法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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6-16.死を運ぶ色

 

 攻撃された時、人は何らかの反応を起こす。

 混乱、反発、防衛。

 大集団が攻撃されて、その攻撃が無意味だった場合。

 反撃したくなるのは自然な感情で、集団になるとその感情が連鎖、増幅することも珍しくはない。

 騙され、惑わされていた道が開き、本来進むべき道も見えた。

 待機していた北府軍は、敵が仕掛けた雪崩をほぼ損害なしでやり過ごし、感情の勢いに任せて王都北門を目指す。

 

 彼らを守ってくれた女神の使いに対する感謝と負い目があった。

 女神の使いアユミチは的確に敵の意図を見抜いて、その慧眼で軍を救ってくれた。

 彼の言葉を疑い、半信半疑だったことが負い目。

 そして、そのアユミチは既に敵の首魁と交戦している。大恩あるアユミチが戦っているのに自分たちは何をしているのか。

 本来の目的地である王都にいち早く攻め入り、彼の役に立たなければ面目が立たない。

 

 既に戦端は開かれていて、この期に及んで足踏みをしているのは名折れだと感じる部分もあった。

 王都に急襲。我こそが一番乗りをして、偉大な女神レーマ・ルジアに勝利を捧げるのだと。

 様々な思いが彼らを進撃させた。

 

 

 とはいえ、王都はトローメ王国の首都。

 そう簡単に外部から攻め落とせるものではない。

 野戦で勝利し、中の防衛部隊の気力を落として門を開けさせるのが最良だったはず。はずだが……

 

 

 開いていた。

 空いていた。

 主たる街道の北正面にある大門は、何をするまでもなく開いていた。

 

 足が止まる。

 北府軍の足が止まり、彼らと王都の間に渇いた風が抜けていく。

 

「どういう……?」

 

 既に南部からの軍が攻め落とした後というのか。

 それにしては人の気配が薄い。

 いないわけではないが、やや異様。

 

 北大門の向こうは国軍の詰め所と一般市民の居住区。

 貴族やエクピキ教団のいる場所は王都の中心だ。

 一般人が戦火を嫌って、さっさと軍が通り過ぎてくれるようにと道を開いているのかもしれない。

 

「中に……」

 

 入れと言うように。

 死の門をくぐれと誘うように。

 開かれた門が兵士たちの足を止めた。

 代わりに、死の影が内側から。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 トローメ王国貴族院議長タシモ・ティッダーンには複数の子がいた。

 出来の良し悪しはそれぞれ違うが、長兄ナルバル・ティッダーンは父の後を継ぐものとして生きてきた。

 大国トローメの宰相となるべくして生まれた。

 

 兄弟間や貴族同士の争いでその座を失う可能性は考えないこともなかった。

 そうならぬよう有益な者を自分の味方とし、必要に備えて自らの手駒となる私兵もぬかりはない。

 その私兵を、貴族街防衛の為に使う日が来るとは想像だにしていなかった。

 貴族院議長、トローメ王国宰相の椅子そのものが消える未来など、考えたこともない。

 

 西港の敗戦、北府の政変、そして内乱。

 思いもしない事態が続く。

 しかし、大国たるトローメがそう簡単に倒れるはずがない。エクピキではない神の意志でも働いているというのか。

 

 守らねばならない。

 三百年続くトローメ王国、その中枢に立つ大公ティッダーン家のナルバルとして、王宮を守り抜く。

 賊軍から。

 同時に、城下町から湧いて出た死病の災厄から。

 

 助けを求める死病患者どもが王宮、あるいは隣接するエクピキ教大聖堂を目指して群がってくる。

 城下と宮殿を遮る門を閉ざし、逆に北門西門については解放を命じた。

 内側ではなく外に出ていけ。どうせ助からぬのだ。

 南門を開かなかったのは東部南部連合の反乱軍が迫っているから。

 北については太光師ザイドロスが影潰しを率いて迎撃に出たと聞いている。敵が来ることはまずあるまい。

 来たところで死病患者の群れがいるのでは死地でしかない。

 ナルバルの手元に届く情報も錯綜しており、何が事実で現状がどうなっているのかはわからない。

 

 王の盾イドラ・ディドラーはいない。

 伝令をやったが、国王ネロから離れないとだけ返事があった。

 そんな場合かと言いたいが、あれの堅物は有名な話だ。

 

