法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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5-13.貴き人

 

「かレは見カけより負ケず嫌いナのデスよ」

 

 思惑通りにコトが進めば誰しも気分が良い。

 年越しの節目を晴れやかな気持ちで迎えられるのは実にいい。

 まして迎える年はエクピキ復活となるだろう夜明けの新年。雪がちらつく空模様でもパテシーイの目には輝く天が映るかのよう。

 

「知っテいて動かナいコトを敗北とおモう! ワタしに負ケるコトをヨしとデきナい!」

 

 相手がエクピキ教への憎悪があることは承知している。

 だからこそ、罠だとしても踏み越えたいと考えてしまう。

 負けたくない。譲りたくない。

 敵愾心が強ければ強いだけ予想しやすい。

 

「目障りな鼠も一匹始末しました」

「実に()イ! ご褒美デスよギネイカ」

 

 影潰しで五指に入る実力者のギネイカでも、鬼巫派の拠点で元花札と戦えば無事では済まない。

 難民の襲撃のどさくさに紛れて襲ったが、反撃で左腕の肉を骨が見えるまでごっそりと削り取られた。

 外に出て、まだ残っていたディサイの難民も殺した。生かしておく理由もない。

 

 騒ぎに気付いて上の建物から出てきたシュキに追われ、ある程度のところでパテシーイが合流してシュキの方が退いた。

 ちょうど鉢合わせするだろうくらいのタイミングで。

 

 

「あ、あぁっ……ああ、神よ……あ、くぅぅっ」

 

 【指】の光を受けて、苦痛と歓喜に喘ぐギネイカ。

 額に浮かんでいた脂汗の匂いが変わっていく。歓びと享楽に。

 影潰しの強さは苦痛を恐れないことにある。

 エクピキの為の傷はそれ以上の快楽に変えて与えられるのだから。

 筋肉トレーニングの苦しみを快感と受け止める者と似ているのかもしれない。

 こちらは強烈な性的満足を伴う悦楽なので、覚え込まされたら逃れようもない。禁制の薬と同じ。

 大抵の男は廃人になる。だから影潰しの構成員はほぼ女だ。

 

「あナたは最高デスよギネイカ、さア」

「は、いぃ……主よ、どうぞ私に……あぁ、くぁ、はうぅぅ……」

 

 普段はきりりとしたギネイカも、こうなってしまえば骨のない柔らかな肉のよう。

 股を開き、よだれを垂らして求める彼女にパテシーイは与える。愛を与える。

 爪で柔らかな肉を引っ掻きながら、同時にその血管の中に光を注ぎ込んだ。

 

「――――――っ!」

 

 

 惜しみなく愛を注ぎ込んでやった。

 陽灯司は影潰しのエリートを大事にする。

 痛みを恐れない女たちとはいえ、優れた才能を発揮するのは極少数。

 役に立つ道具は大事にしなければならない。

 年齢を重ねた者でも、役に立つのであれば神の寵愛を与える。まあ相手にするのは年老いた陽灯司や地方暮らしの木っ端の陽灯小司になるにしても。

 

 冬至も間近な夜。パテシーイの与えた務めを果たしたギネイカに、たっぷりと気持ちいい汗を流させてやった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 冬至の朝。

 世の中がいよいよ年越しと浮かれる中、アユミチは廃教会に引きこもっていた。

 ここ二日はずっとだ。カヨウにも外出を禁じて、常にアユミチの目の届くところにいるように命令した。

 命令した。有無を言わせず。

 

「……」

 

 鬼巫側からの連絡はない。

 パテシーイ側ももちろん。

 身動きが取れなくなった。

 

 

 元花札シュキに見つかった時、アユミチはデフィロを連れ出していた。

 襲撃を主導したのがアユミチと思われて当然。

 階下にはシュキの同僚アデスタの死体もあり、アユミチの言い分を聞いてくれる余地はなかった。

 

 小さな武器を両手に握ったシュキに対して、デフィロは悲鳴をあげて逃げ出した。

 アユミチもそれを追うより他になく、共に廃教会まで逃げ帰る。

 シュキが追ってこなかった理由まではわからない。

 

