法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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6-3.鉄の男、鉄の女

 

 戦況の傾きを感じる。優位に。

 エクピキの治癒があるとは言っても戦死者が出ないわけはない。

 昨日は一緒にバカ笑いしていた者があっさりと死ぬ。

 そんな日が数日続けば、軍人でもない人間が不安を覚えるのも当然。

 

 東部・南部の連合軍は、軍主力として戦っている。

 対する相手は、徴兵された民兵だ。

 自分たちが戦っているのに、後ろの正規軍は動かない。捨て駒にされていると理解し、無駄死にするのは嫌だと目に見えて士気が落ちていった。

 そう考えるように声を揃えて叫ぶ部隊を用意したのだから、狙い通りと言える。

 

 しかし、民兵で構成される前線を突破するだけでは勝利が遠い。

 国軍主力とまともに正面衝突して勝てるとは思えない。

 元々国軍に所属していたファニアの見立てなら、勝てない。

 

 民兵が総崩れになり、王都に向けて逃げていくよう戦況を運びたい。

 逃げ惑う大量の民兵で混乱する国軍に痛撃を加えることができれば、十分に勝機はある。

 

 

 敵の前線を総崩れにさせるのに効果的な方法は、わかりやすい勝利。

 太光師オルミを討ち取る。

 並外れた巨体、それが鉄のような強度でこちらの前衛に突撃し、あっという間に十人ほどを殴り潰して吹き飛ばす。

 凄まじい戦闘能力だ。多少の腕自慢では相手にならない。

 

 戦場で特に目立つ男で、なおかつエクピキ教団の大幹部。

 これを倒せば味方の士気は上がり、敵方が大崩れするのは間違いない。

 ファニアにしかできない。オルミと戦い勝利することは。

 アユミチと共にアニラービーと戦った際に手にした直剣で、暴れまわるオルミの腕を薙いだ。

 

 

「来たか、ファニアぁ!」

「名を呼ぶな、虫唾が走る」

 

 打ち返された手に重い痺れを感じながら距離を取り、反対の手で飛んできた矢を掴み、投げ返した。

 返された矢がファニアを狙った射手の眼孔を貫いた。

 その様子を見ただけで、敵も味方もファニアとオルミから離れ遠巻きになる。下手に近づけば死ぬ。

 

「言いおるではないか、ファニア・イア・イオルテ。鬼巫の花札」

「下衆が」

 

 素性も名も知られていることくらい承知している。

 なれなれしく呼ばれるのは不快だが、殺して黙らせるだけのこと。

 

「兵たちがおぬしの股の間をなめ回したいと言っておるぞ。見せやってはどうだ?」

「貴様の縮こまったイチモツなど誰も見たいとは言わないだろうが、切り取って炙ってやれば見世物程度にはなるな」

 

 安い挑発だ。

 ファニアの体に欲情を抱く男がいるのはわかっている。だからなんだ。

 この身を女として向き合うのはアユミチただ一人。

 オルミの言葉などに心乱され、短気になることなどない。

 

「我がイチモツがほしいか。すぐに喜んでむしゃぶりつくようになるわ」

(うじ)にでも食わせておけ」

 

 口汚く罵り合いながら剣を握り直した。

 アニラービーの腕を切った直剣。

 まがりなりにも神を切ったという事実が、多少質がいいだけだった直剣に力を与えたらしい。

 幾たびの戦闘を重ねても折れず、刃こぼれもしない。伝説の名剣というわけではないが、ファニアには十分だ。

 この剣ならオルミを斬れる。

 

「かわいらしい小娘が囚われると悲惨だぞ。今のうちに尻を振って詫びるならヨくしてやるぞ」

「お前が詫びても誰も許しはしないが」

 

 下らない。

 言葉を交わす価値もない。

 殺すだけ。

 

「死んで償え」

 

 腹は切れた。治されたが、切った。

 鉄のように硬いのは表面だけだ。

 治癒の力があるとは言っても即死なら関係ない。

 首を撥ねるか、頭を貫くか。

 

