法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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 ※※※ 前書き ※※※

 今回の話の最後
 1話からずっと読んで下さっている方が血反吐を吐くんじゃないかと思いながら投稿します。
 決して特別ショッキングな出来事ではないのですが。

 ※※※ 注意喚起 ※※※


6-19.もしも願いが叶うなら

 

 勝った。

 勝ったの。

 私の勝ちです。私の勝ちですよね?

 

 だってあなたは、追う足を止めたもの。

 敵地で、いちばん禍々(まがまが)しいここで、あなたは私を選んでくれた。

 

 追えなかった。

 追わなかった。

 あの銀の糸が引く背中よりも、私の手を取った。

 

 大聖堂の先、あそこに邪で忌まわしい最悪のものがいるのはわかっているでしょう?

 だけど、ね。

 あなたは足を止めて、迷った。

 あの銀色を再び失うことよりも、私を失うことを畏れた。

 

 嬉しい。すごく、すごく嬉しいんです。

 満たされる。私のお腹の中がいっぱいの光で満たされる。

 

 勝てないと思っていたの。

 勝てっこないって思っていたんですよ。

 死んだ人に勝てるはずがないって。

 

 あの人は、あの女は、自分の命と体の全部を使ってあなたを守って散っていった。目の前で。

 あれに勝つには、あの女に勝つには、私も同じだけのことをしなきゃ勝てないって思っていました。

 同じだけのことをしても、それでも、あの女に勝てないかもしれないって。

 

 怖かった。

 怖かったの。

 怖かったんです。怖かったんですよ。ずっと、、ずうっと。

 

 あなたの心は永遠にあっち側。

 私の胸に、お腹に(すが)って泣くのは、ただの仮宿。ひとときの、今だけあったかい湯たんぽ。

 

 それでもいい。春が来れば捨てられる道具でもいい。

 いやだ。あの女が生き返ったら用済みになるなんて耐えられない。

 

 私がそんなことを考えていたなんて、あなたはきっと知らない。

 知られたくない。

 知ってほしい。

 

 でもね。

 今、あなたは選んだんです。

 

 あの女が死ぬかもしれない。

 今迷ったせいであの女が今度こそ本当に永遠にあなたの手から零れ落ちるかもしれない時に。

 私の方に傾いた。

 こっち側に。

 

 そんなつもりはなかったかもしれない。

 あの女は強い魔法使い。

 敵の前で素直に死ぬような可愛げはない女。そういう気持ちもあったでしょう。

 

 だけど、だとしても、どちらかを失うかもしれないって時に。

 あなたは選択した。

 最初に選択したのは私。

 選ばれたのは私です。

 私ですよ。

 私ですよね。

 

 満ち足りる。

 本当に小さな、ほんのひとときの迷いだったとしても。

 私の勝ち。

 私の勝ち。

 私の価値。

 

 あの女よりも重い。

 あの女よりも想われ。

 だから背中を押してあげられる。

 ええ、一緒に進みましょう。

 かわいそうなあの女も助けてあげていい。

 あなたが最後に選ぶのが、最初に選ぶのが私なら。

 私はあなたの唯一(ママ)になるのだもの。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 開かれた。

 夜中の夜明け、地上に明々と光が溢れる。

 

 踏み入った大聖堂、銀糸の背中がその二階の扉を開いた次に、大聖堂から光が溢れかえった。

 卵が割れたように黄色味を帯びた光が、王都中に向けて。

 

 割れた。

 そう感じたのは正しい。

 ドーム状、半球形状の大聖堂の壁が一斉に開かれた。

 窓や扉になっていたわけではないが、柱――建物を支えるフレーム部分以外の壁が一斉に開く。

 朝が来て花が開くように、内側の光でエクピキ大聖堂の壁が開いた。

 真上から見ていたなら、本当に花が咲いたように見えただろう。

 

 

「来ましたか」

 

 聞き覚えのある声。

 太光師アパティ。好々爺然としたエクピキ教最高幹部。

 元の建物の構造がどうなっていたのか、アユミチにはよくわからない。

 だが、今は壁が解けるように開かれ、二階だった床がアユミチが踏み入った入り口ホールと同じ高さに……いや、一階がせりあがったのか。

 レーマ様の住む神域にも似た、円形のだだっ広いホールのような部屋に変化していた。

 

 溢れた光に目が(くら)み、自分の立ち位置がよくわからない。

 庇うように広げた手に触れるカヨウの温度。少女の体温を感じながら光の中心の丸みを帯びた人影を細目で睨みつける。

 

 

「愚かしい」

 

 アパティの声は聞こえるが、姿ははっきり視認できない。

 光……太陽のような強い光ではなく、星明りのような感触。目に突き刺さるというわけではないが、しかし光量は溢れるほど。

 

「全く愚かしいことです」

「何が……」

「進んで死にに来る。ひとつしか持たぬ命を尊ぶこともできないあなたたちを、愚かと言わずになんと言いましょう」

 

 アパティの声音はひどく落ち着いている。

 最終、本拠地まで攻め込まれておいて――?

