法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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6-2.水の底より、地の底より

 

 開戦直前のことだった。

 

 民兵を集めていた王都防衛軍には、素性の知れぬ者も少なくなかった。

 飯が食える。

 手柄を挙げれば褒美をもらえる。

 無料で怪我を治してもらえる。

 裏街道を生きていたような人間でも人生逆転のチャンスと考えてもいいような、今までにない戦争(イベント)

 

 後ろ暗い犯罪で生きてきた人間なら、体のどこかに欠損があることも珍しくはない。

 諦めていた目が、指が、奇跡の力で戻る。

 そういう噂を聞きつけたのだろう、片足が千切れかけた男が訪れた。

 右足を脛のあたりで何かに食いちぎられかけたのか、変な形に歪んでいた。足を引きずって陣に来た。

 

 普通なら、歩けない男が生きていくことは難しい。

 よほどゆとりのある家の生まれなら養ってもらえるだろうが、そうでなければ食つなぐこともできず野垂れ死ぬ。

 若い女であれば身を売る仕事もあるが、男は初老の小太り、禿げかけた頭の強面だった。

 

 戦前で気が昂っていた民兵が足を引きずる男をからかい、太い腕で投げ飛ばされた。

 素人ではない。なかなかの強者。

 足を癒して参戦してくれるなら歓迎だ。

 陽灯司が男の足を癒す間、男はぎりぎりと歯ぎしりをしながら険しい表情を崩さなかった。

 おかしなものだ。エクピキの治癒は快楽を伴う。重傷であれば、治癒されながら射精してしまう者もいるほどなのに。

 目も股間も充血していたから、興奮していたのは確かだが。

 

 

 治癒された男は立ち上がり、地面を何度か踏みしめてから顔を上げた。

 その瞬間、周囲で見ていた者はすぐに悟る。

 平民ではない。野良の戦士でもない。

 支配者だ。そういう生まれの男だと。

 

「太光師がおると聞いた。カシキはここにおらんのか?」

 

 普通に考えて、太光師に次ぐ地位の陽灯司長カシキを呼び捨てにするなど不敬極まりない。

 しかし男にはそれが当然のようで。

 顔色は悪い。日焼けのせいもあっただろうが、どす黒い顔の迫力は有無を言わせぬものがあった。

 

 

「カシキがおらぬのなら太光師で構わん。どこにおる?」

「貴様……あなたは、誰だ?」

「儂は」

 

 丸太のような腕に太い首。背は高くはないがぎらぎらとした眼光で周囲を睨む男が名乗った。

 

「右流伯コスタス・マクリアスが来たと伝えるがいい」

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 何とかなる。

 とりあえず行けば何とかなる。

 大勢で、二万近い軍隊で行けばどうにかなる。なるだろう。

 

 根拠のない目測に裏切られることは珍しくもない。

 人数が多いと、誰かが正しい道を知っているだろうと思い込む。

 

 北府の軍は王都への道を外れ、峡谷に迷い込んでいた。

 土地勘もなく軍に帯同してきたアユミチ達も当然同じに。

 

 

 

『ちょっとなめてたわ』

「だな」

 

 ノクサのぼやきに苦々しく頷く。

 途中、変だとは感じたのだ。

 次第に軍全体が狭い道へと進んでいく。なぜだか迂回するような道を、全員が迷わず付き従っていく。

 地球で言えば二月下旬から三月初旬。

 平地ではほとんどない雪も、山にはまだそれなりに残っている。

 歩ける道は限られ、全体に隊列が長く伸びる。

 

 道を知らないアユミチにしてみたら、これが正しい道順か、あるいは王都イオドキッサへの裏道のようなものなのだろうと思い込んだ。

 つまり、間違った進路を取っていた。道を誤認させられた。

 

 

「こんな規模で幻術が使えるなんて……」

『腐っても神の下僕ってことね』

 

 太光師ザイドロス。気色が悪いほど細長いゴボウのような体の男。

 奴のしわざなのだと思う。

 二万の軍勢を惑わし、進軍を止めた。

 南北から挟み撃ちにする段取りが狂う。

 

