法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

185 / 237
6-21.足もと

 

 うしろめたい気持ち。

 ズルをしている自覚。

 そんなアユミチの背中に刺さるカヨウの信頼。

 

 違う、俺はそんな立派な人間じゃない。

 アパティと一対一だったなら、それほど動揺しなかっただろう。

 カヨウという存在が、その信頼の重さが、自分の心の疚しさを責める。

 

「アユミチさん!」

 

 何が起きたのかわからないアユミチよりも、すべきことを理解していたカヨウの判断は速く的確だった。

 

「道を作ります!」

 

 光が揺れた。

 アパティの放つ光に対して陽灯司長カシキの掲げる光がぶつかり、波のように揺れる。

 決して揺るがない輝きに見えていたアパティの光が、守護障壁が歪む。

 

「散り舞う花片(かへん)、ことにや(ぎょう)の陽に舞うは」

 

 アユミチが何かを言う間もなく、カヨウが魔法を紡ぐ。

 ザイドロスとの戦いの消耗も回復しきっていないはず。戦馬車の幻を呼び出すのは無理だろう。

 大規模ではなく、もっと局所的に。

 

六幻(むげん)(いざな)風花(かざはな)の辻」

 

 カヨウがかざすかんざしの先から、薄紫の無数の花びらが渦のように広がりアパティの光を散らす。

 先ほどまで隙間なく広がっていたアパティの光が揺らぎ、その波間に滑り込むように。

 光の影響が弱まり、アパティの姿が見えた。

 

 

微睡(まどろ)みの(わたどの)

 

 無数の花びらが繋ぐ道。

 カシキが何を思ってアパティを裏切ったのかなど考える暇はない。

 カヨウが作ってくれた好機に、アパティを倒す。

 

『行きなさい!』

「はぁぁっ!」

 

 花吹雪で作った渦のような中を、アパティ目掛けて突っ込んだ。

 右手のダガーの柄尻に左手を添えて、アパティの喉元目掛けて突き進む。

 

 光と影が置き去りに。まるでSFのワープのような加速で目標に届く。

 突き刺さる。

 法衣に。肉に。ずぶりと。

 

「死ねぇ!」

「私は」

 

 狙いは(たが)わず鎖骨の下あたりから胸に滑り込むダガーの刃。

 断ち切る。命をここで――

 

「ぶぬぅぅ!」

 

 光にぶん殴られた。

 広く光を放っていた左手の【指】が、その光の束をぎゅっと収束させてアユミチの横面を殴り飛ばした。

 

「ぶふぇっ!?」

「むぁっ!」

 

 痛くないビームサーベルで切られたらこんな感じなのだろう、という感触だった。

 エクピキの光はどこまで言っても治癒の力。ぶつけられても焼けたり斬られたりするわけではない。

 ただ力はある。

 凝縮した質量――光って質量あるんだったかなどどうでもいい疑問が頭が掠め、アユミチの延長線上でカシキも光の棒になぎ倒される姿を見る。

 

 陽灯司長カシキ。知っている。西港ディサイで首を斬られたアユミチを、即死する直前に治癒した男だ。

 太光師に次ぐ立場という彼がここで裏切ったのは、下剋上的な野心からなのか。

 違うように思ってしまうのは、彼がアユミチの命の恩人だからかもしれない。

 

「く、のっ!」

 

 考えている場合ではない。

 今はまずアパティを殺して、エクピキも始末する。

 

「ノクサぁ!」

『砕けるわよ!?』

「いい!」

 

 アパティの左手で薙ぎ払われた体をどうにか踏ん張り、左拳を握りしめる。

 ダガーは、アパティの胸に刺さったままだ。殴られて手から離れた。

 

 砕ける。

 ノクサの力で思い切り敵を殴れば、アユミチの拳の方が持たない。

 最初はレーマ様からもらった折れない棒があった。

 リグラーダのダガーも手放してしまった今はすぐに使える武器がない。

 ノクサの力で踏み込んだ衝撃は強烈だが、他に選択肢がない。ここが最終決戦。

 

「うぉらぁぁ!」

 

 左に沈み込んだ姿勢から、左拳をアパティに向けて打ち上げる。

 ボクシング漫画で見たスマッシュという形に似ている。今アユミチは虎になるのだ。

 

 

「だぁぁ!」

「それがぁ!」

 

 ふっと、頭を過ぎった。

 このスマッシュがヒットするイメージが浮かばない。

 なんとなく誰もが覚えることがある予感めいた確信。

 

 アパティの能力は守護障壁。

 無敵を求めたオルミが鋼のごとき剛体を得たように。

 暗示、催眠を修めたザイドロスが幻惑の異能を授かったように。

 アパティ本人もまた、防護に秀でた才を有していた。

 