 とにかく。

 王宮は守り抜く。ついでにエクピキ教大聖堂も守ることになる。

 こうまで事態が悪化した今となっては、ネロとニーモのどちらが最終的に勝利するのかはわからない。

 だが、貴族として王宮を守り抜いて戦うというのは、王がどちらになっても評価されるべきこと。

 ナルバルは状況が読めぬ愚者ではない。

 勝敗が決するのであれば、美しい王宮をニーモ派に引き渡すことで貴族の座を守ることもできる。

 その為にも、最後の宮門での戦いを指揮するのだ。

 

 

「無能の馬鹿親父が」

 

 あれこれ考えていたせいで、つい口から罵倒が零れた。

 父タシモ・ティッダーンのことを思い出して、悪態もつきたくなる。

 貴族院の戦力である院仕隊もろくに残っていない。他の貴族どもも身勝手に逃げ出したか、どこかで息を潜めているか。

 貴族院議長兼宰相などという要職にずっと在りながら、愚かで怠惰なタシモは何も把握できていなかった。

 

 ――魔女が来る。

 

 二日前、最後にナルバルが会った時の父の言葉だ。

 

 ――トローメを滅ぼす魔女が戻る。お前も逃げよ。

 

 そう言ってさっさと逃げ出したのだ。あの男は。

 滅ぼさぬ為に動かねばならないだろうが。

 トローメあってのティッダーン大公家。兄弟王のどちらが勝利するにしてもトローメは滅びない。

 そしてティッダーン家も潰えることはない。

 

「何が魔女か……」

 

 無能で怠惰で卑怯者。

 己の愚かさを魔女などという世迷言で煙に巻けるとでも思ったか。

 だいたいなんだ、魔女? この窮状に行方をくらました鬼巫のことを言っているのか。

 戻るも何も、つい半月前まで王都にいた女だ。

 反乱軍が迫るのを知って隠れ里に逃げたのかもしれないが、それが戻ったところで何があると。

 

 

「ナルバル閣下」

「……あぁ」

 

 部下の耳もある。苛立ちを募らせていても仕方がない。

 つい、頭の中に詮無い考えが巡ってしまった。

 静かで、暇で。

 

「ほとんどの住民は自宅から出ていません」

「死病が恐ろしいのだろう、当然だ」

「行き場もありませんから」

「……」

 

 宮門の前には死骸が積み重なっている。

 一部の、王宮を目指した住民どもの成れの果て。

 外門より堅牢な宮門をただの市民が越えられるはずもなく、上からの矢、投石で死んだ。

 流行病患者の死骸だ。魔法を放って焼いたが、近づくことはためらう。焦げて残った死骸が並ぶ宮門前。

 

 行き場がない。

 捨て森が焼き払われ、死病患者に行き場はない。

 既にどこまで死病が広がっているのかもわからず、健康な者も家から出られない。

 死の都。

 これが大国トローメの首都イオドキッサだというのか。

 

「トローメを、滅ぼす……」

 

 疫病で国が傾いたという例はある。

 そうならぬよう、特に治療法のない死病である灰息病と斑徂症については厳しい措置が採られてきた。

 誰が何を間違えてこんな状況にまで追い込まれたのか。

 

「……」

 

 そうだ。

 自然発生的なものではない。ここまでの状況がこのタイミングで訪れるなどあり得ない。

 人為的なもの。

 愚かな父タシモ・ティッダーンは魔女などと言ったが、何者かがこの死病を都に振りまいたのだ。

 

「王弟ニーモ、か」

 

 戦に勝利する為に手段を選ばず?

 いや、これでは勝利などあり得ない。全てがご破算にしかならない。

 魔女……北府に降臨したという邪教の女神レーマ・ルジアがそれか。

 

「北だ」

 

 ナルバル・ティッダーンは愚者ではない。

 父と違い愚かでもなければ臆病者でもない。

 

「北から来るぞ」

 

 直感し、確信した。

 数万の住民がいるのに静まり返る王都の北から、滅びがやってくる。

 

「見よ」

 

 薄暗い王都イオドキッサの街並み、その陰に。

 ちらりと見えた。

 死を感じさせる、美しい銀糸の髪がなびくのが、確かに。

 

「……」

 

 そう遠い前の話ではない。

 ほんの一年、二年前の噂話。

 

「死すべき、初夜の……」

 

 死の花嫁。

 その噂話を思い出し、ナルバルの側頭辺りがぞわりと怖気だった。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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