法失き世界、人の道は険しくとも 【旧題】チャリオットに轢かれて   作:大洲やとこ

193 / 237
6-29.道を選ばず

 

「んがー」

 

 大きな声を出していっぱいに腕を伸ばす。

 

「食った食ったぁ」

「でしょうね」

 

 深い溜め息と一緒に頷いて、

 

「よくそんなに入るものだわ」

「キュアナがもういらないって言ったんじゃんか」

「ええ、見てるだけでお腹いっぱい」

 

 二人前に加えてキュアナの皿まで食べ尽くしたコッキノは、褒められたとにまーっと笑う。

 キュアナよりも背丈は小さいけれど、本当によく食べる。

 

「都じゃあんまり食えないじゃん。鬼巫の予算がーとか言って」

「仕方ないでしょう。私たちは肩身の狭い客分なのだから」

「せぇっかく頑張って花札に選ばれたのにさぁ……」

 

 鬼巫の里に生まれ、鬼巫の花札に選ばれるのは名誉なこと。

 皆が憧れ、母たちもそれを望む。

 花札に選ばれれば、主たる鬼巫と結ばれ子を授かる候補になる。

 強く正しい女でなければならず、花札に選ばれるのはたったの四人(・・)

 

 

 キュアナ達の世代では、符術の鬼才レフカースが幼い頃から花札候補筆頭としてほぼ確定していた。

 彼女が手にした紙片は、動きを止める重石や鋭い刃、無数の人形(ひとがた)へと瞬く間に姿を変える。

 あの才能には勝てないと思わされた。

 

 続いてアハラマの乳姉妹クロロテッサも、魔法の腕と判断力でアハラマの信頼が揺るぎない存在。

 実質、残りは二枠だった。

 レフカースもクロロテッサも極めて優秀だったが、いざという時に危険に踏み入る決断が刹那遅い。

 

 ――コッキノは短慮ですが、咄嗟の瞬発力は抜き出ています。

 

 大姉集(おおあねしゅう)と呼ばれる先代の花札たちが評価しているのを聞いた。

 コッキノは花札に選ばれる。

 幼馴染のコッキノが選ばれて、キュアナは?

 

 ――捧げます。

 

 魔法の力は十分だった。

 だけど、何かが一歩及ばない。届かない。

 キュアナが最後の一枠に入るのに足りないもの。

 

 ――マベラ様にというわけにはいかないでしょう?

 

 ずる賢さ。

 レフカースにもコッキノにもないもの。

 

 ――私の命をアハラマ様に。身代わりの結びを。

 

 足りないもの。

 アハラマへの愛を、命で埋め合わせる。

 

 ――ご自身の命が私に結ばれていれば、アハラマ様も自重されるでしょう。

 

 大姉集を説き伏せ、最後の一枠に入った。

 キュアナの計算高さを必要と見てくれたのだろう。

 これでずっと一緒。

 

 キュアナの心はどこか冷めている。

 花札になれなくてもいい。そんな気持ちもあった。

 だけど、生まれた時から一緒のコッキノは単純で、バカで、あったかくて。

 その熱で自分の体内があったかくなっていくのは嫌いじゃなかった。

 

 好きだった。

 

 

「やっぱ外の方が好きだなぁ」

「そう?」

「そりゃあ……や、アー様の傍がイヤってわけじゃないんだよ、もちろん」

「聞いてないわ」

 

 言い訳を重ねようとするコッキノに意地悪く微笑み、

 

「まだ怒っていないのだけれど?」

「や……うん、キュアナには感謝してる。ボクを連れ出してくれてほんっとありがと」

「誰か同行は必要だったもの。レフカさんは機嫌悪そうだったから」

 

 鬼巫の命令で花札が外に出るのであれば、二人組でなければ都合が悪い。

 巫気を補う為に。

 口づけと、体温を伝え合う。

 

「おかげで好きなもの食べられるし」

「……そうね」

 

 えへへ、と笑うコッキノ。

 キュアナの気持ちも知らないで。

 

「やっぱり、後で怒るわ」

「なんでっ!?」

「さあ」

 

 次の宿は貸し切りにしよう。

 お金は、そこらの誰かから徴収すればいい。コッキノのお仕置きの為に預かっている金を無駄に使うのはさすがに気が引ける。

 そこらの人間なら鬼巫の里の仲間でもない。

 

「食べた後は運動もしないとだから、ね」

「う……んっ……」

 

 先を歩くと、小走りに追いかけてきたコッキノが並び、手に触れる。

 手を握って。

 指と指の間に、温かな熱が割り込んでくる。

 きゅっと。

 

