法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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5-21.太母

 

 女神様を待たせていいはずがない。

 もちろんその通りだ。

 アユミチだってレーマ様がいるのに放っておくつもりはない。

 怒らせれば周囲にどういう被害がでるかわからないし、アユミチの命の保証だってない。

 

 

 戦馬車に乗って現れた輝く女神。

 その姿は、アユミチが知るレーマ様よりも一回りか二回り大きい。アユミチより頭二つ分は背丈が大きい。

 確かにレーマ様はアユミチより背が高いが、ここまでの差はない。

 

 つまり。

 

『よくできてるわね。本物そっくり』

 

 幻術だ。

 カヨウに幻術でレーマ様の姿を再現してもらった。

 

 

 先月、満月を待たずに天馬を呼び出した時に気が付いた。

 月に一度しか呼び出せないレーマ様の戦馬車だが、実体がある。

 実体があるから物の運搬や人を乗せることができているのだが、当たり前のことに気づくのが遅れた。

 気づいたのは、いつもより戦馬車の体があやふやというか頼りない存在感だったからだ。

 満月に近いほど実体が確かになると思うとノクサが言っていた。

 

 アユミチを轢き殺した戦馬車は、相応の重量とパワーがある。

 敵にぶつければ十分な打撃になるだろう。

 頃合いよく満月の日にパテシーイの襲撃が重なる。おあつらえ向きだった。

 

 

 戦馬車が降りてきたら、そこにレーマ様の幻影を乗せてほしいとカヨウに頼んだ。

 何度か小さな幻影で練習して、本番はできるだけ大きく目立つように。

 カヨウがレーマ様と会っていてくれてよかった。

 

 パテシーイが正面から戦馬車に轢かれたのは想定外だった。

 天馬とレーマ様の姿で周囲を委縮させ、それでも抗う者を蹴散らしてもらうつもりだったのだが。

 

 オカルト的信仰心の強い世界だ。

 力強い神の使いだと示せば、どうあっても逆らおうとする人間はそういるものではない。

 アユミチに敵対する者は減り、なんなら利するように動くはず。

 

 敵の主戦力はギネイカとパテシーイだけ。

 信徒たちを動員したとしても、住民が味方してくれたら不利になることはない。

 天馬とアユミチの力でギネイカ、もしくはパテシーイを片付ける。そうすれば後は一対一。

 そんな算段だったが、意外にあっさりと片付いてしまった。

 

 

「女神様。女神レーマ・ルジア様だ」

「おぉ」

「アユミチの女神様でおじゃるか」

「レーマ・ルジア様」

 

 アユミチの紹介を受け、廃教会の人々はもちろん群衆や兵士たちも深く頭を下げた。

 残っていたエクピキの信徒たちも(ひざまず)いて許しを乞うように手を合わせる。

 信仰する神とは違っても、目の前に顕現されれば殊勝な姿勢を取るのは人として無理もない。

 神の戦馬車の存在感は鮮烈で、その車上で凛々しい顔を崩さないレーマ様の輝く姿はアユミチの目にも神々しく映る。

 

 本物よりも女神らしいのではないだろうか。

 表情が崩れないのはカヨウの幻術の限界だ。当然、喋ることもできない。

 

「レーマ・ルジア様は正しい者の味方だ。歪んだエクピキの支配を苦々しく感じておられ、こうしてこの地に顕現された」

『あんまり理想像作り過ぎない方がいいと思うよ』

 

 アユミチのはったりにノクサの助言が挟まる。

 

「皆も見た通り、レーマ・ルジア様の怒りに触れたエクピキの司祭パテシーイは成敗された。これが女神の御意思だ」

「確かに……」

「エクピキの使徒たる陽灯司が、為すすべなく」

「本物だ。本物の神様だ」

 

 とりあえずレーマ様の素晴らしさを語るのはやめて、この場で起きたことを言葉にした。

 レーマ様の意思でやったことではないが、エクピキを片付けるよう指示されているから嘘でもないだろう。

 カヨウがかんざしを握ると、アユミチの言葉を肯定するようにゆっくりと頷く。

 それを見てまた感嘆の声を上げる人々。

 

 最初に集まった人々とは別に、さらに町の人々が集まってきている。

 これだけ騒いでいるのだから当然だろう。

 薄っすら光を放つレーマ様の幻影は遠くからも見えていて、次々に膝を着いて崇める人々が増えていった。

 

