法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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5-18.浮わべ言葉

 

 満月の夜を選んだのは理由がある。

 衆目を集めたかった。

 昼は仕事に出払っている人間も多い。

 日が暮れたくらいの時間なら、仕事から帰ってきた人々も近くで騒ぎがあれば顔を出す。

 

 なるべく多くの人目を集めて、晒してあげたかった。

 君たちが捨て森の王のように崇めるその男が、取るに足らないちっぽけな男なのだと。

 つまらない犯罪者として片付くのなら、拍子抜けだがそれでいい。

 ギネイカもあれこれ悩んでいるようだが、それだって過大評価。錯覚し、実像より大きく見えているだけだ。

 

 

 鬼巫派とのつながりが途切れた後のアユミチは、パテシーイを襲撃するわけでもなく日々を送っていた。

 近くを回り、日銭を稼ぐ仕事をもらったり廃教会の畑仕事をしたり、誰もやりたがらないドブさらいをしていたり。

 つまらないことを、妹や廃教会の住民と一緒に。

 その程度の男だ。共に暮らす不格好な陽灯小司よりも取るに足らない小人(しょうじん)

 

 何でもない、塵芥(ちりあくた)と大差ない存在でしかない。

 晒し物にして、彼らが大事と思い込んでいる絆めいたものがぐにゃりと潰れて千切れていくのを見たい。見せたい。見せつけたい。

 美しい妹が、兄に失望して神に許しを乞う姿を見たい。見せたい。見せつけたい。

 神に。パテシーイに。

 これから神の道に至るパテシーイの前座としてはなかなかの余興。

 

 

「名を偽ル者の言葉、信じルなかレ」

 

 表情を変えない。

 無表情を作るのは思うところがあるから。

 

「ネ! ホドウさん……捨テ森のアユミチさんデしたかネ!」

「……」

 

 捨て森から来たなどと聞けば誰もが忌避する。言うわけがない。

 アユミチという名がエクピキ教関係者に知られているのは当然。名乗れるはずもない。

 そんな彼の事情はともかく、この事実だけで十分に人々はこの男を不審に思う。

 野次馬も兵士たちもさらに距離を置き、アユミチに疑惑の目を向けた。

 

 

「ナんと危険ナ人でショウか、見かケにヨらず」

「……」

 

 好青年に見えていたとしても。

 頼もしい兄と映っていたとしても。

 その実を晒してしまえば何でもない。パテシーイの口先だけで簡単に捻り潰せる。

 

「異論がナけれバ! 彼と子供ラはワタシがぁ、お預カリしまショウ!」

 

 打つ手などない。

 見苦しくパテシーイを責め立てるか、エクピキ教を()(ざま)(ののし)るか。

 それとも、追い詰められて暴力に訴えるか。

 そうしてくれたらいい。実にいい。ひどく無様で滑稽だ。

 信者の何人かを殺してくれれば十分。どこに潜んでいるかわからないギネイカが彼を取り押さえて終わり。

 

 いや。

 終わりではない。そこからが本当の始まり。

 ひどく惨めで最低に情けない彼の前で、妹の方に至高の絶望と救いを与える。漬け込む。どっぷりと、たぁっぷりと。

 まだ花も開きかけの少女に夢幻の悦びをねじ込み、その体と脳ずいの奥の奥まで神の愛に染める。

 

 (いき)がった男に罰を与えるのにこれほど好材料はない。

 小娘だが、不思議な魅力を秘めた妹だ。女になど不自由しないパテシーイにも執着を覚えさせるほどに。

 魔性の娘。

 

 これはいい。

 魔性の娘を神の寵愛で教育するのは聖職者らしい行い。

 

 

「聞きタいことモありマスからネ」

 

 捨て森のアユミチならば利用価値は他にもある。

 奇跡の薬師。死病を癒すという。

 

 太光師アパティとザイドロス、星光のビッテスと国軍を動かしてまで手に入らなかった成果をパテシーイが手にする。

 自分とギネイカ、部下の陽灯司といくらでも替えのきく有象無象の信徒だけで。

 手勢がないのは北府を重要視していないだけだが、今はこれが幸い。

 ゲニーメ主光も認めるだろう。三人の太光師を超える成果だと。

 

 

「そうだな」

 

 人々のざわめきが収まってから、アユミチがようやく口を開いた。

 

「俺は捨て森の薬師アユミチだ」

 

 名乗った。

 群衆の前で認めて頷く。

 

「死病の……」

「なんてこった、汚れた病人どもが」

「俺は死病を治せる。完全に」

 

 群衆と、信徒の口から洩れてきた罵声に対して宣言する。

 常識外の話を、揺らぎもせず確かな自信を含む声で。

 

「一緒にいる彼らも、死病が治して一緒に暮らしている」

「その通りでおじゃる! 神でも癒せぬ病から皆を救ったのがアユミチじゃ!」

「ソのお話ナら後ほド――」

「エクピキ教が俺を殺す為に捨て森を焼いた」

 

 怒声ではないが、腹の底に力を込めた声が冷たい夜の町に響いた。

 やはりエクピキ教への恨み言か。

 パテシーイの性格で、つい相手の話を聞いてしまうところがある。観察して相手の嫌がる部分を探す為に。

 

 まあ悪口は構わない。いくら並べ立てたところで彼とパテシーイの立場をひっくり返すものではない。

 死病を治すなどと口では言っても、今までもそんな詐欺師はいくらでもいた。

 そもそもエクピキ教をお綺麗な集まりなどと多くの人は思っていないのだから、評価を下げるほどでもない。

 悪口合戦など見苦しいだけ。見苦しい男に支持など集まらない。

 

 

「サンテリさん、アンヌさん!」 

「……ンん?」

 

 アユミチが声をかけたのは群衆に向けて。

 

