法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて 作:大洲やとこ
「舞え!」
影の中からでも外の声は聞こえていた。
様子は見えない。
眩しすぎて何も見えないが音は聞こえる。
タシモ・ティッダーンが聞かせているのかもしれない。
貴族院議長でありトローメ王国宰相のタシモ・ティッダーンが何を考えこの場にいるのか。
アハラマたちには想像もできない。
ただ命惜しさに匿ってもらおうと教団に身を寄せたのかと思っていた。
アハラマたちの身柄を手土産にエクピキに尻尾を振る。それ以外に考えようがない。
アパティが薬師アユミチと問答するのが聞こえてきて、様子がおかしいと気づく。
タシモの行動が狂い、アハラマの思考も混乱を極める。
何をしている。命が惜しいのなら奥に引っ込んでいればいいものを。
できればアユミチとやら。
アハラマは面識がないが、捨て森で拾った者たちやマベラから話は聞いている。
間が抜けるほどのお人好しだとか。
この際、敵味方の区別は置いて、タシモ・ティッダーンを始末してくれないだろうか。
そうすればおそらく封印の術は解ける。
互いにエクピキを倒す目的は同じ。一時共闘という形はどうか。
持ち掛けたいが、影の中に封じられたアハラマたちには伝えることもできない。
もどかしい思いで胸を焼き焦がしていたら、不意に外の様子が見えた。
外の眩しすぎる光が弱まったのか。
だとしても、真っ暗ではなく見えるようになったのは封じられてから初めてのこと。
タシモ・ティッダーンがやっている。
アハラマたちに敵の姿と状況が見えるように。見せるように。
味方?
いや、同じ敵を持つからといって味方と見なすのは愚かだ。
国にしろ里にしろ、自分たちが属する集団の外の者は潜在的な敵。
利害が一致するかどうか。
それすら、時と場合でひっくり返れば一変する。
だとしても、今のこの状況は望外。
教団中枢。エクピキ大聖堂で、なんと主光ゲニーメと相対しているとは。
タシモ・ティッダーンの影に潜む形でなければ、相手に気づかれずこれほど肉薄することはできなかった。
まさに千載一遇。
「ほれみい、見えておらん」
まさに。
伸びる影の中から見上げる太光師アパティには見えていない。
その足もとに、お前の仇敵が潜んでいるのが見えていない。
ザイドロスよりも、オルミよりも、このアパティを打ち倒すことが困難と見ていた。
そして、これを破らねばエクピキを討つことも敵わなかったのだ。
「舞え!」
喉元を刺され、治癒していた。
苦痛は感じていなかったようだが、意識には強く残る。
もう少し深ければ癒すことすらできずに死んでいたかもしれない。命の危うさを実感した直後。
警戒し、恐怖し、動きが鈍る。
傷の治癒の為に内側に向けていた左手はこちらを向かない。
反対側、アハラマたちとは逆側に向けて守護障壁を張っていた右手は、遅い。
「遅い!」
「香らずの
ここ最近、少し精彩を欠いていた白のレフカース。
だからこそ今は誰より速く精緻。
元より、花札の中で特に優秀な才を持っているのだ。
「寝苦しきほど織りて重なれ。
右手の【指】から漏れる光を避けるように泳いだ紙が、アパティの右手を絡め取りそのまま床に落とした。
鉄塊で作った枷を手首にはめられたように感じただろう。
見るも汚らわしい【指】がぶらさがる手のひらが床に伏され、アパティの体が大きく崩れた。
宙を泳いだ左手は天井を照らし、空を掴む。
「ばかな」
「バカだね!」
切り口が瞬間焼け焦げ、しかし――
「ぐ、ぬぅぅぁぁ」
「往生際の悪い」
主光ゲニーメの光がアパティを照らしている。
失った手首の傷口から、ぐぼぉと音を立てながら新たな【指】が頭を覗かせた。
どういう理屈か。邪神の所業に理屈などないのか。
アパティの体、このままどれほど傷つけてもこの状況では死なないのかもしれない。
だが、この程度のことは想定済みだ。
「マベラ! キュアナ!」
「――」
