法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
「危険ではありませんか」
「星光のビッテスと言えば最年少で院仕隊副長に任命された魔法使いと言われる相手ですよ。ファニア様に何かあれば」
「花札との合流は歓迎しますが、そちらだけに会えばいいのでは?」
なぜ彼らはイーペンに言ってくるのか。
イーペンはファニアの副官というわけではない。
ムンジィとの再会でいくつかの問題が解決に前進したが、それだけに後に引けなくなってきている。
ただの地方一揆ではなくなり、大きな流れに。
今まで経験したことのない不安を膨らませた各集団のリーダーたちからの意見を聞かされるイーペン。
「言われることはわかりますぞ」
聞かされる理由はわかっている。
男だから。
ファニアの近くにある男はイーペンだけで、男社会のトローメで育った彼らからすれば影響力が強く見えるのだろう。
それに加えて話術だ。
ファニアは、彼女の良いところではあるが、すっぱりと物を言う。
彼女に悪気などはなくとも、やや怖い。実力では誰も敵わないのはわかっている。
聞いた話を一度丸めて答えるイーペンの方が話しやすい。
アスパーサはこうした話をする対象には不向き。
「あれは恐るべき魔法使いですな。吾輩もファニア殿も、彼女の魔法をかつて目にしておりますので」
「なんと、あのビッテスの?」
「さよう」
嘘ではない。
ここで人を説得する材料になるとは思わなかったが、やはり経験はどこかで役に立つものだ。
「知った上で会うとファニア殿が仰る。むしろ、どこにいるかわからぬ方が恐ろしい」
「なるほど、確かに……」
「ともすれば、ここで国軍大幹部の首を獲ることも」
「いやいや。血気に
知らぬのは恐ろしい。
彼らが暴走してビッテスに襲い掛かったりしたら、それこそどうなるかわからない。
ビッテスがわずかな供しか連れていないのは、彼女が一人で一軍を相手にできる実力者だからだ。
逃げるついでに町を火の海にしていくくらいはするだろう。こちらの命が危うい。
「各々がた、くれぐれも慎重に。特に今は極めて慎重にならなければならぬ理由。ここにいる我らだけが知る理由はおわかりでしょうな?」
「それは無論」
互いに顔を合わせ、重苦しく頷き合う。
「それぞれの郎党の中にも血の気の多い者もおられるでしょう。しかし今は押さえていただくよう再度お願いいたしますぞ。ファニア殿、アスパーサ殿に必勝の策あり。秘中の秘ゆえ話せぬことを強く言い含め、それでも抑えが利かぬ者は……」
「処刑も止む無しと」
「規律を守れんなら賊軍と同じ。我らは賊軍ではなくトローメを変革する義勇軍の一員として」
ただの寄せ集めの反乱軍には、当然荒くれものも多い。
一時的な蜂起の成否だけならそれでもよかった。しかし状況が変わった。
ファニアは、気の荒い者たち十人ばかりを相手に、勝てたらリーダーと認めると言って皆の前で叩き伏せた。
最近の彼女は鬼気迫るものがある。
荒くれものの気質だからか、強いボスには逆らわない。
絶対に勝てない実力差を見せつけた上で、これからの戦いに皆の力が必要だと鼓舞し、士気と規律が高まった。
美しく強い女神のようなファニアに率いられ、腐った世を正す為の義勇軍としての意識を全員に持たせる。
そう長く持つわけではないかもしれないが、一か月二か月程度なら大きく乱れることはないだろう。
いいパフォーマンスだ。
「賊軍となるか英雄となるか。焦れば道を誤りますぞ」
「うむ」
「なにより」
イーペンの顔に苦笑いが浮かぶ。
「あのファニア殿が、まともに戦えば勝てぬと言うビッテス殿なもので。我らなど百人束になったところで何もなりますまい」
「……」
最近、ファニアの実力を目の当たりにした皆の顔も引き攣る。
「これも皆には伏せておいてほしい話ですがな」
とは言っても、気の荒い者たちを説得する為に言ってしまうのだろう。
それでいい。
本当に話してはいけない方の秘密さえ守ってもらえればいい。
ビッテスを討ち取るとすれば、おそらくこちらが壊滅的な被害を出してやっと。
彼女が逃げに走ればほぼ打つ手がない。
王都からの使者。
表向きは、蜂起の経緯と国に求めることの説明、釈明を聞くという話だが。
話を聞く為に化け物を送りこむのは威圧外交というのだろうか。
根が商売人のイーペンは、和と威圧と長期的にどちらが得か頭の中でそろばんをはじき、不明瞭なリスクの多さに諦めた。
相手がもっと強い手札を持っていたら?
自分の手札が裏返って自分に向かったら?