 

「我が女神よ。親を失い行き場を失った子です。どうかご慈悲を」

 

 天馬がやや苛立つように地面を蹄で掻いた。

 長時間留まらせるのは無理そうだ。どちらにしてもカヨウの幻術もいつまでも持つわけでもない。

 話を進めようと、デフィロとポロを手招きした。

 慈悲深い女神という印象付けの為にもっともらしい言い方をして。

 

「うん……」

「……」

 

 レーマ様と戦馬車の圧倒的な美しさに目を奪われながら歩いてくるポロと、周囲を気にしながら歩きかけ、足を止めたデフィロ。

 何か思うところがあるのか。話している時間はないのだが。

 

「この子の涙が止まるまで、どうかお傍でお慈しみ下さい」

「……」

 

 歩いてきたポロを抱き上げ、戦馬車に乗せた。

 代わりに荷台に乗っていた袋を回収する。今月分の支給品。

 

 

「ポロ、そこの取っ手をしっかりと握って。落ちないように気を付けてな」

「うん……ありがとう、アユミチ様」

 

 感動のあまりなのか、半泣きで礼を言うポロの頭を撫でた。

 前もってポロには話している。

 廃教会である程度落ち着きを取り戻したポロに、女神様のところで過ごすようにと。

 

 デフィロにも言っておいたのだが、彼はアユミチを見て小さく首を振った。

 敬虔なエクピキの信徒だったのだ。いざ女神の戦馬車を前にして気持ちが不安になったのかもしれない。

 多くの衆目が集まる中、デフィロを説得しているような余裕はない。

 今はいいとしよう。とりあえずポロだけ連れていってもらう。

 

 

「一同、レーマ・ルジア様の御威光をしかと見よ。かの女神こそ世界で最も美しく聖なる神である」

 

 アユミチが降りて宣言すると、天馬が足を進め車輪が回りだす。

 ポロを乗せて空に向かって駆けだした戦馬車を、集まった全員の目が追った。

 満天の星空に駆け上る天馬の戦馬車と、キラキラと赤い光を散らして消えていくレーマ様の幻影。

 

 感動に打ち震え涙まで流す人々の様子を見れば、レーマ様の名前が卑俗なものとして広まることはないだろう。

 力なく弱い神としてではなく、エクピキを超える女神として世界に伝わっていってくれればいい。

 

 

 当初、アユミチを捕縛に来たはずの兵士たちは、地面に額を擦りつけて謝罪し、なかなか頭を上げてくれなかった。

 どうか無礼を許してくれ。天罰を与えないでくれ。上から言われただけなのだと。

 パテシーイらの死体を引き取って彼らが帰ったのは、夜半も過ぎてからだった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 私は他の人とは違う。

 他の女とは違う。

 私だけは、あなたを正しく知っている。

 

 それを伝えられて満足。

 あの道化師は、本当にどうしようもないクズだったけれど、私の気持ちをあなたに伝える場を設けたことだけは価値がある。

 この世に生を受けたことを許してあげてもいい。

 

 

 あなたが臆病な人だと知っている。

 あなたが不安でたまらないことを知っている。

 責任なんて放り出して逃げ出したいのに、逃げて叱られるのが怖くて逃げられない人だと知っている。

 何もできないと悩みながら、なんとかする為に泣きべそを掻きながら頑張ろうとする人だと知っている。

 

 とても弱い人。

 とても小さな人。

 大好き。

 

 私を失うのが怖くて、ぎゅうって抱きしめるあなたが好き。

 私に嫌われるのが怖くて、触れるのをためらうあなたが好き。

 私の言葉を待って、待ちきれずに話し出すあなたが好き。

 私は、欠点だらけのあなたが好き。

 他の女とは違う。

 

 私は特別になれる。

 あなたの特別になれる。

 他の女とは違う。

 他の女とは違う特別になれる。

 

 頼もしくて格好よくて何でもできるあなたを好きになる女はいくらでもいるだろうけど。

 私は違う。

 私はあなたのママになれる。

 

 私からは言わない。だけど、ね。

 もっといっぱい、いっぱい、甘えていいんだよ。

 アユミチお兄ちゃん。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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