「子供さんたちの具合はどうだ?」

「治りました! あなたのおかげで……本当に、なんとお礼を……」

「ありがとうございます。二人とも元気になって……」

 

 呼ばれた夫婦なのか、野次馬の中から出てきて涙ながらに頭を下げた。

 子供とやらも一緒に。

 

「うちもです、アユミチ様!」

 

 さらに別のところからも。

 

「皆聞いてくれ! この方は本当に奇跡の人だ! 斑徂症(まだらそしょう)を治してくれたんだ、嘘じゃない!」

 

 少し大きな町では、年末年始に死病に罹患する者が出ることは珍しいわけではない。

 大抵は煙突掃除をする小さな子供の家や下水路整備の仕事をする者。出ない年もあるが、誰かしら発症する年の方が多い。

 実際に今年も南側で罹患者が見つかり、家ごと焼かれたと聞いている。

 

「おかあの風邪もあっという間に治っちまった」

「みんな元気になってよかった、ありがとう」

 

 なんだ?

 群衆を集めたのはパテシーイだが、アユミチが何かを仕込んでいたのか?

 いや、昨日今日でできる話ではない。

 鬼巫の隠れ里の捜索を優先して一か月ほど放置はしたが、その間に彼がやっていたことは?

 

 ――近隣を回ったり、ドブさらいを?

 

 

「キさマ……」

 

 複数の証言者と、他の住民の中にも何やら賛同の声が混ざってきた。

 パテシーイが選んだこの場が、なぜこの男に味方するのか。

 

「エクピキ教は俺が邪魔だった。エクピキの奇跡でも治らない死病を治す俺が! 捨て森を焼いて、死病の人の死に場所まで奪った!」

「ソんな口先だケで、偉大なル神を……」

 

 口先だけ。

 上っ面の言葉だけだと否定したいが、風向きが悪い。

 ここでパテシーイが快癒を否定してみても、逆風の空気を強くしてしまう。

 病気を治した話は放っておいて別の方向だ。

 

 

「エクピキに対すル暴言! 妄言! 許せませんネ!」

「ならどうする? 捨て森を焼いたように力で黙らせるのか?」

「怪しゲなまやカし! 捕らえテ白日にサラしまショウ! 皆サん!」

 

 兵士たちに声をかけたが、へっぴり腰で武器を握りつつ進んで前には出ない。

 野次馬の気配が悪い。無視してゴリ押してもいいが、パテシーイの思い描いた絵とは違う。

 つまらない草の根運動のような取るに足らない善行など、力の前では無意味。

 住民どもも、町の兵士に逆らってまで彼を守るわけではない。心情的に向こうに寄っていたとしても。

 

「サあ皆さン!」

 

 兵士が及び腰なら信徒から動かす。

 後ろに並ぶ数十人の信徒を、部下の陽灯司が松明を向けて進める。

 

 

「やめておいた方がいい」

「ナにを今さラ」

 

 そうだ、力押しとなれば結局こちらの勝ち。

 向こうには戦闘を得意とする者などいない。アユミチ本人がある程度はやれても、それだけ。噂の元花札でもいれば勝敗は読めないが。

 舌戦でやり込められなかったとしても、この場は最初からパテシーイが勝つ土俵。

 

「捨て森を焼いても俺は死ななかった。神罰をくらった太光師がしばらく動けなかったのを知らないか?」

「ハ! 邪教徒を討ツ為に力を尽クしタのですヨ!」

 

 情報は重要だ。知っている。

 当然、共有されていた。捨て森の一団のことくらい。

 余裕ぶっているアユミチの後ろで妹が何やら唱えているのもわかっている。

 知らないと思っているのなら甘い。甘い。

 

「神罰を受けルのはあなタぁです! アユミチ!」

 

 いいだろう。

 神が降臨するかのような妹の幻術が切り札だと言うのなら、それを利用する。

 幻が消え去った後に地面に這いつくばるお前の姿は、愚かな群衆にもわかりやすく教えてくれるだろう。

 誰が上で誰が下か。

 (おご)り高ぶったお前には神罰が下され、全てを失う。

 パテシーイを苛立たせた罪は、その後で嫌というほど味合わせてやるとしよう。

 

 エクピキの【指】は、苦しみと辱めを永劫に繰り返すのに最適な奇跡なのだから。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「私は間違えない」

 

 彼は強情だった。

 

「私ならば間違えることはない」

「知ってるだけでも何度か間違えてるんだけど?」

「二度と間違えることのないよう言葉にする」

「ばっかみたい、少しは折れてもいいんじゃない?」

「その甘えを残すから間違えるのだ、皆」

 

 頑固で真っ直ぐで、呆れさせられることが多かった。

 

「レーマはそんなんじゃなかったでしょ」

「ゆえに道を誤った。戻ることを許されぬまでに」

「似てるわよ、あんたと」

「……」

 

 彼が表情を浮かべるのを見たのは初めてだったと思う。

 不満と、戸惑いと、かすかに嬉しそうな顔を。

 

「そう、見えたか。ノクサリージュ」

 

 本当にどいつもこいつも。

 そんな彼らを腹の底から嫌いになれないから、今こうして話す機会があるのだけれど。

 ああ、最低男のアニラービーは別として。

 

「私だけが、レーマ・ルジアの心を救える。私だけがレーマ・ルジアの理想を叶えられる」

「昔っからあんたたちはレーマレーマって、ほんとにもう……」

「変わらぬよ。私は何も」

 

 そうでもないでしょ。

 だってポスフォス。あなた、初めはそうは言わなかったのよ。

 

 みんなで、って。

 いつから一人になっちゃったのかしら。

 ずっと一人だったノクサには結構新鮮だったのよ。だから開いたんだもの。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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