「……アー様には、ないしょ?」

「ええ」

「……キュアナ、ずるい」

 

 小さい時から隣り合わせの布団で、よくコッキノが潜り込んできて体温を分け合ってきた。

 彼女の体がキュアナの体の隙間に押し付けられるのは嫌いじゃない、好きだった。

 

「そうね」

 

 安心する。

 花札になっても幼い頃と

 ずっと一緒。

 

「コッキノが悪いのよ」

「ばか……」

 

 花札の役目を終えて里に帰っても、きっと変わらない。

 アハラマの子を授かるのはレフカースか、おそらくはクロロテッサ。

 キュアナとコッキノの距離は変わらない。

 お互いの熱を伝え合う、安心の零の隙間で。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

 薬師アユミチ。

 この男の存在は実に都合がよい。

 エクピキを殺し得るポスフォスの巫女と折れぬ脊椎を入手できたのも、この男がファニアを救った縁。

 陽輝卿エヴェニス、陽灯大司パテシーイといった邪魔者を排除し、主光ゲニーメまで辿り着いた。彼なしでは成し得なかっただろう。

 他にも、アハラマが知る内でも外でも、薬師アユミチの影響はあったのだと思う。

 

 マベラがうっかり殺しかけて、そこを陽灯司長カシキが治癒したと聞いた。

 カシキもまた、アユミチの影響を受けエクピキを裏切ったと結び付けられる。

 

 女神の使い。

 命を吸う美しい黒蝶――スカーアの分け身に導かれた男。

 なぜ男を選んだのか理解できない。使い捨てる為か。

 エクピキのようなものを殺し、残る怨念を押し付ける依り代として。

 物を知らぬ彼に助言する小さなスカーアの様子からはそうは見えないが、女神のなさることだ。アハラマにも推し量ることはできない。

 

『半分でも復活したら何もできない! 手がないわよ!』

「くそっ」

 

 復活に足る力を蓄えたエクピキの【指】。

 ポスフォスとの衝突である程度は削がれたが、半分でも復活するのでれば。

 太光師やらの比ではない。アハラマたちにも手に負えない事態になる。

 時間がない。

 そして、立ち塞がる盾に対しても打つ手がなかった。

 隙がなく、執念と合わせて治癒の恩恵を受けながら戦う最強の騎士。

 

 

「おぬしも」

 

 打つ手がなかった。

 【指】を守る絶対の壁に。

 先ほどまでは。

 

「人間には違うまい!」

 

 嫌な手だが、手ができた。

 薬師アユミチがわずかでもイドラの気を引き、感情を揺さぶってくれたおかげで手を作れた。

 本当に色々と役に立つ男だ。

 

「奪わせんぞ! 誰にも!」

「ぬしの役目は(しま)いじゃ!」

 

 エクピキの夜明けなど迎えさせてなるものか。

 これからの時代は女神スカーアの時。スカーアの世界だ。

 その為に、ひどく嫌悪を覚え忌避したいものでも利用する。

 

 キュアナを死なせた。

 呪いの誓いで、マベラとは別にアハラマと繋がっていたキュアナ。

 アハラマが死んだ一撃の身代わりとして死んだ。詫びることもできないが、せめて仇は討つ。何としても。

 

 

「死ねぃ!」

 

 アユミチ側に有効な手段はない。

 ネロの脅威になり得るのはアハラマと花札だけと見切り、イドラが踏み込んでくる。

 凄まじい嵐のごとき烈風をまとい、稲妻が伸びる槍でアハラマたちをまとめて横薙ぎ。

 花札の誰かがすり抜けたとしても、即座に背中から切り捨てられると。

 肉体の限界を超えた動きでも、治癒の恩恵を背にするイドラに不可能はないか。

 

「跳べ!」

 

 アハラマの声と同時に花札がみな飛び上がり、アハラマだけはその場に残り。

 

「っ――!?」

 

 わずかに、イドラの呼吸がずれた。

 黒い鉄扇ふたつを構え、受け止める。

 イドラが見誤った影のアハラマではなく、少しだけその先で。打点がズレる。

 全てを薙ぎ払わんとするその振りが伸びすぎたところで受け止める。

 マベラが。

 

「くぁっ」

 

 イドラが目を離した隙があった。

 その瞬間に、アハラマの立っていた場所には影を立てた。

 鉄扇をマベラに渡し、アハラマはその場にいない。

 エクピキが放つ光のおかげでアハラマの影が伸び、マベラと繋がっていてくれてよかった。

 

「ぬう!」

 

