法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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5-22.ししゃ

 

「女神の使い、アユミチ様はおられるか?」

 

 昨夜は騒がしくてなかなか寝られなかった。

 今朝も、朝から教会の外に人が集まっている気配でゆっくり寝ていられなかった。

 冬の朝だ。まだ日もなかなか登らないうちから祈りの声が聞こえ、まるで聖地にでも来たかのよう。

 現地の人には衝撃的なのだろう。女神の降臨というのは。

 いや、日本でも同じことがあったら似たようなものか。

 なんなら夜の間中もテレビ局のヘリコプターが飛び続けているかもしれない。

 

 それでも廃教会に踏み入ってくる人はいなかった。

 日が昇れば入ってきたかもしれないが、夜の間は。

 

 朝になり、訪れた人の服装は非常に立派な仕立てで、明らかに平民ではない。

 左右に控える兵士も、昨夜の兵士とはまるで違う。

 上級兵士というか、騎士みたいな階級なのだと思われる。

 

「北府ヴォラス総督府より参った。女神の使徒アユミチ様にお目通り願いたい」

 

 おそらく相応の地位にある壮年男性なのだろうが、言葉にはかなり気遣いを感じる。

 こちらを怒らせたくはない。

 昨夜の件の報告を聞いていれば不思議もないのか。

 もっと高圧的に呼び出しや、あるいは軍を動かすという最悪の選択肢も考えられたけれど。

 この町から避難すべきか考えたアユミチだが、廃教会の皆には心配し過ぎだと笑われた。

 

 何にしても軍まで動かすには時間がなさすぎる。

 ディサイ難民への対応を見ても、北府ヴォラスの行政府が事なかれ主義の風潮が強いことはわかっていた。

 パテシーイが天罰を受けて死んだという結果を受けて、即日強引に何かをしてくるとは考えにくい。

 行政府内にいるだろう教団と密接な者も、昨日の騒ぎを聞けば責めるより守る、逃げる方に傾くだろうと。

 この辺りの見通しも、年明けから一か月間情報収集に努めた成果だ。

 

 

「俺がそのアユミチです。ええと?」

「それは失礼した。吾輩はヴォラス総督府内務局次官ジョカン・ミューデェル。総督の使者として参った次第である」

「はあ」

 

 やっぱりかなり偉い人らしい。

 アユミチが彼の想像より若かったらしく、少し面食らった顔をしてから名乗り、やや口調が尊大になった。

 若造か、と思われたようだ。

 

「昨夜、エクピキ教司祭殿と不幸な接触があったことは聞いている」

 

 向こうにとって不幸な接触だったと思うが。

 

「こっちは襲われただけなんで。何かお咎めでも?」

 

 答えながらアユミチがドアの外の空に目をやると、使者も慌てて振り向いて空に目をやる。

 そこには黒蝶がひらひらと飛んでいるだけだが。

 

 

「いや、もちろん違う。事情についての詳細は居合わせた兵から報告を受けている。ですので、アユミチ様を咎めるようなことはありません」

「それはよかった。お互いに」

「ですな……」

 

 ドアから一歩引いて、愛想笑いを作り直すジョカン・ミューデェル次官。

 アユミチが思っていた以上に神の威光というのはすごいらしい。

 日本なら令状がなくても強制任意同行で引っ張られそうな内容だが、この世界では違う。

 

 現実に神が降臨し、その女神の天罰で人が死んだ。

 ならそれは天意ということで納得されるようだ。

 現実に神や奇跡が存在する世界だからこそ。

 皆がそう心配しなくていいと言った理由を実感する。

 日本とは文化も信仰も考え方も大きく違う。

 

 アユミチの不興を買えば、次の天罰は自分に降るかもしれない。

 今のアユミチは女神の代行者と見なされている。

 ジョカン・ミューデェル次官の言葉遣いが再び丁寧になるのを聞いて、なんとも微妙な笑みが浮かんでしまう。

 

 

「内務局次官って偉い方ですよね? わざわざこんな場所まで?」

「事が事だけに、おわかりになりますでしょう。できる限り早急に総督がお会いしたいということで」

 

 わかるでしょ、と言われても。

 この世界の常識に欠けるアユミチには感覚がわかりにくいが、大事件が起きて事情を聞きたいのは理解できる。

 だとしても警察のような立場の人ではないのだろうか。

 総督というと、県知事とか州知事みたいな立場の人だと思うのだが。

 

 会社内で問題が発生したとしても、日本なら普通はいきなり社長面談にはならない。所属長や管理部のような部署に回され、最終的に社長に話が行く。

 いきなりトップが会って話したいという段取りになるのか。

 それほど女神降臨は大事件ということでもある。

 

