法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
大々的に酒を売れないのは取り締まりが厳しいからだ。
日本でもそうだが、古来から酒の流通には国が関わることが多い。
大昔にはビールが給料として支払われていたとか、そんな話さえある。
レーマ様の酒瓶はいくらでも美酒を出してくれるが、大っぴらに市場で売っていたら取り締まられる。
それでも年末年始は物が入用だ。
ちょっと出所が怪しい酒樽でも買ってくれる店はあった。
この世界の年越しは冬至なのだそうだ。最も昼が短く夜が長い日。この日が年の境目。
地球のカレンダーとは違うが納得できる。太陽信仰が主流なのだからむしろ自然な決まりだと思う。
ポスフォスがエクピキに倒されたのは日食の日だと言っていた。太陽信仰らしいが、案外と後付けの嘘なのかもしれない。
「助かったぜ。こんないい酒、酔っ払いに飲ませんのももったいねえや」
「王都の一級品なんで。ま、出所は聞かないでくれ」
「ははっ、若いのにいい根性してやがる」
「いい仕事してるだろ」
「違いねえ」
繁華街に酒樽を持ち込んで買ってもらった。少しは食つなぐ金になる。
懐が寒くなっていたアユミチにとってはありがたい。
年末年始くらい、カヨウや皆に少し良い物を食べさせてあげられるだろう。
パテシーイの所にはあれから顔を出していない。
尾行される。ノクサが見てくれるので見つけるのは簡単なのだが。
彼の部下でギネイカと呼ばれていた女は達人なのだと思う。
尾行を撒くためにレーマ様の魔道具を使うことになった。
北府ヴォラスは広い町だ。
偶然出会うこともないだろうと思っていたのだが。
「……」
『説法しているみたいね』
年末年始ともなれば大通りに人だかりができていることもある。
どこかの特産品を販売していたり、何かしら芸を披露していたり。
そんなもののひとつだろうと通り過ぎようとしたところで、パテシーイと目が合った。
お立ち台の上で人々に何やら語っていたパテシーイが、歩いてくるアユミチを見つけた。
『引き返す?』
「それも不自然だよな」
廃教会に戻る途中の大通り。
顔を見たから道を変えるというのも不自然だ。相手からはもう見つかっている。
居場所を知られたくないが、どうせいずれ始末する相手だ。腹をくくろう。
「ホドウさん、いいトコロに!」
尾行してきたくらいなのだから、向こうだって何か思うところはあるはず。
だが、パテシーイは朗らかな笑顔でアユミチに手を振った。
「何をされていたんですか?」
「もちロン、神ノお言葉をー? 人々にオ伝えシていたのデス」
一応は神職だ。そんなこともするか。
アユミチを待ち構えていたのかどうかはわからない。
「そしてホドウさんにモ、オ伝えシたいコトがアったのデス」
「何か?」
「以前から気にサレていたデしょう、ディサイの人々デスが」
気にしていたというか、騒ぎを回避したかっただけだが。
結局その私財も、レーマ様からもらっただけの財産だったから軽々しく使ってしまったのだが。
どうせまた手に入る。その考えは軽率だったか。
「まだ残っテいる人々が、悪いコトを
当然阻止されるのでしょう、という顔のパテシーイ。
関係ないと切り捨てるかどうか、話を聞いてからにしようと思ったのは既にパテシーイの手の平の上だっただろう。
聞いたら気になるのは、アユミチが特別なわけではなく誰でも同じようなものなのだから。
◆ ◇ ◆
年末年始という節目は世界が違っても何かしら空気が変わる。
来年こそはやらなかったことをやろう。
気を取り直して再出発。
今年と同じく平穏に過ごせますように。
人それぞれ事情は違っても、節目として日常と少し異なった空気が流れる。
酒が入り、浮ついた雰囲気も。
それに付け込んだ商売や、悪事を
防犯意識の低下、隙が多い時期。
『泥棒なんて捕まえてもキリがないと思うけど』
「知ってて放っておけない……そう思わされたな」