 目測と打点がずれ、威力が十分ではないイドラの横薙ぎ。

 それでもマベラには受け止めきれず弾き飛ばされるが、致命的ではない。

 仮にイドラが跳んだ花札たちへの追撃を考えていなかったなら、マベラも無事ではなかっただろうが。

 

 

「だが!」

 

 イドラはマベラに(とど)めを刺せなかったことに拘泥(こうでい)しない。

 崩れた天井に向けて跳んだ花札を仕留め、順番に片付けようと。

 戦士として別格の力を有するイドラとしては当然の判断。

 

「そこまでだ!」

「させぬわ!」

 

 アハラマは跳んでいない。

 マベラの影から、彼女が後ろに飛ばされる前に抜け出ている。

 床を這うような低さで、鳥の影が走るかのような速さで。

 

 振り抜いたイドラの槍の先端がクロロテッサを指し、しかし反対から迫ったアハラマにイドラの体だけが一瞬で巨大化した。ように見えた。

 ブレた。

 片足の踏み込みだけで、左半身での体当たり。

 当身(あてみ)

 アユミチが後で鉄山靠(てつざんこう)あるいは残影拳と連想することになる動きで、迫るアハラマを迎撃する。

 

「はっ」

 

 見事。

 半身の体当たりでアハラマの体を砕き、次の動作でクロロテッサを串刺しにする。

 クロロテッサを串刺しにした槍で、残る花札を叩き落してイドラの勝利。

 その絵がアハラマにもはっきりと見えるほど、見事な迎撃だった。

 まともに当たっていれば。

 

 

「な」

 

 嫌な手だ。

 実に嫌な手だ。

 そもそも他人を傀儡(くぐつ)にするような外法で、それを特に汚らわしい相手に使わなければならなかったのは、実に。

 

 相手の影に手を入れ、その精神を握る。

 感覚的に言うと、そいつのもらしたまだ温かい(くそ)に手を突っ込み、手の平で感触を確かめながら扱うようなもの。

 実に汚らわしく忌まわしい。

 それが男の、さらにはエクピキ教太光師アパティのものともなれば、汚らわしさも極まる。

 

 

「ぬしでも砕けぬよな」

 

 イドラとしては、この当身でアハラマの鎖骨肋骨頸骨を砕き、吹き飛ばせるつもりだったのだろう。

 しかしそうはならない。

 アハラマが精神を削ってまで使ったアパティの異能、絶対障壁は砕けず揺るがぬ盾となる。

 アハラマの影から引っ張り上げたアパティの体。共に拾った手も無理やりくっつけた両手の【指】が、イドラの魔獣のごときタックルを受け止めていた。

 

「アパティが敗れるまで待っていたわけじゃ」

 

 普通の人間が石壁に激突したかのように。

 光の壁に衝突したイドラ。石壁であればイドラならば打ち砕いていただろうが、アパティのこれは邪神の力。

 イドラであっても破れない。だからギリギリまで主光ゲニーメの【指】を奪おうと動けなかった。

 

「今じゃ!」

 

 予想していた動作が不意に狂えば、イドラでも次の行動までに空っぽの時間が生ずる。

 その隙間すら常人とは比べるべくもないが、しかしその隙間を狙っていたのだ。

 殺す。

 イドラを殺す為に、エクピキの力をも利用した。

 

 イドラ・ディドラーが既に道を選んだと言うのであれば、アハラマも同じく。

 どんな手段を使ってでも。

 たとえどんな外道を選んででも。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

「お前ぇぇぇぇぇ!」

「はぁっ!」

 

 クロロテッサの放つ暴風が、殺人的な威力でコッキノとレフカースを空中から叩き落した。

 イドラ目掛けて。

 

「ま、だぁ!」

 

 体勢は崩れている。

 しかしイドラは右手の筋肉がびゅくびゅくと膨れ、千切れながら、稲妻を広げた。

 落ちてくる二人に向けて。

 

「鳴る神の歌を(つづ)りし織り紙は、雨も地に落ち涙に濡れて」

 

 レフカースは鬼才だ。

 里の歴史を辿っても一二を争う。

 紙を自在に扱い、レフカースの謡いに合わせて紙は万変する。

 織紙(おりがみ)と呼ばれる符術なのだが、レフカースは定番のそれだけではなく瞬時に紡ぎあげ、紙もレフカースの想いに応える。

 レフカースは当代きっての鬼才だ。

 

「コッキノ!」

 

 コッキノの方が速い。

 そのコッキノとレフカースを貫こうとした稲妻が、濡れ紙がそれを遮った。

 レフカースの放った白い紙が白光のごとく建物に突き刺さり、稲妻の力を逸らす。

 くらえばひとたまりもなかっただろうが。

 