 

「ここにいる仲間に危害を加えたりすることは?」

「そのようなことはない、ありません。偉大な女神……レーマ・ルジア様の信徒に敬意を」

 

 兵士たちの報告や居合わせた住民から聞き取った話は、総督府の偉いさんを警戒させるのに十分すぎるらしい。

 この時間で来たことを考えれば、夜中に叩き起こされて対策会議をしてきたのだろう。

 話をこじらせずに総督に引き合わせたい、というのがジョカン次官の胸中。

 

「昨日まで敬虔なエクピキの信徒だった者たちまでが、昨夜顕現されたレーマ・ルジア様に心を打たれ、自らを罰する為に牢に入れてくれと言ってきております。教団の方とは連絡が取れず、我々としてもどう対処すべきか……アユミチ様の御裁可を賜りたいと総督が申しております」

「御裁可って言われても……」

 

 パテシーイがあっさりと倒れ教団側は収拾がつかない。あの場にいたエクピキ信者はレーマ様に改宗を希望して混乱している。

 持て余して、女神の使徒アユミチに彼らをどう処するか聞きたい。

 

 

「昨夜の噂は今日にも町中に広がるでしょう。できる限り早急に方針をまとめ、町として布告を出したいのです。ただでさえ国中が乱れているこの時期、一手間違えればディサイの二の舞になりかねない。かといってアユミチ様の女神の意に反するようなことになってはなりません」

 

 一手の誤りが町を滅ぼしかねない。

 信仰心の厚い世界で神が姿を現したというのはそれほどの影響力になる。

 

「多くの人々の命を守る為、どうかご助力をお願いしたい。この際、エクピキ教との問題については我々が盾となります。こちらの教会には衛兵部隊を用意させていただき、私の側近が指揮致しますので」

「一命を賭してお守り致します」

「女神レーマ・ルジア様の御尊名、汚すことなく」

 

 後ろに控えていた騎士っぽい二人が胸に拳を当てて頭を下げた。

 アユミチが留守にしても安心していいと。

 

「だけど……あなた方だってエクピキ教の教えで育ってきたんじゃないんですか?」

「表向きはそうですが、北府は鬼巫様への感謝が根強いのです」

「我が生家は先代、先々代鬼巫様に助けていただいており、その御恩を忘れたことはございません」

「エクピキの為に命を賭す恩はありません」

 

 にっと笑って騎士たちが言葉を続けた。

 たしなめるようにジョカン次官が目を向けると、きりっと顔を作る。

 嘘ではなさそうだ。

 

 

「トローメ南部の方々とは感覚が違うでしょうが、こういうものです。それだけに、この北府で熱心なエクピキ信者だった者たちの心変わりに驚かされたわけです」

「わかりました、変なことを聞いてすみません」

 

 昨夜の一件は、ただ陽灯司や影潰しを撃退したというだけではない。

 町を揺るがしかねないきっかけで、行政府として早急に対処が求められる事案。

 そして、アユミチを怒らせれば次に天馬の戦馬車が潰すのは行政本庁になってもおかしくない。

 アユミチが思っている以上に彼らはアユミチを恐れているのだ。

 

「影潰し屈指と言われるギネイカを一対一で倒したと言うアユミチ様に挑むほど、我々も命知らずではありません」

「有名だったんですか、彼女?」

「彼女というか、影潰しですから。一人一人が百の兵に匹敵すると言われますし、その中でも陽灯大司の傍仕えとなれば」

 

 公然の秘密というような扱いのエクピキ教団の暗部影潰し。その実力は担保されている。

 それを打倒したアユミチ個人の力も評価される。

 

「では、妹と一緒に支度してきます。少し待ってもらっていいですか?」

「無論です。南部のように今日明日にも戦乱の危機となればそうも言っていられませんが」

 

 アユミチを気遣う軽口のつもりだったのだろう。

 支度する時間くらい待つよ、と。

 

「南部って、そんな状態なんですか?」

 

 アユミチも、特に何か考えて聞いたわけではない。

 ジョカン次官の言葉に相槌のように返しただけだったのだが。

 

「一触即発、というところのようです」

 

 穏やかじゃないな、と。

 

「鬼巫様の元花札であったファニア・イア・イオルテ殿を旗頭に、南部全域に蜂起が広がっているということですから」

 

 支度の為に奥に戻りかけたアユミチの足も脳も、ぴたりと静止した。

 

「……ファニア?」

 

  ◆   ◇   ◆

 

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