法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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6-11.奇跡の軌跡

 

 貴石の色は触れた感触でわかる。

 ビッテスは体のあちこちに貴石を忍ばせている。

 咄嗟に手にした時に色まで確認していられないこともあるけれど、形が教えてくれる。

 

 六角の筒状は透明な貴石。

 まあるい滑らかなのは白い貴石。

 四角いのは緑の貴石で、雫のような形は黄色の貴石。

 

 多面の楕円みたいな形は赤い貴石。

 色に意味があるのかはよくわからないけれど、ビッテスのイメージと合致するから炎の魔法に使う。

 美しいビッテスの命を、人生を輝かせてくれる魔法。貴石の魔法。

 

 

 実際のところ、アユミチの命を奪うのに貴石の魔法なんていらない。もっと粗末な魔法――魔法ですらなくて、首を絞めたり圧し折ったりするだけでも足りる。

 だけど、せっかくだから。

 焼こうと思った。

 

 ゼラを焼き尽くしたように、アユミチも焼いてしまおうと思った。

 塵も残さず、この気色の悪い生き物はこの世から消し去ろう。

 引き裂いても潰してもいけない。完全に焼き尽くす為には炎の貴石の魔法がいる。

 

「極光落つる。落日山河、朱に燃ゆ」

 

 終わりの炎。始まりの炎の魔法。

 ポスフォスが落ち、エクピキの世界が開かれた時の空を謳う。

 

諸人(もろびと)よ。萬天(ばんてん)口蓋(こうがい)血色(ちいろ)()け天を呼べ」

 

 ビッテスの左手の貴石が赤い力を開放する。

 貴石の価値、重さが世界を彩る力に置き換わる。

 

 アユミチが黒蝶に被さり雪に伏せるのが見えた。

 這いつくばり、命だけは守ろうと。

 実に惨めで情けない姿。死を前にして己の分際を弁えた態度。正しい在り方。

 

(殺してはいけないのでしたっけ?)

 

 口元が緩む。

 利用価値があるとか、色々と思うところはあるけれど。

 でも、ビッテスよりも軽い価値。軽い生命。吹けば飛ぶ蝶の羽のようなもの。

 

 うっかり、つい、成り行きで。

 殺しちゃってもいい。ビッテスが彼らの命をどう扱ってもいい。

 熱く熱を帯びた貴石を握り直してから。

 

「残照天厄、炎鎖の()()

 

 そっと。

 そおっと。

 顔を伏せ(こうべ)を垂れるアユミチの元に優しく、ぽとりと落ちるように。

 その音で彼が顔を上げてくれたら、その瞬間の絶望の色を脳に焼き付けよう。

 今後、永遠に、絶頂を得るたびに、この光景を思い出す為に。

 

「――」

 

 赤い糸が線を引いた。

 まるで導火線のように。

 はちきれんばかりの熱を帯びた赤い貴石を放ろうとするビッテスの指先から。

 

「ふ」

 

 ――ビッテスの顔に向かって。

 

「へ?」

 

 ビッテスの身体に張り付いた白い雪を伝って、真っ白な雪化粧が、炎の蛇に姿を変えてビッテスの顔に絡みついた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「ぶぎぃぃえぇぇぇぇぇっっ!!」

 

 断末魔とはこういうものだろう。

 女の喉から溢れたとは思えないほどの絶叫が響き、一拍遅れて――

 

「くっ」

『転がる!』

 

 ごどぉぉぉぉぉぉ!

 

 頭上から、隕石でも落ちてきたのかというほどの衝撃が響き渡った。

 ノクサを抱えながら、先ほど蹴り飛ばしたせいで段差が生じた雪の影に転がり込み、衝撃と熱を耐える。

 

 

 白い糸の塊。

 毛糸を丸く固めたような。

 それだけでは軽すぎて投げられなかっただろう。

 雪と一緒にまぜこぜにして投げつけたから、水を吸ってビッテスに届き、雪塗れになったビッテスは白い糸に気づかなかった。

 

 西港ディサイで見た。

 放たれた火が綱を伝って瞬く間に燃え広がったのを見た。

 北府で王都攻略の準備する間にその答えを知る。

 

 危険なほど燃えやすい糸。

 雪の中でも火を点ける際に使われるが、衣類など常用には使わない。

 見せてもらって、ディサイに火を放った時のものだと理解した。

 

 

 導火線のような。

 あるいは、セーターの着衣着火――表面フラッシュとも呼ばれる現象に似ている。

 起毛した綿などの素材は、袖に火が着くとあっという間に表面を走り大やけどを負う。

 

 そうならないように、と注意を受けて、しかし冬の行軍で着火剤が必要なこともある。

 だから持っていて、ビッテスがアユミチを見失った隙に雪と一緒に握り込んで投げつけた。

 ビッテスにとっては悪あがき、駄々っ子のようにしか見えなかっただろう、

 

 ただ、なんとなく思ったのだ。

 きっと炎の魔法を使う。どこかで、アユミチを傷つける為に。

 ゼラを焼いた、リグラーダや捨て森の皆を焼いたように、炎の魔法を使う。

 

 雪で湿ったその白糸がどれだけ役に立つかはわからない。

 だが、意図せず炎が回れば必ず隙はできると考えた。

 

 膨大な余熱で渇いた白糸が、高温に炙られ魔法発動より先に着火したのは偶然だ。

 しかし、たとえ刺し違えてでもビッテスを殺す意志はあった。その気持ちが結果を手繰り寄せたのかもしれない。

 