 

「だぁぁぁぁ!」

「ぐ、うぅぅっ!」

 

 右腕。イドラの右腕は、今の稲妻を放った代償に痙攣している。

 左は、アパティの壁に激突した衝撃で肩が折れたか外れたか。

 コッキノの炎をまとう剣を防げない。

 

「のぁぁぁっ!」

 

 それでも、最強の騎士イドラ・ディドラー。

 振り上げた右足で、その剣を受けた。

 クロロテッサの烈風で加速したコッキノの剣よりも速く、脛に刃を食い込ませながら払い飛ばす。

 

 

「お前なんかがぁ!」

 

 コッキノの判断は早い。考える間がない。

 イドラに蹴り飛ばされる剣を手放し、四つん這いで床に力を溜めてから。

 

「キュアナをぉぉ!」

「ぶぉ」

 

 腹に、イドラの腹に、自分の手首が砕けるほどの力で一撃を加えた。

 さしものイドラも踏ん張りがきかず吹き飛ばされる。――が。

 

「うぁ」

 

 イドラ以外ならできなかっただろう。

 わずかに槍の切っ先をコッキノに合わせ、脇腹を裂いていた。

 

 

「あとは」

 

 コッキノに殴り飛ばされたイドラが、再び光の壁に衝突し、光の壁が消える。

 消えたのではない。

 消した。

 アハラマが握っていた精神を握り潰し、アパティの命ごと消した。

 もう用済みだ。

 障壁があってはアハラマの攻撃も届かない。

 

「妾が!」

 

 打ち合わせもなく完璧な連携。これこそがアハラマの花札。誇りに思う。

 たった一人でここまでさせたイドラ・ディドラーは確かに人類最強の男だ。認めよう。

 しかしここまでだ。

 

 

「エクピキともども、滅び――」

「幽天より響け氷珠の死吟香」

 

 ――ぎゃんっっっ!

 

 アハラマは、冗談のような自分の悲鳴を理解できなかった。

 アハラマだけではない。

 花札たちも、薬師アユミチもその連れも、イドラまでもが同じような悲鳴を上げてひっくり返った。

 魂を直接引っ掻くような、脳髄を揺さぶるような衝撃を受けて。

 

 

「な……ん……?」

「あはっ! うふぁ!」

 

 笑い声。

 嗤い声。

 女の。

 

「だぁめ、ですよぉ」

 

 決着の瞬間に横やりを入れた女。

 頭の片側が焼けただれ、ぎょろりと露出した目玉を輝かせて。

 白い宝石を投げ入れ、この場にいる全員の頭の中に怨霊の声を流し込んだ。

 後回しにと考えた【指】を生やす少年の傍により、そのそそり立つ【指】にうっとりと頬を寄せて。

 

「エクピキの貴い光を、お守りしないとぉ」

「星光……」

 

 どこでどうしていたのか知らないが。

 無事ではなかった。

 だが、死んではいなかったか。

 

「ビッテス……」

 

 苦々しく、憎々しげに、薬師の口から怨嗟が漏れた。

 ここまできて。

 ここまでして、アハラマは届かないのか。

 外法も使い外道を選んでまで、届かないのか。

 

 

「わら、わは……」

 

 揺れる頭を抑えて立ち上がろうとする。けれど。

 

「……」

 

 そのアハラマの目に映る。

 先に立ち上がったイドラ・ディドラーが、その体に負わせた傷が、エクピキの光の中で消えていくのを。

 

「ここまで……届かぬ、のか……妾は……」

 

 口惜しい。

 花札を傷つけ、失い。

 汚いことに手を染めてまできたのに。

 

「妾の花に……報いることも……」

「いいえ」

 

 もう一人。

 この決着の場に、いやらしい笑みを浮かべた女の他に、もう一人。

 

「私が、届かせましょう」

 

 もう一片の花があった。

 

 

「アユミチ」

 

 それはもう、アハラマの花ではないのかもしれないけれど。

 

「あなたの剣が、先の主の恩に報いることを御赦し下さい」

「ファニア」

 

 名を呼ぶ。

 薬師が、アハラマが手折った花の名を呼ぶ。

 

「頼む」

「任されました」

 

 凛と立つ一輪の花。

 その目に、最強の神王の盾を見据えて。

 

 

「敵を討ちましょう」

 

 ファニア・イア・イオルテ。

 かつてアハラマの花瓶に挿した花弁は、今は自ら咲く花となって。

 

 

  ◆   ◇   ◆

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。