法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

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 推奨BGMは【魔王】ニーアレプリカントです。
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6-25.主命を守り

 

 大聖堂が砕けた。

 直前にノクサの声があり、カヨウを抱いて飛び退く。

 端っこに。

 陽灯司長カシキとゼラに似た銀糸の女性が倒れている近くに飛び込み、柱を頼りに瓦礫から身を守る。

 

「なん、だ……?」

 

 轟音と震動。

 上から何かが落ちてきた。建物が落ちてきた。

 地震でもあったのかと。いや、そんなことはない。凄まじい衝撃はあったけれど地震ではない。

 

 

 意外と、落ち着いてみると被害は少なかった。

 ホールはそのまま。そこに別の広間のような部屋が上から降ってきて繋がっている。

 どうやら上にあった王宮の一室が、竹を斜めに切ったような形で滑り落ちてきたらしい。

 ひどく響き渡った轟音は、落ちてきた部屋の壁を砕いたものが大半だったようだ。

 

 

「ってぇぇ」

「すみません、ラハ様」

 

 エクピキの【指】と幼女プレヴラがぶつかり力が渦巻く中央付近から、花札の二人は弾き飛ばされていた。

 代わりに、その場に立つ黒衣の男。トローメの顔立ちとは異なる雰囲気の。

 

「イドラ・ディドラー……どういうつもりじゃ」

「王の盾として王を守る。邪魔はさせん」

 

 鬼巫が呼んだおかげで名前がわかった。

 王の盾イドラ・ディドラー。王都最強の武人だと聞いている。

 国王ネロを守る為に王城を破壊して逃げてきた……のか?

 

 

「邪魔立てしておるのはおぬしじゃ」

「礼を言う、鬼巫アハラマ」

 

 アユミチには口を挟む余地がない。

 このトローメ王国の内戦において、アユミチは主役でもなんでもない。

 主役となり得るのはディドラーが抱く少年であり、その敵役なのだろう。

 アユミチは内乱にかこつけてエクピキを始末したいだけ。場の雰囲気にとてもついていけない。

 

「我が王を救うには他になかった。礼を言う」

「おぬし……よもや」

「これほど弱っていれば十分だ」

 

 イドラが、手にした矛戟を振った。無造作に。

 

「あ」

(おの)が怒りが身を亡ぼす」

 

 折れない棒。

 決して折れないと思っていた。

 レーマ様からもらったそれが、イドラの一撃を受けて折れた。

 

「プレヴラ!」

 

 ポスフォスの脊椎と言われた棒が折れて、砕けて、粉みじんになっていく。

 駆けだしたアユミチは、まるでスローモーションのようで、イドラの瞳につまらない何かのようにしか映っていない。

 砕けた棒のヒビがプレブラの手にまで広がりかけたところでアユミチは届いた。プレヴラの体に。

 

「この子は! 違うんだ!」

「……」

 

 必死に小さな体を抱きしめ、そのままイドラから逃げるように遠ざかる。

 

「……?」

 

 特に、何もされない。

 興味がない。関心がない。一瞥されただけ。

 イドラ・ディドラーにとって何の意味も持たない存在として見逃された。

 

「う、ぁ……」

 

 ぶしゃ、とプレヴラの両手から血が溢れた。手首近くまでの血管が裂けて血が溢れる。

 だけど、それ以上は広がらない。

 

 

「その身は滅びても怒りは消えぬ、か」

 

 手にした矛戟を握り直して、くるりと背を向けた。

 アユミチのことなど歯牙にもかけていない。実際に脅威でも何でもない。

 

「ぐ……ぬかった、ニーモ陛下……」

「ここ、です……左潮伯。大丈夫です」

 

 降ってきたのはイドラだけではなかった。

 壊れかけた広間の中、誰かの声がする。

 見回して、置き去りにしてしまったカヨウと目が合い、柱の陰から出るなと首を振った。

 北府の兵士たちは意識を失っているらしく、元のホール入り口付近に転がっている。

 鬼巫たちのうち三人はまだ角柱の魔法を解いていない。残る三人は鬼巫の近くに集まり、イドラに対して最大の警戒態勢。

 他は、今しがたニーモ陛下と呼ばれた少年と貴族らしい男。いくらか瓦礫で圧死している者もいるようだ。

 

 

「エクピキよ」

 

 アユミチに背を向けたイドラが向かったのは、息絶え絶えのエクピキの【指】。

 

「新たな主に。我が王に、宿れ!」

 

 干からびた老人のような体から、三日月形の雷光の刃で、【指】を切り取った。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 誰も知るまい。

 少年が、どれほどごく普通の少年だったのか。

 誰もわかるまい。

 

 震えを堪え、唇を結び、王として立ってきた。

 幼い弟の為に。

 

 

 ――僕は何も持たない王だ。

 

 いえ、陛下。

 あなたには俺がいます。

 

 ――だから教団が侮ってくれる。奴らの動きも見やすい。

 

 自身の弱みを活かす。

 先王クムスが斃れ、クムスが築こうとしていた対教団の組織は霧散し、エクピキ教団は狡猾さを忘れた。

 先代鬼巫ヨハルハと連携し、手出しはしないものの教団の動きを見張る。

 クムスの死により見やすくなったのは皮肉なものだ。

 

 ――鬼巫たちも僕に忠誠を誓っているわけじゃない。

 

 あなたには俺がいます。

 足りないのなら、幾千でも幾万にでもなります。

 

 ――僕にもお前みたいな力があればよかったのにな。

 

