」

「バカ野郎!」

 

 ムンジィは根が正直な男だ。フィリオとは違う。

 軍に務めたフィリオは姑息なやり口を見てきた。上に立つ人間にとって一番大事なのはいかに自分の懐を痛めずに利益を得るか。

 その視点から考えれば、勢いだけの反乱軍と同調する必要はない。

 

 

「いいか、国軍が南部でどんだけひでえことしたってここの連中はどうだっていいんだ。いや、できるだけ非道なことをしてくれる方がいい」

「なんだってそんな」

「国軍が疲弊する。ついでに全国で国への不満が広がってくれれば一石二鳥だ。それから旗揚げすりゃあどうだ、悪逆非道な中央のやり方をぶっ潰すってな。大義名分も時期も都合がいいだろうが」

 

 ムンジィは口を半開きに目線を上に泳がせ、理解半分疑問半分の顔をする。

 

「いや、そうでも……南部と一緒に王都を攻めた方がいい、だろ?」

「寄せ集めの民兵なんてすぐ分裂する。誰もてめえのことが一番大事なんだ。今までは勢いでまとまってたが、冬の間に半分以下ってとこだろうよ。よほどうまい指導者でもいなけりゃな」

「ファニアの姐さんなら……」

「だぁから! この東港の連中は焦らなくていいんだよ! 手伝うって口約束だけしといて、反乱軍が潰れるなら潰れるでそれを利用する。嘘でも、女子供も残らず晒し首にされたって噂を流すのもいいかもな。反乱軍がこのままうまくやるなら、そん時になってから仲間だって顔で参戦する方が賢いだろ」

 

 曲がったことを嫌うムンジィの性格は好きだが、世の中はそうではない。

 自分たちが損をしないように立ち回ることなど当たり前。

 勝ち負けのわからないギャンブルに出るのではなく、確実に有利なポジションを取る。

 汚いことかもしれないが、町や領民を預かる指導者ならそれが正しい。

 

 

「その女の所に行くなら、今度こそ死ぬぞ。ムンジィ」

「……かもな」

「わかって……ディオーネよりも大事だってのか?」

「……そうじゃねえ」

「だったら」

「私をダシにするのはやめて」

 

 はっと振り返ると、ドアを開けてディオーネが入ってきた。

 

「外まで聞こえてたわ。ま、私しかいなかったけど」

「俺は、ただ……」

「だいたいねえ、兄さん」

 

 入ってきてドアを閉めてから、はぁぁと深く溜息をついてから指を突きつけた。

 呆れた顔で。

 

「他人の為にそこまですんのかって、それを兄さんが言う?」

「そりゃあ、お前……」

「私に相談もなしに、反マクリアス派に協力するって決めてきた兄さんが? 何のためにって聞いたよね。その時なんて言ったか覚えてる?」

「……」

「ムンジィの為に、って。で、危険になるかもしれないから北区の縫製工場に行けとか、勝手に決めたの誰だった?」

「……俺だ」

「その誰かさんが、恩人の為に命張るって言うのを責めるの? 妹をダシにして」

「……」

 

 フィリオにだって言いたいことはある。

 お前の為を思ってだとか、その恩人と幼馴染とじゃ過ごした時間が違うとか。

 

「兄さん、後ろめたいんでしょ」

「そんなことが――」

「自分だけ奥さんもらって子供もできて、私を押し付けられる相手がいなくなるのが後ろめたい?」

「……」

「なんだ、子供ができたのか?」

「そ。ちょっと前にわかったの」

 

 バツが悪い。

 いや、フィリオは別に悪いことをしたわけではないのだが。

 ディサイでの決行日前に最後になるかもしれないからとやったことが、どうやら実を結んだようで。

 あの騒ぎと船旅でも流れなかったのは幸いだった。それは素直に嬉しく思っている。

 

「だったら言ってくれよフィリオ。なんだ、祝いとか……」

「もうちょっと落ち着いてから言おうかと思って……隠していたわけじゃ」

「もしかして嫉妬してるの? ムンジィが他の男の為に命がけになってるって」

「ばっ! バカかお前っ! んなわけあるか!」

「……なんか、わりいなフィリオ」

「てめえもバカ言ってんじゃねえムンジィ!」

 

 反乱軍の女首領に会いに行くと言うから反対しただけだ。

 やっと再会できたディオーネがかわいそうだ。頼れる男になったムンジィになら任せられると思っているのに。

 

 

「ま、隠し事はお互い様ってことで」

「……?」

 

 ディオーネの立ち位置が、妙にムンジィに近い。

 昔なら、フィリオを挟んで立っていた二人が、隣り合い。

 その歩幅が半歩も離れない。

 知人、友人の距離ではなくて、男女の距離感。

 

「……なんか、わりいな。フィリオ」

 

 もう一度、先ほどと同じセリフを言いながら目を泳がせ頬を掻くムンジィと、ディオーネの表情は最近見た覚えがないほど穏やかに。

 

「お前ら……」

「あー……俺も、なんだ? いきなり未亡人にするつもりはねえからよ」

「ちゃんと帰ってくるって約束したから」

 

 なんだそれは。

 フィリオはただ心配だったのだ。

 曲がったことが嫌いとはいえ他人とあまり関わり合いにならなかったムンジィが、戻ってきたら変わっていた。

 周囲を見て、他人の状況を気遣うような行動が増えていた。赤の他人にも。

 自分のことより正しいことを優先するような姿勢は、なんだか別人になってしまったように感じた。

 そのムンジィが、どう転ぶかわからない反乱軍への使者に同行すると言う。

 知り合いだというのも真偽が定かではない。無関係な誰かが花札ファニアの名を(かた)っているだけかもしれないのに。

 帰ってこないような気がして、どうにか引き留めなければと思ったのだが。

 

 

「ごめんね、兄さん」

 

 にっこりと笑うディオーネ。

 そんな笑顔も久しく記憶にない。

 

「子供も生まれるんだったら、はやく妹離れしてね」

「……」

 

 当面の生活費は、西港の蔵から持ち出した資産を分け合ったので問題はない。

 金銭面はいいとして、妹にもしっかりと支え合っていける相手を……ムンジィを捕まえておかなければと、そう思っていたのだが。

 

「俺は……」

 

 馬鹿だ。

 一人で空回りしていたかと思うと、なんだか腹から力が抜ける。

 ムンジィが死ぬつもりで行くのだと勝手にそう決めつけていた。

 

「俺は、認めない……」

「は?」

 

 間抜けだとしても、言いたいことはある。

 間抜けだからこそ、言わなければ気が済まない。

 

「お前らの交際、認めてないんだからな」

「えぇ……」

「いやお前、フィリオ……それはどうだよ……」

 

 間の抜けたフィリオのセリフに、ムンジィの方もなんとも気の抜けた顔で呻くのがせいぜいだった。

 

「認めてほしかったら、なあ……ちゃんと帰って来い」

「……わかってらぁ」

 

 どうやらフィリオが妹にしてやれることはもうないらしい。

 勝手にずっと背負っているつもりだった荷を下ろしてみて初めて、そういえば自分が親になるのかと今さら腹に据わる思いがした。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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