法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
うしろめたい気持ち。
ズルをしている自覚。
そんなアユミチの背中に刺さるカヨウの信頼。
違う、俺はそんな立派な人間じゃない。
アパティと一対一だったなら、それほど動揺しなかっただろう。
カヨウという存在が、その信頼の重さが、自分の心の疚しさを責める。
「アユミチさん!」
何が起きたのかわからないアユミチよりも、すべきことを理解していたカヨウの判断は速く的確だった。
「道を作ります!」
光が揺れた。
アパティの放つ光に対して陽灯司長カシキの掲げる光がぶつかり、波のように揺れる。
決して揺るがない輝きに見えていたアパティの光が、守護障壁が歪む。
「散り舞う
アユミチが何かを言う間もなく、カヨウが魔法を紡ぐ。
ザイドロスとの戦いの消耗も回復しきっていないはず。戦馬車の幻を呼び出すのは無理だろう。
大規模ではなく、もっと局所的に。
「
カヨウがかざすかんざしの先から、薄紫の無数の花びらが渦のように広がりアパティの光を散らす。
先ほどまで隙間なく広がっていたアパティの光が揺らぎ、その波間に滑り込むように。
光の影響が弱まり、アパティの姿が見えた。
「
無数の花びらが繋ぐ道。
カシキが何を思ってアパティを裏切ったのかなど考える暇はない。
カヨウが作ってくれた好機に、アパティを倒す。
『行きなさい!』
「はぁぁっ!」
花吹雪で作った渦のような中を、アパティ目掛けて突っ込んだ。
右手のダガーの柄尻に左手を添えて、アパティの喉元目掛けて突き進む。
光と影が置き去りに。まるでSFのワープのような加速で目標に届く。
突き刺さる。
法衣に。肉に。ずぶりと。
「死ねぇ!」
「私は」
狙いは
断ち切る。命をここで――
「ぶぬぅぅ!」
光にぶん殴られた。
広く光を放っていた左手の【指】が、その光の束をぎゅっと収束させてアユミチの横面を殴り飛ばした。
「ぶふぇっ!?」
「むぁっ!」
痛くないビームサーベルで切られたらこんな感じなのだろう、という感触だった。
エクピキの光はどこまで言っても治癒の力。ぶつけられても焼けたり斬られたりするわけではない。
ただ力はある。
凝縮した質量――光って質量あるんだったかなどどうでもいい疑問が頭が掠め、アユミチの延長線上でカシキも光の棒になぎ倒される姿を見る。
陽灯司長カシキ。知っている。西港ディサイで首を斬られたアユミチを、即死する直前に治癒した男だ。
太光師に次ぐ立場という彼がここで裏切ったのは、下剋上的な野心からなのか。
違うように思ってしまうのは、彼がアユミチの命の恩人だからかもしれない。
「く、のっ!」
考えている場合ではない。
今はまずアパティを殺して、エクピキも始末する。
「ノクサぁ!」
『砕けるわよ!?』
「いい!」
アパティの左手で薙ぎ払われた体をどうにか踏ん張り、左拳を握りしめる。
ダガーは、アパティの胸に刺さったままだ。殴られて手から離れた。
砕ける。
ノクサの力で思い切り敵を殴れば、アユミチの拳の方が持たない。
最初はレーマ様からもらった折れない棒があった。
リグラーダのダガーも手放してしまった今はすぐに使える武器がない。
ノクサの力で踏み込んだ衝撃は強烈だが、他に選択肢がない。ここが最終決戦。
「うぉらぁぁ!」
左に沈み込んだ姿勢から、左拳をアパティに向けて打ち上げる。
ボクシング漫画で見たスマッシュという形に似ている。今アユミチは虎になるのだ。
「だぁぁ!」
「それがぁ!」
ふっと、頭を過ぎった。
このスマッシュがヒットするイメージが浮かばない。
なんとなく誰もが覚えることがある予感めいた確信。
アパティの能力は守護障壁。
無敵を求めたオルミが鋼のごとき剛体を得たように。
暗示、催眠を修めたザイドロスが幻惑の異能を授かったように。
アパティ本人もまた、防護に秀でた才を有していた。
