法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

188 / 237
6-24.忠心

 

「見てくれたか、ノクサリージュ」

 

 悪気はないのだろう。

 悪気はないのだろうけれど、鬱陶(うっとう)しい。

 悪気がない彼を鬱陶しいと思う自分にほんのわずか罪悪感を覚えて、その苦さがまた憂鬱な溜息を呼ぶ。

 

「私の夜空を」

「見たわよ」

「気に入っただろう?」

「そうね……」

 

 あんたの顔が()ぎらなければもっとね。

 

「悪くないわ」

「そうだろうとも」

 

 美しい星の河が巡る夜空。

 彼らが私に見せてくれる世界。

 今まで見ることがなかったもの。

 

 

「君の羽を描いたからな」

「私の?」

「ああ、そうだ。自分では見えないのだったな」

 

 綺麗だろう、と。

 得意げな顔で自慢するあの星空は、私の背の羽を模していると言う。

 それは私を綺麗だと評しているのだけれど、わかっているのだろうか。いや、自分の成果を自慢したいだけかな。

 

「ポスフォスが見せるものとは違うのね」

「同じでは面白くあるまい。あれとは意見が合わんよ」

 

 だから昼と夜に分かれる。

 私に色とりどりの世界を見せてくれる彼ら。

 それらは全て私のために……じゃあなくって。

 

「君が喜んでいたとレーマルジアに伝えておく」

「そうして」

 

 別に喜んでいないわけじゃない。

 けど、彼の気取った物言いや角度を決めた笑顔を相手にするのは面倒くさい。

 さっさと帰ってくれればいい。

 はいはい、私をたいそう喜ばせましたよって彼女に報告したいんでしょ。

 

 整然と統一されたポスフォスの光。

 まばらな光を散りばめて絵にするエクピキ。

 陰影で美しさを表現するスカーアと、ぼんやり境界の曖昧なランプシー。アニラービーは時間と共に波打つ姿で、フォティゾは余白の中に見せたいものを示す。

 視覚的だったり音だったり。

 私を喜ばせようと新しいものを作ってくれるけれど、彼らの心がだいたい現れる。

 

 

「何か要望があれば聞こう」

「……星は明るさも色々なのね」

 

 すぐ頭に浮かんだ、さっさと帰っていう言葉を迂回して。

 次に思いついたことを口にしたら、我が意を得たりとばかりにうざったい笑顔に輝きが増した。

 

「あれは人の輝きなのだ。人の魂は皆異なる」

 

 しまった、話が続いてしまった。

 

「始まりの時。レーマルジアが君を開き、世界を開いた時。我らの血と君の涙から生まれた人々は、元は同じというのにそれぞれがまるで違う」

「あー、うん」

「我らの間にあった揺らぎなのだろう。それらが混ざり合い、より顕著に表れているのだ」

 

 彼らの間にあった揺らぎ。違い。

 その振れ幅が、人の魂にはより顕著に出ている。

 だから魂の色が異なる。

 そして、より性質の近いもの同士が惹かれ合う。

 

 

「異なるものを()いて空に物語を描く。感情の揺れが強いほど心惹かれる絵となるのだ」

「アニラービーみたいなこと言うのね」

「そうだな。次は夜空に歌わせよう」

「寝苦しいでしょ」

 

 今でも、夜空を見るとついでにあんたの顔が浮かんで暑苦しいんだから。

 重くて胸やけしそうよ。

 そこにあのお調子者の歌まで聞こえてきたら、まあ年に一度くらいなら許すけど、あれはすぐ調子に乗るから。

 

「ふむ……悪くないと思ったが」

「あんたね」

「せっかくの星河だ。何を流すか、また考えてみよう」

「やる前に相談しときなさいよ」

 

 星河に歌を流そうなんて気障ったらしい彼らしい。

 それがレーマルジア賛美の歌? うっはぁ叱られそう。面白そう。

 

 人間の魂を使って夜空を彩る発想は悪くないけれど、ナルシストで暴走しがちの彼のことだ。きっとロクなことにはなるまい。

 この後は、私を喜ばせたよってうきうきでレーマルジアのところに行くのだろう。

 キザなのに甘えん坊。

 そうね、河にはおっぱいでも流してもらったらいいんじゃない。

 夜空にはめ込まれた人たちの魂も喜ぶでしょ。たぶん。

 

「では、また来る」

「のんびりでいいわよ」

 

 頻繁に来なくていいから。

 病んでる時のスカーアみたいに毎日来るようなことはないけれど。

 いや、こいつが毎日来るなら鍵かけるけどね。

 

「時間は――時間だけはいくらでもあるんだから」

「君はよくても、レーマルジアは気が短い」

 

 知ってる。

 無理やり羽を開かれたことを思い出して苦笑した。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

『ポスフォスはダメだからったすけろたすけてスカーアランプシーフォティゾアニラービぃぃ!』

「安ずるな」

 

 アハラマが声をかけたのは、決して憐憫や思いやりなどではない。

 何か言わねば雰囲気に飲まれてしまいそうな気がした。

 この場でもっとも上に立つアハラマが言わないで他の誰に言えようか。

 何も言わず場の雰囲気に飲まれて、コッキノが巻き込まれることを危惧した。花札はみなアハラマの大切な花。

 

 ポスフォスの脊椎のねじれが戻っていくにつれて、エクピキの【指】が逆にねじれ曲がっていく。

 ぎゅる、る――

 幼女を掴むコッキノの表情と腕の強張りを見れば、尋常ではない力が加えられている。

 

