法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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6-17.影は走らす生者の足

 

 呼びこまれた。

 何かの意志に誘い込まれるように、王都に入ることになった。

 

 

 異様な雰囲気に足を止めた北府軍本隊に、アユミチが追いついたのがきっかけとなる。

 レーマ・ルジアの使徒アユミチの為に戦うと決めたのに、怖気づいてはいられない。

 敵にエクピキの治癒があるとしても、自分たちはアユミチから死病に打ち勝つ美酒を授かったのだ。我らこそレーマ・ルジアの正規軍。

 開かれた王都北大門から雪崩れ込む。

 

 止めようとした。

 何かおかしいと、北府軍が感じたようにアユミチも。

 満天の星灯りが都を照らす。

 夜明けまで待ちたかった。ビッテス、ザイドロスとの戦いで体力は消耗しているし、姿を消す魔法の道具も朝になればまた使える。

 

 一度後退して態勢を整える。それが正しい。

 しかしアユミチは進むしかなかった。

 

 

 しゃら、と。

 

 攻め入っていく部隊の先には、しゃらりと音を鳴らすような銀色の糸の髪。

 

「ゼラ!」

 

 薄闇の中にその糸を見て頭が真っ白になった。

 疲労も打算も全て忘れ、アユミチの足が駆け出す。考えなどない。

 

『落ち着きなさいアユミチ! ちょっと!』

 

 あり得ない。いるはずがない。

 ザイドロスの幻惑か?

 いや、ザイドロスは死んだ。

 幻ではない、確かに存在するゼラの影を追う。

 ゼラだ。ゼラがいる。見間違いなどではない。

 

 

「ゼラ! 俺だ、待ってくれ!」

 

 声を張り上げても届かない。攻め込む兵士たちの声が邪魔だ。

 とにかく追う。兵士から逃げるように奥へ奥へ、見え隠れするゼラの後ろ髪を。

 

 レーマ様から課されたエクピキ教の一掃、その最終局面の場にゼラが現れた。

 なぜ? どうやって?

 既にレーマ様の名は力を取り戻しつつある。

 その力が十分な条件を満たしゼラを復活させたのかもしれない。約束を守ってゼラの命を戻してくれた。きっとそう。

 

 

 ゼラの復活を願って以降、アユミチは一度もレーマ様の神域を訪れていない。

 地理的に難しかったということは確かにある。

 約束通り、心根の(すこ)やかな男児を届けるだけなら天馬で事足(ことた)りた。

 だけど、物理的な距離の問題とは別に、もっと強く、心が足を向かわせなかった。

 

 合わせる顔がない。

 カハロに。

 ゼラの復活を願った時、アユミチはカハロの母親が生きる可能性を断ち切った。切り捨てた。

 

 どうしようもなかった。

 他に道がなかった。

 じゃあどうすればいい?

 何ができたと言うのか。

 

 そんな言葉が頭に浮かぶから余計に、カハロに合わせる顔がない。

 母を失った少年に、お前の母親を生き返らせるのは諦めろなんて言えるわけがない。自分は妻の生き返りを予約しておいて。

 それでもカハロは時間をかけて飲み込んだかもしれない。

 だとしても、イサヤだって可能なら母を生き返らせてほしかっただろう。ナーリヒも、他の誰だってそうだ。

 

 合わせる顔がなくて、神域に向かう気になれなかった。

 レーマ様と話もできていない。

 連絡、伝達の不徹底。

 人間社会だけでなく、神と人との間でも問題になるのだと悔やむ。悔やんでも今さらどうしようもない。

 

 生き返らせる条件みたいなものがあったのかもしれない。

 復活時は生まれた場所に出現する、とか。

 あるいはアユミチの下へとゼラが願ったのかも。

 だとして、今の王都でゼラが何をするのか。またアユミチの為に命を投げ打って魔法を使うのではないか。あり得る。そんなことはさせない。

 もう二度とゼラを失いたくない。

 あの銀糸を掴まなければ。他の誰でもないアユミチが。

 

 

 ザイドロスもういない。ザイドロスの幻惑と同等レベルの使い手はいない。だから本物で間違いない。

 ザイドロスの死。

 皮肉なことにその確信が無闇(むやみ)にアユミチを走らせた。

 銀色の糸を追い、初めて来る都の中へ。

 

 ちらり、ちらりと見え隠れするゼラの背中を追い掛け、探して。

 王都中枢に続く宮門――なぜ開かれているのか疑問にも思わず――を過ぎた時には、空を埋め尽くすように数多(あまた)の星々が輝いていた。

 

 

「アユミチ、さんっ……」

「……」

 

 途中、ゼラの背中を探して何度か立ち止まっていた。

 カヨウと、彼女を護衛する兵士たちも後ろから追いついてくる。

 最後に銀色の糸が続いていった巨大で異質な建物の前で息を飲んだアユミチに、ようやく声が届く。

 