『始末しておけばよかった』

 

 あの場でシュキを殺しておけば、アユミチがあの場にいたことを隠蔽できただろう。

 始末できたかどうかは別として、後にして考えればそういう選択肢もあったか。

 

『なんて思っているわけでもないんでしょ』

「……考えたさ」

『そりゃあね、これだけ唸ってて考えもしなかったらただの馬鹿よ。思考放棄で無責任』

 

 引きこもって頭を抱えていれば考えて当然のこと。

 この先どうするか。

 シュキから見れば、仲間を殺されエクピキ教団に属する捕虜を奪われたのだ。

 完全に敵対行為。

 ここには陽灯司のジルボン師もいる。ただでさえ不確かな身分に敵と札掛けされて仕方がない。

 

 

 パテシーイにまんまと食わされたというのも苦い。

 おそらくディサイの難民の襲撃計画もパテシーイの仕込みだ。

 アユミチより上手の策士。そう思えば迂闊に動くこともできない。

 

 パテシーイがこちらの状況をどこまで掴んでいるのか、それはわからない。

 良好だった鬼巫との関係に(ひび)を入れられ、この廃教会の安全も危うい。

 鬼巫派から見ても、アユミチに対する疑心暗鬼とエクピキ教団への備えで頭を悩ませているのではないか。

 どうにか関係修復したいところだが、アユミチは鬼巫派の連絡先を知らない。先日の襲撃現場にのこのこ顔を出すのもためらわれる。

 

 そもそも、ここを離れられない。

 十分な戦力になるのはアユミチだけ。その時点で戦力不足なのだ。

 危険な場所にカヨウを連れて行くことも、置いていくこともできない。八方ふさがりだ。

 

 

「すまない……ごめんなさい……」

 

 頭を抱えているのはアユミチだけではない。デフィロも同じく。

 ひどい目に遭ったのだろう。体を縮こまらせて震えながら、時折謝罪の言葉を繰り返す。

 

「アユミチさん、ジルボン様がお話をされたいと」

「……わかった」

 

 アユミチが籠る部屋にノックした相手とカヨウが話していた。

 聞こえてはいた。応対をカヨウに任せただけで。

 

 

「ノクサ、何かあったら」

『心配しすぎ、とも言えないわね。あの鬼巫みたいなのがいるんだし』

 

 建物奥の部屋に押し入るのは簡単ではないはずだが、鬼巫は影に潜むような術を使っていた。

 部屋に残るカヨウとデフィロのことをノクサに頼み、廊下に出た。

 

 

 

「なにか急な話ですか、ジルボン師?」

「急と言えば急ぎではおじゃるが……」

 

 ふむぅと困り顔のジルボン師だが、切迫した様子ではない。

 

「明日は新年ゆえ、皆に少し良い物を馳走してやれればと。さりとて蓄えもなし、鬼巫の連絡もぷっつり途絶えておるもので」

「ああ……あぁ、すみません。金ですね」

 

 この廃教会に金銭の蓄えなどない。

 食べ物は備蓄しているが、何か用立てるとなれば金が要る。

 財布の巾着袋を開けて、そのまま閉じてジルボン師に渡した。

 

「いやいやアユミチ、全部預かるわけには」

「いいんです、ジルボン師が持っていて下さい」

 

 先日、ディサイの難民の為に使った金額から見れば半分どころか一割にもならない。

 それでも今のアユミチの所持金全部。

 だが、金の使い道で失敗したかもしれないと思う部分もあり、持っているのが億劫(おっくう)になった。重荷。

 

 

「……アユミチよ、麻呂が偉そうに言えたものではないが。聞くでおじゃる」

「……はい」

 

 聖職者による説法。説教か。

 デフィロを連れて帰ってきたかと思えば、理由も言わず塞ぎこんで二日間。

 年長者として、この廃教会のリーダーとして、言いたいことはあるだろう。

 

「人は誰もが間違え、悔やむものでおじゃる。麻呂も大きな心得違いをして間違えた。今さら過去に戻れぬゆえ、取り返しもつかぬ」

「……」

(なれ)と最初に()うた頃の麻呂は覚えておられよう。住んでおった村では、治癒の金を払えぬ者に冬の蓄えを差し出させたこともあったでごじゃる。悪いなどと考えもせず、【指】の恩恵を与える者として当然と思うておった」