割りに合わない賭けは商いとはまるで違う。
戦に未来を賭けるバカバカしさに溜息が漏れた。
◆ ◇ ◆
県都中央庁舎の大広間で待つファニア達に、最初に入ってきたのはビッテスだった。
続けて院仕隊の軍服の兵士たちと、少し離れて懐かしい顔がふたつ。
「またお会いできるなんて思いませんでしたよぉ、ファニアさん」
「同感です」
にこやかに、旧知の友にでも会ったかのような顔で。
周りに立つ反乱軍の兵士たちなど歯牙にもかけない様子。
「お聞きしたいこともありますが、今は義勇軍を代表する我が身とネロ陛下のご使者の立場」
「ですねぇ。せっかくの再会なんですから、いっぱいお話ししたいのに」
にやついた目線をレフカースに流す。
ぴくりとも表情を変えないレフカースと、穏やかな顔を保つクロロテッサ。
「ファニア・イア・イオルテ」
「はい、レフカース」
「死病に冒されたあなたがこうして無事でいることは驚きましたが、嬉しく思います」
正直、苦手な相手だ。
鬼巫アハラマに最も強い愛情を示すレフカースは、新参者のファニアに厳しく接することが多かった。
社交辞令の挨拶に軽く頷き、次の言葉を待つ。
「しかし、生きて戻った末の行動が此度の反乱とはいかがなものか。納得いく釈明があれば聞きましょう」
「ひとえにトローメの為に。
用意していた言葉を返した。
「あらまぁ? アユミチ君の為ではなくて、ですかぁ?」
「奇跡の薬師とやらに篭絡され、花札としての矜持を失ったのではありませんか?」
「お言葉を返しますがレフカース」
なぜビッテスと同調してファニアを責めるのか。
レフカースではなくクロロテッサが前に出てくれれば、もっと友好的に話をできるだろうに。
公の場で、院仕隊も花札も同じトローメ王国中央側の立場なのはわかるが、話の向きがよくない。
「花札としての私の最後の奉公は、捨て森に行き名を
「生き永らえアハラマ様に弓引く逆賊になったことへの言い訳になるとでも?」
「先ほども申し上げた。トローメの為、アハラマ様に報いる為に彼ら義勇兵と共に立ったのです」
「陳述書にも書いてありましたよぉ、レフカースさぁん」
使者が来るに当たり、先に文書を公表している。
今回の蜂起は、国法に反してトローメの民をいたずらに苦しめる者たちへの誅伐であり、トローメ王国への反旗ではない。
トローメ王国の民も土地も、全ては国王陛下のもの。
領主や役人が我欲の為に奪ってはならない、という大憲章がある。形骸化しているが。
「証拠として帳簿等は一部公開しています。地事院、貴族院への提出もしましょう」
「ファニア・イア・イオルテ」
レフカースの目が鋭さを増した。
「大憲章にはこうもあります。国主または国主に軍権を与えられた者のみ、武力による行使はそれを認める。武力とは武器を有し集団を形成するものを指す。何人であれ、権利なく武力を行使した者は理由の如何を問わず極刑とする」
私兵団などもいるこの国でやはり形骸化している規則だが、確かにそうある。
ましてファニアが率いている規模は私兵団などとは数が違う。
法に照らせば、間違いなくその要項に該当するだろう。
「私たちのお仕事は、どうして武力蜂起なんてしたのかお聞きして陛下に報告するだけですよぉ。正直に言ってもらっても、ここでじゃあ戦争しましょうってわけじゃないですからねぇ」
使者としての役割はそうだろう。
ビッテスの言葉など何一つ信用ならないけれど。
今はどうやら、ファニアとレフカースの間の張りつめた空気が楽しいらしい。性格が悪い。
「民を集めて武器を取らせた短慮な行動、決して許されるものではありません」
「では、明日の糧にも苦しむ人々を見捨てるべきだったと?」
「証拠があるというのなら、それを陛下に奏上すべきでしょう。正式な手続きを踏まず力を用いれば、それは即ち無法と同じです」
四角四面な物言いがレフカースらしい。
クロロテッサが何も言わないのは、こんな表面上のやりとり程度で言い負かされるようでは鬼巫の役に立たないと見ているのだろう。
花札にとって大切なのは鬼巫アハラマ。
トローメの法だとか何だとかはどうでもいい建前だ。
いや、レフカースは規則や物の道理などにも厳しいから本気かもしれないが。
とにかく、鬼巫にとって利となるかその逆か。
それ次第でファニアを切り捨てる腹積もり。
「仰る通りです、レフカース。ですから」
ただ税が苦しいから武力蜂起しました、で通るはずがない。
地方の郷司の家で育ったファニアだってわかっている。
そんなことがまかり通れば行政が立ち行かない。
「勅をいただいております」
大広間の奥から、左潮伯エクソトの紋を胸にした精兵とキデ・マノスが姿を現した。
それと共に、ぎらついた目でビッテスを睨むムンジィも出てくる。
親の仇でも見るような目つき。
「左潮伯……ですかぁ?」
「左潮伯カッダ・マノスの子キデ・マノス。お見知りおきを。そして各々がた、
一列に並んだ左潮伯の兵と、ファニア達蜂起軍の幹部たちが一斉に片膝を着く。
ファニアも、何かあれば即座にビッテスに斬りかかれるように見据えながら右膝を床に落とした。
「トローメ王国国主! ニーモ・トローメ陛下であらせられる!」
エクソト家の紋章の刻まれた鎧をまとう老将を従えた少年が、その姿を公に現した瞬間だった。
濃紺の石が光るペンダントを胸にした彼こそ、トローメの国主ニーモ・トローメである。
◆ ◇ ◆