 必要ありません。

 俺があなたの力です。俺はあなたの剣で、あなたの盾で、あなたの力です。

 

 ――僕は、良い王にはなれない。

 

 必要ありません。

 あなたはあなたであるだけでいい。

 それ以上の価値は世界のどこにもない。

 

 ――けど、いい兄にはなりたい。かっこいい兄でありたい。

 

 ……

 ……

 ……

 

 ――そうありたいんだ。

 

 俺を見上げて笑うあなたは、兄というより弟です。

 まだ小さい。

 その身で、その背で、背負いきれないものを背負わなくてもいい。

 いいはずだ。

 

 

 南蛮テュルソの艦隊を、王弟ニーモが座す叉波王が打ち破った。

 

 その報せを聞いた時のネロは、頷くまでの間にほんの少し、(またた)きより短い刹那だけ、瞳に浮かべたのだ。

 怖い。

 迷いと、諦めを。

 他の誰も知らぬ少年の心を、ずっとそばにいた俺だけが知っている。

 イドラ・ディドラーだけは確かに知っているのだ。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「言えるものがいるのなら言ってみよ」

 

 怒りが満ちて大気が怯える。

 イドラの全身液が雷と連なり、痛みと共にその場の全ての生者を伝えてくる。

 何一つ見逃さない。

 

「ネロ様が……トローメの為に悪名を被り、この国と弟に全てを捧げようとしたネロ様に」

 

 この場にそぐわないど素人が、ポスフォスの脊椎を持っていた幼女を守る為に飛び込んできた。

 ポスフォスの信徒か何かか。(かなめ)たる脊椎が砕けた今では何もできはすまい。

 殺すのも容易いが、幼い子を守ろうとあがく様はイドラの心に通ずるところがある。見過ごした。

 

 

「叉波王に選ばれなかった。ただそれだけで、純真な少年が死ななければならぬと。言えるのであれば言え」

「それは王家の問題。家臣が口出しすることではなかろう」

「故に見殺すと。見殺しにしろと」

「ディドラー……おぬしも飲んだ話だ」

「五年前」

 

 鬼巫と、落ちてきた左潮伯が交互に応じる。

 どちらも聞いた言葉だ。

 ネロもそう言った。

 

「まだ八歳の子に、お前たちはそう言わせた」

「……」

「私は――」

 

 認めていない。

 

「俺は」

 

 許さない。

 

「ネロ様は、ただの一度もそれを(ひるがえ)そうとはしなかった。その気持ちがお前たちにわかるか」

 

 わかるはずがない。

 変えてもいい。変わってもよいのだとイドラがどれほど言っても、頑なに。

 決してイドラの言葉に頷かず、それでもイドラに礼を言う。お前の気持ちは嬉しいと。

 

「わかるまい」

 

 わかるはずがない。

 

「この子には、誰も味方がいなかった」

 

 へそからエクピキの【指】が繋がっていく。

 あのままなら眠るように死んでいたのだろう少年の体に、生きる力が戻っていく。

 

 

「誰も、誰一人として」

「おぬしが」

「そう、俺だけだ……この子にとって、自分の内面でさえ味方にならなかった。引き返したい。選び直したいと思っても、自身と向き合えば元の道しか選べなくなる。叉波王が選んだ弟を王とする為に、トローメに大乱を招いた汚名を被ると決め、変えられない。誰もこの子の味方になれなかった」

 

 迷わなかったはずがない。

 悔やまなかったはずがない。

 運命を呪い、狂いそうになることもあっただろうに。

 誰もこの子を守らず、守れず、この道を選ばせた。

 

「この子が生きる道を誰も許さぬのなら、俺が許す。俺が作る」

 

 左潮伯カッダ・マノスの立場と国への忠義は理解する。叉波王を指揮する者こそがトローメの王。

 鬼巫アハラマにとってトローメ国王に個人的な意見がないこともわかる。玉座と王家という形式のものがあり、今のそれが反エクピキの方向で利害の一致があっただけ。

 

「イドラ・ディドラー……僕は、兄上を……」

「あなたが悪いわけではない、ニーモ殿下。ネロ様はあなたを大切に思っていた」

 

 ニーモへの恨みがあるわけでもない。

 

「玉座も国もあなたのものだ。だが」

 

 ニーモもクムスの子で、ネロのただ一人の弟。

 ネロの気持ちに偽りはない。

 

「だが、俺だけは……このイドラだけは、この子のもの。この子の味方は俺だけだ」

「妾がこれを許すと思うか」

「許すのは俺だ。俺が、この子を許す。誓いを果たす」

 

 前主光だったゲニーメの体は土塊(つちくれ)となり崩れ去り、少年の体に光が灯っていく。

 目は覚まさない。

 溢れる力は鬼巫たちが作る黒い角柱に吸い上げられて。

 

 

「ネロの命は奪わせん。このイドラがある限り、誰であろうと」

 

 天雷の葬槍(ケラヴノス)を握り、静かに吼えた。

 握るだけで激痛が走り、振るえば己の肉がねじ切られるような神の怒りの戟。

 イドラが耐えられる限り、イドラが存在する限り、この子にはもう何一つ痛みなど負わせない。

 

「俺は神王ネロの盾」

「いかん!」

 

 黒水の角柱、解くわけにはいかなかったのだろう。

 エクピキの光を奪う為に。

 

「そして刃だ」

 

 振り下ろした戟が巨大な三日月を形成し花を両断した。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

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