 

 

『……もう、大丈夫みたいだよ』

「あ……あぁ、くそっ……」

 

 爆音のせいで耳が揺れ、瞑っていた目も強く圧迫されたせいか揺れる。

 頭から被った雪や泥を振り払いながら立ち上がり、周囲を見渡した。

 

「……」

『今度は自分が雪崩に飲まれたみたいね』

 

 冬の山の中腹だ。

 轟音が響けば雪崩も起きる。

 ビッテスがいただろう辺りは、暴発した炎の魔法でえぐり取られたのかもしれない。そこに流れ込んだ雪がそのままビッテスの燃えカスを反対側に運んでしまった。

 何も残っていなかった。

 

「ビッテスは……?」

『業火の魔法食らって雪に飲まれたのよ。これで生きてたら人間じゃないわ』

 

 ノクサがぱたぱた飛んで見回しながら、半分呆れた声で肩をすくめた。

 そうは言うが、死体を見ないと安心できない。

 

『アユミチを消し炭にするつもりで唱えた魔法でしょ。ま、その通りの威力ね』

「……死んだと思った。意外と小さな魔法だったんだな」

 

 至近距離で感じた力は、アユミチも巻き込んで余りあるほどのものに思えた。

 アユミチが弱いから錯覚しただけかもしれないが。

 

『そりゃあね。あっちも自分は巻き込まれたくないんだし、範囲は絞るわよ。投げ損ねて自分の真上で爆発したみたいだけど』

「そうか……まあそうだな」

 

 広範囲の魔法を使えばビッテス自身も巻き込まれる。

 それこそ、制御できない大雪崩を引き起こす可能性もあった。

 雪解け時期の雪崩は当然に危険な災害だし、倒木や瓦礫も巻き込んで凄まじい破壊力を生む。

 ビッテスでも巻き込まれれば無事では済まない。

 

『だいたい、生きてたら静かにしていられる女じゃないわ、あれは』

「確かに」

 

 息があれば黙っていられる性分ではない。

 アユミチの手で仇を取りたかったという欲が、死体を見つけたいと思わせるのか。

 

『庇ってくれてありがとうね、アユミチ』

「こっちこそ。首飾り引っ張ってくれて助かった」

『どういたしまして。一緒に押したから、アユミチとノクサだけの世界になっちゃったね』

「そうだった? ああ、そういえばノクサには俺の声聞こえていたのか」

 

 世界から消える魔法道具。ノクサの小さな指とアユミチの手で一緒に押したらしい。

 夢中で気づかなかった。

 

 

『それにしても。さすがアユミチ。予想通りじゃない』

「誰だって思いつくだろ」

 

 雪に散らばった荷物を拾い集め、急ぎカヨウとはぐれた方角に向かう。

 数百メートル、あるいはそれ以上の距離を飛んだ。

 平地ならすぐに見つけられるだろうが、山中ではそう簡単ではない。まして雪は音を吸う。

 今の戦闘で、向こうはアユミチの居場所を察知したかもしれない。しかし楽観はできない。

 

 アユミチには、今も何となくレーマ様の禁域の方角が感じ取れる。

 それを軸に、とにかくカヨウとの合流を目指す。

 

「雪山の中に誘い込んだんだ。雪崩や落石を仕掛けてくるだろうって」

『軍を動かさないで、魔法部隊全部使って雪崩に備えさせるなんて』

「反対されたけどな」

 

 

 ビッテスは間違っていた。

 北府の軍は壊滅したと確信していたが、アユミチには違うと言える根拠があった。

 幻惑で誘導された軍を一か所にまとめて、敵の攻撃が予想される方角に巨大な防壁を作らせた。

 間違えたとはいえ街道には違いない。傾斜の方角から仕掛けてくる方向は読みやすい。

 

 まだ王都軍と会敵もしていないのに、魔法部隊を総動員しての防壁作成。

 反対されたけれど押し通した。

 

 軍は壊滅していない。ビッテスは間違っている。

 カヨウは助ける。

 

「勝ったんだ……な」

『そうね』

 

 障害で、難敵で、ゼラの仇。

 ビッテスは間違っていた。それを証明したかった。

 子供じみた対抗意識、意地。

 

「勝った……ただの偶然だけど……俺……」」

『諦めなかったからでしょ』

 

 早く歩かないといけないのに。

 少しでも早くカヨウの下にいかなければならないのに。

 こみ上げてくる思いを飲み込み、近くの木に手を当て数秒足を止めた。

 

『頑張ったね、アユミチ』

 

 ノクサはアユミチを急かすことなく、小さな手で頭を撫でてくれた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 両手を左右に広げて。

 蕾のような体を開いて。

 小娘の小さな指が触れる。ザイドロスの偉大な【指】に触れて、指を絡めた。

 

 可愛らしい指の股の間に長く節くれだった指を割って入らせて、指の股の奥まで繋がり合う。

 ぼわっとした光が娘の手のひらを温めると、その肉の内側を流れる血潮がせわしなく行き来した。

 

 どくん、どくっ……ぎゅっみゅりゅっ……娘の手のひらから、少女の内壁の鼓動が強く高鳴るのを肌で感じる。

 瞳は蕩け、頬を緩ませ、花色の唇はわずかに開いてその口腔の濡れた内壁を覗かせた。

 今にも蜜が零れそうな顔で、ゆるぅく。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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