 壁ひとつ隔てて、右手には背の高い塔を備える城。おそらくあちらが王城。

 アユミチの目の前にある円形の巨大建造物は、聖堂。エクピキ教団本部。

 高さは王城よりだいぶ低いが、存在感は大きい。

 扉や建物の隙間から漏れてくる光に、どこかしら不気味な何かが見えるよう。

 ゼラの影を追うことに夢中だったアユミチの頭を覚まさせるほど強い圧力。

 

 

『アユミチ、落ち着きなさいってば』

「あ……あぁ」

 

 ノクサの、ずっと耳元で呼びかけられていた声が脳に届く。

 今さら。

 引き返せないところまで辿り着いて、わずかに迷う。

 

「ゼラが……ゼラが……」

「私にも見えました、アユミチさん」

 

 嘘じゃない。本当にいたんだと言いたいアユミチの気持ちをカヨウはわかってくれる。

 

「大聖堂まで邪魔されずに来られるとは」

「これも女神レーマ・ルジアのお導きですか」

 

 カヨウの護衛の兵士たちにも戸惑いはある。

 先だって雪山でカヨウを危険にさらした手前、何としても離れないよう一緒に来てくれたらしい。

 

 女神の導き。

 そうかもしれない。そうでなければ見知らぬ敵地で何事もなく目的地に辿り着けるはずがない。

 

 

「……」

 

 引き返せないところまで来てから迷う。

 この先はエクピキ教団の本拠地。何があるかわからない。

 だけどゼラがこの中に。彼女一人で何をしようと言うのか。

 

 ゼラを失いたくない。

 だけど、カヨウを……

 

 後方では戦火の広がり。音と震動で感じる。

 ここでカヨウと離れることはできない。

 でも、このまま踏み込んだら……

 

 ゼラか、カヨウか。

 カヨウか、ゼラか。

 

 レーマ様の神域で問われた時と同じ選択に、迷った。

 ただの意地悪だと、答えは出せなかった。

 だけど、今は?

 

 

「アユミチ、どのっ」

 

 カヨウだけではない。

 北府軍ジョカン次官と彼が連れた部隊も追いついてきた。

 数十の兵士たち。後ろからさらに増えてくる。

 

「王城は別の部隊に包囲させております。報せでは左潮伯の一隊も向かっておられるとのこと」

「あぁ……うん」

 

 王の処遇については相応の立場の者が判断を下すべき。

 左潮伯は王弟ニーモを擁立する後ろ盾。アユミチが口出しする問題ではない。

 王城についてはそれでいい。何か意見を求められてもアユミチの手に余る話なのだから。

 そちらの問題が片付くというのなら、他は……

 

「こちらは我らが」

 

 王都に入る時は、足が止まった軍をアユミチの存在が後ろから押してしまった。そういう意図はなくとも。

 今度は逆。

 集まってくる兵士たちの視線がアユミチの背中を押す。

 

 敵の本拠地、ここが最終目的地。

 ここまで来た。

 悪しきエクピキ教団を打倒する為に、女神レーマ・ルジアの使徒アユミチの下に集ったのだと。

 彼らの視線がアユミチの背中を押す。

 退くことができなくなってしまう同調圧。

 

 

「……行こう」

 

 そうだ、どちらにしても退くことはできない。

 ゼラはこの中に。

 味方も少なくない。

 中でどんな事態が待ち受けているか、まだ敵にどんな奥の手があるかわからないけれど。

 

 最悪の場合、最悪の場合には。

 兵士たちを盾にして、カヨウとゼラさえ無事に逃げ出せばいい。

 エクピキを倒すのが無理と判断したら、逃げることも選択肢のひとつ。

 後ろ向きに腹をくくって、頷いた。

 

「進もう」

 

 アユミチの頷きを受けて、兵士たちが二人大聖堂入り口の扉に左右から手をかけた。

 大きな入り口。

 平和な時なら数多くの信徒を迎え入れるのだろう大扉が、かすかに軋む音と立てながら開かれていく。

 

 

「ご注意を」

 

 大きめの盾を持つ兵士たちがアユミチとカヨウの前に構えながら息を飲む。

 内側からミルクでも零れるように黄金色の光が溢れてくる。

 どろりと、ヨーグルトのような粘る光にも見える。

 

「……」

 

 完全に開かれて、溢れてくる光に目が慣れてきても、敵兵や何かが飛び出してくる様子はない。誰もいない、か。

 大聖堂の入り口ホールから左右に昇る大きな階段。半円を描いて合流し、上階の扉へ続く。

 

「ゼラ……?」

 

 開かれた上階の扉を通り過ぎる銀色の髪に誘われて、光満ちる大聖堂に踏み入る。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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