パテシーイの話を聞いたアユミチがどう行動するか。
阻止するのか放置するのか。パテシーイだって完全に読み切っているわけはない。
「罠なら罠でいいんだ。この夜中に向こうが襲ってくるなら……」
公衆の面前でアユミチがパテシーイを襲うわけにもいかない。
内乱状態のディサイではやったが、表向きは平和な町で司祭襲撃なんて事件を起こしたらアユミチがお尋ね者だ。
ジルボン師たちにも迷惑がかかるかもしれない。
『ま、知らんぷりってのも気分が悪いものね。いいよ』
「頼りにしてる、ノクサ」
『はぁい』
ディサイ城塞でアユミチが鬼巫に殺されかけたことを、ノクサはけっこう気にしているようだった。
カヨウの影に潜まれて見逃してしまった。
最近は怪しい気配が近づいてくるとこまめに教えてくれる。
広範囲索敵ではないので当てにし過ぎてはいけないが、先日のような尾行を探知できるのは助かる。
『そうね、この近くに十人くらいかな? 隠れようとしてる気配』
ノクサの感覚はアユミチより鋭敏だ。
静かな冬の夜。耳をすませば何となく人の息遣いが聞こえるらしい。
犬猫でも十数メートル周辺の気配は感じられると言うし、そういうものだと思う。
ヴォラフ南の倉庫街、赤い三角看板の建物を狙っているらしい、と。
パテシーイに聞いた情報は嘘ではないようだ。
集団で一斉襲撃の計画は霧散したが、それでもディサイに戻らず残っていた者たち。
よその土地に流れ着いて、悪事で生きることを思い付き、帰って真っ当に生きる道に戻らなかった。
罰されるのも、その結果死ぬのも彼ら自身の選択だ。
殺したいわけではないが、複数の人間を相手に手加減をしてやれるほどの余裕はアユミチにもない。
『来るよ。右が先、ちょっと遅れて裏から』
「……」
無言で頷いて、短めの鉄の棒を握りしめた。
刃物よりはマシだろうと用意した武器。警棒に似ている。
数分後には片付いた。
最初の一人は完全に不意打ちで腹に一発。
うろたえる二人目は棒を腕で受け止めさせて、脇腹に拳を叩き込んだ。
続けて現れた男は木の棒で殴りかかってきたが、鉄の棒でそれを打ち砕くと腰を抜かした。
次の相手は不幸。アユミチも態勢が不十分で、かなり強めに鼻面を鉄棒で殴り倒してしまう。
四人が打ちのめされたのを見て、次の男は逃げ出していった。
『やっぱり実戦経験の差ね』
「好きで経験してるんじゃないんだけどな」
人を殴る感触、肉の奥の骨が
好きになったら自分が自分でなくなりそう。
殺してはいないと思う。
「う、へ……」
「んぐ、ぁ」
「たすけて……助けて下さい……」
「なんの騒ぎだ?」
倒れ込んでうめく男たちと、周囲の建物から出てくる男たち。
無人というわけではない。警備員なのか住民なのか知るよしもないが、人がいる。
冬至も近づく夜の屋外にいなかっただけで。
「喧嘩だよ。襲われたのをやり返しただけだ」
「酔っ払いかよ、夜中に迷惑な……さっさとどっか行け」
アユミチが対処しなければ、目的の建物内にいた男は押し込み強盗に殺されていたかもしれない。
よそ者排斥の空気が強まるのもイヤだったので適当にごまかすアユミチと、状況がわからず戸惑いながら立ち上がる襲撃者たち。
「あんた、警備じゃ……?」
「……思い出した。ディサイに帰れって言ってきた奴じゃないか」
「なんで邪魔しやがった。俺らの味方じゃなかったのか?」
ただの喧嘩かと住民が引っ込んでいった後、アユミチに向けて勝手な言い分を並べる襲撃者たち。
頭にも体にも痛みを刻み付けられた直後だ。気を取り直して襲い掛かってくることはしなかった。
「こういうバカをさせたくないだけだ。生まれ故郷でやり直せ」
「……ちっ」
「死ぬぞ」
納得しそうにない男たちに、あらためて鉄棒を向けた。
「こんなことしていたらすぐに死ぬ」
「……」
「次は俺も容赦しない、バカ騒ぎはもうたくさんだ。ディサイに帰らないなら仕事を探せ」
「帰りたくっても、よぉ……」
男の中の一人、さっき腰を抜かして戦闘放棄した男が俯きながら首を振った。
