法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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6-20.その背を撃つ

 

 薬師が背中に少女を置くように、アパティの背にも大事なものが在る。

 エクピキ教団主光ゲニーメ。

 自ら動くこともできないゲニーメだが、そこから溢れる力がアパティの【指】を巡る。みなぎる。

 今、この場においてアパティの力は無限だ。

 

 オルミは、自分の敗北や死が非現実的に見えていたのだろう。

 最後に雑多な陽灯司たちが集めた人々の悦びをエクピキに捧げる為、自ら陣頭に立った。

 死にゆく兵士たちの魂を少しでも多くエクピキに捧げる。

 復活した神に不老を願い奉る為の働きとして戦場を選んだ。

 

 ザイドロスは薬師の連れの娘をエクピキの最後の母にと考えたらしい。

 異様な魔法の才を持つ少女カヨウ。特別な何かなのかもしれない。

 母候補は他にもいる。それらよりも少女を優良と見たザイドロスの真意はわからないが、理由があるだろうことは疑わない。

 

 

 真なる【指】を宿す主光でさえ不老不死ではない。

 ずっと昔から生まれ直している。

 数十年に一度。何度も、何度も。

 少年の姿のまま生き、尽きる時に干からびて滅びる。

 

 今、アパティの後ろに横たわる主光ゲニーメの姿は、十の少年くらいの背丈のまま、髪が抜け落ちしわがれた肌の老人のような姿だ。

 生まれ直しの時。

 そして、そのヘソあたりからそそり立つ【指】は、かつて記録にないほど力強く輝きを放っていた。

 次の生まれ直しは真の復活、神の再誕。

 その為の母体に特別なものを用意したいという考えは、ザイドロスでなくともわかる。

 間違いのないものにしたい。確かに。

 

 

 神の復活。

 前例がなく、過去に記録もない。

 アパティでもわからない、未知の領域。

 異端の神の使徒アユミチを始末することは加点になるだろうと考える。

 彼の存在の異様さ、奇妙さには言葉にしづらい何かがある。

 

 他に優先度の高い存在としては鬼巫がいた。

 あれもスカーアを信奉する異教徒で、鬼巫はその中でもより神性が強い女。

 殺してエクピキに捧げるか、可能であれば真なるエクピキを生む母体としたかった。

 

 真なる【指】を宿して生まれるエクピキ教団主光。

 女の腹の中。まだ何者でもない卵のようなところに【指】を植え付け、主光として産まれる。

 十前後まではすくすく育ち、その後は枯れる時まで変わらない。

 

 枯れる時、近場に孕んだ母体がない時は?

 その場合は近くの男児に【指】が寄っていくらしい。今のように教団が確固たるものになるより前はそういうこともあった。

 そうして【指】を授かり主光となった者もいたとか。

 

 

 真の復活、再誕としては、間に合わせの仮初(かりそめ)のような手法では届くまい。

 代替え措置のごとき形で次の主光ができあがってしまったら、その次の再誕はいつになるのか。

 十年、数十年先と思えばアパティがそれまで生きていられる保証はない。きっと間に合わない。

 真なる【指】を授かった者を弑逆(しいぎゃく)などできない。そもそもおよそ殺す方法がない。

 

 この日この時こそがアパティの最大の好機であり最後の機会。

 過去の太光師たちは復活の日を夢見ながらも時機を得られず、ただ今生の享楽までしか得られなかった。

 いざエクピキの復活を目前にして道に背く者たちによる災禍。

 

 いや、逆か。

 今この世界に起きている異変、邪魔者、障害こそが神の復活への試練であり(かて)なのだ。

 なければアパティがこの復活の日に臨む機会もなかった。

 感謝を。

 黄道の導きに感謝を。

 

 

 完全に花開いたかのようなエクピキ聖堂だが、残っている部屋もある。

 戦場に出さなかったいくらかの教団関係者や、避難してきた貴族なども今後の統治のことを考え保護している。

 そして、真なるエクピキの母体候補。腹に子を宿した女たち。

 他国の王族の血を引く女やトローメ貴族の血筋もいる。珍しい力を有していた女なども。

 どれを選ぶかはエクピキの御心。胎児がどれほど形になっているかは関係ない。

 

 いつ主光が代替わりしてもいいよう備えてきた。

 邪魔などさせない。

 アパティの異能は絶対の守護障壁。何者をも通さぬ光の壁。

 エクピキの力が溢れる今この場では時間の制限もなく、もっとも適した能力だ。

 

 

「神の下、老いや死の恐れから解放される悦び。人の悦びこそエクピキの望みなのです」

「お前らだけが恩恵を受けるんだろ」

「無論、誰も彼もに与えてはまた価値を失う。苦しみがあるからこそ悦びがあるのですよ」

 

 アパティの方を睨みつけながら、苦い顔で打開策を探る青年。

 向こうからはよく見えていないのだろうが、アパティには見えている。

 苦々しい顔。迷いの色も見える。

 そうか、彼とてほしいのだ。千年でも老いることなく生きられる道が。

 哀れなもの。

 

「薬師アユミチよ。お前にもこの素晴らしい恩寵を分け与えてもいいでしょう」

「ふざけるな」

「これまでの不信心を悔い、その娘の無事を願うのであれば。彼女を捧げなさい。真なるエクピキの母となる栄誉と永遠の――」

「黙れ!」

 

 苛立つ。

 激しい苛立ちは彼の内面の動揺をごまかすため。。

 そんな気持ちの揺れも、真なる神が降臨されれば意味のないさざ波程度のものなのだ。

 偉大なるものの前に、嘘もごまかしもいらない。

 