「どぉぉぁ!」

 

 ノクサの力で踏み込んだアユミチの拳は、英雄の一撃に比肩する。

 しかしアパティもまた、守りという点では超一流の技量を有していた。

 主光ゲニーメの光の中で、突き刺さったダガーの痛みもほとんど感じず、逆に快楽で脳が冴えわたっている。

 カシキに乱され、カヨウに散らされる守護障壁を張り直すのをやめて、右手でアユミチの左拳を受け払った。

 

『うそぉ!?』

「くそっ!」

 

 アユミチとノクサの声が重なる。

 

「足もとが」

 

 アユミチの拳をさばいたアパティがつまらなそうに、

 

(おろそ)かです」

 

 とどめの一撃と大振りになり、体の泳いだアユミチの足を、法衣から伸びた蹴りで見事に掬い上げてひっくり返した。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 足もとが疎か。

 本当に、苦々しい。

 子飼いのカシキに手を噛まれた自分に言っているようなものだ。

 

「うぇあぁっ!?」

 

 無様に転がるアユミチと、立ち上がりまだ何かしようとするカシキ。

 

「血迷いましたか」

「エクピキ教を滅ぼす為に、私は!」

 

 飛びかかってくるカシキは、何かに憑りつかれたかのよう。

 アパティの知る陽灯司長カシキではない。

 もうどうでもいいが、理由は気にならないでもない。

 

「お前は」

 

 湧いてくる有象無象を片付けさせる人員だったが、使えないのであれば意味がない。

 

「壊れた道具です」

 

 右手をかざした。

 左手は、胸に突き刺さったダガーを抜く。

 もう少し深く刺さっていたら即死だっただろう。紙一重。

 抜きながら傷を癒しつつ、突っ込んでくるカシキの正面に守護障壁を張った。

 

「ぶふぁ」

「愚かな」

 

 決死の勢いで突っ込んできたカシキだが、そちらの方には花吹雪の障害はない。

 見えないガラス板に思い切り激突し、道化のように転がる。

 これが最も理想と言われた陽灯司の姿とは、情けない。

 

「……?」

 

 影を感じた。

 幻術を使う少女カヨウ……の方ではない。

 ひっくり返って立ち直そうとしているアユミチでもない。

 そう、アパティが光をかざすのをやめた、左手側。

 今はカシキの方を向いていたので、背中側から。

 

 

「そういえば」

 

 逃げてきたのだった。

 逃げ込んできたのだった。

 国を治めるべき席にいながら、手に負えない動乱に直面して己の命と立場だけを守ろうと、あさましい様子で。

 

「大公……」

「ゲニーメ主光にお目通りが叶うとは、誠に僥倖」

 

 長年、貴族院議長を務めた大公タシモ・ティッダーン。

 でっぷりと肥えた体と、分不相応に野心的な眼光。

 その足元から影が差す。アパティの方に向かって。

 

 光源は、ゲニーメとアパティの在る側にしかないはずなのに。

 

「貴様が」

「彼は役に立たない道具などではない。目に余る輝きで足元が見えておらんだったか」

 

 怠惰で無能。

 傲慢な暗愚。

 数十年、それで通してきたのか。

 光を欺いて。

 

「タシモ・ティッダーン……」

「ほれみい、見えておらん」

 

 目を奪われた。

 今までアパティが見誤っていた者に。

 いや、トローメ王国の誰もが見誤っていただろう男に、気を取られた。

 足もとに伸びる影への注意よりも。

 

 

「舞え!」

 

 今度は幻惑ではない。

 花が、花々が、乱れ舞う。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 陽灯司長カシキと知り合ったのは、忌姫(いみひめ)の話を聞いてから程なくのことだった。

 カシキはまだ若く、陽灯司長どころか【指】も持たない陽分司の頃。

 

 生真面目な、ただの若者に見えた。

 企みに加担するようなタイプには思えない。

 しかし、きっとこれも忌姫の手のひらの内のこと。

 奸悪な女だ。

 あれの手のひらには、エクピキの【指】よりも邪な智が憑りついているに違いない。

 

 それでも。

 他に道がないのなら、選べる道はない。

 国を揺るがそうと言うのだ。

 大国を滅ぼすほどの大災を招くのだ。

 好悪などを秤に乗せてなどいられない。

 

 浮かれる馬鹿どもには決してわからぬだろう。

 無謀な、無闇な計画がなぜうまく進むのか。

 自らの手柄と、時代が味方したと思っていればいい。

 水の流れを誘うように整えてやろう。

 

 全てはタシモ・ティッダーンのたった一つの望みの為に。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。