主光ゲニーメはエクピキの【薬指】を宿す神の分け身。
まっとうな手段で殺せるはずはない。
自身が太光師のように異様な能力を発現する記録はないが、使徒とした者に
輝き、光を媒介として。
「三つ指に囲う
中指と人差し指、それと親指。
左右のそれらを合わせて三角を作る。
アハラマ、マベラ、キュアナの三人で向き合い。
「
「
自分の両手で作っていた三角を左右に広げ、互いの三つ指を合わせてまた三角とする。
女三人で三つ指繋ぎ、真上からみれば内側にくぼんだ三角形の形。
アユミチが見れば太めの三角手裏剣と言ったように表現したかもしれないが、アハラマはそんなものを知らない。
「水満つる空」
「影積もる底」
「通りゃんせ」
「通りゃんせ」
「
水柱が立った。
黒い角柱。
アハラマたち三人の中心に、三角星のような黒水の角柱が立ち、天井を貫き天まで届く。
「
敵の魔法を吸い上げる魔法。最後に使われたのは大海魔カルマリィと戦った時までさかのぼる鬼巫の里の秘法。
アハラマとマベラ、マベラとキュアナ、キュアナとアハラマが繋いだ指の三角窓に、主光ゲニーメから漏れる光が吸い込まれる。
大聖堂に零れるエクピキの光が渦を巻いて指窓を通り、中心の黒水の角柱に飲み込まれていく。
魔法の力も、エクピキの光も逃れ得ぬ永遠の牢獄。
天地を貫く角柱に吸い上げられ、飲み込まれて。
「ぐ、ぅぅ……神の、御力を……」
アパティの手首から生えかけていた【指】も、光の粒となって天牢鏡に吸い込まれる。
エクピキの光を無効化した。
「しかし、主光は……お前たちなどに」
大聖堂に溢れていた光が次々に飲み込まれていき、ようやく全体が見えるようになる。
アパティのすぐ後ろで、干からびたミイラのような小さな肉体と、その腹からそそり立つ人の腕ほどありそうな巨大な【薬指】。
【指】だけがミイラ化していないせいで、やたら瑞々しい肌艶に見えるのが気色悪い。
びくんっ!
ぴくっ!
ぶるりゅるるぅ!
光は失われているのに、異様な痙攣でアハラマの目でさえ動きが追いきれない。瞬いた瞬間に別の角度になっているように。
目がちかちかする。
やはり人間が理解できるようなものではない。
「主光は、決して……」
健気というのか、ただその【指】が己の望みの全てというだけか。
レフカースの重紙の魔法で手を引きずらされながらも、主光ゲニーメに自分の体を重ねて庇おうとするアパティ。
ここまでやってもアハラマたちにエクピキを滅する決定打がない。
そう思っているのだろう。
実際に、少し前までならその通り。
エクピキを確実に滅ぼす手立てはなく、いちかばちかで全力を叩き込むという程度の勝算しかなかった。
「用意したんですよ、殺す手段を」
花札は五枚。
最後の一枚は遊んでいたわけではない。
復活間近のエクピキの影響か、不安定な様子の殺す手段を抑制する為に力を尽くしていただけ。
「コッキノ、手を」
「うんっ」
レフカースはアパティへの魔法を解いていない。
アハラマ、マベラ、キュアナは天牢鏡の魔法で手一杯。
クロロテッサの制御する殺す手段を正しくエクピキにぶつける為に、コッキノが手を貸す。
意識を奪っているそれが、ちゃんとエクピキの【指】を折るように。
「プレヴラ!」
薬師が呼んだ。
コッキノが腰を抱き上げた幼女の名を。
「プレヴラに何を」
「白々しいですね」
クロロテッサの言う通り。
まさか、何も知らないというわけでもあるまい。
「ポスフォスの巫女と、かの折れぬ脊椎。揃えておいて白々しい」
「なにを……」
「ですが、感謝していますよ。アユミチ」
ねじくれた木の棒のごときポスフォスの脊椎を、小さな両手で掲げる幼女。
その体をコッキノが抱えて、掲げて。
クロロテッサは静かに微笑んで彼に告げた。
「これで、エクピキを殺せますから」
ハンマーでも振るうように、コッキノは幼女を主光ゲニーメの【指】に叩きつけた。
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