 

 

「あゆみ、ちどの……かきゃっ……」

 

 はっと後ろを見れば、ジョカン次官が倒れていた。

 見て不安を覚えるほど奇妙な角度で腹を曲げ、奇声を漏らして痙攣する。

 他の兵士たちも同じく。数十の北府の兵士たちが一様に。

 立っているのはカヨウとアユミチだけ。

 

『光の影響よ』

 

 他の兵士たちは泡を吹いて涎を流して声も出せない。

 立っていたアユミチとカヨウの影がかかるジョカン次官だけが、かろうじて声を発した。

 

「カヨウ、俺の後ろに」

「私は平気です」

 

 エクピキの光。

 その影響からカヨウを庇おうとするが、カヨウは涼しい顔。

 かんざしの柄を握り、先端の紫陽珠をアパティに向けている。

 

『この子は何度かレーマを見ているから』

「ああ」

 

 アユミチとカヨウが平気な理由はわかった。

 それ以外の兵士たちは光を浴びて立っていられない。そういうことか。

 

 

「嘆かわしいことです。真なる神の降臨を前に、人同士で殺し合いなど」

「お前らがしてきたことだろうが、白々しい」

「よもや」

 

 アパティの気配は動かない。

 ただ静かに嘆息し、わずかに肩が落ちる。

 

「人の悦び。それこそがエクピキの導く道であり大望です」

「ふざけてるのか、この――」

「光の治癒で人は不幸になりますか?」

 

 問われて、何を問われたのか咄嗟にわからない。

 エクピキの治癒術。どんな怪我でも、四肢の欠損でも癒す奇跡の力。

 内臓に突き刺さり折れた矢じりがあっても、取り出して何事もなかったように戻せる。

 事故で手指を失っても、目が見えなくなっても再生できる治癒術。

 異様な力だ。

 

「……正しく使えば、な。良かったんだろうよ」

「正しさとは何か。誰彼構わず与えたとすれば、次は人は己の身を尊ぶことを忘れるでしょう。失くしてもすぐ取り戻せるというのであれば」

 

 何が言いたいのか。

 光の向こうに何があるのか見えず、カヨウを背中にしてつい問答を聞いてしまう。

 ゼラはどこだ?

 扉を開いた後、彼女はどこに?

 動く気配を探ろうとするがアユミチはどうしても目に頼る。

 ノクサも、この状況でアユミチから離れるのをためらい、肩に掴まっている。

 

 

「いつでも手に入る。いつも傍にある。それは人に価値を見失わせるのです」

「……」

 

 耳に痛いところもある。

 レーマ様から支給された物資で、アユミチは安易に金を手に入れられた。

 高級な布も金銭も、簡単に手に入らない人々からすれば重い価値だったのに。

 簡単に手に入るから軽く扱ってしまう。

 奇跡の治癒が手軽になれば、暴力行為や危険を軽くとらえる者も出てくるかもしれない。

 

「教団はそれらを管理してきた。そして、人である陽灯司たちも幸福を得てエクピキに感謝を捧げる」

「お前らの欲望の為にだろう、勝手なことを言うな」

「治癒に感謝する者の名はこの手に刻まれる。彼ら彼女らの魂の名がこうして」

 

 くわ、と。

 光が波のように増した場所がふたつ。アパティの両手の【指】か。

 

「今夜、エクピキは再びこの地に降臨する。主光の輝きがあれば我が【指】も無限。お前には何もできません」

「く……」

 

 アパティは捨て森でバリアのような力を使っていた。

 ザイドロスの幻惑とは違う異能らしい。

 しかし、この場で、地上入り口からせり上がり断絶された大聖堂で、アパティの力が時間無制限で使えるというのであれば。

 アユミチに打つ手はない。

 ノクサの力で突進したところで防がれ、なんならアユミチが潰れるのが関の山。

 増援を期待しようにも、この光を見てまともに動けるのはアユミチとカヨウだけ。

 

「……」

「呼んでみますかな?」

 

 読まれた。

 知られていて当然。

 

「北府に降臨したという女神の戦馬車とやら」

「ああ、そうだな」

 

 エクピキの力に対抗できそうな唯一の手段。

 おそらく普通の魔法や攻撃手段では倒すことはできないと考えてはいた。だから呼べるようにここまで温存している。

 あれもひと月に一度しか呼べないのがもどかしいが、もうじき満月。今なら十分な力が発揮できるはず。

 

 

「お気をつけなさい、薬師アユミチ」

「……」

「これにあるは確かなる神の欠片。偉大なるエクピキの【薬指】」

『ええ、あるわね』

「降臨したものの姿を留められぬ女神とやらと、どちらが確かな存在か。比べてみるのもいいでしょう。むろん、我が神の勝利に疑いはありませんが」

 