「神の母となる悦び、望んで得られるものでは――」

「興味がありません」

 

 娘の方は淀みなく。

 狼狽するアユミチとは違い、透き通った声で。

 やはりこの少女は何か違う。ザイドロスの見立ては正しかったか。

 

 

「アユミチさんはあなたなんかとは違います」

「ほう」

「自分だけ死なない、苦しまないなんてことを選んだりしない」

 

 少女にはそう見えているらしい。

 無垢な少女の可愛らしい幻想を、頼りない青年の背中に乗せるように言葉にする。

 

「自分の命を危うくしても誰かを守る。背負わなくていいものも背負って進む人です」

「……」

 

 彼の背中から涼やかに。

 一点の曇りなく、つらつらと。

 苦く唇を噛みしめるアユミチとは対照的に。

 

 

「神の母ですか? 私の望みはもっと深い」

「では妻にとお望みですか?」

「あなたにはわかりませんよ」

 

 狂人の考えなどわかるはずもない。

 この世のあらゆる悦びを知る太光師とは違い、彼ら彼女らはもっと小さなものしか見えていない。

 お互いの視点の高さが違い過ぎる。

 

「アユミチさんはあなたとは違う」

「……」

「神様の光に隠れて、盾の後ろからお説教するような人じゃありません」

 

 彼が自らを盾にして少女を守るのは、少女への執着でしかない。

 自分の女を、財産を、権威や立場を守ろうとする者は珍しくもない。

 彼には他に何もないのだ。

 失った。銀糸の髪の死すべき初夜の花嫁を。

 あれほどの美女はそう手に入るまい。それの代替えにしたこの少女を唯一自分の所有物と執着するのは、無様だが理解はできた。

 

 

「そう、銀糸の……」

 

 そうだった。そうだった。

 些末なことで、どうでもいいことで、つい忘れていた。

 アパティはすっかり忘れていたが、使い終わった道具を再利用すると提言があったのだ。

 

「他に行かれて見失うのも面倒と思いましたが、うまく釣られてくれましたね」

 

 エクピキの復活が叶うとはいえ、別の神がおとなしく消えてくれるとは限らない。

 つい最近、一時的にでも地上に姿を現したという女神がエクピキに仇為す可能性もある。

 だから、もしアユミチがザイドロスを破り都まで来るというのなら、ここで確実に始末しておきたかった。

 

「あなたが頼みにした兵士たちと違い、私の味方はやはり優秀です。カシキ陽灯司長」

 

 右手の光をわずかに緩めた。

 このままでは見えないだろうと。

 

「お役目ご苦労です。あなたの働きにエクピキは十分な報いを下さることでしょう」

「滅相もございません」

 

 アパティの右手。アユミチ達から見れば左手側に現れる。いや、最初から柱の影にいた。

 光の強弱で、弱くした辺りが照らされて見やすくなっただろう。

 銀糸の人形を連れたカシキ陽灯司長の姿を。

 

 

「ゼラ……」

「そうです、あなたの伴侶がここまであなたを導いた」

 

 実際にはそれの偽物。死すべき初夜の花嫁ゼラの血縁フトーヒア家のイズベル。

 エクピキの力でゼラの姿に似せた。

 遠目では判別つかぬ程度には似ているとビッテスが言っていた。

 

「神の御力であれば死した者さえ甦るのですよ」

「よみ……」

「あなたの伴侶ゼラを、まさに! こうして!」

 

 アユミチの顔がまたわかりやすく狼狽(うろた)え、その後ろの少女の表情はまるで揺るがない。

 おや、おや。

 正妻が戻ったことに何か思うところがあるかと思ったが、嫌悪や不服は浮かばない。

 少しだけ目を細め、微笑んだ。

 奇妙なゆとりと、どこか色気を感じさせる。

 この状況で何の余裕があると言うのか。

 

「……」

 

 不気味。

 そうだ、不気味なのだ。不吉なのだ、この少女は。

 完全に完璧な勝利を用意したこの場で、どうにもアパティにも計りかねる少女。カヨウ。

 だいたい彼女はどうやってザイドロスを打ち破ったのか。

 能力は違えどアパティと同格の太光師。容易く敗れるはずがないのに。

 

 

「もういいでしょう、カシキ陽灯司長。彼らを始末なさい」

 

 守護障壁を張っている時のアパティは身動きが取れない。

 だからカシキがいる。【指】を宿す彼ならこの光の中でも動ける。

 決して突出した才能ではないが優秀なカシキ陽灯司長は、太光師を除けば教団本部で最も頼れる男だ。

 

「この働きであなたも太光師と同等の恵みを授かることでしょう」

「滅相もございません、アパティ師」

 

 決して他人より前に出ようとする男ではない。

 一歩引きつつ、求められる以上の結果を出す男。だから今の地位に昇りつめた。

 何かに対して頑なに抗ったり否定したりはしない男だ……ったが?

 

 

「カシキ、陽灯司長……なにを……?」

 

 アパティは命じたのだ。

 アユミチとカヨウを始末するように。

 遠慮も容赦も必要ない。ただいつものように主命を拝し速やかに――

 

「死の花嫁のつくりものを利用して彼らをここに連れて参ります。そう私は言いましたが」

「カシキ……おまえ、なにを……っ!」

 

 カシキの、黒ずみのひとつもない左手がアパティに向けられた。

 これまで教団に多大な貢献をしてきたカシキの【指】周辺に、エクピキへの感謝を刻む黒ずみがひとつもない。

 

 

「あなたの為に連れてくるとは言っていませんよ」

「かっしきぃィ!」

 

 カシキの手が、揺らいだアパティの光を押し返すように輝きを放った。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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