法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
オルミを切り捨てても、ファニアはしばらく構えを崩さない。
エクピキ教の太光師だ。
この状態からでも治癒の奇跡で回復するかもしれないと考え、しばらく待ってから剣を下げた。
「死んでも災いを残していくとは、どこまでも害悪な」
途中、ファニアを卑怯者だなんだと言ってくれていた。
あれは己が感染発症していることに気づいていなかったのだろう。
ファニアの剣に病毒が仕込まれていたとでも考えたのか。
だとしたら感染から発症までが早すぎる。健康体のオルミならあんなに劇的に症状が現れるとは考えにくい。
南部でイーペンが語っていた病状の話を思い返し、どうも辻褄が合わないと感じる。
ファニアの剣に病毒など仕込んでいない。
斑徂症はファニアにとっても忌まわしい記憶でしかない。根絶したいと思うことはあっても利用することはない。
「治癒術のせいか」
症状が劇的に進行したことについては、思い返して納得する。
先日切り裂いた腹の傷。あれを癒したのがおそらく発端で、新しい皮膚に斑徂症が発症した。
死病に感染したのはもっと前の話だと思われる。
今日の戦いの中でも、ファニアが与えた傷の箇所に一気に広がっていった。
腹の傷をあっさり治癒されて内心はかなり残念に感じたのだが、あれも無駄ではなかった。今日の勝利に繋がったのだ。
「……どこで感染したのか。とりあえず焼き払っておきたいが」
刃に残る血とオルミの死体を目にして、ファニアは眉を寄せた。
斑徂症の血だ。死病が広まる原因になる。
オルミの首を持ち帰ることはできない。
「魔法使いは……?」
あらためて周囲を確認する。
そう、後方に控えていたはずの国軍本隊から魔法が飛んできた。
オルミとの戦いに意識を集中せざるを得ず状況が見えていなかった。
味方は撤退を……していない。
「うん?」
妙な空気。
火球の魔法が飛んできたせいか、防衛側の民兵は少し後ろに退いて、味方の軍も距離を開けるようじりじり下がっているのだが。
ファニアとオルミが戦っていたのはそれらの中間地点辺り。
ファニアの勝利は多くの兵士の目に入っただろう。遠目でもオルミが斃れたのは見えたはず。
「……正規軍が出てこない、のか?」
民兵中心で戦っていた防衛軍前衛は、本隊が出てくると思って頭をひっこめたのだろう。
だがその様子はない。
それどころか、魔法による支援攻撃は最初だけ。その後が続いてきていない。
まさか打ち止めというわけではないだろうに。
「何が……?」
「ファニア殿!」
後方、味方陣地の方から馬で駆けてきたのはキデ・マノス他数名。
両軍が前線を下げたことで見通しがよく、ファニアの勝利がうまく伝ったようだ。
「お見事! オルミの首を」
「近づくな! 斑徂症だ、死病にかかっている」
敵の主力――戦力面でも精神面でも主軸だったオルミの死体を士気高揚の為に使おうとする彼らを止める。
「感染が広がる。焼き払いたい、魔法使いを呼んでほしい」
「なんと……それでは仕方がない」
キデに帯同していた一人が魔法使いだったようで、命じてオルミの死体と血溜まりに火を放つ。
焼き尽くすのに時間がかかりそうだ。オルミが巨体のせいか、ファニアの記憶にある花札やゼラの魔法と比較するせいでそう感じるのか。
ついでにファニアの剣も炎で炙る。
鋼は炎でもろくなるが、死病の血を振りまくわけにもいかない。
敵にだけ感染するのならともかく、病は人を選んで感染するわけではない。
「それにしても、どうなっている? 敵が退いて……正規軍本隊は?」
「わからない。魔法が飛んできて、一気攻勢に出てくるのかと思ったんだが」
状況が把握できていないのはキデ・マノスも同じ。
「正規軍は何をしているんだ?」
「敵軍の後ろに砂塵が上がっている。すぐ後ろにいるはずなんだが、なんとも……」
「大将!」
ファニアとキデが次の行動をどうすべきか会話の中で見つけようとしていると、報告が届いた。
「敵軍、左右に散っています! こっちに向かってない!」
「なに?」
「退路を断つつもりか」
敵軍の方が多い。
疲弊したこちらを包囲する為に左右に展開を?
だとしたら、ここに留まるのは悪手。
「そうじゃない、そうじゃあありません。左右っていうか……」
報告する者も混乱していて口調が乱れる。
「仲間割れしてるようで、戦場から逃げ出そうとしているみたいで」
「……?」
敵軍が割れることも想定していた。
だが、軍が崩壊するほどまでの裏工作はしていない。できていない。
「じゃあさっきの魔法攻撃は……」
「今も向こうで続いてます。連中、なんか味方を焼こうとしてるんです。こっちに飛んできたのは攻撃命令を勘違いした部隊からだと……おそらくそう思われます」
自分の中で納得がいったのか、最後はキデに対して姿勢を正して報告した。
一回だけ散発的に放たれた魔法攻撃と、敵軍の混乱。
仲間割れ、同士討ち。四散。
「報告! 報告!」
続けて別の兵士が必死の形相で駆けてきた。
こちらは何か確信のある情報をもって。
「敵軍より死病患者多数! こちらにも向かってきます! 撤退を!」
「な……」
今ほど焼き払ったオルミの死体。
はっと視線を向け、ファニアもキデも息を飲む。
本当に死病患者を戦争の道具に?
いや、おかしい。何の意味もない。どういうことだ。
「撤退だ! 全軍、アミーナ砦に南進!」
キデの判断は素早く、王都南方最大の城塞に撤退を叫んだ。
命を受け、キデの配下たちも全軍にその指示を伝えに走り出す。
「こんな、卑劣な手段を……」
オルミを討ち勝利の道筋が見えたところで、悔し気なキデの表情。
しかし、どうもおかしい。
「姐さん!」
「ムンジィか」
キデの配下たちと入れ替わりにムンジィが現れた。
ムンジィは兵士ではない。軍とは別行動を取っていたのだが。
「こりゃあどういうことで?」
「お前が来たということはイーペンもいるのか?」
「え、ああもちろんでさ。姐さんに頼まれたことぁしっかりと」
「間に合ったか」
ファニアがエクピキ教徒だったら、まさに神の導きとでも思っただろう。
ムンジィの言葉に頷き、キデに向かってもう一度大きく頷く。
「キデ殿、軍の統率は任せます。砦に退いて、イーペンの言葉を信じてほしい」
「あ、ああ……わかった。それはわかったがファニア殿はどうする?」
「私は死病にかからない。だから」
ファニアに道を開いてくれたのは、エクピキやその他の神ではない。
その人がいる場所に向かい、剣を振るう。
「我が夫アユミチが私の剣を必要としている」
オルミが言っていた。アユミチが北府にいると。
北府の軍の中にいるのだろう。そしてビッテスが彼を狙っていると知れば、ファニアの進む道は決まっている。
「北へ」
南進する軍とは逆に、王都のある北に。
ファニアの本当の戦いはこれからだと思うと、さらに強くなれる気がした。
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