 

「くそったれ、違和感はあったのに」

『アユミチには効きが悪いみたいだけど、他の人間が多すぎてつられちゃったわ』

 

 同調性バイアス、集団心理というやつだ。

 火災警報器が鳴っていても、周囲が慌てていないから自分も避難しないような。

 たくさんの味方がいるという気持ちの緩みもあった。

 

「私が消しましょうか?」

「いや、まだいい」

 

 ザイドロスの幻惑はカヨウの魔法で打ち払える。

 前回はそれでザイドロスを動揺させられたが、二度目になれば期待はできない。

 向こうがアユミチ達がいることを知っているのか知らないのかわからないが、後手に回った上で無闇に手札を切る判断はできない。

 カヨウも魔法に慣れてきたとはいえ、規模の大きな魔法は負担が大きい。連発できない。

 

 

『よく見れば歪みの中心はわかるから。もう少しだよ』

「俺には全然わからないけど」

『ほんと、鈍いんだか何なんだか』

 

 ノクサに呆れられるが、アユミチには実際に普通の景色にしか見えない。

 異常な様子や気配も感じない。

 逆に言えば、大勢の人間が潜んでいる気配も感じられない。

 

『うん、やっぱり軍隊みたいなのはいない。たくさんの気配があったら勘のいい人はごまかしきれないんでしょ』

「そういうもんか」

『両手の【指】の光で幻術にかけているから、どこか見える場所にいるはず。万能ってわけでもないのよ』

 

 

 北府の軍には進軍を停止させて、警戒しつつ休息を取らせている。

 このまま動いても余計に混乱するだけ。悪ければ同士討ちも考えられる。

 ノクサの見立てで敵の大軍が潜んでいる気配はなく、少数の精鋭だけを連れてきた。

 歪みの中心。ザイドロスがいるだろう方向へ。

 

「ジョカン次官」

「はい、アユミチ様」

 

 アユミチ達から少し離れて四方に目を配っていたジョカン・ミューデェルを呼ぶ。

 十数人の腕利きの精鋭たちも、耳を澄ませて気配を探ろうとしている。

 そのうち二人は魔法使い。十分な威力の魔法を戦闘の中で使える魔法使いというのは少ない。

 魔法に集中している間、敵が待ってくれるわけでもないのだから。

 

 精鋭とまで言えないレベルの魔法使いは本隊の方にまとまっている。

 他の槍兵などに守られながら敵陣に魔法を打ち込む戦法が一般的らしい。あるいは敵からの矢嵐、投石などを逸らす役割。

 ただ、同じ戦法なら国軍の方がずっと数が多いということになる。

 

 

「歪みの中心は近いです。あちらの方角、おそらく太光師ザイドロスがいる」

「さすがは女神レーマ・ルジアの使徒。居場所さえ掴めれば、卑劣なまやかしなど恐れるに足りませんな」

「伏兵がいると思った方がいい。幻を打ち破れば襲ってくるんじゃないかと」

 

 ザイドロスのいる方向はわかるが、それ以外の場所に兵を伏せているだろう。

 幻のせいでそれが見えない。

 相手も息を殺して潜んでいるはず。

 

「彼らは選りすぐりの強者です。カヨウ様の身と雑兵の相手はお任せください。アユミチ様は太光師を」

「頼みます」

 

 ザイドロスはアユミチが討つ。あれはゼラの仇。

 打ち合わせ通り、魔法で疲弊するカヨウの守りと伏兵への対処を北府の兵士たちに任せる。

 ザイドロスとてこれだけの規模の幻術を長時間使っているのだ。間違いなく消耗している。

 リグラーダの遺してくれた小弓とダガーでザイドロスを殺す。

 

 

「カヨウ、たの――」

「会いたかったですよぉ」

 

 ぞわり、と。

 

「アユミチくん」

「っ!?」

 

 地面から伸びてきた甘ったるく柔らかいものがアユミチの足に触れた次の瞬間、猛烈な衝撃と共にアユミチの意識が暗転した。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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