 言われてみて、不安を覚える。

 パテシーイの時はあっさりと踏み潰してくれた。

 しかしあれはただの人間。

 神とぶつけたわけではない。

 

『レーマを呼べるなら間違いないんだけど……』

「……」

 

 ノクサの言葉の色は、不利ということだ。

 アユミチが呼ぶのはレーマ様ではない。あくまで天馬の戦馬車。

 復活に足る力を蓄えてきているエクピキの【指】本体とぶつけて勝つか負けるか。

 博打としては、分がいいとは言えない。

 

 

「なぜ、いまそんな話を?」

 

 どうやったら状況を打開できるか、そればかり考えていた。思考が狭いアユミチ。

 アユミチの後ろからカヨウが尋ねた。

 

「勝利を確信しているのなら呼ばせればよかったのでは?」

「なるほど、(さと)い」

 

 笑ったのか、光が揺れる。

 

「ザイドロスがずいぶんと気にかけていましたが、どうやら我が友の子を腹にいただいてはおりませんか」

「興味のない男の人に好かれても迷惑です」

「ふむ、いいでしょう。あなたの下腹に、私の手で真なる神を宿す歓びを授けるのも」

 

 カヨウの、まだ小さい彼女の腹に何を言うのか。

 

「ふざけ――」

「興味ありません。質問に答えは?」

 

 愚にもつかないアパティの言葉に血が上るアユミチだが、カヨウは涼しく返す。

 立場がない。立つ瀬がない。

 

 

「死にたくないのですよ、当然です」

 

 問答が不快でどうにか殴りかかってでも光を止められないか考えるアユミチに、アパティがさらりと答えた。

 さも当然と言うように。

 

「命はひとつ。尊く大切です。違いますか?」

「勝利を疑わないのでは?」

「我が神は、そうでしょう。名も知れぬあやふやな女神など、打ち砕き糧とするでしょうが」

 

 天馬の戦馬車を呼んでも、逆にエクピキの糧となるだけ。

 あっさりと轢き殺されたアユミチとは違う。

 

「私は、無事でいられるかどうか。試したいとは思いません」

「……」

「もっとも尊きエクピキの復活、降臨を目の前にして。私は死にたくはないのですよ」

 

 当たり前と言えば当たり前。

 対人間なら、無限バリアを張るアパティは無敵のように感じる。光に近づくだけでほとんどの人間は身動きが取れない。ほぼ無敵。

 けれど、女神の戦馬車とぶつかれば無事では済まないかもしれない。死ぬ可能性も高い。

 エクピキは平気でもアパティは違う。

 

 アユミチにとって、戦馬車を呼び出し轢き殺すのは唯一最大の攻撃方法だ。

 それでアパティを倒せたとして、けれどエクピキが残るのでは意味がない。

 意味がないどころか最悪の結果だ。アパティなど前座に過ぎないのだから。

 間抜けな話。王手をかける手で自軍の王が死ぬような。

 

 

「なんで……」

 

 千日手とでも言うのだろうか。

 いや、相手は時間を稼ぐことで有利になるのだとすれば、ただアユミチに打つ手がないだけ。

 嫌気がさす問答に、苦し紛れに乗る。

 何か解決手段がないかと。

 

「なんで、どうしてそこまで……神の復活なんかに……」

『……』

 

 それをお前が言うのか、と。

 視界の端で少しも動かないノクサの表情が、そう言っているかのよう。

 

「あんたはもう、なんでも思い通りになる立場だろうに。そこまでしてエクピキを復活させて何があるって言うんだ」

「先ほども言いましたが」

 

 苦し紛れに絞り出したアユミチの問いに、アパティが吐いた溜め息に少しだけ感情が感じられた。

 下らない、という冷たさと。

 願いが叶うという熱と。

 

「死にたくないのですよ」

「……」

「どんな権力も、贅を尽くした美食も、財も、美女も。望めば何もかも手に入ります。だから……もうそんなものに価値はありません」

 

 先ほども言った。

 簡単に手に入る、だから価値がない。

 太光師アパティにとって、そんなものは何も大事ではない。尊くない。

 

 

「神を……神の御前にてしかと願えば、叶うのです」

「かな、う……」

「尽きぬ命。いつまでも若く生き続ける望みが」

 

 古代ローマの皇帝も、秦の始皇帝も、錬金術を追い求めた者もいた。

 地球にも。

 この世界にも。

 

「あなたは望まないのですか? 百年……いえ、千年でも、老いず若々しく生きられる寿命を授かりたいと」

「あ……」

 

 半開きになった口の中から、一瞬で熱と言葉が枯れたように固まった。

 

「あなたは望まないのですか? 神に」

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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