「ならば、生き地獄を教えてやる。女に生まれたことを悦べ、ファニア・イア・イオルテ」

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「ぶわぁはつはぁぁ!」

 

 オルミは鍛え上げた己の体が好きだ。

 エクピキの力を別としても、トローメでオルミより鍛え上げた肉体を持つ者はいない。

 イドラ・ディドラーのような異常者はいるが、それとて肉体美という点で比べるのならオルミには見劣りする。

 

 生まれつき体格に恵まれていたこともある。

 それ以上に、怪我のリスクを考慮せずにひたすら鍛えられる環境もあった。

 鍛えれば鍛えるほどオルミの肉体はそれに応え、どんな男よりも強く磨き上げられた。

 

 他の【指】持ちとも違う。

 オルミは己の肉体で女も男も屈服させられる。

 そういう己が好きで、己の肉体を存分に使うことを楽しむ。

 

 余興も好んだ。

 恋人との自由を賭けて戦いを挑んでくる戦士を、女の見ている前で捻り潰す。

 次は男の見ている前で女がオルミの虜になるまで嬲り、その後は男の方もオルミに屈するまで嬲った。

 【指】を使わずにそれをするから余興なのだ。

 

 

「いいっ! いいぞぉ女ぁ!」

「――」

 

 眼光だけでオルミに応える女戦士。鬼巫の花札ファニア・イア・イオルテ。

 殺意と怒気が、【両指】の奇跡で鉄のごとき硬さになったオルミの肌に突き刺さる。実に心地いい。

 

「そうでなくてはなぁ! 戦士というのは! 戦いというのはこれよ!」

 

 死を間近に感じたことなど久しくない。

 痛みも、行為中に気の強い女に噛みつかれた時が最後だ。あれも面白かった。

 権力も何も全て手にしたオルミには、理不尽に他者を踏みにじる以外にはさほど楽しいことはない。

 

 戦はいい。

 死にたくない、自分は死なないと思っている連中を殺すのはなかなかの愉悦だ。

 お前が大事に守ろうとするものだから踏みにじる悦びがある。

 恋人や家族であったり、命であったり。

 気の強い女の誇りは、また格別な味。

 

 

「姿を隠した花札どもの分も楽しませてもらおう!」

 

 戦端が開くより前に、鬼巫一派は王宮から姿を消した。

 教団の監視をすり抜け都を出たとは考えにくい。どこかに潜んでいる。

 こそこそと、つまらない。

 何を企んでいるにしてもいずれ捕らえ、エクピキ復活の祝いとしてたっぷりと嬲るとする。

 

「復活の日は近いぞ! よろこべ」

 

 エクピキの復活は近い。

 戦争で多くの者が傷つき、治癒によりエクピキに心と魂を委ねればさらに加速する。

 トローメ建国から三百年、大きな変化を見せることのなかった原初の【指】が、捨て森の異変以降に一変した。

 西港ディサイで陽輝卿エヴェニスが死んだ時も、脈動するように膨れた。

 人々の名を手に刻んだ陽灯司たちも死んでエクピキへの供物に。

 長年ゲニーメ主光を間近で見てきた太光師オルミにはわかる。あれはもう復活の直前だ。

 エクピキ復活に鬼巫の花札を捧げればエクピキの恵みを厚く受けられる。

 

 

 人はオルミを不死身と評する。

 アパティの絶対障壁やザイドロスの夢幻空間のような異能とは違い、オルミの異能は自分自身の肉体の硬質化。

 単純だが、範囲が限定されている為か長時間使用できる。

 元より武芸には特に秀でていた。超一流の武術家が鉄のような体で戦うのだ。相手にすれば絶望的だろう。

 

 武器も不要だから身軽で、反応も素早い。

 そのオルミと互角以上に打ち合うファニアは、戦士として至高の頂と評して過言ではない。

 元より実力は群を抜いていたわけだが、死線を超え、さらには邪神との戦いを経て殻を破った。

 

 大した女だ。それは素直に認める。

 だからこそ価値がある。

 這いつくばらせ蹂躙する価値もあるし、エクピキへの捧げ物としても十分な価値。

 美しく年若い女というのも好条件だ。

 