「ポスフォスの復活などさせぬ」

 

 食いしばり、耐えようとするエクピキ。

 それが尽きた時、(たが)が外れたねじれの力は一挙に渦巻くだろう。

 

 物理的なねじる力というわけではない。

 ポスフォスとエクピキの神としての性質。性分。存在の違い。

 真直のポスフォスに対し、環流のエクピキ。

 二つは交わらず、無理に繋げばねじれて歪む。

 

 エクピキを滅ぼすのにポスフォスより適したものはいない。だから薬師側も準備していた。

 しかし彼らの崇めるものは名の知れぬ異端の女神。スカーアにとってよくないものかもしれない。

 なぜスカーアの分け身を彼が連れているのかわからないが、スカーアではないと分け身が言う。

 マベラからも聞いていた通り。

 不確定要素の強い彼らを信用することはできず、アハラマたちは自身の信じる方向で進む。

 

 

「世界に降りるはただ一つスカーアのみ。他は」

 

 他は、いらない。

 スカーアがそう望んでいる。

 不要なもの。余計なものはいらない。排除する。

 

「他は全て――」

 

 エクピキを討滅し、合わせてポスフォスの復活も阻止する。

 全て整った。

 この場に、誰もアハラマたちを止められる者はいない。いない。いない。

 

「ラハ様!」

 

 いなかった。

 空から降ってくる他には、誰も。

 

 

「「っ!!!」」

 

 大聖堂の天井が砕け散り、激震と轟音がアハラマに代わりその場を支配した。

 トローメを滅ぼす大戦。その終焉の幕開けと共に。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「イドラ・ディドラー」

 

 カッダ・マノスは知っている。

 王の盾と呼ばれた男が、どれだけの忠心で若き王に仕えてきたのか。

 

「大儀であった」

「……」

 

 若き王。先王クムスが死んだ時。

 まだ八歳の長子ネロは、悲しいほどに賢明だった。

 弟王子ニーモの苦しみが、重すぎる王船叉波王(ざはおう)――大海魔カルマリィの呪詛からくる病と知り、己のすべきことを正確に理解していた。

 

 ニーモが叉波王を背負って立つまでは自分が王となる。

 父王クムスが果たせなかったエクピキ教団打倒に向かい、自分がどう立ち回るべきか。

 たかだか八歳の子が、大国を改革する王としての責務を理解したのだ。

 信じがたい。

 いかに王太子として教育をされていたとしても信じがたい賢明さ。度が過ぎている。

 

 およそ平和な時世であれば歴史上稀に見る名君になっていただろう。

 しかし、何の因果か叉波王はニーモを選び、ネロは仮初の玉座に就く。

 

 

「あに……うえ……?」

「……」

 

 王の間にて眠る少年は答えない。

 最後に、国民の前で譲位を宣言できればと思ったのだが。

 

「どうして……」

「陛下」

「死ななくて……そんな、だって……」

 

 王位を譲り、後は隠遁という形での幽閉か、あるいは弟王を支える道もある。

 左潮伯カッダ・マノスだけではなく他のみなが、ニーモにはそう伝えてきた。

 ネロも全て承知の上でのこと。この内戦は全て打ち合わせ通り。

 トローメ王国に巣食うエクピキ教団を排除する為には犠牲も生じるが、兄弟二人が相争うことなどない。

 全て片付けばまた仲良く暮らすこともできる、などと。

 

「左潮伯、僕は……だって、兄上は……そんな」

「ニーモ陛下、どうか……先王の気高いお気持ちをお察し下さい」

 

 わかっていた。

 ネロならば、賢明なネロなら、自分の存在がニーモにとって枷になると理解するだろうとわかっていた。

 それはトローメ王国にさらに困難をもたらす。本当に国が亡ぶ。

 

 何が弟王にとって最善か、ネロにはわかってしまうだろうと。

 反逆者を皆殺しにしろなどという宣言を出した時点で、ネロの覚悟は十分に伝わった。

 だから、この最後の場にニーモを連れてきたのだ。

 左潮伯カッダ・マノスにできるだけの忠義として。

 

 既に防衛軍は軍として機能しておらず、死病については奇跡の薬を飲んだカッダ達には脅威になり得ない。

 最後に先王ネロを弔い、新王ニーモがこの王城に立ち内戦は終わる。

 王の盾イドラ・ディドラーは、ネロの遺言に従い新たな王の盾として――

 

 

「……ディドラー?」

「私は」

 

 薄く雷をまとう槍。

 眠るネロの前で膝を着いていた黒衣の騎士が、その槍を手にする。

 槍というか、矛戟(ぼうげき)

 三日月型の刃を備えた見事な戟。

 天雷の葬槍(ケラヴノス)はかつて海に沈み、左潮伯家が手に入れ、ネロを守る為にイドラ・ディドラーに渡した。

 

「王を守ると誓った」

 

 立ち上がる。

 少年の体を片手で抱き、もう一方の手で握る矛戟の刃は巨大な雷を形作って。

 

 

「ディドラー、お前は……」

「ネロ陛下こそ私の王。叉波王が選ばぬというのであれば」

 

 なぜだ。

 そこまで思っていたのなら、なぜ今この時まで何もしなかったのか。

 王の間の外。斜め下方で異様な光が弾けた。

 雷とは違う。

 

「私が、この子を選ぶ。王の盾イドラ・ディドラーが! ネロ様を!」

「やめ――」

 

 

 巨大な雷光が、トローメ王城を斜めに切り裂いた。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。