「どぉぉぁ!」
ノクサの力で踏み込んだアユミチの拳は、英雄の一撃に比肩する。
しかしアパティもまた、守りという点では超一流の技量を有していた。
主光ゲニーメの光の中で、突き刺さったダガーの痛みもほとんど感じず、逆に快楽で脳が冴えわたっている。
カシキに乱され、カヨウに散らされる守護障壁を張り直すのをやめて、右手でアユミチの左拳を受け払った。
『うそぉ!?』
「くそっ!」
アユミチとノクサの声が重なる。
「足もとが」
アユミチの拳をさばいたアパティがつまらなそうに、
「
とどめの一撃と大振りになり、体の泳いだアユミチの足を、法衣から伸びた蹴りで見事に掬い上げてひっくり返した。
◆ ◇ ◆
足もとが疎か。
本当に、苦々しい。
子飼いのカシキに手を噛まれた自分に言っているようなものだ。
「うぇあぁっ!?」
無様に転がるアユミチと、立ち上がりまだ何かしようとするカシキ。
「血迷いましたか」
「エクピキ教を滅ぼす為に、私は!」
飛びかかってくるカシキは、何かに憑りつかれたかのよう。
アパティの知る陽灯司長カシキではない。
もうどうでもいいが、理由は気にならないでもない。
「お前は」
湧いてくる有象無象を片付けさせる人員だったが、使えないのであれば意味がない。
「壊れた道具です」
右手をかざした。
左手は、胸に突き刺さったダガーを抜く。
もう少し深く刺さっていたら即死だっただろう。紙一重。
抜きながら傷を癒しつつ、突っ込んでくるカシキの正面に守護障壁を張った。
「ぶふぁ」
「愚かな」
決死の勢いで突っ込んできたカシキだが、そちらの方には花吹雪の障害はない。
見えないガラス板に思い切り激突し、道化のように転がる。
これが最も理想と言われた陽灯司の姿とは、情けない。
「……?」
影を感じた。
幻術を使う少女カヨウ……の方ではない。
ひっくり返って立ち直そうとしているアユミチでもない。
そう、アパティが光をかざすのをやめた、左手側。
今はカシキの方を向いていたので、背中側から。
「そういえば」
逃げてきたのだった。
逃げ込んできたのだった。
国を治めるべき席にいながら、手に負えない動乱に直面して己の命と立場だけを守ろうと、あさましい様子で。
「大公……」
「ゲニーメ主光にお目通りが叶うとは、誠に僥倖」
長年、貴族院議長を務めた大公タシモ・ティッダーン。
でっぷりと肥えた体と、分不相応に野心的な眼光。
その足元から影が差す。アパティの方に向かって。
光源は、ゲニーメとアパティの在る側にしかないはずなのに。
「貴様が」
「彼は役に立たない道具などではない。目に余る輝きで足元が見えておらんだったか」
怠惰で無能。
傲慢な暗愚。
数十年、それで通してきたのか。
光を欺いて。
「タシモ・ティッダーン……」
「ほれみい、見えておらん」
目を奪われた。
今までアパティが見誤っていた者に。
いや、トローメ王国の誰もが見誤っていただろう男に、気を取られた。
足もとに伸びる影への注意よりも。
「舞え!」
今度は幻惑ではない。
花が、花々が、乱れ舞う。
◆ ◇ ◆
陽灯司長カシキと知り合ったのは、
カシキはまだ若く、陽灯司長どころか【指】も持たない陽分司の頃。
生真面目な、ただの若者に見えた。
企みに加担するようなタイプには思えない。
しかし、きっとこれも忌姫の手のひらの内のこと。
奸悪な女だ。
あれの手のひらには、エクピキの【指】よりも邪な智が憑りついているに違いない。
それでも。
他に道がないのなら、選べる道はない。
国を揺るがそうと言うのだ。
大国を滅ぼすほどの大災を招くのだ。
好悪などを秤に乗せてなどいられない。
浮かれる馬鹿どもには決してわからぬだろう。
無謀な、無闇な計画がなぜうまく進むのか。
自らの手柄と、時代が味方したと思っていればいい。
水の流れを誘うように整えてやろう。
全てはタシモ・ティッダーンのたった一つの望みの為に。
◆ ◇ ◆