 先日、腹を斬られたのは驚きだった。

 油断していたわけではない。この女は戦いの中でオルミの体捌きを読み、見切り、最高の形で刃を走らせた。

 神業と言ってもいい一撃だ。

 

 

「ふはぁ!」

「ぐ、っ」

 

 オルミの右の貫き手を躱したファニアに、わずかに遅れて左の掌底が下から叩き込まれる。

 怪我の心配のないオルミは積極的に攻め続ければいい。

 なかなか折れぬ剣で掌底を受けたファニアが息を漏らしながら突き放された。

 

「そうら、ゆくぞ!」

 

 ファニアの狙いなどわかっている。

 治癒の余裕もなくオルミの命を断つ為に、首か頭を狙う。他に手はあるまい。

 いくらか攻撃を当てられているが、鉄の体にはただかゆい程度の感触しか残らない。

 神速の剣技だからオルミに当てられているのであって、これが鈍い攻撃なら掠らせてもいないが。

 

 下がって膝の落ちたファニアにオルミが追撃すれば、どうするか。

 読めている。今日はオルミが読み切る。

 膝が落ちたのではない。地面を踏みしめ、前のめりになったオルミの首を撥ねるつもりだ。

 軌道さえわかっていれば、その剣を掴み取ることも可能。

 腹と違って指は何段も表面がある。二本や三本までは切れても絡みとれる。どうせ指はまた生やせばいい。

 

 妙に頑強な直剣を奪えば、残ったファニアに攻撃手段はない。

 ばたばたと、幼女が暴れるようにオルミの胸を叩いて泣いて赦しを乞う顔でも見られれば気分がいい。

 剣も女体も取っ捕まえてやろう。

 

 

「ひれ伏せファニアぁ!」

「ふ」

 

 ややしゃがみかけた姿勢からオルミの首に向けて跳ね上げられた剣を掴む。

 間違いなくその軌道だった。

 

 

「――」

「っ!?」

 

 燕のように。

 急激な弧を描き、昇りかけた剣の軌道が下に落ちた。

 オルミの法衣の下を切り裂き、ついでのように切っ先で引っかけていった。でっぱりを。

 首にくるはずの剣を掴もうとしたオルミと、下段を切り裂きながら回転してオルミと入れ違うファニア。

 完全に切られなかった【でっぱり】だが、激痛で硬化が緩んだせいで剣先に引っかかり、引きちぎられた。周辺部位ごと。

 

 

「う、が……あ、ぁっ――っ!」

 

 激痛。

 オルミが生まれてこの方味わったことのない激痛。

 

 血が噴き出す下半身が破れかけた法衣に絡まり、勢い余って転がる。

 オルミの男である部分を引き千切られた。

 

 

「ぐぉ、の……っ!」

「死ね」

 

 ファニアは間髪入れない。

 オルミの見せた隙に、大きな隙を逃さず、入れ替わった向こうから即座に踏み直して剣を突き出した。

 オルミの血肉の残る切っ先を、最短距離でオルミの目玉に突き刺そうと。

 

「ば――」

 

 真っ直ぐに、最短距離で。

 転んだ拍子に両手を地面についたオルミはその切っ先を真っ直ぐに見上げると――

 

「ばかめ」

 

 【指】よりも長く、鉄のように硬い舌で、真っ直ぐに向かってくる剣を跳ね上げて、

 

「ようやく捕まえたぞ、ファニアぁ」

 

 軌道を逸らされた直剣を手放すまいと踏ん張ったのが失策。

 剣がかすった頭と耳がかゆいが、ファニアの女らしい脇腹を右手と左手の六本の指でがっしりと捕まえた。

 

「くぁっ!?」

「儂の【指】で鳴かせてやるわ」

 

 オルミの両手の【指】が輝く。

 女に神の世界を教える光。

 

「ひ、ぎっ――」

 

 歯を食いしばったファニアの顔は、オルミが今まで見てきたどんな女よりも美しく、恐怖に染まっていた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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