 

 初めにあった頃のジルボン師は、権威を笠に着た傲慢(ごうまん)な聖職者だった。

 自分が助かる為になら人を足蹴(あしげ)にしても気にも留めない。

 

 

「だが、のぅ」

 

 ジルボン師が自分の左手をしみじみと見て、ふうと笑う。

 

「人々が感謝するのは麻呂にではない。この【指】でおじゃる」

「それは……」

「麻呂の価値はきらびやかな法衣と【指】……麻呂ではあらん」

 

 エクピキの【指】を持つ聖職者は少ない。

 大怪我でも元通りに癒してくれる治癒術の有用性は絶大だ。

 エクピキが嫌いなアユミチだって理解している。医療技術の未発達なこの世界で、治癒術は神の奇跡。

 

「偉大な【指】の輝きに、麻呂など影も残っておらぬ。誰も見ておらんだったろうて」

 

 強い光の傍に立てば、光に飲み込まれて姿が見えなくなる。

 ジルボンという個人の存在は見向きもされない。

 

 

「致し方なし。麻呂の方も、誰の顔も見てはおらんだったゆえ。誰のことも見向きもせず、誰にも見向きもされず」

「……」

「アユミチよ。(なれ)に会わなんだら、麻呂は独り死んで塵となり終わっておったじゃろう。感謝しておる」

 

 今のジルボン師は違う。

 【指】のあるなしではなく、責任を負う一人の人間としてみんなと向き合い、一緒に生きている。

 仮にジルボン師が死んだとしても、残った人たちは彼を忘れたりはしないだろう。

 

「感謝なんて、俺は……」

「だのにアユミチよ。そのおぬしが、どうしてそう人を見ぬのか。麻呂はそれを問いたいでおじゃる」

 

 人を見ない。

 アユミチが、他の人を見ていない。

 そんなことはないと否定しようとして、喉から言葉が出てこなかった。

 

「人は誰も間違え、時に失敗もする。アユミチはそれを許さぬか?」

「……いいえ」

「おぬしは何も間違えぬでおじゃるか、アユミチ」

「いえ」

「なれば」

 

 ジルボン師の右手がアユミチの肩に乗せられた。

 大きな手だ。そう感じる。

 

 

「麻呂が(なれ)の失敗を許すでおじゃる。麻呂にはそれくらいしかできぬ。何の力にもなれぬと思うが、少なくとも麻呂やここの者たちに気負うことも背負うことも無用。誰もおぬしの間違いを責めたりはせぬ。その程度は信じてもらえぬか?」

「……ジルボン師」

「失敗も悩みも、抱え込まず話してほしいのでおじゃるよ。おぬしの背を支えたいと皆思っておるゆえ」

「……」

 

 アユミチの肩からジルボン師の手がすっと下ろされた。

 一人で悩み頭を抱えていたアユミチの心から、曇りを拭いとるように。

 

「……はい」

 

 鬼巫派との関係が崩れ、誰も味方がいないと思い込んでしまっていた。

 違うのだ。

 ジルボン師も、廃教会で暮らす人たちも、アユミチと共に戦い生き延びた味方だ。仲間だった。

 アユミチが勝手に顔を逸らして見ないようにしていただけ。

 せっかくここで平穏な暮らしを手にいられそうなのに、アユミチのミスで台無しにしてしまったら申し訳ないと、勝手に罪の意識を背負いこんで。

 

「ありがとうございます、ジルボン師」

「わかったのであればまずは」

 

 アユミチが渡した財布からいくらか金を取り出し、残りを返された。

 

「馳走を買うのにはこれで十分。余分な金を渡して黙らせようなどと、麻呂を安く見積もるのはよすでおじゃるよ」

「……はい、すみません」

 

 所持金を全部渡して責任放棄など、それこそ間違った行い。

 アユミチの倍は生きているはずのジルボン師の説教は、なぜか嬉しくて鼻の奥が熱くなった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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