この上、どんな理由があるというのか。
「女房を置いていけない。子供がダスピナを待ってるんだ、帰るにしたって……」
「だす……あぁ」
妻を連れて帰るという言葉に、アユミチの心に少し響くところがあった。
だからなのか、その男の顔とダスピナという名前に思い当たる。
パテシーイが働き口を斡旋した女の一人だ。
「あんたの奥さんか、それなら……」
居場所は知っている。
教えようか、しかしそれでまた襲撃騒ぎなどはごめんだが。
「奥さんを連れだしたらおとなしく帰るって約束できるか?」
「あ……あぁ、もちろんだ。俺はもともと他人様を殺すなんて大それたことはできっこねえ。ただ女房と子供が……」
「わかった」
家族と離れ離れにされて帰るわけにはいかなかった。
そういう事情ならアユミチにも理解はできる。
「本当に、約束だからな」
「ああ、恩に着る。ダスピナが戻れば子供もよろこぶ」
礼を言って去っていく男と、怪我をした他の面々も力なくとぼとぼと歩いていった。
『甘いんじゃない?』
「今夜の襲撃計画が無駄になって、またやろうってほど根性のある奴らじゃないと思ったけど」
『それもそうね』
他の連中は腹や腕にかなりのダメージを受けていた。
今日明日は乱暴狼藉を働けるような状態ではない。返り討ちに遭うのが関の山。
少しでも心配事が減るのなら今夜はそれでいい。
皆殺しにして解決、ともなるまい。町に複数人の死体が転がればそっちもただ事ではないのだし。
「とりあえず今は――」
『……アユミチ、待って』
ノクサの小さな手の平がアユミチの顔の前に広げられた。
緊迫した声だが、綺麗な手の平に一瞬目を奪われる。こんなに近くで他人の手を見るのはジルボン師以来だと思う。
「……」
『近くで、何か争って……あっちよ』
「わかった」
アユミチ達の争いの気配で聞こえていなかったのだろう。
そうだ、最初にノクサは十人くらいが集まっていると言っていた。アユミチが片付けた人数は半分程度。
ノクサが指し示したひとつ通りの違う方に走っていくと、
「くそ、なんだこれ……?」
開きっぱなしのドアと、それに引っかかっている死体。外にもいくつか。
着ている衣服からするとディサイの難民か。
ドアの先は下り階段になっている。地下室に続いている。
『……もう終わってるみたい、だけど』
出遅れたアユミチは間に合わなかった。
階段に転々と続く血痕と、その奥へと誘うような小さな泣き声。
『一人だけ。この先は、間違いないわ』
「生きているのは、ってことだな」
弱々しい泣き声がアユミチの耳から入って胸を締め付ける。
パテシーイから聞かされた情報と同じように、聞いてしまえば無視できない。
他に誰もいないと言うのなら……
「何かあったらノクサ、すぐに」
『即脱出ね』
覚悟を決めて階段を下っていけば、壁の燭台のわずかな明りで死体が二つ見えた。
どちらも女。重なる二つの上の方は、まだ胸からどぶりと血が溢れ出してくる。
その顔には見覚えがあった。
「鬼巫の……アデスタ、だったか」
鬼巫の部下、元花札のアデスタと名乗っていた女だ。
ファニアと同等の実力者と聞いていたが、それがなぜ死んでいるのか。警戒心が高まる。
もう一つの死体は見知らぬ女。
『アユミチ、奥よ』
地下階の戸も開かれ、その奥の数個の部屋の中のひとつから泣き声が聞こえていた。
ノクサは他に誰もいないと言うが、それでも手が震え、慎重に足を進めた。その先には――
「……デフィロ」
「あゆみ、ち……?」
裸で繋がれている少年を見つけて疑問の隙間が埋まった。
ここは鬼巫派の拠点のひとつで、デフィロは何かの利用価値で彼女らに捕らえられていたのか。
デフィロを解放して地下室から出たところで、さらに疑問が霧消する。
「お前、が……」
元花札シュキが怒りに目を光らせて戻ってきたのも、パテシーイの掌の上だったのだろう。
落ちてきた雪粒が頬に触れ、アユミチの肌から熱を奪っていくのを感じた。
◆ ◇ ◆